第4章
「あら。どうしたの?清君。珍しいわね。うちに来るなんて。私達が戻ってきたとき、挨拶に行ったぶりじゃない?あ、ドイツのお菓子食べてくれたかしら?」
この夫婦は俺が動いたら珍しいと思っているのだろうか?それにしても、そんなに前だったかな。あのジジィと多恵さんは5年ぐらいドイツへ行ってた。確かジジィの仕事の事情だったような気がする。戻ってきたのは確か2か月前ぐらいだ。
「あ、はい。食べました。美味しかったです。あの、そちらのしろ君は良く働くと聞いたので、畑作業のために少し貸して下さいませんか?」
「まあ。また、そんな堅苦しい言葉使っちゃってぇ。もっと親しげに話しましょ?」
くっ・・・カワイイ!上目づかいにこちらを眺めるその顔がかわいすぎるッ!少し頬を赤らめているところなんてもうドストライクで、ああ全身の血が騒ぐ!付き合っていたときより興奮する・・・29歳男には強すぎる刺激だッ!
「そうだね。ごめん。久し振りで緊張しちゃって。ちなみに、しろ君貸してくれるかな?」
「私はいいけど・・・。朔也が許すかしら・・・?今、テレビの取材に答えてるのよ。しろはうるさいから、っておいて行っちゃったけど・・・?」
くそう、嫁のクエスチョンマークとどうしてこうも違うんだ!思案顔がまた男の心をくすぐるぜどうしようもうしろ君なんていらない君がいてくれたら、とか口走りそうだ!いやむしろ口走ってしまえ俺!
「桜井さんには後で俺が言っとくからさ。頼むよ。」
何て理性的なんだ俺の口!俺は別にしろなんて要らないうえに、あのジジィと話す羽目になるなんて。ちなみに。ジジィは婿養子なので桜井朔也という名前になってしまったとか。どうでもいい。
「じゃ、良いかも。・・・他の人だったら貸さないよ?清君だから貸すの、よ?」
押さえろ抑えろ抑えろ!俺は既婚者だ・・・。妙な気を起こすな。
「嬉しいな。多恵さん。好、―――――っ!!!」
俺の口は俺を裏切る用に作られてるらしい。ヤバい、今から何とか『す』を誤魔化さないと。多恵さんに変に思われるのだけは避けたいッ!す、すと言えば『素晴らしい。』そうだ、何か褒めればいいんだ。
多恵さんの素晴らしいところ・・・それは、
「す、素晴らしいプロポーションだね。特に胸のあたりとか。」
どうしてそれを選んだんだ俺―――――――――っ!!嫁の扁平な胸を見慣れてるから、ついつい口がっ!口がっ!変どころじゃない、嫌われる、嫌われるッ!
「まあ、・・・冗談でも嬉しいな♪」
言いながら胸に手を当てる多恵さん。ヤバい、赤いアレがある場所に突き上げるッ。
「あは、あははは。じゃ、じゃあね。しろ君借りていくね・・・・。」
俺の声は嫁が『♪』を語尾に毒舌を放った時よりも沈んでいた。なにしろ、精神の消費量が半端ない。
何て思わせぶりなんだ!こっちもあっちも既婚者だというのに!
・・・疲れた。でも、多恵さんに会えて幸せだ。幸せなんだけど。なんか違和感を感じるな。昔と違うというか、あんなキャラだったかな?ま、ドイツに感化されたんだろ。5年もあれば人は変わるさ。
犬が、俺を見てすっごい嫌そうな顔をした。失礼な犬だ。そういえば、テレビではめちゃくちゃ吠えてたのに、静かだなぁ。それにまるで山に行きたくないとでも言うように足取りが重く、引きずるような形になってしまった。ああ、ご近所さんが冷たい目で見てるよ!?
「遅い。」
「5分で!?ま、いいか。ほら、しろ君は借りてきたよ。」
「そう。」
「日が暮れちゃいそうだし、明日山に行ってもいいかな。」
「うん。あ、・・・私も行くわよ。」
「危ないよ。」
「あなたが一人で行くよりかは危なくないわ。」
「逆じゃないかな・・・?」
「行くわ。分かったわね。」
俺に、嫁を説得させることが出来るわけがあるだろうか。とりあえずこれ以上休暇だったはずの日に働かなくてよくなっただけで、ましという事で。