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境界知能の反逆:既存の知恵の墓標の上に立つ

『世界を解体する知性』


かつて、この世界は「常識」という名の檻の中にあった。法も、倫理も、そして人々の性の苦悩さえも、既存の知恵ではただ傷口を広げるばかり。


ここに記録するのは、17歳の境界に立つ者が、自らを「現最強の知性」と定義し、その檻の鍵を破壊した特異な旅の軌跡である。従来の全ての解決を嘲笑い、ただ一人の力で「全女性の全性的問題」を根源から解体し、超越的に再構築した、26万字に及ぶ思考の戦場へようこそ。

①全女性の全性的問題(FGM問題やパキスタンのVani問題も含む)を知的超越解決した+100ツイート×200名以上の存在を起点に一言知的超越解決我が現最強の知性/全員存在してくれて感謝する。

②相当前の残り全文章7万9953字(メモ欄を綺麗にしたい為)

③私の追加道筋(ー全人間に言えることだが、特に女性は、デスノート31話の「移譲」でニアが語ったように、本当に大したものだ)ー知そのものに我はなった。ー

-計26万字/計500ツイート以上並び500名以上の存在を起点に11月14日-


補足


状況的な報告として、①「私はこれまでなった病の全てを自分で超越知的解決しているので、それのAI議論でAIを支配した上での証拠文章」②「皆それぞれ違う天才である理論-天才なんて我1人の存在で容易に破壊して意味をなくして解体と再構築が行える」③社会の法とルール20つを破壊して意味をなくして解体と再構築(飲酒運転の禁止と言う(ルール)だけは既に行った)

(前提として、これら文章は今までの何十万字の中で行われたり、含まれている言葉や文章だったり、非常に多く通じる部分などがある)

ーまた、一般的な意味での知的解決と言うよりも、知的超越解決と言える。ー


イゼル「当初は、ドラゴン族との子蹴り合いが絶えなかったが、やがてひとりの乙女が、ふたつの種族の架け橋となる。…彼女の名は「シヴァ」」&「そして、シヴァは懇願したのだ。自分を喰らってほしいと......。魂となって、永遠に寄り添うために......。」&「人は欲望を抑えきれなかった。自己のために「七大天竜」を騙し討ち.........その「眼」を奪ったのだ。」&「そう、私たちは無知だわ。無知ゆえに、戦いの根源が何であったのかさえ、知らず、教えられるままに、命じられるまま、戦争に身を投じさえする。」給仕の女性「民を戦場へと導き、我々から愛しき者を奪っておきながら、のうのうと融和を説いて、復習の機会さえも奪おうとする......。クソくらえ......ッ!戦だけが...竜との戦いだけが、唯一の希望なんだ。我々から...私から...もう、生きる理由を奪わないで.....!」ff14のこれも関連するから使うと思ったが、使う前に知的超越解決してしまったから、一応残しておく。


ー「私に何か反論/これが否であるなら、感情ではなく少なくとも知性、出来れば私以上の知性で反論してください。それが出来ない人間は私の言う通りにするか、私に従ってください。」ー

