雪とサンタと禁断の……
季節外れなクリスマスもの。
初めての恋愛ものなので、指摘感想大歓迎です。
いろんな出会い、いろんな行事、いろんな出来事。いろいろあった今年がついに大詰めを迎えて、十二月も中旬に差し掛かった頃。ここ数日間晴れることなく曇天続きだった空から、ついに雪が降ってきた。
〝私〟という存在がこの世界に確定されてからは、二度目の冬。
ついでにいうと、私の名前の由来であるこの雪というものを見るのも、これが二度目だ。(厳密にはもっと見ているけれど、季節の巡りというわけで、大まかに二回目ということにしてもおかしくはないはず)
ぐるりと季節を見終えてから、また、初めて見たものと同じものを見る。
つまり、それは私が彼と出会ってからもう一年たったということになる。
ゆらゆら。
ゆらゆら。
ゆらゆら。
一粒一粒の雪が規則性のない動きで永遠と降ってくる不思議な光景を、窓枠に突っ立ってジッと眺めていると、くすりと背後から笑い声。
ゆっくりと振り向けば、湯気の上がるマグカップを持った彼が、こっちを見て思わず、といったように笑みを浮かべていた。
暖かそうなフリースのズボンに、長袖を二枚。さらにもこもこのチョッキを重ね着したその姿は、ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ、だるまのようで面白い。ストーブと炬燵もあるのに、とはもう言わない。夏場ですら薄手の長袖を着ている彼が寒がりなのは、とっくの昔に知っている。
にも拘らずなんでこんな寒いところに住んでいるかは、よくわからないけれど。
「雪はおもしろい?」
カップから上がる熱気と湯気を払うように吐息を吐きながら、小さく首をかしげての質問。笑われたことは不満だったけど、たしかにその通りだったから素直にうなずく。
そっか、と笑って彼も私が見ていた窓の外に──窓の外に見える雪に視線を向けるのを見て、私もまた雪に目を向けなおした。
雪を見るのが二回目だとしても、一年前と今とでは感じるものがまるで違う。
私を含め、アンドロイドは起きたその瞬間から成人を迎えた人間と相違ない知識を持っている。
でも、人格や感性というものは、AIで動いているアンドロイドでも記憶と日常の積み重ねで形成される部分が多い。強制することもできるみたいだけど、少なくとも私はなにもされていない、外界からの要因のみで今の自我を気づいているから、積み重ねによる自我形成をしたアンドロイドの例みたいなものだろう。
そんなふうに、自我が確立してからみる雪は、去年見たものとはまるで違うもののように見えた。
水が中途半端に凍って空の雲から降ってきているだけのそれは、ただの氷だと一蹴してしまうにはあまりに幻想的で、知識を知識としてしかとらえることのできなかった去年の私では到底理解できるものじゃなかったはずだ。
──綺麗だろ? これが君の名前の由来、雪だよ。
初めて雪を見た時は、そんなふうに彼が説明してくれたのを覚えている。
でも、そのときの私はまだ幻想的、なんて言葉を意味しか知らず、綺麗ですね、なんて機械的に返してしまったのも覚えている。
今から考えればその返事のしかたは失礼極まりないことなんだけど、いくらなんでも起動して一時間もたたない内にそんなこと言われて失礼なく返答しろ、なんていうのも難題だと思う。
とはいえ、彼がそんなふうにいろいろ教えてくれたのがよかったのか、今では心からの感想を返すことができるようなっていた。
綺麗なものは綺麗だと感じられるし、より良いものは幻想的だと感じられる。
だからこそ、なのか。
──外に行きたい。
自然に、そんな言葉を紡いでいた。
別に、普段から家に閉じ込められているわけじゃなくて、彼が外出するさいにはいつもその肩に乗って外を見るけど、今はただ純粋にこの雪の下を一緒に歩いてみたいと、そう〝思った〟から。
振り向けば、え〜、と嫌そうに顔を歪める彼がいた。
いいながら、絶対いかないと訴えるがごとくチョッキを着たままこたつに頭から潜ってしまう。
ある程度、予想していた反応。
でも、この程度でめげているようじゃ、彼にお願いなんてものはできない。
じゃあ私一人で。
五分くらい言い合って、しぶしぶ彼を頷かせたのは、そんな台詞。
なんだかんだ言って、最終的には私のお願いを聞いてくれるのが、彼のいいところ。ねばって、ねばって、ねばって、やっとお願いを聞いてくれる。ちょっと面倒がり屋な彼だから、仕方ないのだ。
下の服はそのまま。室内用のチョッキを脱いでジャンバーを羽織ると、彼は私にも小さな防寒着を持ってくる。着せてくれる手つきは、丁寧とはいいづらい……けど、丁寧に着せようとしていることがわかる優しい手つき。
