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01

 見上げれば、澄み切った青い空と太陽が視界に映る。

 何の変哲もない光景だが、視界の左上に固定されて表示されている横線の存在に違和感を覚えてしまう。

 この横線は、HP(ヒットポイント)を意味しており、俺の生命を可視化したものといえる。深く考えれば、違和感を覚えるのはこれだけではない。俺の背中には、やや小ぶりな剣があるのだ。

 法の下で生活している人間が所持するには許可が必要な品物だろうし、俺のように学生として生活していた人間は所持しようと思わない物だ。

 だが、俺がいま置かれている状況ではなくてはならないものとなっている。

 俺がいまいるのは、《はじまりの街》と呼ばれる塔に挑む人間が準備を整える場所。そこの近くにある小さな森の入り口だ。小規模な森ではあるが、方向感覚を狂わせるほどの大きさは充分にあるし、中には俺を亡き者にしようと見境なく襲ってくる生物が存在している。武器もなしに入るのは自殺行為と言えるだろう。


「今日こそ取れるといいんだが」


 森の中に足を踏み入れると、視界が薄暗くなる。とはいえ、日陰に入ったときの薄暗さなので視界が悪いと言うほどのものではない。それにこの森には何度も足を運んでいるため、マップを見なくてもどこに向かって進んでいるか分かる。

 俺がこの森に来た目的は、ここに生息しているモンスター《リトルプラント》が落とすレアアイテム《リトルプラントの胚珠》を手に入れたいからだ。

 このアイテムは薬になるらしく、病をわずらっている子供を救える。

 これだけ聞けば、俺は心優しい人間だと思われるかもしれない。だが俺は自分の命をかけてまで、見ず知らずの人間を救うほどお人よしではない。目的のアイテムを渡せば、いま所持している剣《ショートソード》よりも良い剣がもらえるから、俺はここにいるのだ。


「さて、そろそろリトルプラントがいる中央付近だが」


 直後、俺の視界に小さなカラーカーソルが表示される。カーソルの色はモンスターを示す赤。だが《索敵スキル》によってカーソルの反応距離が増加しているため、まだモンスターの姿を視界に納めることはできない。

 この赤色の濃淡で、モンスターの危険度を測ることもできる。強敵であればあるほど赤みは濃くなり黒っぽく逆に弱ければ淡くなり白に近づく。

 いま俺の視界に映るカーソルの色は、デフォルトくらいの赤だ。モンスターの名前は目的を達するために倒さなくてはならないリトルプラント。リトルとついているが、最低でも体調が1メートルを超える自走できる捕食植物だ。


「……正直見飽きたな」


 胴の下には移動用の無数の根。頭にあたる部分には4つに分かれて開き、牙のようなものがある捕食用の口。開閉するたびに粘液がダラダラと垂れるため、見ていて気分のいいものとは決して言えない。


「それにハズレか」


 目的のアイテムである《リトルプラントの胚珠》は、頭に花を咲かせているリトルプラントしか落とさないらしい。

 花付きのリトルプラントは、普通のリトルプラントに比べて数が少ない。遭遇率が低い上に、滅多に落とさないアイテムと思うとやる気がなくなる。

 だが普通のリトルプラントを倒すと、花付きの出現率が上がるという話を耳にした。加えて、衣食住に金銭は必要不可欠。普通のリトルプラントでも狩っておいて損はない。


「数は1。一気に終わらせる!」


 剣を抜きながら距離を詰める。

 こちらに気づいたリトルプラントは、シュルルルゥといった咆哮を上げ、手にあたる部分のつるをムチのようにしならせて撃ちこんで来た。瞬時に軌道を見切り、右に跳ぶようにして回避。そのまま側面に回り込みつつ、剣を持っている腕を肩に担ぐように折りたたむ。刀身を緑色のエフェクトが包む。


「そこだ!」


 こちらを振り向いたリトルプラントに、風のような速さで接近し、すれ違いざまに人間で言えば首にあたる部分に一撃入れる。それにリトルプラントは悲鳴を上げ、奴の頭上に表示されている横線が一気に減る。

 単発突進技《ソニックエッジ》。俺の所持しているスキル《片手用直剣》の技のひとつだ。射程はそこまでないが突進スピードが早く、やろうと思えば上空に対しても行える剣技だ。


「ちっ」


 俺はリトルプラントを何度も倒しているため、上手く弱点部位にクラフトを当てることができれば一撃で葬れることを知っている。

 クラフトというのは、武器スキルの熟練度を上げることによって習得できる技だ。一般的にはクラフトだけで呼ばれるが、詳しく話すときは剣に分類される武器の技はソードクラフトというような形になっているようだ。

