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02 物理教師なのに化学の実験をしている担任の大川先生

 放課後、担任の大川に連れて行かれたのは化学実験室だった。


「っ! 先生、これは……?」

 極力、鼻から息をしないようにしながら訊ねる。

 足を一歩踏み入れるどころか、教室の引き戸を引いた途端、どう説明をすればいいかわからない異臭が鼻を突く。


「楠本、後は頼んだぞ」

 大川はあまりの臭さに悶絶しているわたしの肩を軽く叩くと、さっさと教室から出て行ってしまった。


「先生、待ってください!」

 嫌だ! こんな臭いの、絶対嫌!

 慌てて白衣の袖を掴むものの、さらりと振り払われてしまう。


「ほら頑張れ、魔法少女」

「!」

 寝言で言っちゃったんだ! やっぱり!

 羞恥のあまり、一気に顔が熱くなる。そんなわたしを見て、大川はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「ゴム手袋が流し台の下に入っているから」

 すぐに大川の後を追ったものの、すでに廊下にそのはなかった。


 ちょっとした片付けって言われたけど……。

 恐る恐る室内を改めて見渡した。

 教室自体は散らかっていない。むしろ綺麗なくらいだ。ただ臭いがすごい、というか酷い。目が痛くなるような臭いと、吐き気をもよおす臭い……こんな臭いを吸ったら身体に悪いと思えるような異臭が教室中に立ち込めていた。

 ハンカチで鼻を押さえて、恐る恐る教室の中に入る。


 これか……。

 臭いの元凶を見つけた。実験用の机に備え付けられた流し台には、ビーカーやフラスコ、試験管といった実験道具がどっちゃりと投げ込まれている。実験用具の底には、どろりとした濁った緑と、黒ずんだ黄色い液体がこびりついていた。


「後は頼んだって……」

 一体どんな実験をしていたのだろう。

 とてもじゃないが我慢できない!


 教室中の窓を開け放つと、ようやくまともに息をすることができた。

 居眠りをしたペナルティとはいえ、こんな汚物を生徒に片付けさせるなんて!

「大川め……」

 汚物の片付けなんて嫌だと、ほったらかしにして帰ってしまえばいいのだろうけど、小心者のわたしにはできそうにない。


 仕方がない。異臭が立ち込める化学実験室に、すごすごと引き返した。

 流し台の下には、ゴム手袋の他に、ご丁寧にマスクまで用意されていた。ありがたくマスクとゴム手袋を装着すると、目が痛くなるような異臭の原因の前に立った。


 担任の大川聡は教師の中でも若いということもあり、話もしやすく、生徒からも慕われている。多少の問題なら目を瞑ってくれる。遅刻しようが、居眠りしようが、授業中携帯電話を鳴らそうが、「今度は気をつけろよ」で見逃してくれていた。


 今まで何度も何度も、遅刻や居眠りや携帯電話を鳴らすクラスメイトだっている。なのに、初犯のわたしは見逃してくれないなんて、嫌われているのかもしれない。

 まあいいや。別に担任教師に嫌われたところで、困ることなんてないのだから。


 あ、でも内申に響いたりしたら困るかも……。

 そんなことを考えながら水道の蛇口を捻る。


 取り敢えず汚れがこびり付いたビーカーや試験管をざっと洗う。水の勢いである程度の汚れは取れたものの、なかなか底の汚れまでは取れなかった。

 汚れのひどい試験管二本を手に取ると、少量の水を入れ、指で蓋をしてよく振った。しばらく振り続けているうちに、底の汚れが取れたようだ。


「よし」

 ピンクと黄緑に染まった試験管の水を、まだ手をつけていない黒ずんだビーカーの中に入れると、弾けるような音が上がった。その音は、熱したフライパンに水を落としてしまった時の音によく似ていた。

 試験管を握り締めたまま、流し台から一歩後飛び退いた時だった。


「っ!」


 頭を抱える暇も、悲鳴を上げる暇もなかった。瞬間、耳をつんざくような破裂音と、炸裂する白い光に包まれる。

 かろうじて固く閉じた瞼越しに強い光を感じた途端、爆風が襲い掛かる。

 凶器じみた風圧に吹き飛ばされそうになりつつも、うずくまって、懸命に堪える。実際は数秒だったのかもしれない。でも、感覚では何十分も経ったような気がする。


 ようやく風が落ち着いて、頭部を守るように交差した腕を解くと、恐る恐る瞼を開く。

 周囲は暗かった。でも地面はぼんやりと明るい。黒く冷たい床に文字のようなものが浮かび上がっている。


 何これ?

 思わず手を伸ばそうとすると、咎めるような声が上がる。

 朗々とした低い、でも耳心地のいい女の人の声。でも言っていることは意味不明。聞いたことのない言語だ。

 怖い。でも好奇心のほうが勝ってしまった。

 わたしは声の主を一目見ようと思い切って顔を上げた。

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