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ハズレスキル「エンカ上げ」〜僕を勇者召喚した帝国は侵略国家だったので、魔王と手を組んで和平を目指します〜

作者: 楠木遥華
掲載日:2026/07/18

「……エンカ上げ?」


 複雑な模様が描かれた絨毯の上で、僕阿久比(あぐい)悠介(ゆうすけ)は木製のプレートに書いてあるスキル欄を思わず読み上げた。

 いや、読み上げてしまったの方が正しいだろう。


 何度目を擦ってもそこには「エンカ上げ(常時発動)」と書かれている。

 エンカ上げ……エンカウント率上昇とは魔物との遭遇率を上げるものだ。


 理屈はわからないけど、道端を歩いているといつもより魔物と出くわす確率が高くなるのだろうか。

 魔物の素材を集めたり、この世界で貰えるかは不明だけど経験値を獲得したりするのには役立つけど、日常生活では不要だ。


 おまけに他のスキルはないし、素のステータスが高いわけでもない。

 武道なんて授業でやる柔道くらいで、運動神経も悪い僕が魔物に遭遇すればすぐにやられてしまうだろう。


 ……あれ、僕もう詰んでね?


「勇者様、エンカアゲとは何でしょう? 召喚の儀を成功させるために書物を読み漁りましたが、そのような能力の記載はありませんでした」


 綺麗だけどどこか幼さの残る女性の声に顔を上げると、ウェーブのかかった銀髪に水色の目をした美少女がこちらを見ていた。

 この国の皇女様で、僕を召喚した人だ。


 そう、僕こと阿久比悠介は勇者召喚で異世界に転移したのだ。


 でも、戦う力がない上に唯一のスキルは魔物と遭遇する確率を上げる危険なもの。

 勇者失格の烙印を押されて国外に追放されるか、危険人物として処刑されるか。


 扉の前に騎士らしき人が複数立っているから、逃げるのは不可能だ。

 異世界に来て早々だけど詰みの盤面が見える。


 唯一の救いは相手にスキルの詳細を知られていないことだろうか。

 いきなり魔王と戦うわけではあるまいし、バトルに慣れていないことを理由にすれば戦闘訓練を受けられるだろう。よし、それしかない。


「実は僕もよくわかってなくて……」

「……」


 僕の反応を怪しいと思ったのか、皇女様が無言でこちらを見つめてきた。

 非常に整っていて可愛いと美しいの中間くらいの顔立ちの人に見つめられて、僕は思わず目を逸らしてしまう。


「……まぁ、自分の能力を隠すのも一つの戦略ですね。この国が今置かれている状況、勇者様に倒していただきたい敵についてご説明を……」

「フェリシア殿下、緊急事態です!」


 皇女様が説明を始める前に、ノックと同時に扉が開いて騎士が入ってきた。


「何でしょう?」

「北門の兵士から救援要請です。下級魔族一体と魔物の群れが街に向かって真っ直ぐ飛んできています!」

「それは平民の手に負えませんね。第二騎士団の派遣を……」


 皇女様は唐突に言葉を切り、僕を振り返った。

 なんだか嫌な予感がする。


「いえ、勇者様のお力を拝見したいです。お力添えいただけますか?」

「え? いや、僕は、その……魔物と戦ったことがないので、いきなりはちょっと……」

「でしたら、今回は騎士団の戦いを見学なさってください。我が帝国が誇る最強の騎士団をお見せします」

「は、はぁ。わかりました」


 勇者を召喚したのに、戦力としてそれほど期待されてない?

