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序章 反抗期の皇子様

「レーヴィット様」

 宮廷付き魔術師兼、皇子の教育係であるリーア・オヴィネンは、眼鏡の奥の双眸を細めた。リーアの視線の先には、布張りの椅子に深く身を沈めた少年。

 少年の名はレーヴィット・ノア・ユノキュイア。ユーノキュイアス王国の第一皇子である。

 リーアはこの皇子が幼い頃から教育係として勤めていたが、ここ数年反抗的な態度が目に余る。

 今日で何度目だろう。ため息が漏れそうになるのを堪えるのは。


「夕べはどちらへお出掛けされたのですか?」

 努めて冷静にリーアは訊ねる。

「敢えて聞かなくても、すでに知っているのだろう?」

 レーヴィットは書物に視線を落としたまま、つまらなそうに呟いた。


 乱れた黒髪に縁どられたレーヴィットの容貌――漆黒の髪、群青の瞳、白磁の肌。特に鋭さを宿す切れ長の目――は、賢王と謳われる先王セヴェリ・レオの若き日の面影を彷彿させると年嵩の者は語る。

 確かに十四という年齢よりも大人びて見えるものの、不貞腐れた横顔にはまだあどけなさが残る。

 幼い頃は素直で可愛かったのに……などとは、当然口に出しては家はしないが。


「市政の少年たちに紛れ込んで騒いでいた、と報告にはございますが」

「知っているなら、いちいち訊ねるな」

 リーアと目を合わせようともせず、手にした書物を目的もなさそうに捲り続けている。

「レーヴィット様。人と会話をする時は、相手と目線を合わせるものですと」

「何度言わせれば気が済むのですか――だろ?」

 レーヴィットは群青色の双眸で、鋭くリーアを睨み返す。

「お前にいちいち指図されるいわれはない」


 冷静に。冷静に。リーアは呪文のように頭の中でくり返す。

 言うまでもないがレーヴィットの両親は、国王と王妃だ。それゆえに普通の子供のように両親に甘えられない。だから実の両親よりも近い存在であるリーアに、甘えたり反抗的な態度を取ったりするのだろう。

 頭では理解している。しかし、日々反抗的な態度を取られては堪らない。


「度々あなた様が市政の少年たちと交流を図っているのは存じておりました」

「ああ、知っていたんだ」

 意外そうに青い双眸を見張る。

「当然です。あなた様は我が国の皇子なのですから」

「日頃の行動を監視されても当然か」

「レーヴィット様!」

 つい咎める口調になってしまうのを自覚して、リーアはこめかみを押さえる。

「平時でしたら多少は目も瞑りましょう。しかし、創立祭の式典の最中に、しかも街中で喧嘩とは……呆れてものが言えません」


 昨夜はユーノキュアス王国の創立祭が催された。年に一度の大きな祭りだ。国民に向けての式典や、諸侯を招いての宴が催される。

 しかし、式典にも宴にもレーヴィットの姿はなかった。リーアの機転で彼の影武者を立てて事なきを得たものの、誤魔化しきれるものではない。式典の同時刻に、街中で皇子の姿を目にした者も多い。


「民の生活を知るのも、王家の者として必要なのではないか?」

「お言葉ですが、別に喧嘩などせずとも民の生活を知ることも出来るのではないかと存じます」

「……ものが言えないという割には、よく動く口だな」

「レーヴィット様」

「得意の魔法で何とかしてくれたんだろう? 俺がいなくても別にいいではないか」

「皇子!」


 冷静さを努めていたリーアが、ようやく声を荒らげたことに満足したらしい。レーヴィットは口角を上げて薄く微笑む。

 彼の挑発に乗ってはならないと思っているのに、生意気な口をくり返し叩かれては辛抱するのも限界だ。


「……わざと挑発するのはお止めください」

 リーアはとうとうため息を漏らすと、こめかみから溢れた金褐色色の髪の乱れを整える。 

「人を試すような態度もお止めください。ご自分の行動が子供じみたものだと理解されているはずです」

「俺が何をしようと、お前に指図される謂れなどない」

「指図ではありません。これは指摘です」

「同じようなものだろう」

「違います」


 こめかみが引き攣るのを自覚しながら、リーアはあとどれだけ冷静さを保てるか考えた。

 最近のレーヴィットの態度は――王族相手に失礼は承知ではあるが、生意気なクソ餓鬼そのものである。

 自分では大人になったつもりらしいが、リーアからしてみれば、ちゃんちゃらおかしい勘違いでしかない。

 ここで舐められたら駄目だわ!


「言葉は正しく使わなければなりません」

 氷のようだと評される灰色がかった青い瞳で、レーヴィットを一瞥する。

「王家の人間ならばなおのこと。たった一言が人々に影響を与える立場にあることをお忘れになってはなりません。また、時に言葉は凶器にもなります。常日頃から心掛けておかなければ」

 神妙な面持ちで耳を傾けていたレーヴィットが、不意に小さく吹き出した。

「レーヴィット様?」

 小刻みに肩を震わせながら、レーヴィットは口角を引き上げた。

「どうりで、男が逃げ出すはずだ」

「え?」

 突然何を言い出すのだろう。急に話題が転じたことに、リーアはただ戸惑う。

「一体、何を」

「知っているぞ。かつてお前にも婚約者がいたらしいな」

「……!」

 ようやくレーヴィットが何について語り出したのか気が付いた。

「異界から来た者らしいな。この世界の男どもに相手にされなかったとはいえ、異界の男に手を出すとは、余程相手に困っていたのだな」

 レーヴィットの憐れむような声色が、忘れようとしていたリーアの過去の傷を蘇らせる。

「その話を、どこから……」


 敢えて訊ねなくても、大体検討はついている。

 しかし、ずいぶん昔の話だ。しかもレーヴィットが生まれる前の話だ。当時はそこそこ噂になったものの、流石に面と向かってリーアに言う者はいなかった。


「やっぱり本当だったんだ」

 レーヴィットは満足げに目を細める。彼女の急所を捉えたと確信したのだろう。リーアの沈黙を肯定と捉えたレーヴィットは、さらに言葉を重ねる。

「お前のような口うるさい上、尊大な態度の年増女など、いくら多少造作がいいとしても異界の男も逃げ出したくなるだろう。納得だ」


 駄目だ。これ以上レーヴィットの挑発に乗ってはいけない。

 彼は自分を怒らせたいだけなのだ。傷つけたいと思っているわけではない。やり込めたいだけなのだ。思いつく限りの言葉の刃を繰り出して、自分が優位に立ちたいだけ。

 大人は何を言っても傷つかないとでも思っているのだろう。

「お前と共に生きたいと思う者など、いないのだろうな。誰一人」

 なんて傲慢な子供なのだろう。呆れてものが言えない。


「…………おっしゃりたいことは、それだけですか?」

 小さく笑みを浮かべると、リーアは椅子に身を預けたままの少年と対峙する。

「レーヴィット様」

 彼の目の前に、ゆっくりと握り拳を差し出した。

「少々お仕置きが必要なようですね」

「え?」


 レーヴィットにようやく年相応な表情が宿るのを見届けると、リーアは凍り付いた表情に薄い笑みを浮かべた。

ようやくこの話を開始するにいたりました。

よかったらお付き合いください。

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