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乗り越えるとき

「とても速い。今まで救護隊として体を酷使してたから……。一週間もつかどうか」

「それは……」

「だからね、せめてあなたにお見舞いに来てほしくって」

「私に?」

「ええ。アシュレイもあなたが来てくれたら少し元気になるかもしれないわ」


 キャロルはとても自信満々に言った。ナーシャにとってはなぜ彼女がそう確信しているのか不思議なくらいだった。アシュレイとの関係はあの日以来確かに改善したが、だからといって、非常に親しいというわけでもない。

 ただ、ナーシャはのんびりとアシュレイの選んだ道を見守ろうと一方的に決意していただけだった。

 ふとアリアの姿がナーシャの中に浮かび上がる。

 人を助けて死んだアリア。

 それとアシュレイが重なって、思考が深く闇に沈んでいく。


「とにかく来てほしいの」


 ナーシャはキャロルの言葉をよく考えることもなくうなずいた。

 そしてぐるぐるととめどない思考にはまっているうちに、アシュレイの病室のそばまで連れてこられた。

 ガラス張りの部屋の向こう側にアシュレイは横になっていた。意識はあるようだが、どこか苦しげだ。


「中に入れないんですか?」


 思わず聞いたナーシャにキャロルは首を横に振る。


「私たちはゲレイト病に感染してないから、だめなの」

「……中で治療している人は完治した人たちなんですね?」

「ええ。一度かかったら当分の間は抗体があるから大丈夫だろうと結論づけたの」

「どうしてもだめですか? 私……彼に聞きたいことがあるんです」


 ナーシャは必死だった。

 ここでアシュレイに死んでほしくなかった。それではまたアリアと同じだ。しかしここでアシュレイが生きてくれれば、アリアの行動を正しいと思えるかもしれない。

 しかしナーシャは首を横に振る。

 どうやらそれは引き下がれないらしい。


「手紙なら渡せますよ」

「え」


 二人の会話を聞いていたらしい看護師が、弱弱しく微笑んでうなずいた。

 どうやら彼女もアシュレイの絶望的な状況に悩まされている一人のようだ。

 紙とペンを差し出すその様子は、最期の時が迫る青年に何かをしてあげたいという彼女の優しさなのだろう。

 ナーシャはそれを受け取り、一文だけ書いた。そして、二つ折りにして彼女に渡す。

 看護師はそれを持って、アシュレイの隣の部屋に入り、そこからガラス張りの部屋に入った。そしてそれをアシュレイに見せる。

 その一瞬は、ナーシャにとっては永遠のようだった。


「人を助けて自分が死にそうになって、あなたは後悔していない?」


 それを読んだアシュレイは、少しだけ体を起こした。

 そしてこちらを確かに見る。

 そこにあったのは、確固たる意志をもった青年の姿だった。それはとても余命一週間を宣告されている患者のようには思えない。

 そして、アシュレイは首を()に振った。

 そのあと看護師から紙とペンを受け取って、何やら文字を書いた。そしてそれを看護師に手渡す。

 その紙を受け取ったナーシャは、それをその場ですぐに読んだ。


「後悔するわけがない。俺は助けられる人を助けない道を選んだほうが後悔した。それに、死にそうになってることは、その選択とはきっと関係ない。今ここで死ねば、それはナルトスの意思だ。そして、今、奇跡的に助かるならば、それは俺を生かすために運命にあらがった人たちの努力だろう」


 一度読んで、目を閉じて、もう一度読んだ。

 ラグナシアで信仰されている神、ナルトスの名を出してくるとは思わなかったが、彼の言っていることは正しいように思えた。

 一つの結果は、一つの選択によって決まるわけではない。

 そこに因果関係が存在したからといって、その結果の原因がただひとつに定まっているというわけでもないのだ。

 それはアリアにもナーシャにもない発想だった。


「温室、ありますか?」

 

 突然顔を上げてそんなことを聞いたナーシャにキャロルはとても驚いたようだった。 

 しかしすぐに気を取り直して、あると答えた。


「案内してもらえませんか。考えが、あります」


 助けたい、そう思った。

 それはアシュレイがアシュレイだからなのか、アリアと重ねて見ているからなのかはわからない。

 しかしナーシャは彼の言葉によって、一つの道をもらった。それはナーシャでは切り開くことのできなかった道だ。

 どんなに格好悪くてもがむしゃらに頑張ってみようとナーシャは決めた。

 アリアであるかナーシャであるか、それは大したことではないように思えた。

 今ならきっとナーシャはこう思えるはずだ。

 アシュレイを助けて彼に殺されたとしても、自分は間違っていなかった、と。 


「わかったわ。ついてきて」


 そんなナーシャの気持ちの変化が伝わったのだろう。キャロルは理由は問わずに、ただ温室に案内してくれた。

 ふかふかの土と、柔らかい空気と、美しい水がここにはある。

 できるはずだ、とナーシャは思った。

 そしておもむろに、ナーシャは手を胸の前で組んだ。


「風は種をここに運んで、柔らかな土はそれをはぐくんで。草はつぼみを抱いて、さあ、おいで」


 それは言の葉を依り代にする古い魔法だった。

 新暦時代では使われなくなったようだが、昔はよくつかわれた。

 魔法の属性は七つ、そのうちの一つ草は、花だけは生み出すことができなかった。

 そのため、つぼみを抱いた草を生み、それを育てるのだ。


「嘘」


 風が吹き、土がもぞもぞと動く。一瞬の間に柔らかなつぼみを抱いた草が温室中に満たされて、キャロルは目をみはった。

 しかしナーシャはそれを当然のことのようにうけとめた。

 アリア時代にできたことは、できるはずだと信じたのだ。


「数千年ぶりね」


 つぼみに触れてそっと微笑む。


「あなた、魔力が」

「気づいたんです。魔力がないんじゃなくって、使う気がないってことに」


 キャロルは混乱していて、ナーシャの言葉に納得したわけではないようだった。

 しかしながらナーシャはそれ以上は口をつぐんだ。


 目を伏せたナーシャは、その一言だけつぶやいた。

 しかしその小さなささやきはキャロルに届くはずもない。


「私は、私でいい……」


 ぽつりとつぶやかれた言葉は、一つのつぼみを、そっと、花開かせた。 

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