 僕としては助かるけど、少し違和感がある。


 僅かな違和感を抱えたまま、僕は騎士と共に初めての馬車に乗った。

 前方の馬車には皇女様が乗っている。周りを囲む馬に乗った人達は皆騎士だ。

 それが街中を走るから、街に住む人を驚かせてしまったかもしれない。


 小窓から少し覗いただけだけど、人々が困窮しているようには見えない。


 魔王との戦いで疲弊しているのが小説ではありがちだけど、現実は違うのだろうか。

 それとも、裕福に見えるのはここだけで他は貧しいのか。横を走る馬に視界を遮られながらの情報では、この世界について知ることは難しかった。


「勇者様、到着しました」


 しばらくすると馬車が止まり、騎士が扉を開けて踏み台を用意した。

 貴族になった気分で馬車を降りると、騎士達は無表情で僕から離れていった。


 前の馬車から降りた皇女様の指示に従って行動している。五人くらい残った人が僕の護衛のようだ。

 皇女様がこちらへ歩み寄ってくる。


「勇者様、戦いをご覧になるならこちらへどうぞ。大変見晴らしがよいですよ」


 そう言って案内されたのは詰所の監視塔だった。

 それほど離れていない距離に山々が連なっていて、そのうちの一つから空を飛ぶ生き物が一直線に門を目指しているのが見える。


 いや、正確には僕がいるところに向かっていた。もしかしてこれが「エンカ上げ」の力だろうか。


「ひっ!」


 鳥ともコウモリとも違う謎の飛行生物に思わず悲鳴が漏れたけど、監視塔に辿り着く前に弓矢や魔法に撃ち落とされる。

 何故か空飛ぶ人もいたけど、翼に矢が突き刺さり、地面に落ちたところを捕縛された。

 数十体の魔物が全て狩られるまで十分にも満たなかった。


「それにしても珍しいですね。偵察隊が来ることはあっても街を襲うことはここ十年なかったはずです。勇者様の実力を測りに来たのでしょうか」


 皇女様が不思議そうに小首を傾げる。


「勇者様めがけて飛んでいるようにも見えましたし、何かお心当たりはありませんか?」

「ぅえ!?」


 心当たりしかないけど、言ってしまったらここで人生が終わる気がする。


「その表情、やはりご存じなのですね」

「ぎくっ」

「ご自身の能力を秘匿したい気持ちはわかりますが、街を、そこに住む民を護るためです。教えてください」

「……はい」


 もう逃げられないと悟って、僕はスキル「エンカ上げ」について説明した。


「魔物との遭遇率を上げる……つまり、魔物を誘き寄せることができるということですか?」

「多分、そうだと思います」


 終わったな、僕。危険人物だと街を追い出されて、さっきみたいな奴に食べられて死ぬんだ。

 神様、もしもいるならどうして僕を選んだんだよ。こんな死しか招かないようなスキルを授けたんだよ。


 絶望と諦観と恨みを覚えたけど、「ふふっ」と皇女様が笑った。

 驚いて顔を上げると、彼女は喜びを隠し切れないといった顔で言う。


「素晴らしい能力ですね! あぁ、神よ。この勇者様を選んでくださったこと、まことに感謝いたします」


 恍惚とした笑みを浮かべる皇女様は僕を見ているようで見ていなかった。

 彼女は明らかに機嫌がいいとわかる顔で僕を見る。


「そういえば、この世界が置かれている状況について、説明がまだでしたね。実は十年前に我が帝国軍と魔王軍で激しい争いがありました」


 ――その戦いで魔王は死亡しました。


「え?」


 皇女様の言葉に僕は開いた口を閉じることができなかった。

 魔王がいないのに、どうして勇者(ぼく)が喚ばれたの?