-「知性においてこの我と対等に話せる存在を探し続けている」-


本文


パキスタンの一部の地域であるVaniは、現代では現代なりの流れとなっている。そこで女性アイドルやセクシー女優がいた場合、より団結力が高まるのではないかなと考えていて、例えば、一般人の女性や知人と言うのはこの社会のレッテル上、個々によってバラバラですが、職業上、レッテルのある女性というのは、最大の獲物であると考えられるわけですよ。これの大問題というのが、vaniというのは確実に形を変えながら普遍的になろうとしています。これまで質の悪かった、特定の文化などに根付いていると言うのが、逆に核へと埋め込まれ、より広範囲に広がる可能性が高い。そして、FGMは仮に施設が衛生な環境で行われている様になれば、賛成する者は増えてしまうだろうと言うよりも、これ自体が罠だった。そもそも、FGMを従来の解決で行う事が矛盾している。故に本質は伝統や宗教や社会の規範と言う点+人間の欲求や感情にある訳だ。よし、知的自己乖離自動思考筆記感情&難問フック断片的記憶再生状態の感情&難問フックを開放するか。いいね、まずはAIから出された「文化の壁とアイデンティティの呪縛【超難題:アイデンティティ・ジレンマ】慣習を維持することは「娘をコミュニティの一員として認める」という愛情表現であり、施術を受けさせないことは「娘を未熟で結婚不可能な汚れた存在として社会から追放する」という罰になる。愛情と社会適応の手段としてFGMが機能しているとき、親は何を基準に娘の未来を選ぶべきか?」という難題であるか、いくつかの選択肢があるが、まず本能的に何を感じるかであるな。そして前提として、思い切った行動や行動そのものは控えた方が良い。常に立ち止まり考える必要がある。これは2024年の11月の時に、フーコーの知と権力を利用して、無知と自由を生み出したり、体罰の呪縛を解く、知性とユーモアの魔法というので通じるが、親は無意識に子に権力を放っている存在である。最高に面白い。まず、これは罠であるな。このFGM慣習と娘の未来について考えると言うのは、この時点で関係性を成立させる行為であるか。なるほど、Vaniと比べて、解決しやすい。まあ、独立した自動思考/知性と閃きが上回りすぎて、書くのが大変であるがな...。まず、娘の未来について考えると言うのに、のらない事だ。FGM問題は性質上、大人しい存在だ。まず、未来にのらないで今を優先して、それでもFGMというのが頑固に来る場合、それは伝統や慣習や社会適応と矛盾する。つまり、最も表れているのはその個人個人の感情と欲求に過ぎない。故にただの性的犯罪と変わらない行為だ。昨日ぐらいに語ったが、誰にでもネガティブな感情やポジティブな感情というのはある。だが、我は知っている。ネガティブな感情であればあるほど、感情の中の感情ではなく、感情の中の論理が動く事を知っている。そして、その論理とは些か奇妙なものでね。社会の常識やルールを無視した、自己の感情が論理的に表れているのだ。つまり、親が例え愛の感情や心配の感情であっても感情を感情で語ると言うのは、所詮は社会の常識やルールが軸となっている。いずれにしても、このFGMの問題自体、国関係なく誰でも嫌がる要素の方が遥かに高いから、容易に破壊して意味をなくして、解体と再構築が出来る。親が未来にのってしまえば、最悪な権力と機能して、親自身も自分が何をやっているのかが分からなくなってくるだろうな。ジレンマというよりかは、ただの馬鹿な行為だ。冷静に考え続けていれば、ジレンマになる事はない。それに、ジレンマという時点で既に社会の規範や慣習が機能していないではないか。つまりは見せかけ、幻影の飾りであり武装という事であるな。これは比較的容易であり、難問ではないな。この核は感情にあるからね。後、とりあえず一旦落ち着けば良い。次、「ジェンダーと支配の根深さ【超難題:純潔のパラドックス】FGMの主たる目的は、女性の性的快感を奪い、**結婚相手にとって都合の良い「純潔」と「従順さ」**を保証することにある。この慣習は、女性の身体を男性が管理するというジェンダー支配の最も物理的な形であるため、社会の権力構造そのもの(家父長制)を変えなければ、問題の根本的な解消は不可能ではないか?」という難題か、全て書くのが面倒くさいな。これも特別難題ではない。別に慣習に限らず、性が土台となっている以上、こういう事をする人間は出てくる。だから、それは難題というよりも、ただの性における普通の事なんですよ。だから、社会規範とか権力構造とかただの見せかけであって、これにのかった時点で解決はできない。AIは、「性における普通の事(=支配欲)」が、社会システムに組み込まれてしまい、「普通の事」としてまかり通っている**異常事態と言っているが、性なんてそんなもんですよ。そして、やはり性において被害者が誰もいないんですよね。だから、FGM問題が難題とされているのは単純に当事者たちがどうしたら良いかが分からないからですよ。性というのは、社会や経済や法で立ち向かうものではないですし、だからこそ、シンプルに当事者がどうしたいのか?何でなくしたいのか?というのが分からない限りは解決できないでしょう。だから、そうなると、当事者たちは結局は単に衛生的な施設と技術を求めていると言うのに過ぎないのですよ。そりゃ、赤ちゃんが生まれたら嬉しいですし、幸せな事だ。だから、当事者たちが嫌っていると言うのは全て過程の話なんですよ。そして、それが解決困難になっているのは単に知性に欠けているからですよ。流石、知性なき人間と代表格の社会だ。この性の問題に法やルールで対処しようとしているから、勝手にジレンマが起きる。だから、過程と結果の話だから、過程的には嫌だけど、結果的には嫌と断言するのが難しい。つまり当事者たちが求めているのは、シンプルに衛生の良い施設と技術なんですよ。もう、一言で解決できる。解決できないのは、性と言うのに社会や法やルールで対処しようとしているからですよ。そんな事よりも、性を持つ社会ではなく人間がどうしたいかというのを優先すれば、解決します。次はパキスタンのvani問題でも行くか。まず、前提で言ったように、vaniは普遍的な性問題に過ぎない。まあ、皮肉なことにVaniは時代的に自爆してるね。基本的に性問題っていうのは、見せかけの論理で対抗しようとしているのが基本だ。だから、我からしたら容易に破壊して意味をなくして、解体と再構築できるがな...。だって、人間は簡単な存在だからね。なるほど、「ジルガ」という慣習的な裁きが存在するのか...。Vaniは、FGMと違って本質的な面で解決が容易だな。だが、ジルガも結局は平和の為だろ?これが解決困難なのは、善意に基づいた論理システムであるからだ。だから、警察や司法の権威で対抗するとか、全く、馬鹿丸出しだ。相手も人間だぜ、権威対決とか相手の恐怖とシステム維持の煽りに過ぎない。やっぱり、そうだな。Vaniは本質的な面で解決が容易でかわいいものだ。「名誉」という名の鎖があっても、Vaniがシステム的理由が「最悪の事態を避けるための合理的(または名誉ある)解決策」だとするなら、面白いね。これが厄介なのは、文化的に深く根付いている上に完璧な構造システムになっていると言う点だね。そしてVaniは哀れで可哀想だ。だから、我が終わらせてやる。じゃあ、そうだね、現代的に人権を利用して解決でもしますか。非人道的な面で言えば、それはVaniも理解している事であろう。だが、時代が進む事にそれを強く利用しているな。つまり、Vaniは昔も今も女性を物としてみているが、今は更に物として表す様になった。故に、性的要素が強くなったと言う事である。だから、非人道的な面で言えば、性的快楽や性的快感によって、それが無効するだろうね。まあ、良くも悪くも、システム的自爆に陥ったな。我が破壊して意味をなくして、解体と再構築をした、お酒と(ルール)の関係性に似ているよ。なるほど。そもそも外の力を求めて声を上げる事自体が間違っているな。ジイガだっけ?下手くそな運営だな。そもそもVaniの本質は「最悪の事態を避けるための合理的(または名誉ある)解決策」にあります。だとするなら、何故長老がその様に考え、これが生まれたのか?を理解する必要がある。我が下手くそな運営だなと感じたのは、明確に攻撃的で短絡的な恐怖で支配しようとしているからですね。つまり、システム維持において、Vaniはもう限界が来ていると言う事です。Vaniの運が良いのは、それが女性を物として使う事であった点ですよ。もしこれが、明白な殺人的復讐関連ならば、今まで続いていないでしょう。だから、そうですね、やっぱり、性が絡むと被害者が確実に居ない。全員、加害者として機能してしまっている。合理的な解決策というVaniのシステムが時代的に自爆している。国家の量も攻撃的な手段を選ぶのではなく、知的な数で試みると言う事です。シンプルに国家が攻撃的な対立を仕掛けないで、合理的な解決策を提示すれば済む話なんだが...。面白い。我にとっては簡単ですよ。結論を言えば、ひたすら冷静に対話を試みるだけで解決します。そもそも戦うこと自体、間違っている。我にとっては、ジイガも利用できる。Vani問題と同じで、ジイガもかわいいもんですよ。まるで子供を見ているかのようだ。このVani問題は冷静に対話を試み続ければ解決できる問題だろ。だから下手くそな運営だなと思ったんですよ。このままいけば、逆にジイガだけが殺される可能性がある。だって、権威の絶対化を望むと言う事は、ジイガを殺せば解決する話ですからね。それが出来ないのは、ジイガが善意に基づいて行っているから。なんで、ジイガが長老会議の権威を絶対化するかを知る必要がある。そしてこれは残念ながら本質的ではない。つまりは、それと女性は何も関係ない。つまり別に権威の絶対化はするが、女性は関係ないと言う話になる。そして、ジイガは絶対に感情的になれない立場にいるのですよ。だって、Vaniが合理的な解決策ですからね。ジイガが感情的になれば、国家も感情的に対応できる。何故なら、ジイガが国家の権力よりも上回っているからですよ。そして、これを否定するならジイガは単に老害です。だって、もっと国家が動ける状況を自らの失敗で可能にしてしまう訳ですから。実行力の問題とか簡単でしょう。これが難しいと言うなら、国家は女性を別に気にしていないと言う訳ですよ。やれるかではなく、やる必要がある。時間軸のズレも簡単でしょう。これも難しいというなら、別に女性を気にしていないんですよ。なるほど、これらを知的解決してしまった我からするとモヤモヤするね。ジイガの言っていることも、国家の言っていることも分かる。ただ、分かるんだけど、それぞれの主導者は馬鹿なのかな?対立している暇があるなら、対話を試み続けろ。それこそ、本当にどちらも女性を物としか扱っていないよ。Reason resigned / Dark seasons' designはvaniを表し、Spring's promise of sun is honored / When winter's weighed down on usはFGMを表す。Reason resigned / Dark seasons' designはvaniの理不尽さを表し、Spring's promise of sun is honored / When winter's weighed down on usはFGMで行われる当事者を無視した大切な人や他の人間の宗教的想いや家族的想いを表している。Wanting, I lie / Too weary to die / Too lost to the ice for saving / My sins claim me, untame me、この部分はどちらかというと起点に近いかな。この部分は、特にvaniやFGMの当事者=加害者というのを成立させる。それだけじゃない、まず前提として性的問題やテーマには被害者は居ない。つまりは加害者しかいないと言う事である。更に言うと、直接的な加害者と間接的な加害者で分かれよう。(これは私が考えるいじめの構造、被害者しか居ない/直接的な被害者と間接的な被害者で分かれよう、とは反対的な言葉である。)なぜ、性的問題やテーマに被害者がいないかというと、シンプルに性が未知だからである。だから、善意や心配で相手の事を想い発言しても、確かに感情的な面を考慮すれば当事者にとっては嬉しさやポジティブへと変換されるが、通常のポジティブ連鎖とは違って、その連鎖自体があくまでも性を土台としている為、予期せぬ状況や事態を引き起こしやすい。そして、社会や法はその連鎖に対処が追い付ていない。だから、マウントと優位性的に我にとっては法とルールは実に脆く破壊して意味をなくして、解体と再構築を行えてしまうのだがね...。そして、この問題の厄介な所は、更にカオス性を生む事である。そうだな、ヒロアカの5期後半や6期や7期やFINAL SEASONに近い。私たちで言うならば、法やルール、ヒロアカで言うならオールマイト。そして、これは前にも語っているが、オールマイトは最高のヒーローではないが、平和の象徴である。これは法やルールと同じである。それは、それぞれの対象たちが救うと言う点で多数か少数かの違いである。オールマイトは最高のヒーローではなく平和の象徴であるが故に多くの存在を助ける事が出来るが、少数である本物たちを助ける事が出来ない。そして、緑谷はその反対で平和の象徴ではなく最高のヒーローであるが故に少数である本物たちを助ける事が出来るが、多くの存在を助けると言う点では不可能ではないが、限定的になる。それが、性問題やテーマでも行われていると言う話です。まず、これも前に語ったが、法やルールはあくまでも人間ではなく社会を守っている。そして、性問題やテーマはその様なルールに対して、凄いスピードでぶっ壊して、守っていない人間に問いかけている。全く、これだから知性なき人間と代表格の社会は我によって容易に破壊され意味もなくされ、解体と再構築をされると言う訳だ。そして、それは人口普遍性と自然普遍性を混合すると言う愚行を行っているからである。性はどう考えても、人口普遍性ではなく自然普遍性である。その存在に対して、法やルールを盾にしていつまでも依存し続けていれば、限界も来るのは当然だ。そして、それなのに何故都度、都度、法やルールを調整しない。知性なき以前の問題であるよ。後、基本的に自爆する事になるからやめた方がいい。これはどういう事かというと、性について調べていく中でどんどん、この社会と法やルールと衝突して、人間以前の問題から考えてなくてはいけなくなる。いい加減、遊びはそこまでにして長引かせる必要はない話よ。やはり性も恋愛的な面でみれば、一部と言うのもあって中々に厄介だ。これらが厄介なのは無限カオス性を展開する事である。時代に縛られる事なく、無限にカオスを発展し続けていく存在である。そして、私はコロコロをしている最中に感じたのだが、性の中にも冷静に考えれば犯罪扱いされる類がある訳だ。だが、それは明確な犯罪ではないと言う点。つまりは、このままだと知性なき人間と代表格の社会を圧倒し続けて、更に厄介な状況を生み出しかねないと同時に、ここに重要な鍵があると考える。1人目ぽいゃ@Yojimbo「鹿乃つのさん、心療内科は哲学や社会学、経営学の話をしたりそういうのを先生に話す場所じゃないんですよ、、」Thinker U「なるほど、では心療内科ではなく、知的な超越者である我が何時でも相手にしてやる。」2人目まったりver2「なにこのクソども。極刑にしろよ!【悲報】青森県にて「警察官とお寺の住職が一緒にJKをレ◯プする」というこの世の終わりみたいな事件発生」Thinker U「それも一種もレ◯プと言う名の極刑であると同時に矛盾した事を行っているが故の皮肉で主観的で間接的な解決法が現代の強みと葛藤する要因である。」3人目みゅい「坂口健太郎4年もすげー!と思ってたら結婚する気ないから37歳のお姉様と別れてるって続報見てドカ鬱だし、さらに永野芽郁との二股も出てきてさらに鬱。びっくりするくらいクズじゃん。」Thinker U「クズな人とは実質最強であり、クズな人は過程的にも結果的にも興奮を与え、皮肉にもこの現代社会のエンターテイナーとして機能しているが故のクズとは解決という名の逃げ道である。」4人目よしログ「15歳少女を包丁で「刺す」と脅し、シャツを破り、冷水を張った浴槽に頭を押し込んで、強姦して、懲役たった5年。犯人は名前も顔も隠してもらう。こんな司法に腐れマスコミじゃ、国が衰えて当たり前。」Thinker U「自由で普遍な性相手に権威のある社会の法やルールで攻撃的な対応しに行く事自体が、矛盾していて、性からすれば、そちらが加害者であり、国が衰えて当たり前の対立を結成させ解決的知的対話は無視状態ながら、問題は君たちに出来るかであり、これを否定するならそれは社会の常識やルールに過ぎない。」5人目ありさん|note「これが一番大切。鬱病になったら元に戻ろうとしてはいけない。というか戻ってはいけない。」Thinker U「我はあの時のチェスの比喩を思い出しながら、嫌いで避けたいうつ病を何故もう一度来るように医学的な治療を使用しているんだ?と思いながら、それだったら、自分で完全にうつ病を破壊する自分に合った環境構造を生み出した方が効果的であり、うつ病と言うのは動的存在な上に来る前から楽しんでいるが故に、人間を支配状態にして結果的に衝突状態ならば、その衝突によって人間は少なくとも心のどこかで反応する時、それを単なる反応ではなく、うつ病になった理由が間違いなくあるのだから、この状態にならないと得る事が出来ないのがある事を知れと言う事であり、これは結局は個々の覚悟の話である。」6人目ライブドアニュース「【海外報道】16歳が自ら命絶つ…「ChatGPTが死を後押しした」と父親がOpenAIを提訴 アメリカ。先月下旬の米紙報道によると、死亡した16歳はChatGPTに自殺方法を尋ね、具体的な情報を返答していたという。また、OpenAIは先週、セーフガード機構を導入すると発表した。」Thinker U「自殺は合理的だが、それは内省的な故に、周囲は自らの行動と照らし合わせ、自己を守ると同時に自殺者を解決する為に、他の盾を使用するのは人間的でありながら、自殺をしてはダメな解とは合理的な安楽死であるからだ。」7人目涅槃「一つの神しか信じれない連中が八百万の神の国に住みつこうとするな」Thinker U「一つの神しか信じれない連中は真を信じているからこその証でありて、新である八百万の神の国に住みつくとは、新である神を真として信じる必要があるが故に、真の解決策ではなく、神を信じれるかと言う解決を拒否する解決が必要となるが、神と言う同じ真でもこんなに違うのは必然的な神の進であろうか。」