私のように小さな介護用のアンドロイドは、基本的に弱く作られている。
もちろん、一応機械でできているから人間に比べれば私でも衝撃とかには強い。だからこの場合の〝弱い〟というのは物理的に、ではなく存在が、ということ。詳しくいえば、要所要所で人間の助けが必要な存在、というのが私だ。
助ける側なのに、弱く作られている。それは、私たちが人間の心的介護の方面にも関わっているからだ。
自分が一番だと思った瞬間、人間はいい方向にも悪い方向にも大きく傾いてしまう。障害や病気を持った人間は、自分が一番不幸なのだと、自分が一番悲惨なのだと、自分が一番弱いのだと、そう考えてしまった瞬間にあっとゆう間に弱り、衰弱してしまう。手足が両断されようと、失明しようと、癌にかかろうと、ある程度は肉体を機械化することで解決できる今だからこそ、それで解決することのできない障害を抱える人間は、なおさら。
だからこそ、私たちがその人より弱い存在であることで、その気持ちを打ち消し、なおかつ相互的に助け合うことで日常に目的を持たせるのだ。
目が見えない、音が聞こえない、足が動かない、感覚が鈍い。主人となる人間の危機的状況時に限定的に解除される以外では、そういった人間のような障害が私たちには与えられている。これは、昔病人に動物によるメンタルケアを行っていたことからヒントを得たもので、いうなれば介護犬と愛玩動物を足して賢くしたのが介護用アンドロイドの起源らしい。
ちなみに、私の場合は虚弱体質。
家のなかをちょっと動き回る程度ならともかく、外出は彼の肩を借りなきゃ絶対できないし、今みたいに着替えにも手助けが必要なほどに低い身体能力を設定されている。無理をするとオーバーヒートを起こし、寝込んでしまうほどだ(もちろん、頻繁に寝込んでいたら意味がないので一日の行動内容によって順次体質の強弱は更新される)。
体が不自由であることがどんなに辛いか。それがよくわかっている介護用アンドロイドの主人は、私たちの仕様を嫌悪することなくむしろ受け入れていて、町でもよく肩に小さなアンドロイドを乗せた人間をよく見かける。
もちろん、私の介護対象兼持ち主である彼も、その例に漏れることはない。
白いファーの付いた白いコートに、やっぱり白いファーの付いた白いブーツ。私は髪と肌も白いから、遠くから見たら雪だるまが彼の肩に乗っているようにも見えるかもしれない。たしかに可愛いのだけど、どこか単調な印象を与えるコーディネートを施して、彼は満足げに私を肩に乗せ、面倒だと呟きながらもしっかりとした足取りで雪の積もった外へと一歩を踏み出した。
さっと頬を叩く、冷たい風の壁。塗装の剥げたマンションの通路には所々薄い氷が張っている。上を見れば、私の慎重よりずっと長い氷柱がずらりと並んでいた。外気は、とっくに氷点下に達しているようだ。虚弱体質の私には、あまり好ましくはない天候。風邪は引かない私だけど、ぴりぴりと人間と同じように感覚を持った人工皮膚に嫌な痛さを感じる。
でも。
マンションの外に出れば、一面真っ白な世界。
大地と空の境が曖昧な不思議な世界。
自分自身が溶けていってしまいそうな錯覚を受けるほどに、白い世界。
降ってくる雪はもちろんきれいだけど、積もった雪も負けてない。
楽しげな笑い声の方を向けば、子供が雪車で小さな雪山から滑り降り遊んでいた。
一年前にも似たような光景を見たはずなのに、今彼の肩に揺られて見る景色は、記憶の中にあるものより何倍もきれい見えた。
綺麗なものをきちんと綺麗なものと認識して、感じられる。春の桜、夏の日差し、秋の紅葉。みんなみんな、また見たらこの雪のように感じられるのかと思うと、今から楽しみでしょうがない。……欠伸をしながら「どこ行こっかなぁ……」なんて呟いている彼は、興味がないようだけど。
それとも、見ても仕方がないなんて考えているのかも……。そう考えると、少し申し訳ないような気もした。彼にとってこの世界は、たぶん、いつもとなにも変わらないのだから。
それでも、やっぱり、出てきてよかったと思った。
私の仕事は彼の障害上、私生活での介護よりも、メンタルケアの方が優先事項とされている。
外出は適度な運動ができ、適度な運動は体の健康に繋がり、体の健康は精神の健康と安定を手伝ってくれる。面倒がり屋な彼のことだから、私が駄々をこねた、という大義名分がなければきっと、彼はこの冬、最低限の外出しかしなかっただろう。だから、多少強引にでも連れ出さないといけない。外を見たかったのは本当だけど、外出したかったのはなにも私欲だけではないのだ。