 クラフトを発動するとその技に決められた動きが完了するまで、他の行動は一切できないに等しい。それは身体の動きをアシストする力が働いているからだ。だがこのとき、腕の振りや蹴り足次第で威力をブーストすることができる。覚えておくと役に立つテクニックではあるが、少しでも失敗があればスキルの発動を妨げる。使いどころを選ぶ必要があるテクニックと言えるだろう。

 このテクニックは習得するまでに、勘の良い人間でも数日は練習用の人形にひたすらクラフトを撃ち込み続ける必要がある。このように言えるのは、元の世界でやっていたゲームで10日ほど練習した時期があるからだ。経験のある俺が数日かかったのだから、初めての人間が1日でできるわけがない。できたやつがいたなら、そいつは天才と称される人間だ。

 俺はいまの攻撃にこのテクニックを使い、見事に威力ブーストに成功した。だが武器にはそれぞれリーチがある。ショートソードはその名前でも分かるとおり、剣の中でも刀身が短い部類だ。そのためリトルプラントにぶつからない軌道で攻撃を行ったこともあり、攻撃がわずかに浅かったのだろう。

 とはいえ、弱点に強烈な一撃が入ったことに変わりはないため、リトルプラントは怯んでいる。スキルの硬直が切れるのと同時に接近し、弱点に軽めの水平斬りを入れる。


「シャッ……!」


 HPバーがなくなったリトルプラントは、短い悲鳴を上げて硬直し、光の粒子となって消えたいった。

 これがこの世界の消滅。なんとも虚しく、儚い光景だ。いつか自分もこうやって消えるかもしれないと考えると、胸のうちに冷たいものがよぎる。

 そんな感情から俺を現実に戻したのは、戦闘終了後に視界に表示される精算画面と呼べそうな、アイテムと金貨ガルの取得ウィンドウだった。


「……次に行くか」


 気持ちを切り替えながらウィンドウを閉じ、リトルプラントを探して歩き始める。

 アイテムはほしいが、空が茜色に染まる頃には狩りを切り上げる予定だ。まだ時間帯で言えば昼前であるため時間に余裕はある。だがアイテムの手に入りにくさや昼食、耐久度の減った武器のメンテナンスを考えれば今日中に目的を達成できるか分からない。

 それに俺以外にも俺と同じ目的の人間もいるはずなのだから、時間のロスはできるだけしたくない。




 今日はリトルプラントが大量発生しているのか、俺以外にリトルプラントを狩っている人間がいないのか20分ほど歩き回っただけで10匹以上のリトルプラントに遭遇した。

 日によっては数時間探し回って数匹という場合もあるので、ある意味今日はついているかもしれない。本当についているなら遭遇したリトルプラントが全て花付き。目的のアイテムを手に入れることができているのだろうが。


「……ん?」


 視界にカーソルが出現した。複数のカーソルが重なっているようで、微妙に膨張して見える。

 右手の人差し指と中指をくっつけ、そこに親指を合わせる。胸の中央付近でケータイやパソコンで画面のズームする際のように指を開くと、メインメニュー・ウィンドウが出る。

 マップを呼び出すと、索敵スキルの連動によってモンスターを示す赤い点が3つと、人間を示す緑の点がひとつ表示されていた。赤い点が緑の点を囲んでいるため、どうやら誰かがモンスターに襲われているらしい。


「はぁ……」


 状況から察するに、モンスターに襲われているのはスキル技もまともに使えない戦闘初心者だろう。

 この世界はゲームのようなシステムが存在しているだけに、俺を含めた異世界から来た人間――特にゲームをあまりしていなかった人間にとっては不利な世界だ。

 異世界から人間が召喚されてから1ヶ月ほど経とうとしている。生活費を稼ぐために、俺のように街から出て戦闘を行っている人間は3桁には達しているはず。腕に自信のある人間の中には、塔に挑んでいる奴もいるだろう。

 街の外に出る人間はまず街周辺の草原のモンスターと戦闘するはず。この森に来るのは、戦闘の感覚に慣れてからのはずだ。集団で行動している場合は別だが。

 こう考えると初心者という推測より、普段はパーティーを組んで戦闘を行っていたが何かしらの理由でソロで戦うことになった人間という推測のほうが正しいかもしれない。


「……放っておくわけにはいかないよな」


 自分を優しい人間だとは思っていないが、ここで無視して死なれては気分が悪い。もしかすると異世界から来た人間ではなく、この世界の住人だという可能性もあるが、どちらにせよ人間であることに変わりはない。