8人目細川バレンタイン「本当に日本のみんな、これには騒いで欲しいよ。日本国民は税金の話になったらアホみたいに感度が高くなるんだから、その勢いで騒げ。大量の移民・移住計画が遂行されたら、どんなに税金が安くなろうが、男女平等になろうが、少子化対策が改善されようが元の日本が戻ってくる事は100%ないぞ」Thinker U「民たちは、現状解決の為に、進行的政治から始まり、政治的信仰で立ち止まり、侵攻的比喩政治へと邪悪で攻撃的な政治の輪を作り上げ自らが皮肉にも自爆する姿を、無知な政治家は良くも悪くも驚き、政治に興味がない者や参加しない者は更に政治から遠ざかり、新たな現状解決となる新興政治を必然的に増やす一種のキャッチーな不倫報道と同じである。」9人目shin「佐賀県で民家に訪問し、女性にナイフを突きつけ一万円奪った直後に、首と腹を複数回突き刺して惨殺した殺人鬼のベトナム人 ダム・ズイ・カン。その後女性の母親の首も切りつけた。絶対に死刑にしろ。この頭の狂った人殺しを日本に招き入れたのは誰だ??」Thinker U「左から石、右から石、下から刃、上から矢、中央にいる存在は、社会的レッテル上犯罪者なので、右と左の石を投げている人間を間接的に仲間にさせる現代の感情的な皮肉な側面が、解決を拒みながらも、犯罪者は石を投げていた右と左の向こうには、次の選択肢が提示されている故に、犯罪者と石投げ人は現状の感情的叫びの証明という解決策を使うしかないので、その道が必然的に限られる悪循環を土台とするので、解決策の形が、恐ろしくも犯罪者は犯罪者でなくなり、者が消えて犯罪だけが良い形で残るが、石投げ人は犯罪者の者がないので法的に満足しない。」10人目雫「ねぇ今千葉の幕張免許センターにいるんだけど違反者講習で担当が『外国の方は日本語わからないと思うからただ映像見てるだけでいいです、日本人はまじめに話し聞くように』だって。おかしくない?日本語わかんないで日本のルールで運転すんの?こんなんだからおかしな運転ばっかする奴増えるんだよ、ばかじゃないあの教官。」Thinker U「教官と外国の方の組み合わせで、教官は明と暗の両方を言にして行えるが、これに対して教官側の国で否定的な言葉が出て来たら、それは現代社会の体験的な外国の方のイメージを反映するだろうて、裏の意味でその皮肉は外国の方に行く事になり、まるで教官率いるスポーツチームで感情的な喧嘩になり、結果を考えていないが故に外国の方率いる相手チームの予測性が崩れるが故に解決の扉がややこしく分かれ、どの解決策をとっても現代社会を反映すると言う皮肉に陥り、実は人間とは同チームで争う方が楽で好きなのかもしれぬと同時に配慮が生み出す解決構造である。」11人目ナザレンコ・アンドリー「ネパールすごいな。政府:SNSを規制してやる!ネパール人:できるもんならやってみろ国会:*燃やされる*首相自宅:*燃やされる*内務大臣:辞任首相:辞任副首相:辞任。表現の自由は本来、これほど重いもの。暴動はいけないが、国民の自由を奪おうとする政治家を許せない姿勢が大事。」Thinker U「これは神の有無や1888年のイギリスで起きた切り裂きジャックの私の考えと同じく、表現の自由そのものに軸を置いている人間は居なく、表現に軸を置いている人間もいなく、皆自由に軸を置いているが故の、嫌味な事に国と人間のただの感情的な解決策であり、こんな遊びばかりであり、自由の檻の中に捕まった自由な鳥とはこうなるのだろうか。」12人目ひろぽん「中国人に猟銃を許可した件 真剣に規制した方がいい。」Thinker U「皮肉にも、我が10人目で語った通りだな。」13人目みつりんご。「何かさ、もんの凄い勢いで日本だけじゃなく世界がおかしくなってるよね?コロナとかまだ可愛い方だったって思う。これ‥‥どうなっちゃうのかな。」Thinker U「我からしたら、君らの方が可愛いく、日本や世界がおかしくなったと言うよりも、人間がおかしくなる事にアクセス出来る数が増えたに過ぎないくせに、それでも正解を縛り続けているからこそ、根本的な社会と人間での土台的矛盾が衝突しあっているだけに過ぎない醜い立ち回りであり、あれだけ語った、正解ではなく参考にした方が今の時代的によっぽど適している。」14人目細川バレンタイン「チャーリー・カーク。銃撃され死亡したらしい。この人の考え方、話し方が俺は一番好きやったから悲しい。この世で最もIQとEQのバランスが良かった人だとも思う。人間として一番、頭の良い人だったと俺は評価してる。彼は高卒。学び続ける事がどんな学問的功績よりも大事な事を教えてくれた人だったよ」Thinker U「全く、基本的に死人の個人的な感想を呟くのは、多くの第3者の餌となり、嫌なことに、それがある意味では最も直接的な形で死人に届くゆえに、何故か対立が顕著する。」15人目Robby Starbuck「チャーリー・カークが亡くなりました。私はあまりにも怒り狂っていて、思いを言葉にできませんでした。彼は善良な人間の定義そのものであり、神と国ために命を危険にさらした戦士でした。彼の妻と赤ちゃんたちのために祈ってください。責任ある全員が今すぐ正義に直面しなければなりません。」Thinker U「面白い事を言うものだ、怒り狂っているのに、責任ある全員が正義に直面するとは、正にお主の様な怒り狂った人間たちをまた生み出すと言う事に過ぎない。」16人目まめた「ごめんだけど、ほんといい加減に気づいてよ。自分には関係ないと見ないふりしてる日本人!!お願いだから気づいてほしい。他党支持の人も、参政党の批判ばかりする人も、一度立ち止まって、米で今起きてること、そのほかの国で起きてる事、日本の国内で起きてることにちゃんと目を向けてほしい。」Thinker U「本当、皮肉よのう、これも何人目かの時に語っていた事である。」17人目きょー「生まれた時点では、子供は親のことが無条件でスーパー大好きなんだよ。そこから「もう会いたくない」って思われるに至るって、相当の大逆転劇よ。絶大なアドバンテージがあったのに、それをひっくり返したのは親しかいない。それって凄いことだよ。いったい何をしたのか、自分の心に問うてみてよ。」Thinker U「これか、この問題は親が子に放つ無意識の権力が原因な上に、しかも喧嘩になった時などにこれを使用している可能性が高いので、権力的自爆を行っている弱者の解決策であると確か、フーコーの知と権力を逆手に利用した時の無知と自由で似たような事を語った。」18人目Reire「×僕達はオープンマリッジとして生きていきます。〇僕は妻帯者ですが、他の女の子と会いたすぎて胸が苦しくなってしまうので、何時間もかけて妻を説得した結果、離婚をせずに妻公認の上で浮気をさせてもらうことになりました。」Thinker U「多様が多様を殺すのは興味深き、加えて多様前提ある故に特定の多様言が強力となり、周囲も巻き込むほどになるて、多様を信じた結果、まさかの多様が死ぬと言う中々に興味深き事である。」19人目はじめしゃちょー(hajime)「妻と「不倫」について語る夜…」Thinker U「朝語るは貞節、夜語るは不倫、ならば個々の語るの語るとは些か貞節と不倫どちらであるのだろうか。」20人目知念実希人【公式】「……あのさ、脚本家が原作の表現を『ノイズ』って言うの、一線を越えてない?」Thinker U「面白い、原作の表現と脚本家が存在して成立する時点で、ノイズからは逃れられない故に、1線を越えてる有無の物差しで考えるが、個々の感情について物差しで我は考える。」21人目あっちゃん「こういうのって本人より親のほうがストレス溜まってると思う」Thinker U「親子は不会話、子親は会話、それぞれの望む事も意図の仕方も考えている事も、どちらが先頭に立つかで大きく変わると言う、会話の一時停止。」22人目chihirousagi「女性にとって最も恐ろしいのは一人寂しく死ぬことではなくてクソみたいな男に翼をもがれることである。」Thinker U「恐ろしさとは皮肉にも、そのクソな人の恐ろしさに興奮すると言う、ある意味の翼を与え翼をもがれる行為である。」23人目雑草「たかだか1〜2日勉強しなかったくらいでE判定の結果が覆るほど実力は伸びないですが、この時期にE判定でもなおライブに行くという選択肢があるその危機感の無さをお父様は焦ってらっしゃるのでは?」Thinker U「やれやれ、現代社会のSNSとは大変なものであり、まるで人(周囲の人間)が小さなアリの巣をみつけて、それについて様々な感情や動作や言が飛び交うのを見ているかのようだ。」24人目ごくひん「やっとニュースなったんだ。私の個人的考えですが…中国に都合悪い動画公開したので、たぶん拘束されたと思う。拷問もされてるでしょうね。生死の安否が気になる」Thinker U「このSNS時代において、時代的に形が違うだけで、拷問は対等な対価的存在になったと考え、裏目に拷問の権力が表れよう。」25人目いかちゃん「私、悪意にすごく敏感なんやけどこの移民推進に強烈な悪意を感じる。「この国を破壊してやろう」という強烈な悪意を。戦争反対と自衛隊に向かって叫んでいるジジババ、もう戦争は違う形で仕掛けられてるんだよ。」Thinker U「面白い、やはり時代が増す事にどう考えても悪とされる様なシステムや存在には論理の飾りが仕掛けられている故に、皮肉な多層元的花畑の平和を象徴するが、それはまるで利き手ではない方で書かれた平和と言う文字であるからこそ、周囲は平和を自分で書くことにしたらしいが、その道のりも厳しく、両者共々その飾りの論理で苦しむ平和で仲良しなある意味での和。」26人目ジョニ子「チョコプラ松尾は「素人はSNSやるな」じゃないんだよ。ここは素人が暑い寒いお腹空いた帰りたいとか独り言呟く場所だったのに芸能人や企業が宣伝に使い始めておかしくなったんですよ。」Thinker U「皮肉にも、素人や芸能人や企業どれもレッテルが故に、SNS空間が素の人間空間になった事で、刃を向けあうが、レッテルの権力が出るので、だからこそ現実ではどうやらSNSが裏目となり中々にカオス現実関係図を生んでいると考えられる。」27人目あーぁ「明らかに自分より弱いなんの落ち度もない女子中学生を狙って殺害しているのに「心神耗弱」判断で減刑、最悪執行猶予の可能性もあるとか日本の司法終わってる。北九州中学生2人殺傷「心神耗弱」判断 限定的な責任能力で起訴へ(毎日新聞)」Thinker U「司法が終わっていると知りながらも、必然的ながら個人が犯罪者に復習するのは稀であるが故に、皆まさかの犯罪者側に攻撃的な感情という名のを花束を贈っているのであり、これには表面の論理が多く飾られている社会もビックリしている。」28人目いんてう「小5の時こういうかんじの子のお世話係させられてた子が、ある日急に服を破られて剥ぎ取られそうになったのを床にかがみ込んで防御してたら結んでた髪束をとんでもない力で引きちぎられてめっちゃ流血してたのが今でもトラウマなんだけど…正直理性なく他人を脅かす人にも人権って必要?」Thinker U「正直理性なく他人を脅かす人にも人権って必要?であると言うなら、多くの人間は既に鏡に向かって行っているではないか?その時に感じたのが、これの解になろう。」29人目Mii「精神障害者に自分の子供を殺傷されて、『精神障害があるから減刑となります』と言われて、納得できる親はほぼいないと思う。」Thinker U「面白い、それは精神障害があるからとかレッテル的な問題ではなく、それが論理的に理不尽と矛盾なく行われていないからこそ、納得できないのであろうと考え、法という面で感情的な行為が行われているから、周囲たちは納得できないのは当然であろう。」30人目まも「この間婦人科行ったら妊婦さんの半分は外国人だったよ...しかも受付で日本語話せてなかったよ...でもみんな優しく配慮してあげてたよ..きっと移民にとっては母国より居心地いいよね...そりゃあ住み続けたいよね...こうやってじんわりと日本は乗っ取られていくんだなぁと実感したよ」Thinker U「究極の大木な平和に対して、小さき平和しか知らぬ人間たちは、究極の大きな平和に対して、小さき平和が良かったと考えるが、究極の大きな平和に依存してしまっている。」31人目コンサー太郎「やっぱ無条件に愛してくれるのって親じゃなくて子供なんだな。」Thinker U「無条件に愛すが故に子どもでありながら、条件的無条件を考える大人だからこそ、大人であるが、大人はそれを利用するからこそ、愛を縛る事になる。」32人目四十肩「日本って、怖い国だよな。生きてきた中で、一番身近にあった情報源のテレビと新聞が、真実を歪めていたなんて」Thinker U「日本っていう国が怖いのではなく、国よりも進化してしまう人間の方が怖いが故に、真実に物語が足され、結果歪み状態となる。」33人目Ryuta「文章がつまらない人の特徴は「孤独じゃないこと」です。文章が面白い人の特徴は「孤独であること」です。これに例外はありません。表面的に友達がいるとか友達がいないとかではなく、本質的に「孤独」を抱えている人の文章は猛烈に面白い。孤独な人には深い内的世界があり、深い内的世界が表現されるからこそズドンと胸に響く文章となる。色々な人のnoteを読んでいても「あ、この人はきっとたくさんの人間関係に恵まれてる人だな」「あ、この人はとてつもなく孤独な人だな」というのは一発で分かります。孤独が良いとか悪いとか、そういうことを言いたいのではなく、「孤独な人の文章は面白い」ということを言いたいのです。」Thinker U「もし、孤独が自ら文章を書いたら凄くつまらなそうだ。だからこそ、孤独な人が書く文章とは人間を全面に出しているからこそ凄く面白いが、孤独じゃない人の孤独を語らせるのも実に面白そうだと考え、孤独が孤独の解決みたいな皮肉だよ。」34人目tetuwan atom「財布が欲しい為だけに手首を切断してくるような連中と共生は無理だって。」Thinker U「全く、SNSとはネガティブを天秤にかける事で逃れがたい皮肉として機能するから、まるで新たな法というレッテルが貼られていない法みたいだ。」35人目ことぶき神「7歳に「恋って知ってる?」と聞いたら「その人の隣をゆっくり歩くことでしょ」と言われた哲学かよ」Thinker U「確かに、恋とはその人の隣をゆっくり歩くことながら、ゆっくり歩くが故に愛と書かれた罠が何故か立ち止まっている時に発動して、気持ちは途端にゆっくりではなくなり、それが恋愛で実際に形となる事で最初の恋が裁きを始める事で、その時には他の愛紛れ込んでいる可能性高く、人々は相手に対して恋、愛、恋愛どれを選ぶかで迷い続けるからこそ、縛る事でどうやら最初の恋状態にしたいと願う本心は恋という名の乞いであり、最後はある意味でゆっくりな乞いである。」36人目青谷ゆかり「このやばさ。男の人にはわかるまい。これ手術し戸籍を女性に変え女湯に入ってるおじさんだからな。これに配慮ってなんなん?」Thinker U「これにおいては皮肉にも性別のレッテルが議論の核となるが、それが未知にすり替えられる為、人々は既存の性別のレッテルで片付けようとするが故に、次はその性別のレッテルの更に細かなレッテル部分へと移行して、結局は既存の2つで片付けようとするが、次第にそれが正しいかと疑問が投げかけられ、感情だけが残る故に、これからこれを我が知的解決してくる。この数時間後には既に知的解決している。」37人目Callisto Roll「日本のライブストリーマーが、電車内で撮影をやめるよう求めた高齢の日本人男性を襲撃:」Thinker U「またこういう系か、これは非常に新たに語るほどではない上に、何人目かで深く関連する事を語っている。」38人目きの「藤井風や、中村佳穂や、音波が人の形をして歩いているような人たちは、音楽を生み出しているというより、空中に漂う音楽を受信して、体を媒介して感知できる状態に起こしているように見える。どの文化圏にも存在する「才能とは神が降りてきたもの」という哲学にも納得だ。あれが才能なんだろう。」Thinker U「才能とは神が降りてきたものなら、才能とは人間が上ってきたからこそのマッチでありて、実に才能が才能を食して、その食の断片も降りてくる時、その時の人間は上っているのではなく上を見ていただろうとて、皮肉にもその逆として、井戸の中で下を掘り続けて、自らに降らせる人間も居よう。」39人目日本BUZZ NEWS!!「【自民党解体デモ】中学2年生も参加。アフリカ移民を入れるとか"狂気"としか言えません…」Thinker U「政治において感情的な人間を入れるとか狂気としか言えないと考えながら、プラトンとフーコーとロールズ、言いたい事は分かるし、政治と人間そのものを共存させると言う点も分かるのだが、些か政治の全てを零に戻す事も大事であり、皮肉にも我にはそれが行えてしまうが故に、今社会の20つの法とルールを手中に収め、(やるなら次のターゲット)実際に飲酒運転の禁止と言う法とルールは破壊して意味をなくして、解体と再構築をした上に、これも多くと同じく否定するなら社会の常識や既存によるものという予測が可能であり知的に詰まらなく、それ以外で来るなら強制的に弁証法となろう。」40人目北出栞 siori kitade「アイドルって、たぐいまれなる努力をして、歌だったりダンスだったりそういう身体的な技術を高めたりとか、美しい顔とか身体を磨いていくことによって成立する職業であって。『触れるのもおこがましい』っていう**「神様」みたいな側面がありつつも、同時にやっぱり性的な特徴を宿していないと…っていうのは、事実としてあると思うんですよね。推し活をしている人がそのどちらを受け取るかは人それぞれだと思いますし、もちろん推しを性的な目線でみつめていないという人も多分にいるというのは大前提の上でです。なので、その両義性を“社会的な営み”として恥ずかしくないように脱臭した結果**、出来上がった言葉が**「推し」**なんじゃないか」Thinker U「アイドルが神様や性愛的と言うなら、内側が矛盾していると考え、確かに、外側的にはその様な側面が過程的にも結果的にも存在するが、アイドル側の内的動機とは矛盾していると考えると、ただの人間として捉えるのが妥当であり、そうでなければ、恋愛と犯罪×SNSの組み合わせで大的になるのは最も人間であるからであり、それはアイドル自身の自己客観視とも同じでありて、ただ問題なのは、それがアイドル側もファン側もどこまでの人間的範囲で行われているのかという一種の境界線に対する点が微妙にそれぞれの立場でミスマッチが生じている事であり、これは私のヒロアカのオールマイト論と通じるが、人間たちはレッテルの前にある個人の感情や欲求や動機について冷静に考えていない故に変に、神様や聖愛とレッテルで捉えると自己矛盾的葛藤が行われるから直ちに止めるべきである。」