07 悪代官もといクソ生意気皇子様の登場
「その娘に教えてやったらどうだ、魔術師リーア・オヴィネン」
つかつかと足音を立てて、歩み寄ってくる。その足音はやっぱり軽く、手が届く距離まで近付いた彼の姿は……うん、小さい。
四歳か五歳かくらいかな?
十歳上の従姉のところの男の子が、今年年長さんだ。背丈もぷにっとした頬っぺたも、ちようどこんな感じ。
青みがかった黒髪はさらさら。白くてすべすべの頬っぺたは……お餅、ううんマシュマロみたいだ。ほんのりピンク色に染まっているから、イチゴマシュマロだな。
ぱっちりとした二重の瞳は光を透かしたような群青色。まだ幼児体型ではあるけれど、足長いなーこの子。目鼻立ちもくっきりしていて、幼児のくせに美少年への道を確実に歩んでいる。
「……なんだ、娘」
チビっこ、もといレーヴィット殿下は不快そうに目を細める。ずいぶん機嫌が悪そうだ。ふと、隣にいたリーアさんが跪き頭を垂れているところだった。
あれ、わたしも頭くらい下げた方がいいのかな? なんて考えていたら、立ち上がったリーアさんに思いっきり腕を引かれていた。
「頭が高い!」
一瞬、時代劇のワンシーンが頭をよぎる。反論する前にそのまま頭を床にねじ伏せられた。
「失礼致しました」
「よい」
頭の上では異世界版時代劇が繰り広げられている。なんだ、これ。わけがわからない。
まあつまりは、チビっこといえども、この子はかしずかなければならないような相手というわけか。薄ら腹立たしけど、郷に入っては郷に従えっていうもんね。
ここは身の安全のために、わたしも時代劇のキャストに加わったつもりになってみようか。
リーアさんの力が緩んだ隙に手を振り払い、改めて「ははーっ」って感じに額づいてみせる。
「先ほどは失礼つかまつりました。して、リーア殿に教えて貰えとは、如何なことでございましょうか?」
どうだ! これで文句は言えまい!
と胸を……張れないが、殿に使える家臣になったつもりで厳かに言ってみる。なのに。
「娘、殿下に直接口をきこうとは失礼ですよ」
ちょっとリーアさん……じゃあ、どうすればいいわけ?
「かまわん。娘、名は?」
お、殿下の方が理解があるな。
「はっ! 拙者、名はカヅキ、姓はクスモト。カヅキ・クスモトと申します」
「ではカヅキ・クスモト。教えてやろう、我が身に呪いを掛けたのは、リーア・オヴィネンである」
リーア・オヴィネン?
一瞬、殿、じゃなかった殿下の言葉が理解できなかった。
「リーア・オヴィネンって、あの……」
ちらり、とリーアさんを見る。すると、ものすごく気まずそうに目を逸らされた。
「そう、この女こそが呪いを掛けた張本人だ」
「ええーっ! ホントですか、リーアさん!?」
「娘! 殿下の前で……」
「その殿下に呪いを掛けた方がどうかと思いますけど!」
「……くっ!」
悔しそうに歯噛みをするリーアさん。
うわ、殿下に呪いを掛けたって本当なんだ。
ふと、湧き上がった疑問を解消すべく、小さく手を挙げて訊ねる。
「質問がありま……殿下にお尋ねしたいことがございます」
「構わん。続けよ」
リーアさんに再び非難の視線を向けられるが、幼い声に促される。
「この国では王族である御身に呪いを掛けても、罪に問われないのでありましょうか?」
「通常なら死罪だな」
「リーアさんは、通常ではないと?」
「まあ……そんなところだ」
一瞬、言葉を詰まらせたものの、偉そうな物言いは健在だ。
通常なら死罪であるところを、なぜリーアさんは赦されているのだろう?
考えれるのは二つ。
その一、殿下に非がある。
その二、殿下が望んだ。
ってところかな?
どうみてもリーアさんは殿下に害意があるようには思えないし、こうして呪いを解こうと尽力しているのだから、原因は殿下が握っているに違いない。
理由を二人が話してくれる様子は……無い。リーアさんは決まり悪そうにだんまりを決め込んでいるし、殿下は殿下で、どこ吹く風って他人事の様子だし。
「……リーアさん、どうして殿下に呪いなんか掛けたんですか?」
「得体の知れない貴様に教えるわけにはいかない」
「でも、呼び出したのリーアさんですよ? それに呪いを掛けたのもリーアさんですよね? 自分で解けないからわたしを呼び出したわけですし」
険しい目で睨まれる。ちょっと言い過ぎたかなとは思う。でも、ここで負けるわけにはいかない。
役立たずと排除なんか、されて堪るか!
「わたし、魔法は使えませんが、王家に仕えるような優秀な魔術師であるリーアさんが呼び出したのです。魔法を使えないわたしだからこそ、殿下の呪いを解くカギを持っているって思いませんか?」
にっこり、と余裕をかませた笑みなんて浮かべてみせる。脳内イメージは魔法少女ピンキーポップの悪役キャラ、レディ・ブルー。クールビューティなキャラになり切ってみる。ま、わたしはクールもビューティも程遠いけれど、イメージって大事じゃない?
もちろん、呪いを解くカギなんて持っていません。王子さまの呪いを解くのは、姫君のキス……あれ、反対だったかな……くらいしか思いつかないし。
「お前から話にくいのなら、私から話そう」
にやり、と殿下が笑う。なんか幼児の表情じゃないのが怖い。
「レーヴィット様」
「よい。一応俺が原因でもあるのだからな」
あ、俺って言ってる。でもその顔はやっぱり幼児のものじゃない。殿下、王族だからって理由もあるのかもしれないけれど、なんか得体が知れないチビッ子だ。
「まあ、大したことじゃない」
小さく肩を竦めると、苦笑交じりに溜息を吐いた。
「リーアの逆鱗に触れてしまった結果がこれだ」
腕を広げて、自分の姿を指し示した。