 俺は冷たいと他人から言われたことがあるが、生命が関わる状況の場合は人並みの行動をするようだ。このことを喜ぶべきなのか、冷酷になれない自分を責めるべきか迷う。この世界で生き残る可能性を上げるならば、断然無視するべきなのだから。


「……いや、場所は中央付近だ。もしかしたら花付きのリトルプラントかもしれない」


 そう考えれば、いまからやろうとする行動にもメリットが出てくる。

 目的のアイテムがドロップするかは分からないが、そもそも花付きを倒さなければ手に入る可能性が0%だ。いまのところ花付きに会えていないため、もしも花付きがいて他の誰かに倒されたとなると不愉快な気分になる。

 ここは助けにいくという形の獲物奪いに行くしかない。




「「「シュルルルッ!」」」

「そう簡単にはやられはしません」


 向かった先に花が付いている3体のリトルプラントを確認した。目的のアイテムを手に入れる大チャンスと言える。だが俺はリトルプラントと戦っている人物――女性に目が行ってしまい、何も行動しようとしない。

 短く切りそろえられた金髪や凛々しさを感じさせる端整な顔立ちに目が行ってしまった。だがそれ以上に、彼女の装備に目を奪われた。

 彼女の右手には、西洋の騎馬兵が使っていたようなランスが握られている。このランスの銘は《アイアンランス》。《はじまりの街》で売られている安物の槍だ。これだけなら気にも留めない。俺が目を奪われてしまったのは、彼女の左手に盾が装備されていたからだ。

 このゲームが混じったような世界《クルシス》では、武器や防具に関しては頭、胴、両手、両足とそれぞれ装備欄が存在する。俺で言えば、右手にショートソード。胴にレザーコートということになる。

 槍は一般的に両手の装備欄を使用する武器。盾を装備するには右手か左手の装備欄をひとつ使用する。この条件が存在する以上、槍と盾を同時に装備している彼女は異例の存在だ。

 なぜこう言えるかというと、《ブレイブブレイド・オンライン》というゲームのシステムにこの世界に存在しているシステムが酷似しているのだ。

 このゲームを簡単に言えば、塔の上に存在している城に封印された女神を救えというVR技術を用いたフルダイブ型のMMORPGだ。この世界の世界観にかなり似ている。

 俺を含めた異世界の人間は、このゲームを起動してアバターを作りログインしたところでこの世界に召喚されたという過去を持つ。ほんの一月ほど前のことだが。

 正式にサービスが始まる前に様々な情報が公開されていたことに加え、俺は運良くテストプレイに参加することもできていた。序盤の知識やシステムについてそれなりの知識を持っている。だから彼女の装備に違和感を覚えるのだ。


「「「シュルル!」」」


 3体のリトルプラントが、女性目掛けてムチのようにつるをしならせる。それを女性は、最低限の体捌きでらくらく回避してみせた。

 女性は盾を前方に出しながら槍を大きく引き、攻撃態勢を取る。


「はあっ!」


 気合の声と共に彼女は地面を蹴った。先ほどの攻撃で5メートルは離されていたのにも関わらず、一瞬にして自分の得物の攻撃範囲までリトルプラントとの間合いを詰める。閃光のような突きは、リトルプラントの胴に命中し、全体の6分の1ほどHPを削った。

 両手武器とはいえ、あのランスは最初の街で買える物だ。それほど攻撃力が高いものではない。クラフトを使用したのなら理解できるが、片手で持って発動するクラフトはなかったはずだ。クラフトではないとすればただの攻撃……ただの攻撃であの威力を出せるのなら、クラフトはどれだけの威力になるのだろうか。


「む、手ごたえは充分なのに仕留められない。化け物だけはありますね」


 女性はヒット&アウェイで戦い続ける。本物の武を学び、長年自分なりに鍛錬してきたように感じさせる華麗な立ち回りに見惚れそうになる。だが、それがさらなる違和感を感じさせる。

 重装備なのにも関わらず、攻撃を避けることができている。彼女には盾を捨ててしまっても戦える余裕があるはずだ。そうすればクラフトを使用できるようになるし、槍のクラフトには範囲技が多いのだから一気に片付けることができるはず。なのになぜ彼女はそうしない……。