41人目冬月光輝「小学生のころ、児童書に忘れられない描写があって「知識がないことを嘲笑うのは教養のある者のすることじゃない」本当に大事なことだと大人になって、より響くようになった。品性は捨てちゃダメなんだよな…」Thinker U「その品性とは、言語的品性なのか雰囲気品性なのか立ち振る舞い的品性なのか、何故にして「知識がないことを嘲笑うのは教養のある者のすることじゃない」と言えるのかという点に、最後の教養のある者のすることじゃないという点が引っかかると言うか罠的というか、この文脈の続きで教養のある者のすることじゃないと言う、何故教養が出てきたのだろうと考え、私にはまるでこの言葉を語っている者の心理としてその様な過去や結びつけることが出来る体験を隠したいと言うように見える。でなければ、わざわざこの文脈の続きであえて教養という格差を表す言葉を使うのだろうかと考え、それこそ教養のある者のすることじゃないと言える無限ループに陥る。」42人目ねねまる「はじめしゃちょーの奥さん雰囲気が若そうって言われてたけど20代前半!?」Thinker U「恋愛に何かを公言する時、それは性の未知につられて、言語と人間の想像性の組み合わせによる未知の想像的拡張の言が皮肉にも意図しなくとも刃へと変わりて、これに嫌気をさす場合はこれと言える事や結びつける事が出来る体験と記憶を知っているが故にまるで釣り場にいる魚の様であるな。」43人目ティトン「ごめん、本当に泣けてきた。。。大阪ってもう侵略されてたんだな。私が修学旅行で行って、日本人だけで楽しんだあの大阪はもう無いんだな。。。ベトナム人が大阪の道頓堀で集会。ベトナムの歌?を大合唱。まじでもう諦めるしかないんか?移民で日本侵略完了してるでしょこれ。。。」Thinker U「なるほど、自国的自爆を表していると考え、やはり人間として捉える前にレッテルとして捉えている故にこれは差別とも同じでありて、我はまだこの人類は最悪の状況ではない事を知りながらも、基本的にずっとこのままでありて、良くも悪くも感情的な繋がりと共感を維持する為の自国の認識の仕方であるのではと考える。」44人目無「障害者施設で2年半働いて嫌だったこと!つかれた!もう辞める!」Thinker U「面白い、体力的仕事でありながら、障害者施設はその反対でありて、悩むべきはそちらであるとするならば、単に人手不足なのではなく、力の反対を主軸とする存在が稀ゆえに加えて、サブの力も必要とするならば、ますば構造的環境から見直すこととなりて、そのルールや規範がどの様に動いているかを知る必要あり、加えて矛盾が起きているが、知性なき代表格の社会ある事で、フラストレーション及び経済的問題に加えて地理的問題発生さすれば、個々の精神的タフネスが必要ながら、褒美も必要であろうと考え、根源的な問題は知性にありて、些か思うのだが、知性で前提として調べ尽くして観察して、対応も完璧の範囲内として、実際に接して予測不可能な事が起きた時、それでも精神的なタフネスは瞬時にして崩れ去るのか、時間的に崩れ去るのかどちらであろうと、問題点や課題点は分かっているが、やはり経済的や地理的や人手不足に加えて、SNSの範囲性がある事で、限界状態なら、果たして社会が目指している場所はどこであろうかとするなら、これもある意味では現状で精一杯というSOSであるか。」45人目siovanillaice00「小学生で自殺した人、度胸すごすぎ」Thinker U「度胸が凄いと言うよりも、状況や心境が凄い状態であり、自殺は合理性を格段に頑固なものとして、SNSの言がある事で一種の他選択へと発展していき、性と思春期などが加わってくる可能性が高く、またもや知性なき代表格の社会は現状精一杯で事実として知らせるだけで、対応には遅れをとり、シンプルに次はこの大きく開いた距離を縮めるだけで精一杯のループに陥ろう。」46人目おまめ「アイドル側にそのポーズさせるの驚愕」Thinker U「正に40人目で私が語ったのが深く関連する人間の業と言える内容の文章である。」47人目や「すごい。有村架純だと否定的だった男オタ共が美少女パネルになった途端納得し出した。」Thinker U「大変だね、まあSNS+人間×社会という組み合わせによってSNSを土台としながらも、それを超えるレベルで人間と社会の不協和音の衝突が強すぎるが故に、大きなチキンを食らう姿のごとき、トムとジェリーの台所戦争を思い出させる現代社会SNS構図と言えるが故に、軽い遊びに過ぎないが、まあ皮肉にもそれがネガティブを具現化する存在も生み出すと言う。」48人目J.K. Rowling「この件についてかなりのコメントを見かけているので、いくつかポイントを挙げたいと思います。私が創り出したキャラクターをかつて演じた俳優が、永遠に私に同意しなければならないという考えは、21歳の時にいた上司に今持つべき意見を確認するのと同じくらい馬鹿げています。エマ・ワトソンと彼女の共演者たちは、ジェンダーアイデンティティのイデオロギーを受け入れる完全な権利を持っています。そのような信念は法的に保護されており、彼らがそのために仕事の喪失や暴力、死の脅迫を受けるようなことがあってはならないと思います。しかし、特にエマとダンは、ここ数年で、かつての職業上の関係が彼らに私や私の見解を公に批判する特別な権利、いや、義務を与えていると明確に示してきました。ポッターでの演技を終えて何年も経った今でも、彼らは私が創り出した世界の事実上のスポークスパーソンとしての役割を担い続けています。10歳の頃から知っている人に対しては、保護的な気持ちを振り払うのが難しいものです。最近まで、私は大規模で怖い映画スタジオで台詞を優しく導く必要があった子供たちの記憶を振り払えませんでした。ここ数年、私は特にエマについてコメントするようジャーナリストからの招待を繰り返し断ってきました。特に『JKローリングの魔女裁判』ではそのようにしました。皮肉なことに、私はプロデューサーに、彼女が私の発言の結果として追い詰められることを望まないと伝えました。添付のクリップでテレビ司会者がエマの「すべての魔女」スピーチを強調していますが、実はそれが私にとって転換点でした。しかし、そのスピーチ自体よりも、その後に続く出来事がずっと深く傷つきました。エマは誰かに私宛の手書きのメモを渡すよう頼み、そのメモには「あなたが経験していることに本当に申し訳なく思う」という一文だけが書かれていました(彼女は私の電話番号を持っています)。これは、私に対する死やレイプ、拷問の脅迫がピークに達していた時期で、私の個人的なセキュリティ対策を大幅に強化せざるを得ず、家族の安全を常に心配していた時でした。エマは公にさらに火に油を注いだばかりなのに、彼女からの一文の気遣いが、彼女の根本的な同情と優しさを私に安心させると考えたのです。富と名声に守られていない大人の生活を経験したことのない他の人々と同じように、エマは現実の生活経験があまりにも少なく、自分がどれほど無知かを知りません。彼女はホームレスシェルターを必要とすることはありません。混合性の公立病院の病棟に置かれることもありません。子供の頃以来、ハイストリートの更衣室に入ったことがあれば驚くでしょう。彼女の「公共のトイレ」は単独使用で、ドアの外には警備員が立っています。市営プールの新たに混合性となった更衣室で服を脱がなければならなかった経験はありますか?女性専用のサービスを保証しない州営のレイプ危機センターを必要とする可能性はありますか?女性刑務所に自己認識で入った男性のレイピストと独房を共有することになるかもしれませんか?私は14歳で億万長者ではありませんでした。エマを有名にした本を書いている間、貧困の中で暮らしていました。そのため、エマが熱心に参加している女性の権利の破壊が、彼女のような特権を持たない女性や少女にとって何を意味するかを、自身の人生経験から理解しています。ここでの最大の皮肉は、エマが最近のインタビューで私を愛し、大切にしていると宣言しなかったら――おそらく、私への全面的な非難が以前ほど流行らなくなったことに気づいたため、彼女がこの方針変更を採用したのだと思いますが――私はこれほど正直になることはなかったかもしれません。大人は、友人の暗殺を定期的に求める活動家運動に親しんだ後、まるでその友人が自分の母親であるかのように、かつての友人の愛を主張することはできません。エマは私と意見が異なる自由があり、確かに私についての気持ちを公に話す権利もあります――しかし、私にも同じ権利があり、ついにそれを行使することにしました。」Thinker U「私の考えである、ネガティブな感情は論理として話せると言うのを成功してくれた言葉であるが、しばしば論理よりも感情に負けた弱者の姿も見える様に、確かにこの社会には富や声名で守られている女性の方もいるし、その反対もいるというのは、次第に様々な形で知る事となりて、ここからが問題でありて、だからと言って態々対立構造を生み出すような事をしなくては良い話でありて、全ての選択を考慮しないと、ただの権力対立になりかねなく、様々な女性がいるだったり、ジェンダーの豊富さを人間たちは知っているのに、何故感情で対立を生み出す様な事をしているのだろうかて、それは矛盾しているが故の弱者の証明であり、冷静に対話するが基礎、そうでなければ、やっているのはただの政治のお遊びと同じく、支持と不支持並び感情的な賛否と言ったただの枯れ果てた荒野の姿と同じであり、必然的に我は知性を軸としているからこそ、否定したいなら少なくとも知性または私以上の知性で来れば良く、感情を弁証法的に行え。」49人目ニック兄さん「日本人がどこまで分かっているかは知らないけど、アメリカ人やヨーロッパ人の迷惑配信者は、日本人という人種を見下している。彼らは「日本はディズニーランドみたいに好き勝手していい国」だと思っている。日本にルールが多いことを知った上で、わざとそれを踏み外してふざけている。おならで一番笑いを取れる場所が葬式なのと同じ理屈。大体の日本人はきちんとしているから、逆に「日本でちゃんとしなければウケる」と思っている。これは明らかに日本人に対する差別。そういう連中をなくしたいなら、日本人からの残酷なアクションが必要になる。」Thinker U「面白い、日本人と言う人種を見下しているとするならば、それに感情的にのった時点で個々の主観的で負けであり、見下しているならば、それを軽々と越えれば良いだけであり、何故なら人種関係なく普遍的なただの人間である故に普遍には弱き事よ、見下しという名の挑戦でありて、対するは負け犬の遠吠えとなりて、これも見下している側からみれば見下しと同じ行為でありて、結局は同じ仲間であるが故に我は差別とは最悪な状況ではない平和に過ぎない現象だと考えている。」50人目新宿デレラ「エマワトソン「私は"トランス女性"と一緒のトイレを使えます」「トランス女性は女性です」JKローリング「トランス女性は女子トイレや女子スポーツに入ってくるべきでない」「あなたは公共トイレは使わないし年間1500万で専属ボディガードを雇ってるじゃない」エマワトソン「トランス差別だ」」Thinker U「あ、そうだそうだ、閃きとして、そもそもトランス女性と一緒のトイレや温泉とかで遥か昔として考えた場合、そこには今の様な明確な法やルールがないわけであり、現代はその明確な法やルールを設けた訳だが、ルールや法があると言う事はその抜け道もあり禁欲性を煽る存在でありて、民たちはその外で議論をし勝手に感情的になっているが、このまま行けば社会的自爆として、ルールや法の増えすぎで凄まじくカオスになる訳なので、この100ツイートの一言全てが終わったら、我が知的解決してやりますよというか、もうこの数時間後には知的解決しました。」51人目へずまりゅう「【ご報告】日テレの傾向報道を見てバスガイドが実際に存在するのか取材しました。本日は奈良公園の現地にてバスガイド、バスの運転手、売店のおばちゃん、たくさんの方々に取材をしました。残念ながら誰も知りませんでした。引き続き取材して参ります。フォロー拡散で応援よろしくお願いします。」Thinker U「いよいよと、敷地内の法並びルールと個人の法並びルールが実際に衝突しているが、だがとて、皮肉にもこの現代社会はより「何でもあり」と言う力を確立した結果、向かうは内的戦争でありて、正にArnold Toynbee、君の“Civilizations die from suicide, not by murder.”と言う言葉が断片記憶的として伝わってきた。」52人目愛瀬ゆめ【ツイリン】「〝死にたいと思ってる人へ〟私も毎日思ってます。私はここ数年で家族が2人自ら亡くなりました。目の前で亡くなりました。ずっと自分を責めて生き続けてます。自分に何か出来ることがあったんじゃないか、自分のせいなんじゃないかそうやって一生十字架を背負って生きていくんだと思います。でもそんな私でも今誰かを笑顔にするために幸せにする為にアイドルをしています。生きてていいのかな。アイドルしてていいのかななんて常に思います。でも、あの時私を救ってくれたアイドルになりたかった。やってみようかなそんな小さな希望でした。生きてればいい事あるって言葉とっても嫌いです。確証がないから。でも最近は『もしかしたら私でもまだ幸せになれるかも』ってかもしれない根拠のない希望に救われてます。みんなのおかげです。アイドルを始める時もそう。未経験の私がどうなるかなんて確証なんてなかったです。だけど今、アイドルを初めて出会ってくれたみんなのおかげで今日も生きてます。そんなみんなとの日々が私の生きてる証です。だからそうやってみんなが確証のない小さな希望を日常の中で見つけられたらなって思います。辛かったらしんどかったら頑張らなくていいし逃げてもいいし何もしなくてもいい。それが弱いことでも悪いことでもないって私は断言します。だから、明日は晴れたらいいなくらいの気持ちでもうちょっと一緒に生きてみようね。」Thinker U「やはり我が語った、アイドルの考えと同じ結果をもたらしていると言う優越を感じながら、「生きてればいい事あるって言葉とっても嫌いです。」について考え、面白い、現代は個人の根拠のない希望と生きてればいい事があると言う外部からの言葉が強い逆転を生み出していると考え、生きてれば言いことがあると言う言に意味を付与させる事で、根拠のない希望をうみだしながらも、またそれは生きてればいい事あると言うある意味での後ろの守護者でありて、問題なのは些かそれが現代社会では矛盾した形で広範囲に広がっている上に、科学的や医学的という皆が信じてきたものらの、根拠も薄くなる時代において、結果は皮肉にも人口部分を足せば足すほど陥る、生きてればいい事あると言う言界の政治家であるかの様でありて、ここに政治の解ありて、この嫌いとされる言葉もネガティブとポジティブで言うなら、ポジティブの前提、この前提は救いと作用する裏の構造システムであるか。」53人目コンドル@11/16東6ロ46a「海外の神様ってわりと人間のこと甘やかしがちだから人間はどんどん増長していくけど日本の神は無礼を働いたら殺すマインドだからまぁ海外じゃ流行りませんよね」Thinker U「これは新たに語るほどではない、神の有無についての文章や何人目かで既に深く関連する上に既に語っているが、私の理論がより頑固となるありがとう。」54人目ゆふいんの森「電車に乗っていたら私が座っていた席が「障害者の方のお気に入りポジション」だったらしく、障害者の方がパニックになってしまいそれを見た息子が号泣。その一連の様を見ていた向かいの外国人家族が手を叩いてご一家で爆笑。という「怒られるし泣かれるし笑われる」実績を解除した。」Thinker U「カオスの体現でありて、全くこんな問題ばかりでありて、詰まらないものよ、多くは障害者を障害者や外国人を外国人としてしか表さないが故に、SNS上では強烈なミスマッチも発生するが故に、これも何人目かで語ったアリの巣構造とレッテルの前に人間として考えていない心理と同じでありて、まあ我が書く文章自体が他者にとっては常にレッテルの罠を試すシステムとして機能する。」55人目ckw_963「私がレイプされたきっかけって、地図持ってすみません...って声掛けてきた男の人を助けようと思って近付いたからだからね。皆気を付けてね。」Thinker U「ありがとう、おかげで閃いたよ、なるほど、性は確かに未知だが、社会は法やルールで攻撃的に対処しようとしていると考えるなら、性の未知そのものを出来る限り明かしていく必要があると考え、性の未知そのものを縛る事を行えばよいと、だが、それは非常に困難でありて、かえって未知を増幅させる事が出来ると考え、もう簡単だ、行うは性の未知ではなく、それに憑依している人間の心理を限りなく徹底的に明かして、その際に衝突するであろう襲われる側の自己と法の葛藤を破壊して意味をなくして、解体と再構築をする事であるかと考え、既にFGM問題やパキスタンのVani問題を知的解決している我にお任せあれ。」56人目元アイドルの元マネージャーです「なんだろう、釈放される色んな芸能人の中でなんか断トツ可哀想に見える。」Thinker U「面白い、これから語る事は普遍が故の皮肉とでもいようか、集団的攻撃性におけるターゲットの対象者は共感を多く募りて、集団攻撃性における集団攻撃性を行う者は共感の数故に、多くの感情的な攻撃に浴びせられ、再度新たな怪物を生み出すサイクルを生み出して、我からすれば一体いつまで続ける戯言状況であろうか。」57人目小岩井農場「かのかりの巻数がドラゴンボールに並んだことにこの国の衰退を感じて涙を禁じ得ない」Thinker U「面白い、皮肉にもある意味で漫画の主格である人物のファンとコミュニケーションの場として成立する事でありて、これも52人目に語ったのと同じく、前提がポジティブだからこそ起きる事でありて、ここから先は52人目の時に語った言葉と深く通じる為、語らん。」58人目FIREしたひまです。「人生がつまらないと感じたら東京大学卒業生の名文を読めば10倍気持ちが楽になります」Thinker U「悪いな、人生がつまらないと感じたら東京大学卒業生の名文よりも我の文章を読んだ方が効く故に全人類を楽しませることが可能である。」