「大陸のほぼ全土を支配した帝国は、北に蔓延る魔族を討伐するため魔王城に攻め込みました。お父様と当時皇太子だったお兄様を先頭に行く手を阻む魔族や魔物を討伐し、魔王がいる部屋に辿り着きました。そこでは激しい戦いが繰り広げられたそうです」


 大陸のほとんどが帝国領なのは軍事力で制圧していった過去が窺えるし、皇族も血気盛んなようだ。

 帝国軍だけで魔王城を制圧しているし、本当に勇者(ぼく)が召喚された理由がわからない。


「戦いの末魔王を討ち取ることに成功しましたが、お兄様は帰らぬ人となり、お父様も大きな怪我を負いました。一命はとりとめたものの、自力での歩行が難しく、今はほとんど寝たきりの状態です」


 皇女様が悲しそうに目を伏せる。

 今から十年前の話だから、彼女は幼い頃に兄を失い、自由に動くことが難しい父親の姿しか知らないのだろう。

 それがどれだけ辛いことなのか、僕には想像がつかない。


「しかし魔王を討伐した後、魔王の息子を名乗る魔族が新たな王となったのです。そのときはまだお父様が目覚めておらず、騎士団も疲弊していたので攻め込まれていたら民にも死傷者が出る戦いになっていたことでしょう」


 新しい魔王を討伐するために勇者召喚? いや、この話は十年も前だ。今喚んでも意味がない。


「けれど、新しい魔王は侵略より籠城を選びました」

「籠城?」

「はい。強固な結界を張り、上級魔族と共に魔王城に閉じ籠もったのです。大陸各地に散らばっていた魔族や魔物も魔王城の周囲に集めて、敵方の縄張りに入らない限り魔物に襲われることはほとんどなくなりました」


 好戦的でない魔王のおかげで平和が保たれているようだ。

 いや、帝国が攻め込まなければ魔族達も平和だったかもしれない。

 この世界について知れば知るほど帝国に従って戦う気が失せてくる。それでも僕を喚んだ理由がわからないので皇女様の解説に耳を傾けた。


「魔王軍は偵察のために鳥に似た魔物や鼠のように小さな魔物を送り込むことはありますが、戦闘能力が低く使役しているのも魔物より少し知性があるだけの下級魔族でした。攻め込もうにも結界を破る手段が見つからず、十年の時が流れました」


 膠着状態のまま歳月が流れて、話が現代へと近づいていく。

 和平交渉をしたら受け入れられそうだと思うのは浅はかな考えだろうか。


「これ以上戦いを長引かせれば民の負担が大きくなります。しかし、今後の憂いを絶つには魔族を一掃しなければなりません。お父様が動けない今、騎士団を率いることができるのは二番目のお兄様とわたくしだけです」


 えーと、皇帝は寝たきりで第一皇子は死去、第二皇子と目の前にいる皇女様が次代の皇帝候補ということだろうか。


「お姉様は十七で嫁入りしました。わたくしももう十六です。両親が結婚相手を決めたらそれに従わなければなりません。お兄様の仇を討つには今しかないのです。ですから文献を読み漁り、勇者召喚という手段に至りました」


 ついに僕が喚ばれた理由が明らかになりそうだ。

 何故皇女様が嫁入りを嫌がって仇討ちの道を選んだのか理解できなかったけど。


「歴代の勇者様は人並み外れた能力で災厄を退けたと聞きます。結界を破壊、あるいは貫通する攻撃ができる勇者様が召喚されれば、魔族を根絶やしにできるに違いありません。ですから、貴方様を召喚したのです」


 結界を無視する攻撃か、僕には無理だ。

 望み通りの勇者じゃなくて申し訳なく思うのと同時に、そんな力を与えられなくて安堵した。

 一つの種族を滅ぼすなんて極端な発想だと思う。


「しかし、勇者様は戦い方を知らず、結界を突破する能力も持っていませんでした」

「はい、勇者失格です」


 皇女様が望む力を持っていないのだから、さっさと追い出せばいい。ここで話している間にも魔物が集まってきているはずだ。

 でも、放り出されたら魔物に食い殺されるのか。それは嫌だな。


 皇女様は「勇者失格などとんでもない」と首を横に振った。


「勇者様がいらっしゃれば、北部から出てこなくなった魔物も出てきます。先程の襲撃には下級魔族も交ざっていたので、魔族にも一定の効果があるのでしょう。魔王城に立て籠もっている者共も誘き寄せることができるかもしれません」