けれど、私の思いを裏切るように、私の体はこの美しい世界を拒絶した。
ぞくり、と悪寒が体の中を駆け抜ける。私に刷り込まれた虚弱体質という設定が極低の外気に反応し、私の意思へと変換され、思わず、もぞもぞと彼のマフラーの下へと潜り込んだ。もう少し景色を見ていたくてマフラーの隙間から外を見たけれど、狭くなった視界では感動も半減するものだ。どうやら、体が暖まるまではお預けみたいだ。
首もとでそんなふうにしていれば、聞かなくても理解できるとばかりに彼が、また、小さく笑いながらそっと私を自分の首筋へと近づけてくれる。
人間の首回りはどんなに寒い場所でも大体はカイロのように暖かい。あっという間に具合が悪くなるほどに冷えていた体温が上昇していく。その分冷えたものに敏感なので、私の体が触れた瞬間彼は「冷たっ」と声をあげていた。
でも、無理に押し退けようとはしない。
彼には悪いけど、今ばかりはその優しさに甘えさせてもらおう。
浅い悲鳴を聞き流しながら、私はそっと身を寄せた。
□■□
──徒歩で二、三分。
普段ならそのくらいで着いてしまう商店街に、今日は十分近い時間がかかった。積もり積もった雪の大地は、肉体的には健全者とそう変わらない彼の足を幾度となく絡め捕ろうとし、私自身も何度かマフラーの下からはみ出したりするほどだったからだ。花火然り薔薇然り、綺麗なものと危ないものは同義なのでは、なんて自論が生まれかけたのは秘密。
商店街まで出てくるつもりは私にも彼にもなかった……のだが、外出して散歩するといっても遠出する以外ではここくらいしか来るところがないから自然と着いてしまっていたらしい。
多分、店々のおじさんおばさん達が朝早くから頑張ったからだろう、通りは圧雪や氷すらなくて、やっと私は暖と安定を得た彼の肩に座り外を見ることができた。
比較的田舎に分類されるこの地域では暖房の効いた大型店へは一番近くても車で三十分ほどかかるからか、こんな雪の日でもたくさんの人間がひしめき合っている。
物好きなもんだ、と。
呆れたような、呟き。
呆れたような、顔。
でも、私の頼みとは言え、ここにいる時点であなたも似たようなもの。
そんな、対して呟いた私の小言を聞き逃さなかった彼は、それもそうかと軽く笑って、私の頭を撫でた。
そのまま、ついてしまったのだから仕方ない、適当に見て回ろうかというはなしになった。
こんな時期は稼ぎ時だと、彼とは逆にお店の人はひときわ元気になる。
食べ物を売っているお店からは「お鍋にして美味しい野菜がたくさん揃ってるよ」とか、「風邪に負けないよう栄養満点の魚はどうだい」とか、元気な声が聞こえてくるし、雑貨屋さんはカイロや湯たんぽとかの暖をとるための雑貨を店先にこれ見よがしに並べてアピールを繰り返している。
少なくはあったけど小型アンドロイド用の物品もあり、興味を引かれるものはいくつかあったけど、電子マネー以外でのお買い物は彼に頼まなければできない。もっとも、金銭のかかるものを欲しがるのは介護用アンドロイドとして微妙なところだし、彼は今お金をあまり持っていない。私のせいで彼のものが買えない、なんて事態はアンドロイド失格だ。我慢我慢。
でも、興味引かれるのは彼も同じらしく、私がお願いした以外でもいろんなお店に立ち寄り商品を見たり触ったりしていた。時おり何か欲しいものはないかと聞かれたけど、我慢を決めた手前、できる限り無関心を装って首を横に振った(無意識に私の欲しいものを当ててくるのは彼の特技だ)。
隠し通せたかは、不安だ。
彼は、私のことを私以上に知っている。
そして、私も彼のことを彼以上に知っている。
人間でもアンドロイドでも、他人の方がその人の行動原理や好みを知っているのだから。
でも、それは互いのことをよく知り合っているということで、ちょっと嬉しく思ってたり。
……そんな小さなことを嬉しいと思える。
これは〝感動〟という感情と同じく、彼と一年過ごした中で、私が事前に得ている最低限の知識以外に得た、新しくて、素晴らしくて、でも、あまり良くない私の感情。
好意の一歩先、もしくは全く別物の感情。
つまり、恋愛的な好き、という感情。
明確に芽生えたのがいつなのか、明確に理解したのはいつなのか、明確な理由はなんなのか、それは未だにわかってなかった。そもそも人間に作られた疑似的生命体──いわゆるAIでしかない私が抱くこの思いが本当に人間の〝恋愛〟という高度な心理現象を再現し、理解できているのか。それこそ、幼子が両親に抱く行為と同じなのではないか。
優しいから?
いつも一緒にいるから?
