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第一話 

突然誰かの叫び声が聞こえた様な気がして、アレクははっと我に返った。書き写していた本から視線を上げ、ランプの中の小さな炎を見る。その途端、押し寄せる様に全身の感覚が戻って来た。長時間同じ姿勢でいたせいか、身体の節々が痛い。


『あまり根を詰めてはいけませんよ』


脳裏に自分を心配する母親の声が蘇り、彼女は苦笑した。そろそろ眠った方が良いだろう。アレクが今学んでいる学院の寮は、生徒一人一人に部屋を与えてはいるが恐ろしく狭かった。ベッドと私物を入れるチェスト、本棚と机と椅子。それだけでいっぱいになってしまう小さな部屋だ。窓すら付いておらず、壁の片隅に空気穴が一つ、空いているだけだ。だからこそ、寝るならば机から離れて一歩歩き、ベッドに倒れ込むだけで済む。アレクは防寒のために着ていた綿入りのコートを脱ぎ、ばさりとベッドの上に投げかけた。

次の瞬間、切羽詰まった様なノックの音がした。


「誰ですか?」

「頼む、入れてくれ」


見回りに来た先生の声ではない。アレクと同じくらいの年頃の少年の声だ。始祖エルフ族の先祖がえり、しかも学院では数少ない女の子ということで避けられがちなアレクは当然の様にまだ友達がおらず、従って声の主もわからなかった。錠を外しドアを開けると真っ青な顔をした鳶色の髪の少年が倒れ込む様にして入って来た。


「頼む、ドアを閉めてランプを消してくれ。あいつにバレる」

「あいつって?」

「いいから、早く」


アレクは不審に思いながらもドアを閉め、ランプを指差した。たちまちランプの火は掻き消える。少年は一客しか無い椅子に座り込み、ぜいぜいと息をした。


「ごめん。でも、おねがいだから明かり取りの窓から覗いてみてくれないか」


ドアについている小さな小さなガラスの窓からアレクがそっと外を見ると、黒いマントを纏った物陰がうろうろと丘の辺りで彷徨っていたが、やがてあきらめたらしくそこを去った。


「行っちゃったみたいだよ」

「ありがとう。じゃあ、俺はこれで」


少年は椅子から降りてしまうとドアの外に出て行く。アレクは首を傾げながらその姿を見送った。




ハーブ入りのチーズとパン、煮沸した山羊のミルクがコップに一杯という朝食を手に持ち、アレクはいつものように皆から少し離れたテーブルの端に座った。本来ならばこの食堂は生徒と教師で溢れかえっているはずなのだが、三年前に起きた内乱のせいで三分の一ほどの席が空いてしまっている。頭巾をすっぽり被り、もくもくと食事に没頭していたアレクはいきなり声をかけられて驚いた。


「やあ。ここ、いいかな?」


昨日アレクの部屋にやって来た少年だった。アレクと同じ様に食事の載ったトレイを掲げている。


「・・・どうぞ」


アレクがそういうと少年はにっこり笑い、アレクの向かい側に座った。


「昨日はかくまってくれてありがとな。俺、イェルク・ファーレンハイト」

「アレクサンドラ・リュッケルト」

「なあ、なんで頭巾被ってるんだ?暗くね?」

「・・・先祖がえりだから」


アレクはそれだけ言うと黙々とまたパンを噛み始めた。内心、久しぶりに人に話しかけられたということで心臓がばくばくと音を立てている。どうしよう、と途方に暮れているとイェルクは「じゃあ俺も」と言って頭巾をすっぽり被った。

アレクがあっけにとられているとイェルクはコップを危うくひっくり返しかける。


「手元見づらいな!」

「・・・あの、私が言ってた言葉聞いてた?」

「ああ、先祖がえりだってんだろ?それがどうかしたか?」


アレクはますます驚いた。故郷では露骨な差別こそなかったが、親しい人間以外からは、町を歩けばまるで化物が歩いているかの様に逃げ出されたものだ。それだけ自分の外観が恐ろしいと言うことなのだろうと思い、今まで気にしない様に努めて来たが「それがどうかしたか?」と言われた経験は今まで無かった。


「・・・いや・・・だって・・・・・・」

「だってお前が望んでその外見で生まれて来たわけでも無いし、・・・まさか望んだのか?」

「いや・・・さすがにそれは、無い・・・」

「じゃあいいじゃん。それよりもさ、お前の今日の予定ってどうなってる?暇?」


アレクたちの通う魔術学院は今日は休みだ。とは言ってものんびりすることはできない。近くの町にいって怪我人や病人に薬を持っていったり話し相手になったりというボランティアが義務づけられているのだ。


「いや、午前中は関節痛のおじいさんに塗り薬を持っていく予定だけど」

「俺は風邪をひいた子どもに薬を処方しなくちゃいけないんだ。じゃあ昼飯一緒に食べようぜ」

「え・・・いやだと言ったら?」

「俺、おごるよ」


そう言うとイェルクはひょいと頭巾をアレクの頭から取り、ポケットにしまう。


「え、ちょっと、返してよ」

「昼飯の時に返すからさ。時計塔の前で待ってるから」


いつの間に食べ終えたのだろうか、彼はあっという間に姿を消した。アレクがしばし呆然としていると、置きっぱなしのトレイに気がついた。


「・・・まさか、片付けろと?」




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