「はい?」

「勇者様は十年に及んだ籠城戦を終わらすことのできる可能性を秘めていらっしゃるのです。護衛は騎士団にお任せください。わたくし達が魔物を一掃しますから、勇者様は前線にいてくださるだけで構いません」

「そんな……」


 僕は魔物を釣る餌として扱われるのだろうか。

 護ってくれるのはありがたいけど、できれば前線には行きたくない。


「勇者様、この国を永劫に平和にするための戦いです。力を貸していただけませんか?」

「魔族を根絶やしにしなくてもいいかと……」

「では、勇者様には護衛をつけず、人気のないところで立っていてください。魔物に襲われたら助けに参りますから」

「襲われる前に助けてください、お願いします」

「でしたら、騎士団と共に行動した方が安全ですね」

「ぐっ……」


 異世界に来て早々に死ぬなんて嫌だ。

 生き残るためには、皇女様に従うしかないのだろうか。


「我が帝国軍を信じてくださいませ。勇者様には傷一つつけさせませんから」

「……わかりました、魔王討伐に協力します」


 誰か、僕を助けてくれ。




 僕が魔王討伐に協力すると言ってからの皇女様の行動は早かった。


 父親である皇帝との面会予約を入れ、騎士をどれだけ連れて行くか騎士団長と相談して、移動ルートや泊まる宿の選定も側近に指示する。

 魔王を絶対に討伐するんだという強い意思をひしひしと感じた。


 皇帝が魔王城に攻め込むことを承認したので、今は馬車に揺られて魔王城のある北を目指している。

 一緒に乗っているのは無言を貫く騎士三人で、皇女様は前を行く馬車の中だ。


 薄暗くなったら街に寄って宿屋で一泊し、翌朝馬車での移動を再開する。騎士のほとんどが徒歩か馬での移動だ。

 僕は常時騎士に周りを囲まれていて、四方八方から襲ってくる魔物に攻撃されることはないけど、逃げることもできない。


 北に行けば行くほど魔物の数が増えるらしいけど、それでも魔物との遭遇する確率がいつもより高いようだ。


「勇者様のおかげで魔物を一掃するのが楽ですね。勇者様に向かって真っ直ぐ攻撃を仕掛けてきますから、攻撃を予知するのも簡単ですし、討ち漏らしもありません」


 皇女様にそう感謝されたけど、褒められた気になれない。

 誰かに守られる勇者より自ら道を切り開く勇者の方が格好いいだろう。


「危険を省みず魔物を引きつけ、仲間を信じて身を盾にする……これぞ勇気ある者、勇者であると民も称えることでしょう」


 だからそんな称号、望んでないから!