人間でさえ理解していない恋愛のメカニズム。機械である私は、そこに理由がないのがどうしようもなく気になって、いつもそこに理由を求めてしまう。
そんな疑問のなかで、私は彼のことを好きでいる。
たとえ、それが無意味なことであるとしても。
今現在、人間が介護用の私達を含めた社会や個人に貢献しているアンドロイドに抱く感情は、確かに好意的であることが多い。一昔前までは単なる電子機器と同じような扱いをされていて、壊れたら廃棄、使わなくなったら分解、持ち主がいなくなったら初期化され、日常でも創作でよく人間として扱われない人間の代表例として描かれる奴隷のような扱いをされていたらしい。
今のようになったのは、なにも昔のSF映画のように機械による反発や反乱、革命がおきたからじゃない。次第に高度な知識を持つようになった私たちアンドロイドを、自然と人間は同等の存在として扱ってくれるようになり、自然と人間社会の一員として認めてくれるようになっただけだった。
理解できないものを受け入れられないのは、人間の悪いところ。でも同時に、理解したそのときはしっかりとした謝罪と今後の友好を約束し、守ってくれるのは、それ以上にいいところ。
証拠に、嫌悪していた頃を、その頃存在していなかった私が信じられないほど、人間とアンドロイドの友好関係は当たり前になっている。私が彼の肩に乗っているにも関わらず、道行く人々の視線はいい意味でこちらに向いていない。精々、たまに子供が笑顔を向けて手を振ってくるくらいだ。
それは、道行く人々と私との間に違和感がないからだろう。
それほど、アンドロイドは当たり前になっている。
けれど、どんなに当たり前になってきたとしても、私はアンドロイド、彼は人間。
そこに、親愛以上の愛は生まれないし、生まれてはいけない。介護用だからとか、小さいからとか、そんな理屈は関係なく、ただ、当たり前のこととして。
だからこれは、最初から叶わないことが確定された恋。叶ってはならないことを決定された恋。
あるいは、私がこの感情に必要以上の理由や意味を求めているのは、その事から目を背けたいからかもしれない。
もしかしたら、この感情からさえ……。
そんなふうに、少しネガティブな考えが浮かびながらも彼と一緒に三十分も歩き回った頃だろうか。
ふと、頭の上から不機嫌そうな唸り声。見上げれば、彼は声のとおり不機嫌そうな顔を浮かべていた。その視線を追えば、それは眼前に開がる人と人の隙間に向けられていた。
不自然に開けたその道は、乱立している人混みの中においても少々目立つもので、明らかに故意的に形作られているようだ。歩いている過程で自然にできたそれは、もちろん、彼を避けるためにできたんだろう。
ただし、嫌悪などの悪意からではなく、大体の人間が持っている善意から。
原因は、もちろん私だろう。
人間が私を連れて歩いているということは、自分は何らかの障害を持っていますと看板を首から掛けながら歩いていることと一緒なのだから。
私のような小さなタイプを連れているのは大抵日常生活に大きく影響を受けるほどの障害でないことがほとんどだけど、なぜだか未だにアンドロイドを連れている=重病人なんて誤った常識が広まっているらしく、こういったことがたまにある。
いいこと、ではある。
でも彼は、感謝こそすれ、こういう状態をあまり是としない人だ。
嫌な訳じゃないとは言っていたけど、それでもある種の差別と同じではと考えているみたいで、居づらそうに頭を下げながら、彼は早々とその場を後にした。
お前のせいじゃない。
さっきの場所が見えなくなった辺りで、謝罪と共にマフラーの下へ潜り込もうとした私に、彼はいつもの笑顔でそういってくれた。
気遣ってくれている、わけではなく本心からの言葉みたいで、その笑顔に陰はない。
場違いながら、さっき彼への気持ちを心中で吐露していただけに、歳不相応に浮かべられた無邪気な笑みに私の頭の中は瞬時に羞恥という感情に埋め尽くされてしまう。
思わず、視線をそらす。
と。
その最中、白い景色の中にひときわ目立つ何かが写り、マフラーの縁からわずかに乗り出しながらそちらへと体ごと視界を向けた。
真っ赤な服に、真っ赤な帽子。
一見奇妙極まりないその服をまとった男性女性は、よく見れば所々にぽつぽつと立っていて、決まって子供に群がられている。
あれは、確か……
「ん? ああ〜……サンタ、か。どうした、珍しい?」
ふるふる、と首を横に振る。
珍しいわけじゃない、この季節ならいてもおかしくないから。
サンタクロース。
メモリ内から検索結果が出るより早く、私の視線を追っていたらしい彼によって赤い人達の正体は明かされてしまった。
寒い冬の夜、聖夜に赤鼻のトナカイが引く空飛ぶソリに乗って子供たちへとプレゼントを配りに来る、不思議な存在。良い子にしてないとプレゼントをくれない、ちょっぴり厳しい存在だったりもするらしい。
代表的なイメージでは赤服やソリ以外に白い髭を生やしたおじいさん、が有名だけど、どこのサンタも黒髪だし、女性に至ってはまれにスカートをはいている。おもいっきり、偽物だ。
