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第二話


アレクはどうしようどうしようと考えに考えた挙げ句、結局頭巾無しで外出した。風が直接頬に当たって気持ちいいが、それ以上に町の人々から何かされたらどうしようかと不安に思いながら通りを歩く。やっとのことで関節痛持ちの、アレクの受け持ちの老人のところへたどり着いた時には安堵のため息を漏らした。扉をノックしようとすると開いて家の中からアレクより少し年上くらいの女性が出てきた。


「じゃあ、おじいさん!また明日!」


その年頃の女性らしい若さと愛らしさに溢れているが、アレクは何だか妙だな、と彼女を見た。目の輝きがきらきらし過ぎているし、顔はやや紅潮し過ぎている気もする。女性はアレクの不躾な視線にもひるまず、にこやかに挨拶をしてくる。首からは小さな紺色のビロードの袋をぶらさげていた。


「あら、貴方がおじいさんの言っていた見習いの魔女さんね!おじいさん待ってたから早く入ってあげて!」

「あ、はい」


植物の刺繍入りの若葉色のスカートをさっとひらめかせて女性は大通りを駆けて行った。アレクはそれを見送ってから室内に入る。


「こんにちは、お身体の具合は如何ですか?」

「やあ、魔女さんか。今日は頭巾は着けていないんだね」


暖炉の前の椅子に座り、にこにこと笑う老人は生まれつき盲目だった。アーストライアでは盲目の人々は「正義の女神の使者」として大事にされているため、この老人も皆からの助けを受けて何不自由なく暮らしている。アレクは彼が昔は楽器の名手だったと聞いた事があるが、その演奏を耳にしたことは一度もない。


「なんでわかったんですか?」

「声がくぐもっていないからね」


答えは明快だった。アレクは鞄から瓶になみなみと入った塗り薬を出し、老人に膝を見せてくれるよう頼んだ。彼の関節の痛みは加齢によるものだろう、というのがこの塗り薬を処方した先生の見立てだ。瓶の蓋をあけると、ハーブの爽やかな香りが室内一杯に広がる。アレクは膝に薬を塗りながら、他に痛むところはないか聞いた。


「ないね、ありがとう」

「いいえ。先ほどの方はどなたですか?」

「ああ、姪の友達なんだよ。ほら、私と一緒に暮らしているあの子の。この前から近くの食堂にあの子が働きに行ってるもんで、不自由はないかと寄ってくれてるのさ。いい子だよ」


彼の姪は内乱で親を亡くし、今は唯一の身寄りである彼のところで一緒に暮らしていた。アレクも何回か会った事があるが、しっかりものの素敵な女性だ。彼女の友達ならきっといい女性なのだろう。


「三年前の内乱で恋人を亡くしてからは落ち込んでいたんだが、もうすっかり元気になったんだ」


三年前の内乱でアーストライアの国民が受けたダメージは未だに大きい。復興しつつあるものの、未だに主戦場となった村では住み手がおらず、荒廃していると聞く。国王は政策を打ち出しているが、(正確には宰相が、だが)回復にはまだだいぶかかるだろうと皆が思っている。老人は首から下げた護符に触ってから、正義の女神に祈りを捧げた。


「今日のお昼はどうするかね」

「すいませんが、友達と食べに行く約束をしていて」


そう言ってアレクはちょっと嬉しい気分になった。同い年の子と親しく食事を摂るなんて初めてだ。老人は微笑んでよかったね、と言ってくれた。




いつも買う民衆パイの屋台の前を素通りし、アレクは時計塔に向かった。時計と言っても水時計で、時間が来ると塔のてっぺんに付けられた34個もの鐘が音楽を鳴らして時間を教えてくれる、大層大掛かりなものだった。時計塔の前の広場では朝市が終わって皆が片付けを始めている。何台もの荷車が行き交い、埃が舞い上がって少し息苦しい。見たところ、イェルクはまだ来ていない様だった。


「お待たせー!」


もしや来ないんじゃないかとアレクが少々不安になった頃、イェルクが腕を振り回しながらやって来た。籠の中にはいくつものリンゴが入っている。


「見てくれよこれ、風邪ひきの子どものお母さんから貰ったんだ。一つ食う?」

「あー、じゃあ一つ」


少々小振りだが紅くて美味しそうなリンゴだった。鞄にしまってからアレクはイェルクの後に付いて歩き出し、時計塔近くの食堂に入ろうとして足を止めた。


「どうしたんだ、アレク?」

「あ、いや」


昔、叔父と一緒に食堂に入ろうとしてそこの主に「先祖帰りどもに食わすものなんざねえよ」と追い出されたことを思い出して足がすくんだのだ。立ち止まっているアレクをイェルクは腕をひっぱってドアの中に押し込んだ。


「おねえさーん!二人がけのテーブル、あるー?」

「いらっしゃい!あら貴方、伯父さんの面倒を見てくれてる人じゃないの!」


先ほどの老人の姪だった。アレクはこの人なら安心だと肩の力が抜けた。店内は少々混んでいたが老人の姪は上手い具合に奥まったところにある二人がけの空いているテーブルを見つけて案内してくれた。さっと厨房の方に走って行ったかと思うと熱々のチーズパンを載せた皿を持ってやって来る。


「ご注文は?」

「・・・イェルクにお任せで」

「じゃあポークリブの香草焼きと、豆のスープと・・・なあアレク、お前もなんか頼めよ」

「えーっと、そういわれても・・・」


困っていたアレクを見かねて老人の姪が助け舟を出してくれた。


「魔女さん、確か東の方の生まれだったでしょ?ヒンカリは好き?」

「あるんですか?」


小麦粉で作った皮で、刻んだ数種類のハープを混ぜた挽肉を包んで煮る料理、ヒンカリはアレクの好物だった。こっちに来てから口にする機会がなく、残念に思っていたほどだ。


「うちの店主が東に行った時にレシピを覚えて来たのよ。どう?」

「いただきます!」


熱々のスープの味付けは少々アレクが馴染んでいるものとは違っていたが、それでも美味しかった。口の中に染み出す肉汁がたまらない。イェルクは嬉しそうに食べるアレクの様子を見て「なあ、俺にもくれよ」と一つつまんだ。


「美味いな」

「美味しいよね?元々はエルフ族の料理だったのが広まって今の形になったんだって話だよ」

「エルフ族ってのはこんな美味いもん食べてるのか。ずるいな」

「あらあら、うちの料理だって十分美味しいわよ」


蓋付きの器に入った豆のスープと、皿に盛られたポークリブがやってきた。スープの方は一緒に運ばれて来た取り皿とスプーンを使って食べるのだ。アレクは夢中になって食べながら、叔父が亡くなって以来感じることのなかった幸せを久しぶりに感じていた。



食事が終わった後、アレクは幸福感に浸りながらウイキョウのお茶を啜った。イェルクが口を開く。


「ところで昨日、何故俺がお前の部屋に逃げ込んだかって話なんだが」

「うんうん。・・・あの黒いマントは結局何だったの」

「幽霊なんだ」


その言葉にアレクは口をぽかんと開き、イェルクの顔を見つめていた。

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