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03

 蒼穹を貫く塔《エターナル》。《はじまりの街》のすぐ北にあり、街から見上げても頂が見えないほど高い塔だ。塔の中には、もうひとつの世界があると表現できるほど都市や街、自然が存在している。

 第1層の入り口付近にはイノシシやオオカミといった動物型、ワームやビートルといった虫型のモンスターが出現する草原が広がっている。北西に向かって進めば深い森へと辿り着き、北東に進めば泥沼へと進む。他にも山や谷、遺跡めいた場所も存在している。それらを抜けた先に次の層へと向かう迷宮が存在している。

 俺がいまいるのは、迷宮区から程近い町《バルトナ》。町の中心から半径200メートルほどしかない小さな町だが、必要な施設は充分に揃っている。

 俺が塔に足を踏み入れたのは1週間と少し前。セラという謎の女性と出会った翌日だ。それまでに回復アイテムや状態異常回復用のアイテムは充分に溜めることができていたし、彼女との壮絶な出会いで金貨ガルも充分に溜まった。

 愛剣も一月ほど世話になったショートソードから、クエストクリアによって得た《ロングブレード》に変えている。ショートソードよりも刀身が長いため、ずしりとした重みがある。体感ではショートソードの1.5倍ほどある。慣れるまでに道中のモンスターを倒していたため、《バルトナ》に到着するのが遅くなったというわけだ。

 この町に到着したのは、昨日の夕方。到着してからは安い宿を探して町を歩き回っていたため、ショップの場所は覚えることしかできず、中までは見ていない。

 何が売られているかは不明だが、《はじまりの街》よりも良いものが売られているのは、町にいる人間の装備を見る限り明らかだ。金貨はあるのだから新調しておいたほうがいいだろう。


「まずは……」


 武器は現状では充分に良いものを使っているだろう。強化すれば当分は使っていけるはずだ。アイテムはここに来るまでの間に消費しているが、まだ充分に残っている。それに売っている店の数も多いため、後回しにして問題ないだろう。


「防具からだな」


 さすがに《はじまりの街》で買ったコートだけというのは不安だ。反撃までの時間を考えてガードよりも回避やパリィを好む性格上、盾を装備するつもりはない。金属製の鎧といった高い防御力を持つが動きを鈍くする重装備も好まないため、革製のような軽装備で防御力の高いものを探さなくては。

 安全面を考えれば防御力重視がいいんだろうが、自分に合ったスタイルじゃないと戦いにくい。ストレスが溜まると言っていいかもしれない。それにいくら防御力があっても、攻撃を受けすぎれば終わりだ。

 未だに《はじまりの街》には多くの人間が留まっている。現実を受け入れられていないから、と行動を起こしている人間は言うかもしれない。だが自分のスタイルを正当化するようなことを考える俺の方が、彼らよりも現実を受け止めていないのかもしれない。

 HPが0になれば消滅という形で《死》を迎えるのがこの世界のルールだ。こういった現実は充分に理解している。しかし、俺を含めた行動を起こしている異世界人は、《死》に関して本当の意味で理解していないのかもしれない。だからこうして行動できているのではないか。

 はっきりとした答えを導き出せないまま町を歩いて回り、革製の鎧や衣服が多く売られている印象を受けた店に入った。

 小規模な町にしては品揃えが良い……カラーバリエーションがそれなりに揃っているから品物が多く見えるだけで品揃えが良いというわけではないようだ。塔の第1層を考えれば、充分に品揃えが良いと言えるかもしれないが。


「……これでいいか」


 派手な色は好まない。鎧よりはコートのほうがいい。この条件から目に止まったダークグレーのコートを買うことにした。コートのアイテム名を確認し、店員に話しかける。

 ウィンドウを操作し目的のアイテムを購入。購入後に表示された即時装備ボタンをタッチ。今まで着ていたグレーのコートが光を放ち始め、収束するのと同時にたったいま買ったダークグレーのコートが出現する。元着ていたコートがハーフコートだったため、ずいぶんと丈が伸びたように感じる。

