02
乱獲したとも言えそうなくらいリトルプラントを倒したことによって、森の中のモンスターが多少枯渇したのか、俺たちはモンスターに遭遇することなく森を抜けた。
正直に言って、武器が壊れる寸前と思えるほど刃こぼれしていた。それに体力も底をついていたため、戦闘になったら危なかったと言える。モンスターに遭遇せずに《はじまりの街》の入り口まで帰り着くことができたのは、とても運が良かったと言えるだろう。
太陽の位置から予想するに、いまの時間は14時前といったところだろう。一度泊まっている宿に帰って2時間ほどゆっくりしようと思ったが、新鮮そうに街を見渡す女性を放っておくわけにもいかなかった。大量の金貨と目的のアイテムを手に入れることができたため、彼女からお礼を受ける必要は感じていない。だが彼女には聞きたいことが多々あるのだ。
立って話をするわけにもいかない。個人的には借りている宿が1番落ち着けるが、今日会ったばかりの女性を連れ込むのは道徳的にまずいので却下した。
昼食を取っていなかったが、激しく動いたあとのせいか空腹をあまり感じない。しかし、それは俺だけであったようで、彼女のお腹から可愛らしい音がなった。彼女が顔を赤らめたのは言うまでもない。
結果から言って、そのへんにある飲食店で食事を取りながら話すことになった。ただ移動する前に俺にはやっておくべきことがある。
「なあ」
「はいなんでしょう?」
「盾を装備から外してくれないか?」
俺の言葉に彼女は首を傾げた。
ここに来るまでに、彼女の知識が不足している節を何度か見ていたので気にしない。
「あんたみたいに槍と盾を装備してる奴はこのへんにいないから目立つんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。それを抜きにしたって……」
あんたは美人なんだから目立つ、と言おうとしたがやめた。客観的事実を言うだけでも、彼女からすれば俺が口説いていると感じるだろう。
俺は同年代と比べたとき異性に関する感心が少ないほうだと思っている。証拠としては、顔も身体つきも良い彼女を目の前にしているのに、仲良くなろうといった下心を持っていないことだ。疲労のせいでそういう気持ちにならないだけかもしれないが。
「抜きにしたって?」
「……何も知らない奴が、そんなにボロボロになったのを見たら何があったのか気になるだろ」
女性の槍と盾、俺の背中にある剣を順番に見ながら言うと、彼女は納得した顔を浮かべた。しかしすぐに申し訳なさそうな顔になる。
「あのすみません……あなたの言った意味は盾をこの場に置くという意味ではないですよね。どうやって装備から外すのでしょうか?」
「……本気で言ってるのか?」
「はい、本気で言っています」
俺は思わず絶句した。
彼女のモンスターの知識のなさやクラフトの件はまだ分かる。情報収集を面倒くさがってしない人間は少なからずいるし、クラフトをメニューからの選択でしか発動できない奴だっている。
それにクラフトを手短に発動させるには、そのクラフトの構えを取らなければならない。構えを知るには、何度かメニューからの選択で発動して構えを覚えるしかないのだ。俺だってそうして覚えた。
だが装備を外せないというのは、メニューを開けないというのと同義の言葉だ。だからこそ矛盾が生まれる。この異世界に召喚された人間の初期装備はショートソード。彼女の装備は槍と盾。変更しているのだからメニューを開いたことがあるはずだ。
頻繁に装備を変えているのならそのとき記憶がないというのも分かるが……まさか記憶喪失とか言うんじゃないだろうな。
「お前……」
「はい、なんでしょう?」
「……やっぱいい」
突っ込んだ話をすれば、おそらく長話になる。余力の残っている彼女はまだしも、俺は座った状態でもなければ耐えられそうにない。
「装備の外し方だが」
口だけの説明では分かりづらいと思い、手振りを交えて教えていく。
個人のウィンドウは、可視化モードに切り替えない限り他人には見えない。この世界でなかったら、俺たちはきっと怪しい人物に見られるだろう。……いま女性と向かい合ってる状態なので、見る位置によっては在らぬ誤解をされる可能性も0ではない。
「どうかされましたか?」
「ん、あぁ何でもない。装備画面まで開いたよな」