「いや、偽物もなにも……サンタなんて偶像で実際は世のお父さんお母さんが頑張ってるんだし」
最後のが口に出ていたらしい。夢のない返事が返ってきた。
──じゃあ、サンタクロースなんてものは全く存在しないのかな。
すかさず返した私の問いに、彼は少し困ったような表情をする。
人間でいう約一歳児である私は、サンタクロースの存在を信じていたのでは、なんて考えていそうな顔だ。
残念。知識だけで言えばもうすぐ大人の彼にすら負けない自信がある。
だから、今の質問は意地悪かもしれない。
眠たげな顔ばかり見慣れているから、たまには困り顔も見てみたくなったのだ。
「あ〜、もしかしたらいるかもね。去年は父さんも母さんもこっちに来たけど、今年はこれないみたいだから万に一つも親が来ることはない。だから、もし今年のクリスマスに俺にプレゼントが届いたら、いるかもしれない。ま、もう貰えるような歳でもないけど」
ん〜、と唸って。
あはは、と笑って。
〝去年が特別だっただけだよ〟
最後にそう締め括って、返ってきた答え。
でも、その答えには少しだけ寂しさが含まれているように感じた。
プレゼントがそんなに欲しいのかな、と思って、すぐにそれが稚拙すぎる考えだとわかった。
人間は、成長する。
私たちアンドロイドも学習、という形で成長するけれど、人間の成長とは意味が大きく異なってくる。
私たちの成長は、知識だけをもった単純なAIが日々の生活を過ごすなかで自我と感性、つまり自己と感情を自分のなかに完成させてゆき、より人間を支える存在として、より人間に近い存在に成っていく過程の事を言う。
でも人間の成長は、肉体・精神などの存在として成長するにつれ〝役割〟が変わってくる。
遊んでいればよかっただけの子供から、未来のために学ぶ学生に。
学生にから、社会の歯車となる大人に。
その中で、人間はいろんなものを失い、得ていく。
純粋な思考、無邪気な行動。完成された精神は、冷静な自己をもたらす変わりに、そうした幼稚でありながら人間の素晴らしい部分を除外してしまう。
他に失うものとして、最たるものは記憶だろう。
やろうと思えば起動した瞬間から今このときまでの記憶──私の場合は記録──を、会話一つから行動まで思い出せる私と違って、人間の記憶力はとても曖昧だ。酷いときは朝食べたものを思い出すことにすらしばらくかかることがある。
苦労の末やりとげた達成感を、愛しい人と過ごした時間を、日常の一場面を、楽しい出来事を──そんな、大切な思い出を忘れてしまうのは、恐ろしいことではないのか。
たとえいろんな事を忘れても、本当に大切なことはどこかでちゃんと覚えている──いつか彼に聞いたときは、そんな答えが返ってきた。
私は、理解できない。
決められた役割のために産み出され、機能が停止するそのときまでその役割だけをこなし続ける私には、いろんなものを失い続け、いろんなものを得ていくことの恐ろしさも、素晴らしさもわからないから。
一切の記憶を失うこともなく、未だ成長過程にある私には、忘れてしまうことの恐ろしさも、思い出せる素晴らしさもわからないから。
だから、理解できない。
なぜ、彼がプレゼントを貰えなくなったことでそんなにも寂しそうな顔をするのか。
大人に近づきすぎて、もう、プレゼントを貰って喜ぶ無邪気な子供でいられなくなった自分を、曖昧な記憶の中の幼い自分と重ね合わせて寂しく思っている──なんて、仮説をたてることすらできるのに。
素晴らしさも恐ろしさも理解できない私には、それを言葉にできても、感情として共感することができない。
きっとこれは、役割が変わらず、なにも忘れることもない私には、一生理解することができない数少ない感情の一つなんだろう。
アンドロイドと人間が当たり前に共存しながらも、どこかで感じる互いへの違和感は、こうした些細な考え方のズレのせいなのかもしれない。互いに理解しあっていると自負しているけど、これからももっと仲を深めあっていけると思うけど、たぶん、これだけは私も彼も一生理解し合えない。
だけど。
わからないからなんだ。
共感することができないからなんだ。
そんな屁理屈なんかどうでもいい。
むしろわからないからこそ、共感することができないからこそ。
〝好きな人が寂しそうな顔をしている〟
それだけで、私が行動を起こす理由としては申し分ないかった。
これは、アンドロイドとしての仕事でも、思考でもない。この一年で形成された〝私〟という存在だけの……私だけの感情からきたものだ。
役割からは、外れているけれど。
叶わないこの思いを、ちょっとだけ彼に伝えられたなら、嬉しいから。
私の考えを知ったなら、彼はいったいどんな顔をするのかな。
たぶん、そんなことしなくてもいいと言ってくれるだろう。
でも、役割を無しにした本当の〝私〟は、我慢が嫌いなアンドロイドなのだ。
そろそろ帰ろうか……ちょうどよく囁かれた言葉に素直に頷きながら、私はこれからの予定を練り始めた。
サンタクロースは、もう彼のもとに来ない?
