11 美味しいお茶にあ裏がある
結局、ゴミの山を乗り越えて、最上階の客間へととおされた。奇跡的に客間は清潔さを保っていた。
期待通りのクラシカルな家財に囲まれた素敵な部屋だった。でも、あの散らかりようを見た後だと、ゴミが落ちていない、清潔さの方ばかりに感動してしまう。
「ここはまともだな」
どうやら息を詰めていたようだ。はあっと息を吐き出すと、長椅子にぽてっと小さな身体を投げ出す。まだ身体が小さいから疲れやすいのだろう。
いつの間にかお茶の用意がテーブルに用意されている。もしやこれも魔法? と思ったら、リーアさんが用意してくれたようです。
ポットやティーカップは異世界といえども、形はかわりないようだ。まあ、我が家にあるものよりも高級感に溢れているくらい。
おそるおそる白磁のようなポットのお茶の匂いを嗅いでみる。匂いは紅茶というよりは緑茶に近い。蓋を開くと、水色は淡い黄緑色だ。ふうん、お茶ってどこでも、あまり変わらないんだなって感心してしまう。
「何をしているの?」
険のあるリーアさんの声に驚く。
「すみません。こっちの世界のお茶ってどんなかなぁと思って」
すると、椅子に身を沈めていた殿下がゆっくりと席を立つ。
「どけ」
何おう! と思ったけれど、そうわたしは家臣でした。「ははー」と身を引くと、ものすごくイヤーな顔をされてしまう。素直に従ったのに理不尽だ。
何をするのかと思って見ていたら、なんと殿下手ずからお茶をカップに注いでいるではありませんか。
王子様も自分でお茶とか淹れるんだね、と感心していると、リーアさんに睨まれてしまう。
「貴方も。少し気を利かせなさい」
「え、わたしですか?」
「そう。他に誰がいるの?」
いや、でも。どけって言ったの殿下だし。
「少し煩いぞリーア」
「……失礼致しました」
リーアさん。額に血管が浮いています。わかります。端から見ていると、ただの小生意気なお子ちゃまだ。一見愛らしい容姿をしているから、生意気な口の利きようは大したギャップだ。
流れるような綺麗な所作でお茶を淹れると、「飲め」とぶっきらぼうに勧められる。優雅な仕草でお茶を飲む殿下を横目に、せっかくだからお茶をいただくことにする。
うわ、美味しい!
さっきは緑茶の出がらしみたいだと思ったけど、甘味と旨味が押し寄せてきた。鼻を抜ける香りが甘い花のよう。
やっぱり王室御用達のお茶は、異世界でも違うんだなあ。しみじみと味わっていると、殿下がこちらをじっと見ていることに気が付く。
なんだろう? その視線が間違いなく好意的ではないことくらいわかる。
「リーア、席を外せ」
「できません」
「リーア」
威圧的な声だ。思わず、びくっとしてしまう。
リーアさんは渋面になるものの、諦めたように「わかりました」とため息を吐いた。首から水晶ような透き通ったの珠を連ねた首飾りを外すと、殿下の首に掛ける。
「くれぐれも油断なさらぬように」
「わかった」
二人は短い会話を交わすと、部屋から立ち去ってしまった。
リーアさんに席を外せと命じたってことは、わたしに話があるってことだろう。二人になると沈黙が辛い。何か話した方がいいのかと思ったけれど、下々の者から口を利くなと言われていたのを思い出す。
仕方がないので、黙ってお茶を堪能していると、不意に殿下が口を開いた。
「美味いか?」
「はい、とても……美味しいでございます」
「そうか」
薄く微笑む。顔の作りは幼児なのに、段々幼児だとは思えなくなってくるから不思議だ。
「どうやら即効性の毒ではないようだな」
「はい?」
今、聞き捨てならない台詞を聞いた気がする。茫然としていると、殿下はさらに続ける。
「だが、まだ一刻、いや明日の朝までは油断できないぞ。ゆっくりと身体に回る毒もあるのだからな」
まさか。
危うくティーカップを取り落としそうになる。震える手でティーカップを置くと、殿下にずずいと詰め寄った。
「で、殿下。まさかこのお茶に」
「さあな」
嘘! 身体の力が一気に抜ける。
「お前が毒を入れていなければ、の話だが」
「入れて、ま、せんっ!」
「そのようだな」
今更になって、殿下がまだお茶に手を付けていなかったことに気付く。
「わたしを毒味係にしましたね」
「お前が怪しい動きをするからだ」
しれっと答えると、殿下はティーカップを手に取った。
リーアさんが「気が利かない」と言ったのはこのことだったのか。まさか、ちょっとお茶がどんなものか確認しただけで、毒を入れたと疑われるとは思わなかった。
ああ、でも、そういうことか。
わたしはまだ十分に怪しい人物だということ。
王族はお茶に毒が入るような危険が常にあるということ。
「しかも、お前は魔法が使えないのだろう?」
え!? 一体、どこでバレたの?
茫然としているわたしに、殿下は真っ直ぐな目を向ける。
「カヅキ・クスモト。お前はどうやって、私の呪いを解くつもりだ?」