「シュルゥ!」


 女性の後方から頭に《実》のような球体をつけているリトルプラントが1体現れ、彼女に向けてつるを叩き落した。


「……甘いッ!」


 不意打ちだったにも関わらず、彼女はとっさに盾で防ぎつるを弾き飛ばすと、頭目掛けて鋭い一撃を放った。


「止めろ!」

「え? ……」


 俺の声に彼女の動きは鈍ったが、静止までには至らず槍の先端が実に触れた。直後、実が破裂し強烈な匂いと煙が発生する。それはすぐさま森一面に広がっていく。

 前方だけでなく右にも左にも、後方にも無数のカラーカーソルが出現する。数は最低でも20はあるだろう。

 ここからすぐに離れなければならない、と思い走りだそうとするが、すぐさま無駄な行動だと理解した。一撃で葬り囲いを突破できたとしても、リトルプラントの最高速度は戦闘中はつるや酸を使って攻撃するため分かりづらいが見た目よりも遥かに早い。足場の悪い森の中では追いつかれる。2、3体ならひとりでもどうにか相手にできるが、それ以上となると防戦一方になるだろう。


「……いや、諦めるな」


 考えることを放棄しそうになる自分を鼓舞するように喉から押し出す。

 少なくともモンスターの増援まではまだ時間がある。女性に敵の注意を引きつけてもらえば、目の前にいる奴らを倒すのに時間はかからないはずだ。一度にまとめてモンスターがこなければ生き残る可能性は充分にある。


「はあぁッ!」


 内心に芽生えた恐怖心を消すように声を上げながら接近し、中央にいたリトルプラントの弱点目掛けて《ソニックエッジ》を発動させる。疾風と化した刃は、リトルプラントの頭を吹き飛ばし一撃で絶命させた。


「あなたは?」

「そんなことは今はどうでもいい。お前は何を考えているんだ? 自殺志願者か何かか?」


 どうにも焦りは消せないらしく、女性の言葉に早口で返す。

 女性は俺が怒っているように見えたのか、先ほどよりも小声で返事を返してきた。


「いえ、死にたいとは思っていません」

「だったらなんで《実》に向かって攻撃したんだ。あれを壊したら森中のこいつらが集まってくるんだぞ」

「そうなのですか?」


 本当に知らなかったという彼女の反応に、胸のうちで舌打ちする。

 そんなことも知らずに森に入っているだけで自殺志願者だ。なんで俺はこんなやつを助けようなんて考えたりしたんだ、と後悔してもすでに遅い。


「よく聞け、いまここに最低でも20匹向かってきてる。俺とお前が生き残る道は、向かってくる全てのモンスターを全滅させる他にない」

「なるほど。それは分かりやすい勝利条件ですね」


 緊張が感じられない彼女の爽やかな笑顔に、焦りを覚えている自分がおかしいのかと疑問を抱いてしまう。

 が、それをすぐに振り払い、意識を目の前にいる植物に戻す。


「その勝利条件を達成するための作戦だが、俺は一撃で奴らを倒せる。とはいえ、こっちの動きを警戒されては、実行するにも時間がかかる。そうなれば敵が裁ききれないほど増えてゲームオーバーだ。そうならないためにも、あんたはできるだけあいつらの注意を引き付けてくれ」

「分かりました!」


 いま置かれている自分の状況を理解したのか、潔い返事が返ってきた。

 女性は一気にトップスピードで駆け、2体のリトルプラントにすれ違い様に軽く突きを入れた。電光石火の早業だったが、リトルプラントたちはきちんと誰に攻撃されたのか理解したようで、女性をターゲットにする。

 右側のリトルプラントはつる、左側は酸を吐こうとする動作を見せる。

 おそらく彼女なら回避できるだろうが、注意を引きつけるということを意識して盾で防ごうとするかもしれない。つるのほうは問題ないが、酸を防ぐのはまずい。増援がある以上、武具の消耗は最小限にしなければ生存率が下がってしまう。

 本来ならこの程度のことは注意する必要はないのだが、彼女はどうも知識が欠けているところがある。念のために言っておいたほうがいいだろう。


「酸は防がずに避けろ。腐食されて使い物にならなくなる!」


 無言で頷き返した彼女を見た俺は、2体のリトルプラントが自分の目の前にくる位置に移動した。後方へ大きく剣を引くと、刀身から水色の光が発生する。


「――ッ!」


 不思議な力によるアシストを受けた俺の身体は、驚異的な加速を受けて前方へと進む。突き出すように振るった剣は、2体の弱点部位に命中し頭と胴を切断した。一撃では2体は無理だと思ったが、どうやらクリティカルヒットしてくれたようだ。