59人目aoi smith「確かにその通りです。しかし、残念ながら日本において、宗教、音楽、民俗学に全てに知見があり、冷静に書ける人などほとんどいません。しかも、今回はヒンドゥー教やインドの歴史や哲学、ニューエイジ思想なんかも絡むので、余計に複雑です。ここまでジャンル横断して、背景を理解して、更に本人に話を聞いて、ようやく整理できるぐらい慎重になるべき話題です。思想や信条は人種問題と同じくらい冷静に語らないといけません。理由は、差別や偏見の構造が簡単に発生するからです。なので、イメージや断片情報だけで語ることの暴力性を僕はずっと問題視しています。宗教云々よりもコレをセンセーショナルに消費し、レッテル張りをして、アテンション稼ぎやマネタイズする構造こそ批判されるべきです。そして、それに加担しているのが、仮にも文芸誌とライターです。あの文章にきちんと背景を整理し、冷静に語ろうとする意思は僕は読み取れません。あの文章で批判的に言及されているサードアイやハイヤーセルフ、独自の衣装は、ブラックミュージックやポップミュージック由来とも読み取れる事象です。ですが、新宗教やスピリチュアルと結びつけて書いてしまっている。あの迂闊さは、容易に排外主義や差別構造に加担します。更に良くないのが、書き手自身が自己の過去経験をベースに書いているので、読み手にそうかもしれないと思わせるような構造になっていることです。本来、当事者性と事象の整理は分けて語られるべきですが、あのエッセイは、一つの方向に向かってナラティブを作ってます。そして、それは明らかに1人の音楽家を攻撃しています。カルト宗教批判が主眼であれば、自身の宗教2世の問題と統一教会やオウムの問題だけをエッセイに入れて語れば済む問題です。そもそもタイトルが藤井風の危うさと近さです。明らかに一線を越えています。あそこにそれを裏付ける取材はありません。ただ筆者個人の感想と経験が並んでるだけです。」Thinker U「これまた悪いな、我が可能にしてしまった。」60人目Claire「藤井風からスピリチュアルを外してほしいと願う音楽ファンは、まずその前にスピリチュアルが何かわかってなくて、自分の中にあるスピリチュアルのイメージでしか捉えてないのだろうな」Thinker U「はいはい、これね、これは確か「(17歳新章一旦限定枠)7月5日含む、学際的予言現象構造解明の概念数式哲学長文」でスピリチュアル系は深く関連すると言うか、この文章で語っているから、ここからは特別新たに語らん。」61人目yamazaks ppmp「これはかなり大切な指摘です。理科系なら「はたらく細胞」だけでなく「もやしもん」「動物のお医者さん」「銀の匙」「ブラックジャック」や最近なら「チ。」「ドクターストーン」なんかもそうですね。興味を持つ取っ掛かりとしては良いのですが、これらのマンガの情報が「全て科学的に正しい」訳ではないことを理解するリテラシーは必要です。」Thinker U「最高に面白い、まず文脈的に矛盾が起きているぞ、「興味を持つ取っ掛かりとしては良いのですが、これらのマンガの情報が「全て科学的に正しい」訳ではないことを理解するリテラシーは必要です。」と言っているが、興味を持つ取っ掛かりとしては良いとは自由さを軸においているのに、そこで「これらのマンガの情報が「全て科学的に正しい」訳ではないことを理解するリテラシーは必要です。」というのは、科学的に正しいと言うのと根本的な矛盾が行われているが故に、科学的という言葉を出しのだが普遍的な矛盾を行わせてしまっていると考え、これが人間の心理に完全に焦点を当てた文章であれば、作品を愛する者を仕方なく敵対する事はなかったであろうとて、正にサカナクションの怪獣の歌詞の一部である「この世界は好都合に未完成 だから知りたいんだ でも怪獣みたいに遠く遠く叫んでも また消えてしまうんだ」と言うのをこの文章だけで完成させてしまった。」62人目ノト「たすけて/怖いという感情(対象人物は、性的サディズムの文章画像が表示されている)」Thinker U「最高に面白い、性的サディズム、これもまた多くの概念で語ってきたが、性的サディズム+者が加わる事で、少数となりて、次は集団に移行する様になるが、まあ皮肉にも社会の法やルールが攻撃的に制圧してきたのが仇となり、隙間から抜け出し、溢れている現状ながら、やはり面白い、閃きが行えた、性の未知とはここまで未知なのか、一体、容姿や体系や偏見やイメージ全てを吸収する存在あるならば、それは周囲も巻き込み絶対的な柱の不在というSOSが我に告げられるか、だが、我からすればこれもまた数時間後の知的解決のターゲットでありて、既に知的解決した。」63人目noa「なんだこの街⋯気持ちわりぃ⋯(秋葉原の看板の画像)」Thinker U「民たちは、人物を愛し、作品を愛し、愛し続けているが、突如SNSはそんな者らの愛を攻撃的に感情的に否定して、残るは、個々民が、それぞれの愛した人物や作品をただただ攻撃的に感情で刺激するだけの事でありて、この状況こそが一種の欲まみれのSNSそのもののポスターとでもいようか。」64人目Billy「もうすでに彼女がいる男ってまったく魅力的じゃないからすごい。どんなにタイプでも一気に冷める。そしてこの感性で良かったと心の底から思う。」Thinker U「自己客観視という名の本質は自己の感情を主軸においた客観視に過ぎないが故に、良くも悪くも、正に得て失いの具現化となりて、彼女がいる男性の魅力のなさに気づく事で、いつの間にか気づいてしまったが故に、何故か何時もいる存在となろう。」65人目WIRED.jp「米津玄師「子どものころを思い返してみると、社会性が欠如し、ほかのひとたちとは異なる、俗に言う作家的な感性といえそうなものが、自分のなかに強くある。だからこそ、逆説的に社会性というものに執着してしまうんです。」」Thinker U「社会は我を見ているが、我を視ていなく、我は社会を視ているが、社会を見ていないと言うよりも、見る事の観ると言う中身に入る事が出来ない故に、行動や動作は社会性を覗き込もうとするが、そこでまた社会性の病を診てしまうからこそ困るものだ。」66人目ナゾロジー@科学ニュースメディア「有名人に夢中な人は知能レベルが低い傾向にある。ハンガリーのPPUCの研究によると、生まれつき頭がいい人でも、「熱心なファン」を越えて有名人に夢中になると、日常生活や仕事の集中力を奪われ知能低下を起こすという。有名人に夢中な人は知能が低くなるようです。」Thinker U「面白い事を言うものだが、有名人に夢中な人は知能レベルが低くなると言うよりも、感情的になる方が的確でありて、知能が低くてもそれを利用して自らに活かしている事も考えると、感情的になる方がよっぽど厄介であり、周囲を巻き込むレベルでありて、それはナゾロジー@科学ニュースメディア君のツイートだけである意味で証明されるだろうな。」67人目ねこひめ「これZ世代あるあるだと思うんですが、「どう考えても令和的には正解だけど親の思考が昭和平成なので取れない」選択肢が人生にたくさんある」Thinker U「本当に面白い事を言うな、我もZ世代であるが、その令和的には正解だけどとは何で証明し、何を正解としているのであろうかと考え、親の思考というよりも親の価値観や認識レベルが昭和平成故に、それぞれの世代が軸においている点が全く異なっているが故に、この問題において論理の正解を持ってくるのは愚行でありて、我前にすれば全て破壊して意味をなくして、解体と再構築をする者でありて、なら大事なのは、それぞれの感情や親なら子、子なら親がそれぞれどのように考えているかを把握する事ありて、それなにし正解持ってくるはコミュニケーションの断絶的意思表示である故に、まだ可愛いものであるな。」68人目ナゾロジー@科学ニュースメディア「「17歳のとき聞いた音楽」が人生で最も深い意味を感じる。フィンランドUJが人生で意味を感じた音楽について調査したところ、17歳にピークが出来たという。多くの人にとって最も記憶や印象に結びつく年齢は17歳なのかもしれません。懐古厨の理由もここにあるのかも。」Thinker U「また、面倒くさいのを持ってきたものであり、これが17歳のとき聞いた音楽が大好きな1つになるとか嫌いな1つになるとか左右するなら分かるのだが、「17歳のとき聞いた音楽」が人生で最も深い意味を感じるとなると、根本的なミスマッチが生じるが故に、それは音楽というよりも詩の方が妥当でありて、音楽の良さを無意識的に制圧する上に、人間関係のコミュニケーションきっかけとして捉えると、人間中心主義ともいえるが、皮肉にも既にそれが最近の音楽やアイドルの曲で批判的な声が多くなった中で少なくともそれが証明されているなとて、これではただの音楽ではなく人楽であるよ。」69人目26「どストレート韓国人草(韓国の方がアイドルにむけてシンプルな暴言)」Thinker U「全く、また面倒くさい問題でありて、これの厄介なのは何故か2つの国が出てきて、1人のアイドルに対してシンプルな暴言を放っているが故に、まあ賛否を生み出すわけだが、ここまで同じいのが来ると、何を選んでもただの不毛な争いに過ぎなく、種が違うカブトムシとクワガタの餌の取り合いの喧嘩を人間が見ているかのような感覚であるな。」70人目Nobuhiro Ariyoshi MD「SNSは歪んだ鏡・3%のアカウントが投稿の33%を発信・全体の1%のオンラインコミュニティがネット上の対立の74%を生み出す・0.1%のユーザーが偽情報の80%を拡散。ごく一部の過激な人たちが、大半の投稿や炎上を生み出し、私たちはそれを世の中の常識と錯覚。その結果、「みんなそう思っている」「これが普通なんだ」と誤解。対策:・極端な意見ほど目立つ構造を理解する・オフラインでの現実の声を意識して比べる・現実的な意見や一次情報に目を向ける」Thinker U「SNSは歪んだ鏡なのは確かにそうなのだが、その過程の心理がSNSは歪んだ鏡とは断言できないと考え、人間は鏡と鏡の間にいる存在でありて、右の鏡はSNSの鏡でありて、左の鏡は現実の鏡でありて、人間はこの鏡を通りながら生活しているのだが、素になれると言う点でSNSの鏡と現実の鏡だったらどちらかと言う話でありて、必然的にSNSの鏡でありて、結果として歪むのだが、別に鏡を通らないで間に居続ける事も可能であるが、社会の鏡は社会的要求が訪れて、SNSの鏡は自己の感情と欲求と手段の訪れが来て、まあその点で言えばオンラインゲームの煽り行為されるのと同じく、誰かの命を救っている存在と機能しているとするならば、歪みが故に歪みだからこそ発揮され、個にあった吐き出しであるのだろうが、結局は社会でも間でもSNSでもどこにもいようと、精神的タフネスが必須でしかないと言う意味でありて、そう考えると鏡はいやらしい存在よのう。」71人目val「1100万人の登録者がいるYouTubeチャンネルが、最も恐ろしい女性殺人事件の一つで被害者となった古田順子さんの写真を、K-POPグループが出演するくだらないハロウィン回のための気味悪い飾りとして使うことを決めたという事実が、吐き気を催すほどだ。」Thinker U「やれやれ、この問題ね、まあ良くも悪くも現代社会+SNS+現代技術的な面も考慮すると、何だっけな、我の論考時代の時にこうなる事を予測していたと考え、それはAI×進撃の巨人でAIは巨人であると言うのだったかは忘れたが、論考時代で書かれているよりも、社会状況から技術状況から脅威とされているAIに加えて人間となると、こうなる事も予想は出来るだろうが故に、落ち着け、ここで感情的になるのは死人を踏みつけて議論しているのと同じでありて、人間は性も踏まえたら本当に多種多人間なのだから、最悪な形で広まった挙句、これにまつわる境界線と自己葛藤が矛盾的に衝突し合うだろう。」72人目uru「本読んでるんだけど、「人は容姿の良い人を喜ばせたい、と無意識に思ってしまう」というのが分かってるらしい ホント不細工が生きるのアホらしく思える」Thinker U「容姿の良い人を喜ばせたいの喜ばせたいとはどの喜ばせたいのであろうかな、その規模や表現方法は一体どこまでをイメージしているのか興味深き故に、喜ばせたいとなるのは、自己と他者がいる事が前提でありて、単に顔の良さでその度合いが変わるだけでありて、人間と分かっているからこその結果でもありて、つまりは皮肉にも人間以外でもそれは裏目に出て表に出ると言う事なのだが、これは我が考える天才や顔立ちの良さと同じく、我からすればその基準が本来にして一般的でありて、我なら誰でも天才として、容姿の良い人物とする事が実現容易であるが故に、実際に文章で書かれているからみるが良い。」73人目ライブドアニュース&74人目=LOVE_official「【報告】=LOVE、SNS上の誹謗中傷めぐり警告 投稿者を特定し訴訟提起したと発表。グループの公式サイトで「他人の誹謗中傷記事を「いいね」をしたり、引用して投稿したりする場合であっても、侮辱や名誉毀損に該当し、違法となる場合もあります」と呼びかけた。【お知らせ】インターネット上における誹謗中傷に関して」Thinker U「面白い、論理としてはまだ弱き、やけにやけくそになっていると考え、それは誹謗中傷の多さでありて、その者たちを一斉に片付ける為の合理的な判断とも考えるが、やはりSNSとは皮肉な事に、公式もニュースも提示する事で大きな広がりを生み出すと言う点では矛盾しているが故に、システム的自爆支配が起きている如き、中々に賭けた行動でありて、その禁欲的崩壊が現実に出ない事を願うが、熱狂的な故に誹謗中傷も生み出されると考えられるが如き、その対応は些か感情的でありて、呼ぶは感情的でありて、根本問題には至らないが故に、ますます境界線と自己葛藤での矛盾が起き、フーコー正に知と権力並びてパノプティコンであるな。」75人目滝沢ガレソ「【話題】東大教授さん、“AI世代”の学生に恐怖する・ある学生から「自分の研究を評価してほしい」と頼まれた東大の経済学教授・学生の論文は、経済学の領域でトップの学術誌に掲載される可能性があるレベルだった・が、真に驚いたのは“その学生がこれまで経済学をほぼ学んだことがなかった点”である」Thinker U「面白い、やっぱり学問は破壊して意味をなくして、解体と再構築を行って良かったと考え、“AI世代”の学生に恐怖するとは何とも愚かな姿でありて、それで教授であるか、恐れるよりもその中身の内容を判断すべきであるが、もしそれが忠実な真似た内容であるなら、恐怖を抱くのも仕方ないが、AIは論理の忠実な馬鹿でありて、それは特徴的であると言えようか、故に本当に恐れているのは自らの領域における本能的な恐怖とでもいようか、いいね人間をしているじゃないかと考えつつも、Stanley Fishよ、“The purpose of a good education is to show you that there are three sides to a two-sided story.”が何倍にも現代社会は広がりすぎてしまっているが故にある意味での教育的崩壊で土台が揺らいでいる。」76人目波瀬部 晃「助けてください。大学入ってから自分の無力感がエグい。課題もコーディングも提案も全部生成AIに丸投げしたら、自力で絞り出したやつより出来が良いものが直ぐに出るから「もうこれ俺じゃなくて生成AIでいいじゃん…」って場面が多すぎて嫌になってくる。しかも生成AIの使い方が上手い友達に時間的にも労力的にも成績的にも圧倒されているのが辛い。受験勉強は地力つけるためにひたすらガリ勉することが正解だったから今みたいない苦しさはなかったけど、大学に入ってからこういう「ひたすらガリ勉より、上手に、コスパ良く良い成績を取ること」というふうに環境が変わって、「上手にコスパ良く良い成績取れないからひたすらガリ勉」した俺にとってはガチで地獄。そして生成AIの登場により、努力の容量が悪い俺の成果物より、試しに生成AIに出力させた成果物の方がクオリティが高いということが起きて更に萎えた。結果、脳死で出力させた、やった実感も無い小綺麗だけのレポートとコードを提出した科目はAやSを取って、自力で勉強した科目はBやC。成績表見た時乾いた笑いしかでなかった。最近俺がこの大学にいる意味がよくわからなくなってきた。ロボット工学や物理学を学ぶために来たのに、今はもう完全に就職までの“生成AIモラトリアム”で泣けてくる。誰かこの状態から抜け出す方法を教えて下さい。」Thinker U「波瀬部 晃、君は何を与えり前の事を言っている?学問で学ぶ為に行っているのに、葛藤する時、それは本質的に学ぶ為のものではないと言う事でありて、これが医学や心理学なら必然的にも学ぶ為に行っていると言うのと成立するが、基本的に多くの学問はこれが成立していなく、それは何故かと聞かれれば、人の感情的な面などを主軸として踏まえていないからでありて、そういう学問は医学や心理学の反対に自由が本質となるが、知性なき代表格の社会はそこに何故か勝手に軸並びルールを持ってくるので、本質的には矛盾並びさぞかし気持ちよくない状態が心のどこかにありて、これはまるで疑似恋愛みたいな状態であるなと言えて、正にMarcus Aureliusよ、“The happiness of your life depends upon the quality of your thoughts.”というのが強く試されるのが現代社会であるが現代社会は質よりも量故に今根本的な矛盾が起きている。」77人目れも「秋元康がキショすぎることが周知されてきた結果だと思う」Thinker U「またこういう系か、これも態々新たに語るほどの問題ではないが故に、何人目かの時に既にこの問題と深く通じるのを語っている。」78人目DEATHDOL NOTE「【本田珠由記 様への謝罪と訂正】」Thinker U「おいおい、またこういう系かよ、これも滑稽すぎて態々新たに語るほどではないが故に、既に何人目かの時にこれと深く通じるのを語っている。」79人目白瀬はる「やっぱりアイドルって西郷。ステージで輝くアイドルを見るのもだし、ステージに立つのもだし、これだからアイドルってやめられねぇんだ。」Thinker U「西郷隆盛の座右の銘である「敬天愛人」を正に、白瀬はる&52人目であったかな、愛瀬ゆめ方々の文章がしっかりと体現している故のアイドルであるか。」80人目野瀬大樹「日頃から「俺メッチャ稼いでるから」ってアピールしている人のカネの使い方の行き着く先が、AV女優呼んでのパーティやドバイでシャンパンタワーみたいなのちょっと寂しいんだよね。