 ここが塔の外だったなら、店員が他のアイテムを進めてきたりすることもあるだろう、だが塔の中は、外よりもゲーム化しているらしく、店員などはNPC化していると言っていい。

 またのご来店を、という店員の言葉を耳にしながら店をあとにする。

 さて、これからどうしたものだろうか。

 回復系アイテムの買出しをしないといけないが、それを終えてしまうとやることがなくなってしまう。普通なら迷宮に挑んでモンスターの動きなどを確認するのだが、昨日と今日街中を歩いている最中に耳にした話からして、俺の知っているゲーム世界とここの迷宮に出るモンスターは全く同じらしい。

 それに先ほど夕方から町の中央広場で、迷宮最奥に存在しているボス。そいつの攻略会議が行われると耳にした。

 その話をしていた奴らは、ボスを相手にするのはさすがに不安だから俺たちは参加しないとも言っていた。この町に異世界からやってきた人間はそれなりにいるようだが、ボスに挑む人間は思ったよりも少ないかもしれない。


「そこのお前」

「…………」

「おい、無視をするな」

「…………」

「そこの黒っぽいコートを着ている男、お前だ。聞こえないのか」


 黒っぽいコートというワードが気になったので、立ち止まって首を回す。すると、後方に立っていた人間と視線が重なった。


「やっと気が付いたか」


 俺に話しかけた人物は女だった。

 太陽の光でまばゆく輝いている黄金の長髪。澄み切った空を彷彿させる青色の瞳にスッと通った鼻筋、その下にはある桜色の唇。人形なのでないかと思ってしまうほど、彼女の顔立ちは整っている。女性の理想を体現していると言えそうな身体を、青を基調とした騎士風の服で包んでいる。腰には《大剣》に分類されると思われる刀身の長い剣。手には和菓子のような食べ物が乗った皿が見える。

 言うまでもないが、俺と彼女は知り合いではない。いったい彼女は俺に何の用があるのだろうか?

 この疑問を、彼女の和菓子をひとくちでほうばる、という女性らしいとは決して言えない豪快な行動が増大させる。そのため俺は、彼女から目を逸らすことができずにいた。


「ん? なにじっと見ている。何かしら反応をしたらどうだ?」

「…………」

「……ふっ、そうか」


 女性はもうひとつ和菓子を口にほうばった後、何か悟った顔を浮かべる。これから彼女が発する言葉は、良からぬ予感しかしない。


「お前、私に惚れたな」

「寝言は寝て言え」

「とぼける必要はない。女神のように美しい私に惚れてしまうのは仕方がないことだ」


 かなり冷たい口調で言ったはずだが、完全に流された。ここまで綺麗というか、無反応で流されたのは初めてだ。

 確かに美しいのは認めるが、自分で言うのはどうなのだろうか。……いや、このレベルの美人ならば、自分を美人だと認めていないほうがイラ立つ人間は多いかもしれない。だがしかし、女神のようにというのは過剰過ぎやしないか。


「自分に酔ってるところ悪いんだが、ナルシストさんは俺に何の用なんだ?」

「おい、なんなんだその反応は。普通なら――や、やべぇ!? こんな美人が俺に話しかけてきた!? モテ期なんじゃね!? ――のように反応するところだろう。つまらない男だな」


 ……いまのを要約すると、暇潰しに話しかけてみたってことでいいはずだよな。俺も暇潰しをするつもりではいたが、この女の相手をして潰すのは嫌だな。さっさと退散しよう。


「いや待てよ、よくよく考えれば今までになかった反応だ。そう考えると新鮮ではあるな……つまらないと判断するには早いか――どこに行くつもりだ?」


 背後に鋭い視線を感じる。確認してはいないが、かなりの確率で睨んでいるだろう。ここは無視して立ち去るに限る。


「お前には常識がないのか? 困っている人がいるときは少なくても話を聞くものだろう?」

「見知らない人間に話しかけられたら声を上げるか逃げろ、と俺はこういうときの常識として教わった。それにお前はどう見ても困っているような顔をしていない。というか、なぜ俺に話しかける? 暇潰しなら他でやれ」