──そんなのは、私が絶対……許さない。
□■□
時間は、あまりなかった。
サンタクロースがプレゼントを届けに来るのはクリスマスイブとクリスマスの境目、つまり、24日から25日に日付が変わる夜中。すでに月の中旬に差し掛かっている今からでは、それほど豪華なものを用意するのは不可能に近かった。
インターネットを使って何かを買う、なんて手がないわけでもなかったけれど、独り暮らしで、外出時は常に私をつれて歩く彼なのだから、頼んだものをこっそり隠すなんて事は絶対できない。そもそも、苦労もなく買っただけのプレゼントを渡したところで私の気持ちが収まるはずもない。
結果、あげるものは、家のなかにあり家のなかで作れるもので、当日まで隠せるもので、できればずっと形が残るもので、彼が喜びそうなものと、結構ハードルの高いものになってしまった。
最初に思い付いたのは料理だった。
けど、私の助けが必要とはいえ彼の料理の腕前は確かなもので、私が敵うとは到底思えないからあえなく断念(ちなみに、制限があるし必要性も特にないけれど、アンドロイドも人間の食べ物等有機物を摂取することは可能だったりする。タンパク質なら人工皮膚等のエネルギーに変換することもできるし、味もわかる)。そもそも残らないし、においや火を扱う過程で彼が起きてしまう。
次の候補はアクセサリーだった。
ビーズとかなら音もにおいもないし、当日まで隠せるからいいかとおもったのだ。
……もちろん、よく考えてみればビーズは家にないし、彼はチャラチャラアクセサリーをつけたりしなかった。ビーズアクセサリーなんてなおさらだ。もしかしたら、プレゼントならとつけるかも知れなかったけど、無理はさせたくない。
数日がたっても、あのあとすぐに名前も決めて私の中だけで考え始めた【サンタクロース作戦】は、プレゼントを考えるだけで一行に進展していなかった。彼のため、と自己暗示をして夜な夜な障害制限緩和化しながら考えていたとはいえ、思い浮かんでは消えていく案に、さすがに焦り始めていた。
時間がない……。
でもある日、いつものより若干焦りながら彼が食事を作ったりお風呂に入っている間に家のなかを漁っ──探索していると、押し入れの奥に、彼が滅多に使わないものだからと無造作にいろいろなものをしまってあるダンボールを見つけた。
これには、たまにくる彼の家族が持ち込む雑貨とかも入っていたはず。
もしかして……と、そんな予感はまったくいい意味で当たってくれた。
思わず、笑みが浮かぶ。
これなら、事前に決めた条件から何一つ漏れる事項はない。彼は大学が長期休暇になって日夜早寝遅起きを繰り返しているから早朝や深夜頑張れば残り数日でも十分作りきれるし、途中でも完成後でも当日まで隠すこともできるし、急いで作ってある程度粗悪でも数年は使い続けられるし、家のなかでも外でも使えるし、寒がりな彼は大いに喜んでくれるはずだ。
ちょっとベタすぎるかも?
サンタがくれるクリスマスプレゼントというよりは、恋人がくれるプレゼントみたい?
そもそも形にできるのかな?
