04 リアル魔法使いの世界へ
――お前がレーヴィットさまの呪いを解く者か?
レーヴィットさま?
呪い?
一体なんのことだかわからない。
そもそも、ここはどこなのかもわからない。
それに、この人たちは……一体何者?!
ハヴェックと呼ばれる老人は、明るい琥珀のような色をした瞳でわたしを射殺さんばかりに睨み付け、もう一度同じ台詞を繰り返した。
「……お前がレーヴィットさまの呪いを解く者、でいいのだな?」
「ええと……あの」
怖い。「違います」なんて言った途端、射殺されてしまいそうなほどの眼力に身が竦む。でも嘘を吐いて、それが嘘だとばれたら……もっとマズイことになりそうな予感がする。
「……違います」
必死に振り絞った声は、まるで蚊の鳴くような声だった。残念ながら老人の耳には届かなかったようだ。
「今なんと申した?」
あれ? もしかして耳が遠いとか?
「だからあの」
違います。と繰り返そうとした時だった。
「ハヴェックさま!」
飛び込むように、間に割って入ってきたリーアさんだった。
「この者は召還されたばかりで、まだ己の状況が理解できないのです。今訊ねたところでまともな対応は期待できません」
確かにそうかもしれない。でも、まともな対応くらいはできると思うんだけど。
すると、ご老人の隣でずっと黙っていた男の子が不意にこちらを見た。目が合う。まだ幼稚園くらいだろうか。かわいらしい顔立ちをしているのに、妙に目力が強くて、つい怯んでしまう。
「リーア」
やけに偉そうな口調で言い放ったのは、目力が強い男の子だった。
「はい」
リーアさんは恭しく跪く。
小さな子に対して、大の大人が謙るような態度を取る光景は、結構驚きだった。もしかすると身分が高い子なのかもしれないけれど、なんだか生意気そうだ。
すると男の子は、偉そうに言った。
「少しこの娘と話がしたい」
この娘って、もしかしてわたしのこと?
男の子と目が合った。思わず自分の鼻の頭を指差すと、男の子は小さくうなずいた。
まさかこんなちびっ子に「この娘」呼ばわりされるとは……どういうこと?
呆気に取られているわたしの隣で、リーアさんは眉を寄せて頭を振った。
「なりません。この娘は穢れている故、清めないとなりません」
穢れているって、不潔ってこと?
確かに制服にはさっきまでいた実験室の臭いが染み付いている気もする。だからといって不潔にしていて臭いわけじゃない。
「少々お時間をいただきます」
彼女は軽く膝を折って華麗なお辞儀をすると、黒いスカートを翻して歩き出した。むんずと、わたしの腕を取って。
「ひゃあ!」
思わず悲鳴を上げると、リーアさんは鬼の形相で人差し指を自分の唇に押し当てる。いわゆる「しぃーっ」という仕草だ。
『さっきから黙っていれば、人のこと臭いとは失礼じゃないですか?!』
……と言ったつもりだった。
『あ、あれ?』
声が出ない。必死に口は動かしているのに、声がまったく出てくれない。
「少し黙っていて。悪いようにはしないから」
リーアさん言葉を聞いてピンときた。
わたし、魔法で喋れなくなっちゃったんだ!
すごい、すご過ぎる……。
できればもっと違う魔法をかけて欲しかったな、なんて思いながらも「魔法をかけられた」という事実に感動してしまう。そんなわたしを、リーアさんは一瞥すらせず、ぐいぐいと引っ張って歩いていく。
ふと我に返って周囲を改めて見渡した。
窓ひとつない壁はレンガっぽい材質で出来ているようだ。赤茶け黒ずんだ同じ大きさのレンガは、一定の間隔で壁に備え付けられた揺らめく照明の光を受け、濡れたように光っている。
へえ、電気じゃなくて蝋燭なんだ。
中世のヨーロッパのお城みたいな重々しさが漂っている。もちろん、実際に中世のヨーロッパのお城を見たことなんかない。映画とか、旅行番組とか、そういうのでしか見たことがないけれど、いかにもそんな感じ。
それにしても、ここって……どこ?!
そうだ。さっきからわけのわからないことばかりあり過ぎて肝心なことを忘れていたけど、どうしてわたし、こんなわけのわからないところにいるの!
魔法に感動している場合じゃなかったことに気づいた時、いかにもあやしげで重たげな雰囲気の扉の前でリーアさんは立ち止まった。
『あの、ちょっと待ってください!』
まさか拷問部屋とかじゃないよね!?
以前友達と観に行った拷問に使う器具を展示している博物館へ行った記憶が蘇る。
躊躇して足を踏ん張ると、リーアさんは忌々しげに眉をしかめる。
「さっさと入りなさい」
『ひゃあ』
もう駄目だ! 絶体絶命ってこんな状況をいうのかな!
絶望的な気持ちで扉の向こうに踏み込んだ。