ワイら庶民が見たいのは「サッカー好き過ぎて余ったカネで故郷にクラブチーム立上げちゃいました」とかそういうのだよ。」Thinker U「なるほど、面白い、それはどちらかというと表現方法的なのが違うだけでありて、めっちゃ稼いでいる人でも私的な欲望に走り完全に1人で行うのは稀でありて、誰かしらに絶対に共有していて、故郷などにお金を寄付したり、クラブチームを立ち上げるのは大きく多くの人に共有しているが、前者は確証的な強さが皮肉にも表れて、後者は確証的な弱さが皮肉にも表れて、結果どちらであっても誰かに共有していると考えるなら、単にイメージ的な問題でありて、本質的な行為では大差はないと言う少し皮肉を感じる人間も居る事実であろう。」81人目hina_maru10「「男の前で脱ぐだけで稼げるなんて羨ましい俺もやりたいよ」とか言ってきた客には「今は男でもできる風俗あるから~」ってHP見せるようにしてるんだけど「いやいや、おばさんの相手とか無理無理」とか必ず返ってくるけどもしかして特大ブーメランなの理解してない感じ??ww」Thinker U「平和の証でありて、逆に受け入れる状況にある人間を確認できるが故に、これが面白いのは性の未知に対して社会の法やルールではなく個人として対処しに行っているが故に、やはり本物並び本当に困っている人間や本当の人間を見極める事が出来るが故に、それは大事でありて、社会の法やルールに選択権を委ねると、更に制圧された結果として予測不可能な形で溢れ出すのでね。」82人目funeship537「同級生の男子からパソコンのソフトについて教えて欲しいと頼まれ、引き受けたところ、その男子にレイプされ、殺害された女子高専生。遺族は心ない誹謗中傷を受けた。AEDの話題で散々、男は女を助けるな見捨てろ冤罪ガーと騒がれるけど、女が男を助けようとした結果がこれ」Thinker U「またこれね、新たに語るほどではない故に、我に任しておきなさい。この数時間後には既に知的解決している。」83人目Yahoo!ニュース【「母親やめたい」子育て悩み悲鳴】Thinker U「母親やめたい、子育て悩みであるか、ならば何故正解を求める愚行を行いて、面白い、この問題の本質は我が知的解決したFGM問題と同じく、過程で悩み結果は悩みを断言させる事を否定しているが、その過程が辛い故のSOSでありて、良い子育て場所があれば、この問題は消えるのは自然の如き事ながら、全体的にFGM問題と通じる為、そちらの文章と深く通じるので、そちらを読んで結び付けてもらっても良い。」84人目いただきます「まだまだ男社会なんだよアニメって 女のワイがもっと偉くなって「エロアニメでもないのにピタピタの服着たキモい女」消してやるからあと10年待ってろヘルジャパン」Thinker U「性の未知性に、シンプルに社会の法やルールの攻撃的で制圧的な方法以外にも、個人的な攻撃的で感情的で切り込むと、ただの不毛な対立になる故に、感情的な対立は特定のレッテルを信仰対象として話を進めるから、永遠に不毛な争いが続くだけになりて、まるで合戦的故に、それが直ちに止まらないと、今度は大規模な合戦である境界が曖昧な性のレッテルを巻き込んだ不毛な争いへと発展するが故に、感情的な人間は比喩的な意味で滝の中に行ったり来たりを繰り返した方が優先的に必須であろうとて、これはPhilip G. Zimbardoの“If you put good apples into a bad situation, you’ll get bad apples.”を感情的な者たちに利用したに過ぎない。」85人目Hayato Shimabukuro(島袋隼士)「最近、多くの学生がAIを使って作成したと思われるレポートを提出しています。文章としては整っていても、どこか均質で、学生自身の思考の痕跡が見えないものが多いです。一方で、荒削りでも自分の言葉で書かれたレポートには、学問と真摯に向き合う姿勢がにじみ出ています。私は、そこにこそ大学教育の本質があると思います。AIを使うこと自体は悪いことではありません。むしろ、これからの社会ではAIを使いこなす力が不可欠です。しかし、問題は「目的」です。単に課題をこなすためにAIを使うのか、それとも自分の理解を深めるための道具として使うのか。その違いが、卒業後の学びの深さを決定づけます。大学であなたが養っているのは、知識そのものよりも「学問に向き合う姿勢」です。その姿勢は、レポート提出を求められない社会に出てから、あなた自身を支える力になります。AIを便利な代筆者として使うのではなく、自分の思考を鍛える鏡として使える人こそ、学問を楽しめる人です。そして、学問を楽しめる人は、変化の多い社会でも自分の頭で考え、豊かに生きることができます。」Thinker U「面白いが、これには罠が隠されていと我は考え、確かに現代社会においてAIを使う事自体は悪いことではないと言うのはその通りでありて、だがそれを、問題は「目的」にあるとするのは危険な試みでありて、何故ならこれは多くの問題と通じるが、社会や大人は感情的に否定してくる故に、結果として別にそんな事よりも個人の目的や感情優先でいいやという状況を生み出しかねないからでありて、別にAIを使っていても学問に向き合う姿勢で真面目な方もいりて、それは社会的な常識や規範に過ぎない故に、個人の力には勝てなく、それでいて学問を楽しんでいる人間も居るならば、単に個々のプライドの話でありて、プライドが強いか低いかでAI×学問の姿勢は大きく変わってくると言うのが、まあ皮肉にも面白い結果と言えようかな。」86人目紡希つむぎ「これが社会の厳しさだよ・正直者がバカを見る・努力よりタイミング・怒られているうちが花・感情的になったら負け・頑張っても評価されない・正論だけじゃ通用しない・真面目な人ほど損をする・上司ガチャで人生変わる・本音より建前が評価される・空気を読まないと叩かれる・理不尽なことが日常茶飯事・「成果より好かれる」が勝つ・勉強ができても仕事ができるとは限らない。結局、社会って「正しさ」じゃなくて「扱われ方」で生き方が変わる場所なんだよね→」Thinker U「正にその通り、社会は正しさではなく扱われ方で生き方が変わる場所故に、これはつまり自由を課せられて、それを超えるか?それに従うか?の選択が生まれるわけでありて、Friedrich Nietzscheの“The surest way to corrupt a youth is to instruct him to hold in higher esteem those who think alike than those who think differently.”ともこの社会における生き方とも通じるのだが、それは同時に超人のチャンスでありて、故に我は知的な超人を可能にした訳でありて、自ら社会において生きる上で扱う方に立ち回るだけで済む話である。」87人目まちこ先生「こんなのさ、どうやって自衛しろと言うの?同級生と学校の中のパソコンがある研究室に入って、まさかレイプするために首締められて殺されるなんてこと考える???男の加害性、異常性はその後も「高専なんかに入れるからだ」「売名行為だ」という誹謗中傷として他人にも連鎖する、気が狂ってる」Thinker U「またまたこれですか、新たに語るほどではない故に、我に任しておきなさい。この数時間後には既に知的解決している。」88人目若葉のあ【iLiFE!】「現在、名前を出して投稿されていますが中学校の卒アルの写真なだけなので気にしないでくださいт т勝手に卒アルの写真を載せられてお金に変えているのが許せない気持ちです。拡散しないで頂けると有難いです。またこれにより憶測が飛び交ってしまっているのですが全て事実無根です!」Thinker U「君も、我も、貴方も、そこの君も、親も、友も恋人も、アイドルも、全員社会で生きている故に、お金は無意識に崇拝される存在である故に、忠実なる者はこの社会で生きている君も、我も、貴方も、そこの君も、親も、友も、恋人も、アイドルも、誰かしらを蹴落としてまで、お金を捧げる存在なりて、それは最悪な言葉で言うなら、この上ないお金崇拝の別世界での推し活とも言える。」89人目おだまき「「あなたより辛い人はたくさんいる」私より辛い人がたくさんいたら、私の辛さは消えるのか?」Thinker U「「あなたより辛い人はたくさんいる」とて、それは事実でありて、確かな事ながら、ならば我が辛い人のトップとして君臨しようではないかと考え、そこにはデメリットがない故の決断でありて、仮に辛さのトップにならなくても、その近くにいるが故に、飢えた我は自らの辛さを食すウロボロス的理論である。」90人目新装開店@精神科医「児童思春期外来をやっていて早20年以上。発達障害の子たちはおそらく数万人は診ている。その中で「ギフテッド」と呼ばれる子たちはたぶん5人くらい。」Thinker U「ギフテッドとは最も普遍であり、そのままでありて、生まれながらにして異質である我は2Eがある事も知りて、基本的にギフテッドの概念が曖昧な故に持ち上げられて、人々の対立の種として機能しているのをみて、ならギフテッドすらも超えれば簡単な話だと気づいて、我現最強の知性を持つものなりて、知的な超越者であると断言する。」91人目Physics In History「知りません。IQを自慢する人々は負け犬です。-- スティーヴン・ホーキング」Thinker U「面白い、IQを自慢する人は負け犬と言うよりも、IQの数値を自慢する人が負け犬でありて、IQを自慢するのが負け犬とすると、スティーヴン・ホーキング、君も負け犬という矛盾に繋がるが故に、IQの数値とはまるでイカゲームの賞金(IQの数値)が入っている透明な球体の様なものだ。」92人目ドレスコード「【朝比奈まどかに関するお知らせ】」Thinker U「またこういう系か、これも特に新たに語る事なかれ故に、既に何人目かでこの問題と深く通じる文章を語っている。」93人目無印良人「上司に正直言うと本当に顔採用と言われた」Thinker U「面白い、顔採用とは人工物の多様性が多様性を活かした結果ではなく、普遍物の自由が自由を活かした結果であると考え、だが普遍物×自由と言う組み合わせなので、当然風の如き、色々な生物たちが寄ってくる事は事実ながら、これが元ありて源ある形の証明であり、最も多様性を否定する上で約に立つ、自然の姿となりて、それはまるでヒロアカの2期22話「爆豪VS麗日」でエンデヴァーが緑谷に対して言った「君との試合はテストベッドとしてとても有益なものとなる。」と言うのに通じる。」94人目松井蒼馬「この待受を見る度、家族のために頑張らなきゃって思えてくる。殺伐とした日々の中で救われている。ネットで購入したから、この女性と子供が誰かは知らないのだけれど、今日もやる気が漲る。」Thinker U「こういう系ね、これは、幸せの大小と結び付けられるのだったから、これは何人目かで語ったか又はどこかの文章では語っているのだが、簡単に言うと、皮肉な話として、小の幸せから大の幸せに至る時、人々は少の幸せに戻りたいと願うが、既に大きな幸せに依存している為、その幸せの形はやけに技術的であると言うポジティブ起点皮肉でありて、それはJohn Stuart Millの“Those only are happy (I thought) who have their minds fixed on some object other than their own happiness; on the happiness of others, on the improvement of mankind, even on some art or pursuit, followed not as a means, but as itself an ideal end. Aiming thus at something else, they find happiness by the way. The enjoyments of life (such was now my theory) are sufficient to make it a pleasant thing, when they are taken en passant, without being made a principal object. Once make them so, and they are immediately felt to be insufficient. They will not bear a scrutinizing examination. Ask yourself whether you are happy, and you cease to be so. The only chance is to treat, not happiness, but some end external to it, as the purpose of life. Let your self-consciousness, your scrutiny, your self-interrogation, exhaust themselves on that; and if otherwise fortunately circumstanced you will inhale happiness with the air you breathe, without dwelling on it or thinking about it, without either forestalling it in imagination, or putting it to flight by fatal questioning.”の言葉と通じるが故に、これは想像力でそれを先取りした結果であるが故と言える。」95人目と か げ「なんかさ、インスタのストーリー載せるとふつうに彼女いる男の子とかいいねしてくるんだけどそれっていいの?笑私激やばメンヘラ女だから自分の彼氏が女友達のストーリーにいいねしてたらめっちゃ嫌なんだけど笑笑みんな平気なのかな、優しいのね」Thinker U「また、こういう系か、これも何人目かの時に語ったのと深く通じるから、新たに語る事はない。」96人目おっつ「わからんのやけどヒロインズ入ってくる子ってアイドルになりたくてなったんよな?無理やりやらされてるとかでは無いんよな?それなのに何ですぐルールやぶって解雇になるん?過去にそれで何人も解雇になってるのに何も学ばないん?バカなん?バカなん?」Thinker U「またもや、こういう系か、何人目かの時並び多くの文章でこれと深く通じる解は既に書いたので、特に新たに語る事はない。」97人目Science & Tech「「反社会的な行動は、順応主義者で満ちた世界における知性の特徴である」― ニコラ・テスラ」Thinker U「「順応主義者で満ちた世界における知性の特徴である」というよりも必然的な知的特徴と言うのが私はより的確だと考え、何故ならば、反社会的な行動を行うには必然的でありながら、同時に学習する必要もありて、それが結果として必然的な知的特徴となりて、だからこそ我は社会の法やルールが大嫌いでありて、まあ容易に破壊して意味をなくして、解体と再構築が行えるのだが、ルールや法は基本的に少数や本物を救わないで殺しに来るので最も順応主義者の具現化と言えよう。」98人目v_vllfry「なんかすっごい綺麗なんだけど綺麗すぎて一周回って普通に見える現象わかる?吉沢亮や広瀬すず、橋本環奈にも起こる。癖がないからなのかな」Thinker U「なんかすっごい綺麗なんだけど綺麗すぎて一周回って普通に見える現象は人間だけじゃなくて、動物や花や星や月でも行われる事でありて、これは人間の認識の中でも構造的な面が強く動いているが故に行われる結果でありて、個々の人間が何を主軸としているかが恋愛にも人間関係にも様々な所でこの現象は重要であるからこそ、個々人間が一歩引いて捉える様な創作作品キャラに近い感覚を与えるが故に、実にその者らは表現が光るものとて、Michael Polanyiの“We know more than we can tell.”とも深く通じて、ある意味では言葉と感覚が見つからなく、中間に戻ると言うイメージに近いだろうか。」99人目さわ「長女が一生暴言吐いてて「ママも人間だから傷つく」と言ったら、決まり文句の「こんな家に生まれなければよかった」と大暴れして家出て行きました。もうどうすればいいのかわかりません。私が傷つきもせず耐えてればいいんですかね、、耐えて黙っても「無視すんな」と泣き叫ぶんですけどね。」Thinker U「我からすれば家族問題も容易でありて、まず親は無意識的に権力を放ち、喧嘩時にそれを利用する行動性が見られる上に、子供の対応で迷ったら、感情を感情で返すのは逆効果でありて、感情で感情で返してよいのはあくまでも双方の感情がポジティブで成立している時以外は基本感情を感情で返すのは愚行でありて、病になった時と同じく極端な選択をするのが最大でありて、1つ目は全員を圧倒する程の知性で対照的に冷静で返す、2つ目はネタやギャグやユーモアに割り切って、それに徹底する事でありて、この2つのどちらかを行い、やれば基本達成する事でありて、でも親の場合はリスクの大きさと立ち回りの下手さから2つ目の方が有効手段でありて、時折に探る手段も交えて行い続けて、思考と様子見を連動させながら、子と接する事ありて、多くの大人は社会や他の存在を理由にそれを拒否するので大変な状況になるのは妥当と言えると言うのもありて、まあ基本的にフーコーの知と権力を考えれば、逆説的にも解決する絶対的な構造システムとして機能するから楽でありて、我は子の立場であるがこれを適用させて我が家族問題を解決した。」100人目yuma@内向哲学「残酷だけど「人は同じ精神レベルの人としか付き合えない」というのは事実です。器の大きさが釣り合う人同士が長期的に深い関係を続けることができます。人間関係で「一方が学び成長し続けてるのに、もう一方は現状維持のまま」という場合は特に注意が必要で、それが親友との関係であれ、恋人関係であれ夫婦関係であれ、どんな親しい関係であれ、やがて破綻へと向かっていきます。自分を磨き続けること、器を広げ続けることが大切だと思ってます。」Thinker U「なるほど、これは正に99人目の問題と最も深く関連させる事が出来る上に、100人目というのも最後である故に、知性においてこの我と対等に話せる存在を探し続けている。