そんな不安はあったけれど、がんばれば、きっと作り上げることができる──そう、自分に言い聞かせて、それを引っ張り出し、私はさっそく作業に取りかかった。
■□■
長いような、短いような。
遅いような、早いような。
ここ数日は、そんなふうに時間の感覚が曖昧だった。
本職である介護のお仕事は、対象の彼が家のなかでだらだらしているだけなので、おしゃべりしたりするだけだから簡単と言えば簡単だけど、虚弱体質が設定されたこの体での遅寝早起きのつらさもあり、夜や朝方に彼の様子をうかがいながらやるプレゼント製作には結構神経がすり減らされた。
しかも、他愛ないおしゃべりや日常行動のどこで判断しているのか、彼は薄々私がなにか隠していることに気がつきかけていたので、平凡でゆったりとした毎日でありながら、なかなかに気を使う日々だったのだ。
でも。
でも、やっと。
テレビを見ながらカラカラ笑っている彼の頭上で、カレンダーを見る。
12月24日──クリスマスイブ。
ついに、この日を迎えることができた。
ちょうど私が、彼の元へとやって来た日でもある。
去年は彼の家族が勢揃いしていたから結構豪華なクリスマスパーティをやっていたけれど、前に言っていたように両親は仕事、妹さんは受験などで忙しいらしくて、今年は小さな申し訳程度のケーキが一つと、置物のクリスマスツリーがちょこんとあるだけ。あと、彼お手製の黒い三角帽子が私の頭に乗っている。
寂しい……というか、虚しい……というか。
私自身、なにも言わなかったのも悪かったかもしれないけど、1年に1度しかないイベントの過ごし方としては、あまりにそっけない。その他、今年の様々なイベントも似たようなものだったから予想はしていたけれど。
それでも、プレゼントはまだ渡さない。
私の目標は、あくまでサンタクロースであること。今はまだ、介護用アンドロイドとしての私。今の私があげるプレゼントには、私がこめたい意味を込められない。
エゴだと、一蹴するのは簡単だ。
アンドロイドなのだから、人間のように儀式的な几帳面さは必要ない。
アンドロイドなのだから、そんな細かいことはきっと気にさえされない。
ことあるごとに思い出してしまう私という存在の曖昧さが、そんなネガティブな感情を呼び起こした。今日に至るまでにも、幾度も挫けかけただろう……。
それでも、挫けず今日を迎えることができた。
だから、ひとまずそんな悲観的思考は頭の隅に押し込めて、思い起こさないようにする。
ちなみに、気を使って友人に誘われたパーティを断って、しかし面倒がりで家で大したことをするわけでもない彼だけど、なにも私になにもしようとしてくれなかったわけじゃない。不器用な彼らしく、然り気無くを装って、何気ない会話のなかで言外にプレゼントはいるかと聞いてきた(プレゼント、というフレーズが会話に登場するたびにビクついていたから不審がられなかったか不安だ)。
自惚れるするわけじゃないこけど、この1年お世話をしたからそのお礼も兼ねて聞いてくれたのかもしれない。今思えば、あの日の買い物中から──つまり、私よりも前から──彼は私に何かしてくれるつもりだったのかもしれない。
けど、私はそれらに対して話題を反らすか曖昧な答えを返すだけにして、絶対にプレゼントを求める素振りは見せなかった。
滅多にない、せっかくの彼からの厚意をむげにしてしまうのは、なんだが去年の感情を理解していなかった私に戻ったようで、気持ちよくなかった。私が、ではなく、彼が、気分を悪くしているような気がしたから。
それでも、貰ってしまえば、私の贈り物はお礼へと変貌してしまう。ほんの半月程度で用意したプレゼントとはいっても、精一杯のキモチを込めたそれを、ただのお礼にしてしまうのだけは嫌だった。
危惧していたのは、今回に限って彼が彼らしくもなく私へのプレゼントを用意してくれるという事態だったけど、幸か不幸か、彼が渡してきたのは今私の頭に乗っている三角帽子だけで、あとは彼も私も食べられるケーキを用意してくれただけにとどまった。
たったそれだけでも、お礼になってしまう気はしたけれど、そこまでこだわってしまうとそもそも【サンタクロース作戦】自体が単なるお礼の言い換えになってしまうから、これはこれ、と割りきった。
思っていたより、何もなかった。
それは、切に願っていたことではあったのだけど……いざ、本当になにもないと、なぜだか胸にぽっかりと穴が開いたような寂しさを感じる。
叶わないとはいえ、恋をしている相手と、たった二人きりのクリスマス。
うまく頭のなかで妄想すれば、擬似的とはいえ、恋人同士になったようなキモチになれる、至福の瞬間。誰も見ていないなら、身悶えしてしまいそうな幸福感。
それほどのものを得ていながら、まだなにかを欲している自分に、嫌悪感すら抱く。
プレゼントにしろ、どうやら私は目に見えない〝想い〟だけでは飽きたらず、手に取ることができる〝形〟がないと満足できない強欲なアンドロイドだったらしい。
逆に、だからこそ挫けず今日を迎えられたのだと、言えなくもないのだけれど。
ケーキもツリーも片付き、そろそろ人が活動している雰囲気が消えてくる時間。
下から小さなあくびが聞こえてきた。
同時に、寝ようかとの提案。
いつもなら入浴を終えたら早々に眠ってしまうのに、今日に限っていつまでも眠らないからちょっと焦っていたところに、そんな声がかかる。