 肩を掴んでいる彼女の手を退けながらはっきりと言う。ここまではっきりと拒絶したなら、普通の人間は立ち去るなりしてくれるはずなのだが……目の前にいる女性は何か考える素振りを見せている。


「……ふむ。お前、名はなんという?」

「いまの流れで名前を尋ねるのはおかしいだろ」

「いまの流れで名前を尋ねるのはおかしいだろ……ユニークな名前だな」


 ……こいつの相手をするだけ時間の無駄だな。


「おい、待て冗談だ。まったく、これくらいのジョークを流せないようではまだまだだな」

「話を継続させたいのか、させたくないのか分からない奴だなお前」

「ふっ、そう褒めるな」


 褒めてねぇよ! と無性に叫びそうになったが、町の中ということもありどうにか自制することができた。町中で大声を出して注目を浴びるなんて真似はご免だ。


「はぁ……で、お前は俺に何の用なんだ?」

「さっきから聞いていればお前お前と、私にはフェリナという名がある」


 腰に手を当てて無表情で言い放つフェリナという女。話を逸らしてばかりで一向に本題に入ろうとしない行動も、ここまで来るといっそ清々しさを覚える。


「こちらも名乗ったのだ。お前も名乗れ」

「清々しさを感じるほど自分勝手だな。そっちが勝手に名乗っただけだろ」

「なふぉふぇ」

「なんでいまのタイミングで口にものを入れるんだ。話を伸ばして暇つぶしてるのか?」


 フェリナは、無表情のまま口を動かして少しずつ中のものを飲み込んでいく。

 和菓子のような食べ物は、この世界に来てから食べていないためどういう味かは分からないが、少なからず味はあるはずだ。無表情で食べているのならいいが、食べて無表情になっているのなら食べなくていいのではないだろうか。


「……名乗れ」

「……はぁ。……シドだ」

「シドか……まあ名前はどうでもいい。本題に入ろう」


 名前はどうでもいいのなら、なんでここまで話を長引かせて聞いたんだ。やっと話が進むというのに釈然としない。


「シド、この町で1番美味いヨウカン……和菓子を売っているのはどこだ?」

「……それだけか?」

「それだけだが?」


 俺は思わず絶句した。

 たかだか食べ物に関する質問をするだけなのなら、名前を聞く必要もなければ、ボケを入れる必要もない。今までのやりとりのほとんどが無駄だったと言える。

 本当にこの女は、和菓子(できればヨウカン)を食べたいと思っているのだろうか。普通食べたいものがあるなら、早く食べるために時間を浪費するのは避けるはずだ。この女は、性格面だけ言えばあいつよりも謎過ぎる。


「……人に聞くよりも、自分で探し回って食べたほうがいいと思うんだが」

「馬鹿かお前は。それでは時間を無駄にするだろう。美味しいものをたくさん食べるために情報収集をし、時間の浪費を避けるべきだろうが」

「よく時間の浪費を避けるべき、なんて言えたな。俺とのやりとりを思い出してみろ。大半は時間を浪費してるぞ」


 脱力して言った俺の言葉に、彼女は目線を逸らした。この行動からして彼女は、無駄なやりとりをしていると分かってたということだ。だが不思議なことに、全く怒りが湧いてこない。このマイペース女に怒るだけ体力と時間の無駄だと、これまでのやりとりから理解しているのだろう。


「そもそも俺とお前とでは味覚に差がある。俺の好みがお前の好みとは限らない。それに色々と食べ比べてみないことには、どこか1番美味しいのかなんて分かるはずがない」

「ふむ……それは一理あるな。どうせ時間も潰さなければならないし、仕方がない。食べ歩きでもして時間を潰すか」


 女性は華麗に踵を返した。綺麗な金髪がなびく。

 周囲にいた男たちの視線が、彼女に一段と集中した気がする。その男たちに言っておきたい。あの女はやめておいたほうがいい。外見は素晴らしいが、中身が非常識すぎるから。

 などと考えるのはやめよう。あの女と話してから、男たちが嫉妬めいた視線を向けている。できるだけ何事もなかったようにこの場を立ち去ったほうがいいだろう。


「……次、どこに行くか」



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