第五話
結局昨日の夜は一睡も出来なかった。アレクは半分眠りながら授業を受け、教師には何回も注意された。イェルクは昨日の夜に別れてから一度も見かけていないところを見ると、どうやら授業をサボったらしい。アレクはなんとか最後の授業を切り抜け、ふらふらしながら図書館に行って薬学の本を何冊か借りた。
「おはようアレク」
イェルクがやって来たのは、アレクが3冊目の本を読み出してからだった。こちらも眠れなかったらしく眼の下には隈ができている。アレクは本から顔を上げずに声をかけた。
「おはよう、イェルク。授業出てなかったよね」
「おう、今まで森に行ってた」
「森に?」
羊皮紙で出来たページを破いてしまわない様に気をつけてめくりながらアレクは聞いた。その間も眼は探している事項を求めて紙面を彷徨っている。
「ほら、あいつが何か落としてったんじゃないかと思って」
「それで、何か見つかった?」
「まあな。お前は何を読んでいるんだ」
アレクは返事をせずに本をぱたんと閉じ、次の本に手を出した。かなり古びているもので、上等な革で装飾されていたが傷だらけだ。内容はアーストライアで採取できる野生の植物とその薬用についてだが、もう絶滅してしまった植物もいくらか含まれている。恐ろしく細い筆で描かれたのであろう細密画に、作者の植物へ対する愛情がうかがえた。
「ちょっとね。で、何が見つかったの?」
「見てみろよ、ほら」
イェルクは得意げにポケットから折り畳まれた油紙を取り出して開いた。細かい土塊や苔の欠片等に混じって、青い粒と透明な石の欠片がいくつか載っている。アレクはそれをしげしげと眺めた。
「これはアーストライア岩塩・・・と水晶の欠片?」
「おう。エルネタリアで採れる水晶の欠片だよ。な、ピンと来る物があるだろ」
残念なことにアレクにはピンと来なかった。イェルクはアレクのそんな様子を哀しげに見つめた後、もう一つのポケットから小さなランプを模した玩具を取り出した。火屋は濃い青色だ。
「これだよ、これ」
「何これ」
「祭りの屋台でよく売られてるだろ?岩塩採掘坑でよく使われてるエルネタリアの光源石を使ったランプをマネしたおもちゃだよ」
アレクは本を開いたままテーブルの上に置いて、それをしげしげと手に取って眺めた。ランプの火屋に使われているのは岩塩の結晶だろう。真ん中にある光源は光源石ではなく水晶のようだ。手に取ると薄ぼんやりとした青色の光を発し始めた。しかし、テーブルの上に置くと光は消えてしまう。
「この金属の土台は人の手の温度に反応する様になってて、温度を感じるとそれが火屋のアーストライア岩塩の中に内蔵された魔力を刺激。刺激された魔力が水晶を光らせる様になる。魔力が尽きたらまた誰かに補充してもらえれば光る様になるけど、この火屋はちょっと脆いから半永久的にとまでは行かない」
「よく知ってるね」
「昔一番上の兄貴が買って来た奴を別の兄貴が壊しちまって、その時に泣きわめく兄貴達の傍らでどうなってるのか観察したからな」
いい性格をした弟である。土台は?と聞いたらそれは見つからなかったんだとイェルクは残念そうに言った。
「多分、昨日のものすごい光はアレクの魔力に反応しすぎたんだろ。で、負荷に耐えきれなくて壊れちまったと。アレクの方はどうなんだ。それ、どう見たって学校の課題で使う本じゃないだろ」
「うん。昨日から考え続けてたんだけどあれはどうも女だったんじゃないかと思う」
「・・・女性?じゃあなんであんなに力が強かったんだよ。俺の首筋、お前も見ただろ」
「で、思い出したことが一つあって。昔叔父さんから聞いた始祖エルフ族が戦争の時に使ってた植物の話を」
残念なことにその植物の名前が思い出せないのである。叔父から聞いた話もうろ覚えで、そのためにこうしてアレクは何冊も本をめくっているわけだが未だに見つからない。確か始祖エルフ族からの独立戦争の時に絶滅してしまったとも聞いたのだが。こうなれば始祖エルフ語の本にも手を出すしかないなとアレクは覚悟を決めた。
「植物学の先生に聞いて見ればいいんだろうが、この前から行方不明だしな」
イェルクの言う通り、一ヶ月前から植物学の先生は行方不明である。仕方が無いので薬学の先生が植物学の授業も担当しているのだが、やはり専門分野が違うこともあって基本的な内容しかやれていなかった。内乱の影響もあり、新しい先生は当分見つからなさそうだ。アレクは書棚から誰も長い間手を触れたことの無い様子の革装の本を取り出してぱらぱらとめくった。始祖エルフ語の記述の横に現代語に翻訳したと思しき記述が載っている。その中の一ページ、どこかの間抜けがアンダーラインをひいたらしい場所にアレクの目は自然と吸い寄せられた。
「ああ、あっ・・・だめだ、これだけしか記述が無い」
挿し絵すら無かった。記述には“大振リノ青イ花ヲ付ケ”と書いてあるがどんな花だろうか。また、薬効として“筋肉ニ刺激ヲ与フ”とも書いてあるがどうやってその薬を作るのかすらも書いていない。その成分は根に含まれているのか、花びらか、茎か、それとも葉なのか。たった二、三行のその短い記述にアレクは苛ついて思わずページをむしり取りそうになった。
「それ本当にお前が探してた植物か?」
「これが探しているのに一番近いから多分これ」
「他のジャンルも探してみたらどうだ?たとえば、戦争について書かれた本はどうだ」
アレクはぽかんと口を開けて彼の顔を見上げた。その発想は無かった。忘れない様にと記述とそれが書いてあった本のタイトルをメモし、棚に戻すとアレクは歴史の棚から始祖エルフ族について書かれた本をひっぱり出す。その様子を見てイェルクも本を探しにいった。