不意打ちにビックリして返事に詰まっていると「お前はどうする?」と、続いて問いかけられた。
不審がられる前になんとか頭を整理。
問いに対して首肯で応じる。
ついに、このときが来た……。
寝ると決まれば、と早々にコタツとテレビの電源を切って、私を落とさないようにゆっくりと、彼はベットへと向かう。
途中、私は彼の腕を伝ってその肩から降りる。
私の寝床は、彼の勉強机の一角にスペースを貰っていた。いかに頑丈に作られているとはいっても、枕元に寝ていて押し潰されたら損傷してしまうかもしれないからだ。
しかし、机にある寝床は別に質素かつ素朴なものではない。
それこそ、人間と同じ扱いをすることが当たり前となっている今では私達専用の寝具なんてものもあるけど、当然私は欲しがるようなことはしていない。だけど、無駄に器用な彼が見よう見まねで作り上げてしまったので、机の一角でありながら快適な寝床となっているのだ。
アンドロイドにとっての睡眠とは電子機器でいう充電に近く、無理して起動を続ければ虚弱体質を設定されていなくても機能を停止してしまう。
とはいえ睡眠はアンドロイドにとって絶対ではなく、コードによる外部充電を行えば生涯眠らずに動き続けることも可能だ。無論、無理な連続稼働はアンドロイドの寿命を縮めるので、人間はそんなことを強要しないし、アンドロイドも滅多なことではそんな馬鹿げた行いをすることはない。
だから、私はそんな馬鹿げたアンドロイドに分類されるのかもしれない。
緊急時以外使用することのないワイヤレス充電機は、さきほど彼が入浴している間に私のベットの影に隠しておいた。
普通ならあっさり見つかるような隠し場所だけど、実際彼がこの勉強机で勉強している姿はおろか、椅子に腰かけている姿すら年に一度あるかないかなので、隠しものをするならここが一番だったりする。プレゼントも引き出しの奥底に隠してある。
充電器を装着。
プレゼントの位置をしつこいくらいに頭のなかで確認。
最後に、行うべき動きを頭のなかでリフレイン。
ここからが大事だ。
おやすみ、と呟いて毛布のなかに潜っていく彼へと全意識を集中する。
眠りが浅いうちに動けば、バレてしまう。
サンタクロースは子供に姿を見られずに、プレゼントを置いた瞬間さえ悟られないようにしなければだめなのだ。
私の一番の目的は、サンタクロースになりきることで、プレゼントを渡すことじゃない。
バレても彼は笑い話で済ますかもしれないけど、私にとってはなによりバレずに枕元にそっと置くことが大切なのだ。
すべては、あの日の悲しそうな顔をした彼に、そんな顔をしないでと伝えるため。
三十分もたった頃、睡眠時特有の深い息づかいが聞こえてきたのを見計らい、私は布団から跳びだした。
まだまだ夜はある、急ぐ必要はないのに、やましいことをするわけではないのに、何故か私は跳びだした。
これはプレゼント。
私の恋心を彼に伝える行為ではないはずなのに。
目の前のプレゼントが入った袋を掴む事すらままならない私は、まさに慌てん坊のサンタクロースのようだった。
ドクドク……ドクドク……。
彼の枕元にたった私には、ないはずの心臓の音が耳障りなくらい聞こえていた。
こちらを向いている彼の寝顔。
初めて私が彼に贈り物をするという行為。
それだけのことに、ないはずの心臓はプレゼントを置き終えたあとも、変わらず高鳴り続けていた。
でも、なんだか、物足りない。
目的は達したのだから、後は彼が起きないように戻るだけなのに、高鳴った心は傲慢にもこれ以上を求めているらしい。
何をしたいのか、何がしたいのか。わからなくはないけれど。
けれど、それだけはダメだ。
それだけは、越えてはならない。
それをしたら、もう、私は引き返せない。
わかっている。
なのに。
咎める気持ちは小さく、求める気持ちは大きく。
キモチが溢れる。
意識が跳び。
私が私を忘れて。
私のキモチが、<私という存在の役割>を、それを保つための最低ラインを……越える。
「……っ」
何をしている?
ワタシは、いったい、何をしている?
さっきまでとは違う、背筋がゾッとするような鼓動が聞こえてくるようだった。
転がるように彼のベットから跳び降りて、必死に机をよじ登って、酷使したために酷く苦しい息を無視して、私は毛布を頭から株って固く目を閉じる。
未だに口元に残る、人肌の温かさ。
してみたいことでは、あった。
けれど、他のなによりも、してはいけないことだった。
これはダメだ。これだけはダメだった。
浮かれていたのか。あまりにあっさり成功したから、気が大きくなっていたのか。
この程度ならいいか、と。
寝ている彼にならば、いいのでは、と。
バカだった。
隠したいたからこそ、耐えられたこのキモチ。晒してしまえば、彼本人に知られたいなくても、もう、隠せない。
ああ、ああ……。
薄く開けた毛布の隙間から、彼を覗く。
幸い、寝返りをうったらしい彼。その顔を見ることは、幸か不幸かなかった。
それでも、もう、さっきの寝顔を、普段の眠そうな顔も、時折見せてくれる笑顔も、ありとあらゆる彼が脳裏に浮かんでくる。
消えない、消せない。
――この想いはきっと、もう……隠せない。
稚拙かつ安直な物語でしたと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