「はい」
「頭、胴とかいくつかセルがあるだろ。手の部分に盾が装備されてるはずだから、それをタッチするんだ。タッチしたらあとは装備から外すを選択するだけだ」
不安な顔で恐る恐る言われたとおりの操作をしていく彼女。その様子を見ていると、こっちまで不安な気持ちになってきてしまう。
が、無事に彼女の手元からボロボロの盾が消えた。きちんと操作できたようで一安心だ……って、なんで俺がこんなことで安心しなくちゃいけない。
彼女は出会って間もないが放っておけない感がある人物ではある。だが今日会ったばかりの他人。助けてしまった手前、最低限の知識などを教えないわけにはいかないが……この世界で生きていくためにも自分優先で物事は考えなければならない。彼女にたとえどんな事情があろうと深入りしないようにしなければ。
「さてと、可愛い音がまた鳴る前に食事にしよう」
「迷惑をかけているのは分かっていますが……いじわるなことを言わなくてもいいじゃないですか」
「あんたほど元気は残ってないんだよ。どこで食べる?」
「お任せします」
顔を背けて言うってことは、どこにどんな店があるか分かっていないということか。
この女性がこの世界の住人なのか、異世界から来た人間かは分からない。だが異世界から来た人間でもこの世界に来てから一月ほど生活している。《はじまりの街》は塔への挑戦者が準備を整える街だけあってかなり規模がある街だが、引きこもりでもない限り一月もあればそれなりに街の構造は理解できるはずだ。
この世界の住人で他の場所から来たのなら理解できるが……この世界の住人だと考えると、彼女は無知過ぎる。
なんて考えるのはあとにしよう。いまはさっさと食事の場所を決めて腰を下ろしたい。
「何か食べたいものは?」
「えっと……何でもいいです」
「はぁ……じゃあ俺がいつも食べてるとこでいいな?」
頷く彼女に味はそこまで期待するなと返答し、いつも利用している喫茶店に向かう。彼女は、物珍しそうにキョロキョロと街を見回しながら俺の少しあとを付いてくる。
見ているこっちが恥ずかしくなってしまうほど、子供のような彼女に対して隣を歩かれなくて本当によかったと思った俺はおかしくないだろう。
街の東にある小さな喫茶店に到着すると、店員に話しかけてサンドイッチを彷彿させるメニューを2つ注文する。外にあるテーブルに向かう合うようにして座り、各々の食事に手を伸ばす。
「お、美味しいです!」
「不味くはないと思うが、そこまで美味しくはないと思うんだが。この街にある店でも安いほうだし」
「なんと……つまりもっと美味しいものがこの街にはあるのですね」
サンドイッチを両手で持ち、じっと見つめながら呟く彼女。まるでまともな食事を取っていなかったような反応に、彼女への疑問は深まるばかりだ。
「……いくつか質問したいことがあるんだが」
「なんでしょう?」
「あんたはいったい何者だ?」
これまでに抱いた疑問から推測すると、彼女はまるで突如森に出現し、いきなりモンスターと戦う破目になったかのような経緯をしている。また異世界から人が召喚されているのだろうか。
「……実を言うと、私も分からないんです」
「は?」
「お、怒らないでください。気が付いたらあの森にいたんです」
「つまり……記憶がないと?」
俺の質問に彼女は弱々しい返事を返してきた。
記憶喪失……普通なら理由もなくなるはずもないが、この世界ならそれを引き起こす原因は多い。例えば友人と一緒だったが、目の前でその友人が死んでしまい、そのショックから引き起こす。何かしらのアクシデントがあり、頭に強い衝撃を受けてしまったという場合だ。
「……自分の名前くらいは分かるだろ?」
「名前……ですか」
「……メニューを開いてステータスを見れば、そこに名前があるはずだ」
俺の言葉の彼女はメニューを操作し始める。
俺はサンドイッチをかじりながら1分ほど待っていると、女性の顔は明るくなった。どうやら無事にステータス画面を開き、自分の名前を確認できたようだ。
「私の名前ですが、セラと言うそうです」
「ふーん……」
「なんですか、そのどうでもいいみたいな反応は。聞いたのはそちらではないですか」
「実際どうでもいいと言えばどうでもいいからな。名前が分からなくて困るのは俺じゃなくてあんただし」