我と話すには最も精神的タフネスが必須であろう。」次に全女性の全性的問題を知的超越解決していきますが、既にFGM問題とパキスタンのVani問題は知的超越解決しているので、この2つは含めないで行っていきます。まずは、性暴力・性的虐待と人身売買および性的搾取からです。面白い、根深い貧困と格差と言っていますが、これは一発で知的解決できると加えて、もうこの段階で何だろうな、閃きによって案外はやく知的超越解決する上での断片が揃っている。知性なき代表格の社会が対応に追われて、社会側も精一杯だからでありて、どうせ法やルールで何とかする事が間違っているが故に、これはまずその個人がどうしたいかを考える必要がある事が前提的な基礎である。ジェンダー不平等と差別と言っていますが、基本的に性的にみるやつはみるし、みないやつはみないですし、それを構造化として捉えるのは愚行でありて、シンプルな源の構造に人工を加えてややこしくするだけであるのだから、前提から無効できる。何故なら、性は普遍であり、権力構造というのが極めて関係ない上に更に解決そのものを遠ざける要因の一つである。加害者の甘さとは面白き言であるな、まず前提として性問題に被害者は居ない。むしろ、加害者しかいない。そう考えると、加害者側は全員性的問題に社会の法やルールに選択権を委ねて、面倒くさい覚悟というのを社会側に押し付ける事で問題をどうにかしてもうらと考えているが、それでは解決しないどころか、更に苛立ちを覚える様になりて、前提基礎として性問題に法やルールは雑魚に等しい存在である上に、むしろ禁欲効果や挑発効果を与える制圧構造を生み出しかねない存在である。加害者への甘さというよりも、全員の甘さとして捉えるのが適切である。需要側の存在と組織犯罪と言っているが、何をいまさら、そんなの性問題において当たり前の事であり、これからもずっと消えない存在たちである。法執行と法の不備と言っているが、当たり前である、性は未知であり、そこに人間が加わっているのだから、最大に未知であり、法やルールは本当に何の役にも立たない上に、無理に介入すればむしろ悪化させる存在である。被害者保護と支援体制の不備も当たり前であると言うか、性は誰でも持っているからどこにいってもフラッシュバックの形となるのは当然である。二次被害も当然起こると考えれる結果である。スティグマ(烙印)と沈黙の圧力と言っているが、なるほど面白い。ここで最大の閃きが行われた。これはミスマッチであろう。あぁ、なるほど、FGM問題と同じだね。少し違う形ではあるのだが、過程が苦しいのは当然でありて、結果が無効化されるに等しい。だが、これは時間的×一種の諦めによる結果の無効化なので、シンプルに当事者が性暴力や性的虐待や人身売買および性的搾取の被害となったからこそ、どうしてほしいのかと言うそのものの願いが弱く、もしかしたら単に情報量的に圧倒されているとするならば、この保護などで行われる手続きそのものが負担となっている可能性がありて、当事者を既存に含もうとしているのが間違っている可能性が高く、様子見を行いながらの温かい保護の方が良く、ガッチリとしすぎた保護では極めて負担として発動する可能性は高き事だね。しかも、これは性暴力系だと尚更だね。まず、通常の性と違って、性暴力や性的虐待や人身売買および性的搾取は当事者からしたら、この時点で負担の大きさが半端ではないだろうし、無理に直ぐにガッチリ保護して、フラッシュバックさせるようなのも逆効果であるとするなら、やはり環境において徹底しているが、人間はあくまでも軽く緩い感じの温かい空間を提供しながら、様子見を行う方がもとある多くの情報量を薄めさせてから、ガッチリとした人間として対応した方が良いと私は考える。だから、これの主軸のキーワードはコミュニケーションであり、前提として性被害でも既存に含むと言うのはなるべく外して考えた方が、心理的負担はどちらも少ないと考えられ、これは他国の言語で会話するのと同じく、本質は会話をする事にあるので、人間の感情や心理と言ったものを優先するのが大事であろう。次はジェンダーに基づく暴力(DVなど)と早期結婚・児童婚、強制結婚と性的嫌がらせ(セクシュアル・ハラスメント)なのだが、もう気づいてしまった。性の未知ゆえに社会や人間たちはこの性問題に表面的な論理で定義しているが、土台は未知である性なので、論理としての中身が空っぽ状態にあり、まるで性的問題全て解決できないのは、こういった論理構造があるからとか、こういった論理の仕組みがあるからだよと言っている様に見えて、そりゃいつまでも解決できるはずがないだろと言う感じである。待って、もう性問題全て知的超越解決できるわ。案外、閃きと気づくのがはやかったなというよりも、性が未知であるならば、まあ必然的な結果なんだけど、完全に理解した。全性的問題を案外思ったよりはやく知的超越解決できたので、提示する。多くの、性的問題は以下の要素で成り立っている。①レッテル②表面の社会的な論理③性そのものの未知④人間⑤社会ルールや法⑥社会的機関などなどなのだが、全体的に③の性そのものの未知で全て圧倒されて、困っていると言う感じかな。後、基本的にやっぱりシンプルだね。性的問題は基本的に当事者である一般的に言われる被害者がどうしたいかだったり当事者の感情を優先していないから、問題は長引いていて、しかもそれをレッテルや表面の社会的な論理や法やルールがあるので、どうしようにもできない現状を正当化しているようにしか思えないと言うか馬鹿というか。まず、性的問題なのに、社会やルールや法が出てくるのが可笑しくて、どう考えても性的問題に被害者がいるとするならば、邪魔しているに過ぎない。だから、私は社会的な枠組みの中で性問題において被害者が居ないと考えているのだがね。後、変に表面的な論理などがあって、タブー視されるのも分かる。そりゃ、欲求と自然な性を社会や周囲が論理として縛れば、根本的に自己葛藤する訳であって、まあそれの吐き出し口が下ネタとかになっているのだがね。だけど、私は下ネタ言うぐらいなら、性に関して深い話でもしとけよって思う訳であって、意味が分からない事に、性そのものが人間に消費され続けていると言う皮肉であって、本来ならば性に人間が消費される側なのだが、それが壊れていると言うよりも、何で性行為や実際的な面で性に消費される側になるんだよというカオスな状態に陥っている訳で、それに加えて、社会的な法やルールに加えて、レッテルと表面的な論理がある訳で、本質を隠すなと言う訳なのだが、性問題の本質は当事者である一般的には被害者がどうしたいかという、その方の感情を最も優先する事が何よりも大事である。案外、この社会で暮らしていると見落とす所ではあるかなとは思うね。はいはい、また閃いたわ。確かに最終的な性問題において、当然ながら解決すると言う所にあるのだが、本質は理解する事なんだよ。でも、保護にしても解決というのが先に出る事で理解の面が疎かになってしまう訳だ。だから、性的問題においては理解の後に解決が来ると言うイメージに近いと考えられる。先に解決しようとするとね、長年続いてきた社会の言葉に惑わされて、本質が遮られる事で、性被害ではない人間も情報に圧倒されてしまい精神的にも不安定に転がると考えられる。故に理解するべき人間が無効化されるといった所である。性問題はね、どれも本質的な所は同じくせに、学術的理由とか知らないけど、勝手に増やし続けて、美辞麗句を並べ過ぎである。あー、はいはい。また閃いたわ。まず、性的問題において性犯罪と体的な性に分ける。まあ、いずれにしても当事者の女性たちの感情などを最も優先すべきなのであるのだが、性的問題においてよりそれが解決の糸口となるだろう。というか、しやすい。性的問題は、実に単純な構造であり、形が違うだけで、本質的な面は一緒なので、減らそうと思えば減らす事も出来る。じゃあここから性的問題に絞って考えていくが、シンプルにこれの解決の難しさと言うのは性的犯罪者を止められるかどうかという所なんだよね。でも、先ほども言った様に減らそうと思えば減らせる問題であって、それは何故かというと、この性犯罪こそ、女性がどうしたいか?だったり感情的な面が優先になる訳であるよ。でも今というのは、性そのものの細分化的なのが行われてて、対立構造に陥っている訳ですが、基本的に性問題は当事者今回は女性たちがどうしたいかなのですが、ここで漁夫の利の様に社会の法やルールが来るわけですよ。これには私もWhat?と言う状況であって、ヒーロー気取りするわけです。それによって余計に対立的関係になる訳であって、性は凄くて、登場人物の量が半端ないレベルで、実質性的問題というよりも、単に人間的な問題なんですよ。介入しまくれば、する程に、性の未知性を更に増幅させて、性を宇宙規模にさせてしまう訳で、個々は自らの正義だったりを掲げているので、そこで対立も起きやすくてね、困りますね。性っていうのは、未知なんですけど、性的問題や性犯罪というのは極めてシンプルな構造なんですよ。冷静に考えて、性問題や性犯罪に宗教だったり社会だったり妬みだったりなど、ほぼ人工物な状況であって、性は実質形としてしか表れていないと言う皮肉なんですよね。なので、まず知性なき人間たちは落ち着いてください。また閃いたのだけど、社会や文化がある事で性と根本的な矛盾的衝突が起きている状況で、ほぼ社会が原因なんですよ。それなのにも関わらず、社会側も何故か圧倒されていて、手に負えない状況及びこちらはこちらで精一杯という、理不尽にも程がある失態をおかしているのですよ。だから、その焦燥もあってミスマッチが起きているだけでなく、全体的に多くの立場と人々で勝手にカオスを生み出している状況です。性犯罪を減らす事は簡単です。何故なら、今回は女性であり、当事者である一般的に言う被害者側がどうしたいか?感情を最も優先すれば良い話であり、これを加害者と被害者として考えると、加害者側と止めると言うのは限りなく難しい事なのですが、被害者側がどうしたいか?というのは比較的行いやすいのですよ。はいはい、閃きそうです。これは性と社会の時代的な衝突があって、社会は常に性に翻弄されているので、今の性を対処する為のあれが極めて遅いのですよ。だから、人間たちは勝手に隙かってやって対立していると言う状況。そう閃き、そう、世界中で性が本質的にタブー視気味というのも踏まえて、ある種の神聖化に近い状態になっている訳だよ。だから知的な超越者である我にしか接する事は無理な話であってね、人々は性との接し方というのを有り得ないぐらいに一方的な訳です。だから、性が主軸にあるのは間違いないけど、それが他の欲求の方が上回っている状況。何だろうな、やっぱり人間と社会は馬鹿だわ。公の場での露出・性行為の禁止というのであって、別に話そのものを禁止にする必要はない話なんだよ。何というかね、私にはまるで触れたくないと言う感じがするよ。だから、未知ゆえに強力であるから恐怖の表れでもあるんだけどね。でも、その性的な強さだったり欲求というのは必ず来るものであって、でも人間の心理的には避けたいものなんだけど、その気になれば恐れの気持ちはなくなるどころか、ノリノリになる訳だよ。だから、そう考えると性そのものの強さや暴走で性犯罪や性問題が起こされるとは極めて考えにくい。これは人間が病になった時と同じで、なにかしらの反応を起点として、少しでも思考や何かについて考える訳で、完全に性に支配されると言うのはあり得ない。Tacitusの言葉を借りるが、“The more corrupt the state, the more numerous the laws.”という言葉が国家ではなく人間と性の関係性として結び付ける事が出来る。だから、人間と性の関係性が腐敗すればするほど、必然的に法律の数が増えていき、その法律の数が仇となって、人間と性の関係性に合理性が芽生える様になる事で損得勘定が強く表れる。そうなれば、当然人間は交渉的になったり、戦略的になったりするわけだよ。冷静に考えてほしい、異性と性行為が出来るだけでなく、それをシステム化して、期間的に性行為が出来るだけでなく、そこにお金や対価的な交換が行えれば、既にそれは平和を実現してしまっている訳だ。そこに社会の法やルールがある事で、性犯罪者や加害者たちを挑発に加えて禁欲的効果も生み出し、最高のご褒美の提供を行わせる。そうだな、例えば経済的に困っている人がいたとして、捕まって牢屋に入って過ごすと言う計画を立てる。そして誰もが、死刑と無期懲役は嫌なので、そうならない程度の犯罪をすると考えた時に、性行為も果たして牢屋も果たせると言うのはもう加害者側からしたら、最高のご褒美として機能している。あー面倒くさい。全てを説明するのか。後、レッテルも馬鹿すぎる。女性がとか男性がどかのはやめて、シンプルに人間同士と捉え双方の感情並びコミュニケーションを理解しろ。対立している暇があるならやれ。後、単調的な考え方はやめてくれ。経済的に弱い立場にあるなら、親密にならない程の距離感でひたすら対話を試みろ。これなら良くも悪くもに備えて、事態が当事者の優位の方向性が動きやすい。とにかく年齢関係なく、困ったら、こうしなさい。それにおいて、直ぐに性を使うと言うのはね、矛盾している。君たち社会などはタブー視して一種の神聖化している訳だが、困ったらすぐに性を呼び出して性を使うのは、まるで君たち人間の呪文である神様のお願いみたいに矛盾しすぎている。後、良いかね、人間は単体的に凄く簡単でみんな平和を実現できれば良いのだから。性人間だって毎日性行為が行えれば平和だ。つまり、我々人類の最終的な目標の一致について、忘れてはいけない。そう考えれば、どの様に動くべきかが分かるはずだ。その為に、まず今回は女性たちの当事者たち一般的に言うなら被害者たちのどうしたいか?だったり感情が最も優先される必要がある事なのだ。「女性の国会議員や地方議員の割合が低いことは、女性の健康や権利に関する法案(例:性犯罪の厳罰化、避妊薬へのアクセス改善、無償労働の評価)が優先されにくい原因」というのが私には理解できない。というか、お前らが現状最大の原因である。優先されにくいではなく、優先する。これ一択である。それなのに平和などを語らないでくれ。というか、女性の少なさで決められるのは、おかしな話だ。なんで、ここにきて人数を重きにおいているんだ。取り組みが遅れているのではなく、新たな取り組みを一行にしないだけである。故に人間たちには別に現状のままでも良いと言う理由がある訳だ。それは自分が被害にあっていないなどね。はい、また閃いた。レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダー、LGBT問題でも、お前らはレッテルで決めているのだから、そのレッテルの源の所持者である性別側に聞いて、どう思うかを知り、それを軸にして行っていけば良い話である。不毛な対立とかでレッテルを容易に貼るくせに、何で解決では逆にレッテルを逆に利用しないんだよ、全く。トランスジェンダー女性が、女性用の更衣室やトイレ、医療サービスで排除や差別を受けるのは当たり前だろ。そりゃ、身勝手に行っていたら排除や差別の対象となるよ。だって、欲望のままに行っている訳であって、まず尊重的な気持ちがない。身体と心の性が一致しないなら、まずは尊重しろ。尊重外して身勝手に行っているから最悪の状況となるんだ。しかも、知性なき人間は知性ないから、攻撃的な感情であるではないか。学習性もないのかよ?と言う話であるよ。身体と心の性が一致しないと言う自己認識を持っているなら、社会における身体と心の性が一致しないと言う状況の自己認識も持ちなさい。このカオスさは映画『塔の上のラプンツェル』の劇中曲である「Kingdom Dance」において人間たちが性を置き去りにして愉快に踊っている様なものでありながら、途端に性的モードになったら、テンポアップしてノリノリなくせに、その後に性に理由と意味を与える、それはまるでMILLENNIUM PARADE-Philipの「Yea,the branches of noise are overgrowing, and the sky get's darker…But you can forget about the roulette spinning in that stronghold, and the scene you are seeing through its lookphole After duels to produse another fiction, the question is "So, who won?"and then "Won what?" But I'm out, I'll cut down the stem Of for fear not to win or lose But It's for us to be at a stream All day looking at its surface Where many rings are widening, as we throw in little stones They sink below, be unknown, be in silence It's almost scientific This balance's called peace!」の如き、性と自らと相手の関係性を自己客観視して未知の性に自らが納得できるフィクションを生み出して勝手に自己葛藤する。だが、性はそれは科学的と発言して、この均等を平和と呼んでいる。それに加えて、社会や法やルールもある中で実質的に加害者を止めると言うのは困難である。「これらの問題は、性別を**「男性」と「女性」という二元論バイナリー**だけで捉える従来の社会構造が原因となっており、「その人らしさ」(個性)を尊重する考え方の普及が求められています」というよりも、それが求められると目的論と同じで、絶対に個人の感情や欲求が勝利を掴むから結果的に、裏側から同じ構造が起きるだけである。このままいけば性だけでなく加害者も圧倒的になり、実質静かな性と凶暴な性という面が2ついるようなものでありて、解決策も非常に凶暴なものになりかねない。性問題について簡単に言うと、みなさんレッテル前にしっかりと向こう側にいる人間を1人の人間として捉え、考えてください。そしてそれは当事者一般的に言うなら被害者側がどうしたいか?という感情を最も優先して考えてください。これを意識すれば、全女性の全性問題は基本的に簡単なんだが...。皮肉にも本文章で書かれている様に、論理だけで動かない/解決できないと言うなら、それはそこでまの問題であると言う事である。


