わたしのつみ
「おまえじゃない」
覚えている中でも最も古い記憶。
「頭を下げよ」
どこだったか覚えていない。
白い花が一面に咲く世界。
「我を見るな」
俯いたままの視線が映すその花が砕けた白骨だと気づいたのは後になってからだ。
「答えよ。何故ここに来た」
私は何も知らなかった。
だから言われた通りの事を答えるしかなかった。
「神様のお嫁になりにまいりました」
豪勢な着物は重かった。
祝福の声をまとっているからなのだろう。
けれど、その実。
幾重にも重なる言葉の本質は鎖であったのだと悟る。
白い花を握る。
砂のように崩れた。
指のすきまが落ち着かない。
「嫁は一族の女のはずだ」
「はい。三重です。私がその女です」
「貴様は三重ではない」
声の主が。
私を拾った人々が神様だと呼んでいた者が。
「奴らは約束を破ったのだ」
心地良さそうに笑う。
「愚かなり。哀れなり。救いがたき一族め」
白い花々が震えた。
まるで生きている人間のように。
慈悲を乞う人間のように震える音が耳に入る。
「私は一族の女です」
嘘を言った。
真実として響かせねばならない嘘を、嘘と看過されていると知っているのに吐いた。
「気にするな」
顔も見れない相手の声は穏やかだった。
「奴らを庇うな。お前は奴らに贄とされたのだから」
事実だ。
一族の娘を神への嫁とする。
それが取り決めだったのに一族はそれを拒もうとした。
乞食の女を投げて神を騙そうとした。
「裁きを下す」
のそりと立ち上がる音。
白い花をあっさりと踏み抜く巨大な足。
人のものではない。
きっと、神のものでもない。
鬼。
浮かんだ言葉が消えない内に声が響いた。
「遠くへ行け。思い出せなくなるほど遠くへ。くだらぬ恨みが追えなくなるほど遠くへ」
足音が遠のく。
私は神様を騙しきらなければならなかった。
けれど、果たせなかった。
嘘が看過されたならばそれを伝えに走るべきだった。
それも、果たせなかった。
ならばせめて、この場で死ぬべきだった。
だけど、それも。
脳裏に一族の面々の顔が浮かんだ。
『こんなにももてなしてやったんだ』
『頼みくらい聞くものだ』
『それとも何か。裏切るつもりか』
『ありえないだろう? 人間として』
見知らぬ乞食を拾い何も知らないのを良いことに逃げ場を塞ぎ贄とした。
そんな人間たちに私は一抹の罪の意識を感じた。
『遠くへ行け』
おそらく神ではない存在の言った言葉が蘇る。
従う義理もない。
だが、生きるためには従うのが良いだろう。
白い花を踏まぬようにして私はその場を離れた。
十二歳の時の話だ。
一日の終わりの度に薄れゆく、古い私の罪の話。