 そう悲鳴を上げたいけど、ここで守ってくれる人がいなくなれば秒で死ぬのは目に見えているので、何も言えなかった。



 帝都を出て三日ほどで魔王城に辿り着いた。

 魔族を殲滅するために帝都も魔王城に近い位置に移転させたらしい。どれだけ好戦的なんだ、この国は。


 湖の向こうに見える魔王城から何かが飛び立つのが見えた。

 一つや二つではない。いつの間にか無数の魔物の群れが僕達を取り囲んでいた。

 そして、僕めがけて一斉に襲いかかってくる。


「皆さん、ここはわたくしがやります」


 皇女様が長杖を構える。目の色によく似た水色の魔石が光り輝く。


「――氷漬けになりなさい」


 皇女様が冷たい声でそう言うと、周囲を取り囲んでいた魔物達が一匹残らず氷漬けになった。

 周囲の温度が一気に下がった気がして、思わず身震いする。


「やはりフェリシア殿下の魔法は別格だな」

「さすが帝国一の氷の魔術師だ」


 皇女様の魔法に騎士達が盛り上がっていると、不意に誰かが僕の服の後ろ襟を鷲掴みにした。


「え?」


 バサバサと羽ばたく音が頭上からする。

 足が地面から離れ、空を切った。

 どんどん地上から離れていく中、皇女様が驚愕の表情で僕に杖を向けているのが見えた。


「勇者様!」

「えっ、飛んでる!? なんで?」


 顔を上げると、赤い身体のドラゴンがいた。

 前足で僕を掴み、コウモリに似た翼で羽ばたいている。

 不意にドラゴンがこちらを向いて鼻をひくつかせた。


「なんかお前、旨そうだな」

「へっ?」


 魔物じゃなくてドラゴンに食い殺されるの?

 美味しそうな匂いがしたから魔物やドラゴンが寄ってきて、襲われる羽目になったの?

 もしかして「エンカ上げ」は、自ら美味しそうな匂いを発して魔物を誘き寄せるものなの?


 色々な疑問が一瞬の内に駆け巡ったけど、今更考えても無駄だ。

 大きな口を開けたドラゴンに食べられてしまうのだから。


「安心しろって、オレは人間を食ったりしない」


 口が向けられたのは光り輝く杖を握った皇女様の方だった。


「氷華」

「おっと、危ねえ!」


 杖から氷が放たれると、ドラゴンは右に避けた。僕を抱き抱えて後ろを振り返る。


「こいつ、勇者サマなんだろ? 当たったらどうするんだよ、氷麗の魔女サマ」


 ドラゴンが僕を前に出しても、皇女様が杖を下ろすことはなかった。


「魔王である貴方を討つ絶好の機会です。勇者様には恨まれるかもしれませんが、魔王が死ねば問題ありません」


 どう聞いても問題しかないけど、皇女様はそう言い切った。

 戦力面で役に立たないからって殺さないでほしい。


 ……ってか、今「魔王」って言った?


 僕を掴むドラゴンを見上げると、ドラゴンも僕を見下ろした。


「お前、何をやったんだよ? それとも氷麗の魔女がいかれてるだけか?」

「氷麗の魔女? 魔王?」

「あー、なんも知らないって顔だな。あいつは帝国の第二皇女、フェリシア。またの名を『氷麗の魔女』。見た目は麗しいが冷徹で躊躇いなく氷を放つ魔女さ。野心溢れるお人で、オレを討伐するのも皇帝になるためだろうな。年齢的にも性別的にも実績がないと皇位継承は難しいんだろう」


 それで、とドラゴンは親指で自分を指差した。


「オレはニ代目魔王、エイラートだ」

「え……」


 ニ代目魔王?

 つまりこのドラゴンは十年前に討伐された魔王の息子で? ラスボスってこと!?