いまの言葉で不機嫌になってしまうかと思ったが、彼女の表情に変化はなかった。見た限り、何か別のことを考えている様子だ。
「……遠回しすぎると優しさというものは伝わりませんよ」
「……何を言ってるんだ?」
「あなたは優しい方だと言っているんです」
「いや、別に優しくはないだろ」
「いえ、あなたは見ず知らずの私を助けてくださいました。それに無知な私に必要なことを教えてくださっています。あなたは自分で思っているよりも優しい方ですよ」
爽やかな笑みを浮かべている彼女から目を背ける。俺のように普段は冷めているだの、冷たいだの言われるタイプの人間は、本気で優しいなどと言われると恥ずかしくて仕方がないのだ。
「そういえば、まだあなたのお名前を聞いていませんでしたね」
「……シドだ」
「シド殿ですね」
必要なことを聞き終わったら関わるつもりがないため、個人的には名前を覚えてもらわないでいい。人前で呼び止められたりした場合、周囲の男たちの視線をもらいかねないからだ。だが彼女の顔には覚えました、と書いてある。
なぜ槍と盾を装備できるのか気になるところだが、もう話を切り上げて立ち去ろう。そのほうが今後絶対良い気がする。
「じゃあ俺はこれで」
「ちょっと待ってください」
「なんだ?」
「まだ残ってますよ」
「食べたいなら食べていい」
残っているものは口をつけていない状態だ。間接キスといった問題はないため、お互い気にすることはない。
「そうですか、では遠慮なく……じゃなくてですね――」
「ちっ」
上手くいきそうだっただけに、思わず舌打ちしてしまった。彼女から批判的な視線を浴びる――が、すぐに元の爽やかな笑顔に戻った。実に大人な対応だ。
「――あなたが使っていた技。あれは私にも使うことができるのでしょうか?」
「クラフトか。まあ使えるだろうな」
「どうすれば使えるのですか?」
「それくらいは教えてやるから離れろ」
俺の返答に満足したのか、セラは乗り出していた身体を戻してイスに座り直す。
メニューの開き方を教えたときと同様に俺自身が先にやってみせながら説明を行う。
「メニューを開いたらまずスキルを選択」
「スキルを……選択」
「開いたら8個スロットがあるはずだ」
「はい、8個あります」
「空きスロットを選択すると、スキルの一覧表が表示されるはずだ。そこから好きなスキルを選んでスロットを埋めていく。基本的に武器スキルをひとつ選んで、自分の戦いに合った補助スキルなどを選択していけばいい」
自分のスキルを眺めながらセラの様子を窺うと、困っているような表情を浮かべているのが見えた。いまの彼女の気持ちは分からなくもない。
スキルの数は武器だけ見ても《片手直剣》や《曲刀》と片手剣に分類できるものだけでも種類がある。全体のスキルの数は膨大だ。だからどのスキルにするか迷ってしまう。初めて見た彼女が迷うのは当然と言えるだろう。
「考えることは重要だが、考えすぎは良くないぞ。一度選んでしまったら変更ができないわけじゃないから色々と試して、自分に合ったものにしていけばいい。まあ武器だけはいま選んでおいたほうがいいがな」
「はい……といっても武器はすでに選んであります。おそらく記憶を失う前の私が選んでおいたのでしょうね」
「そうか……」
「うーん……それにしてもすごい数ですね。シド殿、《聖槍》というスキルに相性が良いスキルは何かあるでしょうか?」
武器を選んでるのならあとはクラフトの説明をすればいいか、とセラの言葉を半ば聞き流していた。だから聞き間違いかと思って問い返す。
「……いまお前なんて言った?」
「《聖槍》というスキルに相性が」
「それ以上はいい。……せいそう?」
「はい。聖なる槍と書いて《聖槍》です」
はっきりと言い切ったセラに疑いの余地はないように見えるのだが、《聖槍》なんてスキルを俺は知らない。セラが何か間違っているのではないかと、彼女の隣へと移動する。
「ど、どうされたのですか?」
「ウィンドウを可視化モードに切り替えてくれ」
「はい?」
「右下のほうに目みたいなマークがあるだろ。それをタッチしてくれ」
セラはよく分かっていない様子だが、俺の様子がさっきまでと違うからか指示に従ってウィンドウを可視化モードに変えてくれた。
