第3章
妻は、怒り狂っていた。買い物から帰ってきてすぐ、食材(めちゃくちゃ少ない)をそっと置くと俺に向き直って、叫ぶ。
「聞いて!いや、聞け!多恵が!多恵が、何て言ったと思う?」
俺はテレビを眺めて数少ない安らぎの時を味わっていたというのに、嫁のせいで安らぎが消え去る。嫁はイライラしながらダウンジャケットを床に叩きつける、って何で床じゃなくて俺に飛んできてんのっ!?痛くはないけど妙に心に響く打撃だ。恐るべし嫁。
「わ、分からないかな・・・・?」
とりあえず無難な答えを返しておこう。だいたいいきなり『多恵が何と言ったか?』なんて問われても、そんなの知ってるはずがない。俺はただボケーッとテレビを見てただけだぞ。
「こうよ、『沙世ちゃん。しろがね、いっぱいのお金を見つけてくれたの。ねぇ、素敵でしょ?』」
いつもではありえない高く可愛らしい声を出して、くねくねと動きながら多恵さんのまねをする嫁。ちょっと怖い。嫁の名前は沙世だったりする。それにしても怖い。
「えっと・・・素敵じゃないか。」
「ふざけないで!何処が素敵なの!?ただの自慢じゃないッ。私がいつも節約を頑張っているの知ってて、そんな事言うんだわ!悔しい~!」
テーブルの周りをぐるぐる回りだす嫁。顔が鬼のようだ。顔だけじゃなく嫁の周りに立ち込める空気も鬼気迫るものを感じる。
「まあ、そうだな。羨ましいよな。徳川埋蔵金かなんかか?」
「何で四国に徳川埋蔵金があるのよッ!それに私は羨ましいんじゃないの、悔しいの!」
何が違うんだろう。それにしても四国を馬鹿にしてるな。確かに田舎だが、のどかでいい所だぞ。そんな所に気付いた徳川家が金を埋めたかもしれないじゃないか。
「そうか。まあ、お茶でも飲んで落ち着いたらどうだ。」
流石に徳川埋蔵金は無いかもなー。とか思いながらお茶を入れようと立ち上がる。久しぶりに薄めすぎて『水飲んだ方がまし』と思うようなお茶じゃなくて、普通のお茶を飲ませてあげよう。俺に。
「あなた。お茶は私の分だけね。」
何でだよッ!
「・・・もちろん。」
無抵抗には降参しないゼ!もちろんとか言っといて、自分の分も・・・いや、嫁の分を少し薄めるぐらいにしておこう。今の状態で怒らせたら『明日から飲み物は、雨水ね♪』とか言いかねないし。こんなに寒いのに冷水だけを飲むって自殺行為だろ。・・・それ以外の心配はあえてしたくない。
お茶を入れてテーブルに座ったら妻が怒りに震えていた。
待て待て、俺は自分の分は入れてないぞ?薄めたのがばれたか!?
でも、嫁の視線は俺じゃ無く横―――テレビに向けられていた。さっき俺がニュース番組を見ていたので、つけっぱなしだったのだが。流れている内容を見て、理解した。
『桜井さん、掘り当てた時のご感想をお聞かせください。』今人気の女子アナウンサーが俺も良く知ってるジジィに笑顔で話しかけていた。ジジィは爽やかな笑顔で答え始める。『犬のしろが見つけてくれたんですがね。もちろん、純粋に嬉しかったですよ。』犬がアップになる。でもすごい形相で吠えていたので後半のジジィの声はかき消されていた。
「そうよ、その犬が見つけたのよ・・・多恵の業績じゃないんだわ。」
嫁の声はひたすら暗い。
女子アナウンサーがこちらの気も知らずに笑顔で質問をする。『可愛らしい犬ですね。それでは桜井さん。最後に見つけたお金の使い道を、教えて下さい。』『そうですね、妻が恵まれない子たちのために使おうと言っていたので、寄付をしたいかなと。』『それは素晴らしい奥さんですね。』『ええ。自慢の妻でブチッ・・・
別に放送事故では無く、嫁がテレビを消した。静まり返るリビング。
「たぶん、ではありませんって言ってるわ。ねぇ、そうでしょ。あなた。」
『ええ』の後でありませんなんてありませんと思います。
「そうだと、良いな。」
曖昧な答えは俺の十八番だ。だって、はっきり言ったら『このテレビは粗大ゴミね♪』とか言ってテレビを砕きそうだし。俺の数少ない安らぎの時間が消え去りそうだし。
「はっきり言ってちょうだい。『ではありません。自意識過剰で、偽善者で最低な妻です』って続くと思う?はい?いいえ?」
嫁には俺の十八番は通じないらしい。では、しょうがない。奥の手だ。
「はいいえ。」
「分かった、明日からあなたの服は段ボールね♪」
「違うんだ!噛んだんだ!はい!はいって言いたかったんだ!だから、切り裂きジャックみたいな顔してクローゼットへ向かうのだけは止めてくれッ!はい!絶対『ではありません。自意識過剰で、偽善者で最低な妻です』って続くと思う!絶対そうだと思う!」
必死に訴えたら嫁は微笑んで許してくれた。まさかこの話の流れで服が段ボールになるとは。恐るべし嫁。
「・・・そうよ、犬の業績なんだわ。ふふふ・・・そうよ、そうよ!犬よ!犬を、借りればいいじゃないの!」
やべ、畑に逃げよう・・・として捕まった。
「あなた。多恵に言ってくれるわよね?テメェらよりも大金を掘り出したいから、犬を貸せって。」
そんな言い方をして貸してくれる人がいるだろうか。
「行ってくれるわよね?」
クエスチョンマークの意味を一度本気で調べたいところだ。
「・・・行ってきます。」
ふっ、多恵さんなら貸してくれるさ。多恵さんに会いたいしね。
沙世さんが少し暴走してきましたね。
しかし、俺も週一ぐらいは白い米を拝んでいるはずです。