「ええっ!?」

「そんなにも驚くことか? オレを討伐しに来たんだろ?」


 ドラゴンこと魔王エイラートは驚いた僕に驚いているように見える。


「だって、魔王は城に立て籠もってるんじゃ……」

「指揮を無視して城を飛び出す輩が増えたから、理由を確かめに来ただけだ。魔物達が言うことを聞かないのはお前のせいか?」

「多分」

「異世界から召喚される勇者サマってもんは、皆んな旨そうな匂いがするのかよ?」

「しないはずだよ! ってか旨そうな匂いって何!?」


 僕はやっぱり魔物を釣る餌でしかないのかと落胆していると、不意に魔王が左に動いた。

 さっきまで僕達がいたところに氷の華が咲く。


「勇者様を放しなさい」

「大事な勇者ごと氷漬けにする気かよ!?」

「魔王を誘き寄せることに成功したのです。勇者の役割は十分に果たしたと言えるでしょう。後は我々帝国軍がとどめを刺すだけです」


 僕に被弾しても構わないという皇女様の姿勢に、勇者だなんだとはしゃいでいた気持ちが冷めていくのを感じる。


「勇者サマよ、こんな帝国の言いなりでいいのか?」

「……」

「オレが攫ってやってもいいぜ。火の粉は全て払うし、どんな生き方をしてもいい。勿論、オレを討伐したければいつでも相手してやる」


 ――だから、魔王城に来い。


 魔王はそんな提案をしてきた。


 結局僕は魔王の提案を呑んで、魔王に誘拐されることにした。

 魔王は皇女様の攻撃も追いつかない速さで湖の上を飛び、魔王城のとんがり屋根に降り立つ。


「ちょっとここで待ってろ」


 僕を窓辺に置いた魔王が空中で一回転すると、人型だけどドラゴンであることを匂わせる姿に様変わりした。

 赤い角に翼、鱗が生えた長い尻尾。魔王だからもっと威厳や貫禄があるのかと思っていたけど、僕とそれほど変わらない年頃の男子に見える。


「勇者サマ……そういえば名前聞いてなかったな。オレはエイラートだ。お前は?」

阿久比(あぐい)悠介(ゆうすけ)

「アグイユースケ? 発音しづれーな。名前はどれだ?」

「悠介が名前だよ」

「じゃ、ユースケだな。ユースケもオレのこと、名前で呼んでもいいぜ」

「レイラート?」

「惜しい、エイラートだ」


 聞き馴染みがないのはお互い様だろう。僕が異なる世界から来たのだから仕方ない。

 人型になった魔王――エイラートが窓を開けて中に入る。


「ここがオレの部屋だ。ユースケの匂いで我を失う奴はうろつかんから安心しろ」


 外観が物々しいから中に入るのを躊躇ったけど、とんがり屋根の窓辺にいるよりましだろう。

 エイラートに続いて中に入ると、ベッドとテーブルと椅子がある普通の部屋だった。


「ユースケ、オレは和平交渉をしたいんだ」

「え、誰と?」

「帝国のトップとするのが一番だが、皇帝は親父との戦いで左足を失った。あれから十年経ったし、そろそろ次の皇帝を決めるときじゃねぇか? だから次期皇帝が話し相手だ」


 次の皇帝の座を争っているのは第二皇子と第二皇女であるフェリシアと聞いたことがある。

 年齢的にも実績的にも有利なのは第二皇子、だからこそ皇女様は勇者(ぼく)を召喚してまで魔王エイラートを討伐しようとした。


「僕の所感だけど、皇女様……いや、第二皇女は魔王を討伐するまで引かないと思う」

「オレも同意見だな。だが、第二皇子の方も兄を奪った先代魔王(おやじ)を憎んでいるらしい。どっちも和平について話し合うより攻め滅ぼした方が早いと考えてそうだ」

「交渉できる相手いないじゃん……」


 八方塞がりに思える状況に、エイラートは「一つだけ手がある」と自信ありげに言った。


「皇帝が再起不能なのが問題なんだ。アイツさえ元気になれば任期を伸ばせる。そうすれば和平合意の席についてくれるはずだ」

「でも、皇帝が始めた戦いじゃないの? 十年前の魔王討伐も皇帝が先陣を切ったと聞くし」


 こんな大陸の端まで追い込んでおいて、今更和平など結ぶのだろうか。

 再び軍勢を引き連れてエイラートの首を取る気がする。


「いや、戦いはオレが生まれる前から続いてる。親父が全盛期だった頃は帝国軍も手も足も出なかったらしい。オレが生まれてからも百年くらいは強者であり続けたな」

「……えっと、エイラートは何歳なの?」


 生まれてから百年経っても、という意味に聞こえたので念のため年齢を確認する。

 僕の聞き間違いであってほしい。


「オレか? 百七十五だぜ」

「ひゃくななじゅう……」


 どうやら聞き間違いではなかったようだ。

 見た目は年が近そうなのに、百六十歳くらい違ったなんて。

 人間ではありえないけど、ドラゴンにしては若いような気がしてきた。


「それで、何故今の皇帝なら話を聞いてくれるかもしれないかと言うと……」


 半分は僕のせいだけど、脱線していた話が戻った。僕はエイラートの次の言葉を待つ。


「アイツは親父と酒飲み友達だったんだぜ」

「はい?」

「皇太子時代から親父と仲良しで。でも魔王討伐を求める声が大きかったから、皇帝として、友として決着をつけたんだ。決着がついたら和平交渉をする予定だったが、皇帝は重傷で息子の皇太子は戦死。帝国が交渉の席につくことはなかった」