 単発クラフト《スラスト》。突くように剣を振るうため、貫通力がある技だ。

 目的であるアイテムはドロップしなかったが、状況が状況だけに落胆はしない。アイテムよりもまず現状を打破することが先決だ。死んでしまってはアイテムを手に入れても意味がないのだから。


「お見事です。どうやったらあなたのような技が出せるのでしょう?」

「その質問は生き残れたら答えてやる。次が来るぞ」


 モンスターどころかクラフトの知識がないと取れる言葉に、彼女への疑問が深まったがあとに回すことにした。今はそんなことを気にしている場合ではない。

 少しの時間差で2、3体ずつ増えていくリトルプラント。女性が注意を引きつけ、俺が片付けるという作戦を取ったおかげで、どうにか戦える数に抑えられている。

 だが倒したリトルプラントの数が20を過ぎても、こちらに向かってくるリトルプラントが途絶える様子がない。赤いカーソルは常に表示されたままだ。


「はぁ……はぁ……まだ終わらないのか」


 絶え間なく増え続けるリトルプラントに愚痴をこぼす。

 ほとんどのリトルプラントを一撃で葬れているが、戦闘した数が数だけにそれでも俺の愛剣はところどころ刃こぼれしている。見て分かるとおり、かなり耐久度が減っているだろう。このまま行けば、近いうちに壊れる。

 昼には一度街に戻るつもりでいたから予備の剣は持っていない。いま使っている剣が壊れてしまえば、俺は戦えなくなる。そうなれば彼女ひとりで戦うしかなくなる。だが彼女は自分のクラフトの発動の仕方が分かっていない。

 リトルプラントのことやクラフトの知識のなさからして、メニューを開いてクラフトを発動させる手順を説明しても彼女は実行できないだろう。今のペースで狩れなくなれば、俺たちは無数のリトルプラントに囲まれて袋叩きになる。

 ……頼む、これ以上増えないでくれ。心の中でそう願いつつ、剣を振り続ける。

 これまでに回復アイテム代や宿代などのために、小休憩を挟みながらだが1日中モンスターを狩るということを何度かしたことがある。ベッドに倒れこむのと同時に寝てしまうほど疲労したものだ。だがモンスターとの戦闘よりもモンスターを探すのに苦労した。

 いま俺が感じている疲労は、そのときに感じた疲労よりも濃い。一撃必殺の攻撃を続けなければ、死へと一気に向かうという精神的疲労。できる限り一度に多くのモンスターを仕留められる位置への移動に、クラフトを使用しているとはいえ、絶え間なく動かし続けている腕。身体が重いと感じるほど、身体的疲労も溜まっている。

 それでも動きを止めることなく戦い続けられたのは、表情を歪めながらも敵の注意を引き続けてくれている彼女のおかげだ。敵からの攻撃回数を考えれば、精神的疲労も身体的疲労も俺よりも上のはず。そんな彼女が動きを止めないのに、俺が止まるわけにはいかないだろう。

 俺たちは1時間ほどリトルプラントの群れと戦い続けた。倒した数は100匹近く、いや感覚的には100匹以上葬った気がする。

 長時間の戦闘の末、残る敵もあと1匹。これまで戦った普通の個体より一回り大きい。そのぶん頭には成長した花が咲いている。


「せりゃあぁぁッ!」

「はあぁぁぁぁッ!」


 俺たちは疲労した身体にムチを入れるように声を張り上げた。女性は渾身の突きを胴へ放つ。クラフトではないが強烈な一撃にリトルプラントは怯む。

 そこに俺は青い光を纏った剣を右斜め上から斬り下ろし、勢いを殺さないまま1回転。右斜め下から左斜め上へと一気に振り抜く。攻撃の軌道がX字になるように斬る2連撃技《バーチカル・クロス》。俺がいま所持しているクラフトの中で数少ない連撃技だ。

 俺たちの攻撃によってHPバーの全てを消滅させられたリトルプラントは、断末魔の叫びを上げながら光となって消えていった。 リトルプラントが、光となって消滅するのと同時に拳大の何かが落ちる。それは転がって俺の足元までやってきた。

 俺は身を屈めて足元の球体を手に取り、確認すると《リトルプラントの胚珠》と表示された。

 普通に手に入れていたならば、声を上げて喜んでいたかもしれない。だが精神力の糸が切れたいまは、少しでも力を抜けばぶっ倒れそうなくらい疲労困憊。俺は黙ってポーチにしまい、深い息を吐き出した。



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