俺の目にも見えるようになったセラのウィンドウは、基本的に俺のものと代わりはない。スキルスロットの数も8個だ。……だが1番上のスロットには、セラが言ったように《聖槍》と表示されている。
……見間違いじゃない。……俺が見落としていたのか。
視線を自分のウィンドウに向け、空いているスロットを選択。表示されたスキルをスライドさせながら確認していく。《聖槍》という名称からして《槍》スキルに分類されるはず。だが何度確認しても《聖槍》なんてスキルは見当たらない。
槍を装備した状態で盾を装備できるようになる補助的なスキルか、と思い、別の部分を確認し始める。
「……………………」
「……どうかされたのですか?」
「……いや……別に」
膨大なスキルをくまなく探した結果、ひとつだけ見知らぬスキルを発見した。
そのスキルの名称は《聖槍》――ではなく《二刀流》。名称からしておそらく《双剣》スキルの上位または派生のスキルだろう。ゲームのようなシステムが存在している以上、上位スキルのようなものが存在していても何らおかしくはない。だが現時点で現れるのはおかしい。
普通に考えれば、このようなスキルはその下位のスキルの熟練度がある一定以上の値に達する、といった条件を満たすことで出現するはずだ。
俺は異世界から来た人間の中でも行動を起こしたのは早いほうだ。戦闘の回数だってトップのほうだろう。だがスキルの熟練度は上位スキルが現れそうな数値には上がっていない。俺だけでなく、他の人間だって上がってはいないだろう。
これに加えて俺の武器スキルは《片手直剣》だ。《双剣》が存在するのだから俺の選んでいる武器スキルが《二刀流》に関係する可能性は低いだろう。それなのに《二刀流》というスキルが出現した……。
《聖槍》という現状ではユニークスキルと呼べる特別なスキルを持った記憶喪失の女性。その女性に会ったことで出現した《二刀流》。このように言えるのは、森に向かう前に何か試しにスキルをつけてみるかと思って一度確認していたからだ。
これから導き出される答えは……何かしらのクエストが始まろうとしているのか。いや、承諾した覚えはないがすでに始まっているのか。……こちらに承諾した覚えがない以上、まだ始まっていない可能性はある。
特別なスキルがほしいかと言えばほしいが、巻き込まれる形でのクエストの参加はご免だ。この世界がゲームではなく現実である以上、期間も危険度も不明なクエストを受けるつもりはない。
「え? シ、シド殿、どこに行くおつもりですか?」
「急用ができた」
「そ、そうですか。それなら仕方がありません……って、なんで急用ができるのですか! 私以外とは話されていないはずです!」
「お前と会う前から用があったんだよ」
セラに会う前からクエストを受けていたので嘘ではない。
クエストをくれるNPCのような人間は、昼と夜とでは行動が違う。俺が受けていたクエストも夜になると、家の扉を閉めてしまうのでアイテムを渡せなくなってしまう。まだ時間には余裕があるが、早めにクエストを完了させて自室でゆっくりしたい。今日は疲れた。
気分の悪い話になるが、俺がクエストを完了させてしばらくすると、またクエストを始められるように依頼主たちは元に戻る。
この世界の人間たちの話を聞いた限り、俺を含めた異世界の人間が現れてからNPCのように行動する人間が現れた。いや現れたという言い方は適切ではない。その人物を知っている人間もいるのだから、変わったという言い方が正しいだろう。
この世界の支配者と呼べそうな人物は性格が悪いだろう。暇なのか知らないが、俺を含めた異世界の人間だけでなく、この世界の人間の人生を歪めたのだから。
「そうだったのですか……それでは仕方がありませんね」
「……クラフトの使用方法だが、スロットにある武器スキルをタッチしたらいくつか項目が出るはずだ。その中からクラフトを選んで、表示されたクラフトをタッチすれば勝手に発動する。技の構えさえ覚えれば、その構えを取れば何かしらの力が働いてるのか勝手に発動してくれる。街の近くの草原に出るモンスター相手に練習でもするんだな」
クラフトについて教えると発言したため、これを言わないで去るのは気分が悪く、簡潔にではあるが説明することにした。
セラは先ほどまでと違って一気にされた説明に不安げな顔を浮かべる。が、これ以上関わりたくなかった俺は静かに歩き始めた。