 彼はうーん、と悩ましい顔で唸った。


「相手の命を奪ったら争いは終わらないって親父も知ってるはずなんだけどな。何故皇太子にまで手を出したんだ?」

「エイラートはその場にいなかったの?」

「親父に何かあれば次の魔王を決める必要があるからな。人と違って魔王の息子だからって魔王の地位を継げるわけじゃねぇ。求められるのは強さだ」

「脳筋の発想……」

「ノーキン?」


 僕が呟いたのをエイラートは聞き取れたみたいだけど、意味まではわからなかったようで首を傾げる。

 それに「何でもないよ」と返し、疑問に思ったことを口にする。


「どうして帝国軍は皇帝も皇太子も攻め入ったんだろう。どちらかが残れば、後継者争いに発展することもなかっただろうに」

「過去のことを考えても意味ねぇよ。和平交渉は今後もできず、オレ達魔族は滅亡する。それを避けるにはどうすればいい?」

「僕を人質にする……とか?」


 答えを捻り出したけど、「いや、お構いなしに魔術を放ってきたんだ。人質としての価値は低いだろう」と真顔で返されてしまった。


「むしろ、勇者を取り戻すという大義名分を与えてしまったかもしれんな。戦争が激化するぞ」

「え、僕を誘拐して良かったの?」


 僕のせいで魔物が帝国を襲うのは嫌だけど、魔王城が攻め込まれるのも嫌だ。

 本当に、どうして「エンカ上げ」という役に立たないスキルを手に入れてしまったんだろう。


「助けを求めたのはお前だろ?」

「そうだっけ?」

「誰でもいいから助けてくれ、そんな声が聞こえた気がした。だから出向いてやったんだ」


 そういえば、皇女様から逃れられないと悟ったときに心の中で助けを求めた記憶がある。

 エイラートはそれに応えてくれたのだろうか。


「お前が勇者とわかった上でオレはお前を誘拐した。助けると決めたのはオレだから、ユースケが後悔する必要はない」

「でも……」

「それにここは難攻不落の魔王城だぜ? オレの結界は完璧だ。何人たりとも通さねぇ」


 そうドヤ顔で言うエイラートを見て、申し訳ないと思う気持ちが小さくなった。

 ここでは勇者の役目を求められることはないだろう。でも、自分の身は自分で守れるようになりたい。


「僕も強くなりたい」

「お、いいな。具体的に何をするんだ?」

「まずは僕のスキルの解明かな。物語ではハズレスキルには一発逆転のチャンスがあることが多いし」

「スキルのことはよくわかんねぇが、どの魔族なら匂いで我を失わないか検証ならできるぜ。我を失った奴は動きが単調だから守るのも簡単だし」


 本当は僕が守る側になりたいけど、いきなり強くなる方法はない。地道に努力するしかないだろう。


「そうと決まれば演習場に行こうぜ。オレのダチとして紹介してやる」

「僕のこと、友達と言ってくれるの?」

「あぁ、当然だろ?」

「エイラートは異世界でできた友達第一号だ。これからもよろしく」

「あぁ、よろしくな!」


 僕は召喚した帝国を捨て、魔王と共に平和な世の中を実現するために行動する。これはそんな物語だ。



「勇者様が魔王に誘拐されました。護衛に失敗したことは深く反省しますが、取り戻す機会をください。魔王軍と全面戦争の許可をお願いします」

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