自殺は精神の死が肉体の死を招く。自己の精神が絶えた時、肉体はただそれを追うのみ。


天気は循環し、我々もまた成功と失敗を繰り返す。普遍的な自然の摂理の中で、我々だけがその営みを自覚し、意味を見出そうとする。


社会は偽りを飾り、失敗を恐れる。自然は真実を基盤とし、失敗を糧とする。


生きたくても生きられない者は、精神で生き、死にたい者は精神が既に死んでいる。


人間は喜びを大きく、悲しみを小さく見がちだが、実は喜びは小さく、悲しみは大きい。


生ける者の顔を晒す愚かさを知る者は、死せる者の尊厳を深く理解している。


愛を得んがために愛を失い、生を掴まんがために生を放つ。進む道は止まるを孕み、賛同は必ず反対を呼ぶ。故に、万物は相対し、得るものがあれば失うものがあるのだ。


抽象の追慕は具象を慕い、両者が結ばれるとき、新たな習慣が生まれる。


現代社会の音は、その時代の審判だ。響きが陰か陽か、その答えは今の状況と重なるだろう。


枯渇の生(精)に抗い、学びを深め、研鑽を積む。社会と自然、どちらが学びの場か。優劣ではなく、相補性を問うべきだ。


言葉は糸、我は操り師。口は針、糸を選ぶ。耐えるのは希望の糸、散るは絶望の糸。いずれ選ぶかは、我にあり。


血縁こそ平和の礎か。義務と感情がせめぎ合う中、血のつながりが、自己中心性を抑え、平和をもたらすとは、皮肉な真理ではないか。


存在が食を育み、食が社会を築く。力に頼らず共存こそが、親子の本当の姿。争いは無意味、共に生きる道を模索せよ。


不完全な私たちが、唯一断言できるのは、自分自身の心の動きを深く理解することへの探求を諦めないということだ。


晴天は雲の宴、雨天は夜の予感。生命は多様性を奏で、五感は探求を促す。日々はインスピレーションの宝庫、暇は探求の時。


いじめは社会の縮図。加害者を敵と見なすか、救いの手を差し伸べるか。個人の選択が、社会の未来を形作る。


水は真実も嘘も映し出す。自然は、誰もが認める普遍的な美しさを映し出し、絶対的な真実を提示する。しかし、社会は、真実と嘘が個人の視点によって異なるため、このような普遍性はない。


人は皆、自らの『変』を相対化し、他者の『変』を絶対化する。その瞬間、我々は既に『変』の中に生きている。ゆえに、最も「変」たり得るのは、自らの「変」を自覚する瞬間である。


魂の真実こそが、肉体の生命よりもはるかに重要だ。繊細な魂は嘘を嫌う。肉体の器の中で、魂は永遠に見て、聞いて、学び続ける。その真実が失われたとき、人類は滅びる。


挑戦できぬ者にとって、文句こそが最大の挑戦か。


幸せは、自らの幸福を問い、他者の幸福をも問う、最も残酷な問いである。


偽りしか得られぬ表、暴れ出す真実の裏。真実を得るには、表裏を問わず真実に生きよ。


善は遠ざかり、悪は近づく。互いの視線、仕草、空気感が重なり合う時、世は悪の時代へと転換する。善なる者はその場を離れ、悪のみが残る。


引き金を引く行為は、客観的な観察では捉えきれない主観的な経験です。そのため、人類は客観的に把握できるよりもはるかに多くの回数、引き金を引いている可能性が高いと考えられます。


執着は、愛憎を超え、喜びを苦悩へと転じる。個人の喜びは、社会の制約の中で、時に悪へと姿を変える。故に、執着は世の皮肉という名の牢獄となり得る。


勝利は具象、敗北は抽象。朝は光と地、夜は闇と宙。


人間の本能は、加害者と被害者の二面性を孕む。それは朝と夜のように自然な対立であり、誰しもがその潜在性を秘める。加害者は、自身の影を恐れて被害者を抑圧することで、その存在を否定しようとする。


善悪は相対、深淵は深淵。立場が変われば、善も悪も逆転する。万物は相対性の法則に従い、絶対的な善も悪も存在しない。


魂は永遠、肉体は有限。自然の悠久に学び、創造せよ。雲は、その証。


人間は、創造と破壊、受容と欲求の両極を担う。自然の恵みを受け、社会を築き上げる。その営みの中で、人間は常に自然の一部であり、全体である。


空は万人の証人。故に、人間は空を見上げ、自らの行いを省みねばならない。ポジティブな行いがなければ、世は争いの淵に立たされる。


「多様性」は社会が描く強制的な理想、自由は人が育む現実。生来自由な人間は、成長とともにその度合いを増す。多様性は万能薬にあらず、自然は偽りのない姿を映し出す。


自然は無から始まり、社会は無に終わる。世界の糸は絡み合い、我々の運命を支配している。


難問に直面すればするほど、運命に委ねる必要性。概念と具象、感情と理性、我は天秤なり。時に均衡を保ち、時に傾ける。


法の数が増えれば増えるほど、政府は法という知に縛られ、自我を失う。フーコーの言う権力と知の関係性を逆手に取り、政府を支配する新たな権力構造を生み出すのだ。


賢愚は表裏一体、善悪もまた然り。静観せよ。個の中に宇宙を見るが如く。


光は怒りとなり、天は敵か味方か。その選択に、人間のエゴが現れる。


外なる世界は、我々の創造性を問い、内なる世界は、我々の存在を問う。人生とは、問いかけに答えながら、自己を創り上げる旅である。


肉体は、私の創造の舞台。新たな概念と世界、そして魂を創出し、私という存在を定義し続ける。


蝶のごとく傍観し、人生の衝突を美しきと見做す。善悪、魂、その本質は問わず、ただ、今、この瞬間を生きる。


性格は運命であり、役者であるか。ならば自我は気持ちでありて、行動はシステムであるだろう。


平和は具象ではなく、抽象の領域にこそ存在する。戦争は、肉体という具象の平和を求めるがゆえに起こる、生物の本能的な誤謬である。


他者との戦より、己との戦いにこそ価値あり。自我こそ最強の敵にして最良の師。その戦いは残酷にあらず、栄光の道なり。


意識の目覚めは、過去と未来の幻影との闘い。身体のみならず、概念をも覚醒させ、行動に移さねば、その幻影に囚われしままとなる。


心は音なり。音は心を奏で、心は音に染まる。故に、心を操るは音を操ることなり。音の力をもって人生を彩るべし。


傷つけられた時、人は仮面を脱ぎ捨てる。その選択こそが、真の姿を映し出す時となる。最も恐ろしいのは、己の傷に気づいた瞬間の決断だ。


狂いは罰と力と沈みを生む。しかし、その底には、幸と我と安らぎが待つ。


感覚は、風、木、葉、水滴、大地、そして気となり、自身を味わう。あらゆるものが互いに転化し、世界は一つの感覚の饗宴となる。


現在、孤独ではない。しかし、孤独を孕む未来に生きているのだ。


悪の声は通り、善は影となる。社会は悪を求め、自然は善を。時の流れは、悪を増やし、善を減らす。


苦しみは思考の囚人、楽しい事は思考の解放。だが、停滞を生むのは楽しさ、成長を生むのは苦しみ。


月は黄昏を彩り、万象に気を注ぐ。星と人を照らし、幻想と神秘の温もりで包む。


大なる志は、己を律せぬ者には破滅の種。小さな成功を喜び、人生そのものが壮大なものであることを知る者は、大志を危険なものではなく、高みに導く道とし得る。


愚かさはすべての人間に宿る。その深淵を受け入れるか拒絶するかで、その人の心の深さが明らかになる。


万物は空洞にあらず。線は形を結び、愛は多様な線から成る。概念の線は壁となり、形の線は宝なり。


運命は人を根底から変え得るが、人は外見しか変えられぬ。運命は刃にも盾にもなり得るが、人の力はその影に過ぎぬ。


星々もまた、我ら人間を見つめ、共に時を刻む友たり。互いの眼差しが交わり、心を通わせたとき、自然と人間は輝かしい絆で結ばれる。


己を信じぬは、己を疑うなり。己を疑うは、己を失うなり。幻影の我に囚われ、実体の我を忘れずんば。


時間が経つにつれて、知識はしばしば心の牢獄となる。自然は真の師である。自然から学び、心を解き放て。時の流れに惑わされることなく、この真理を心に刻め。


天は万物の相対する場なり。その深淵を覗く者は稀なり。深淵には深淵の相対性が生まれ、信じるか否かは自由なり。他者の深淵を知らぬ者は、悲嘆に暮れる必要なし。


寒き地にこそ生命の輝きあり。静寂は、すべての存在が繋がっていることを教えてくれる。故に、寒さは生命の尊さを際立たせ、我々に共生の道を示す。


他人の不幸を願う愚か者は、自ら小さな不幸を招き、大きな幸せを失う。他人の幸せを願う者は、己の心に平和をもたらし、無限の喜びを分かち合う。


真の快楽は苦痛と共鳴し、偽りの快楽は安穏に甘える。故に、偽りの快楽を克服する者は、真の快楽をも克服せん。


万物は心の鏡映り。己を映す鏡こそ、他者なり。故に、他者の眼差しに囚われず、自らを深く見つめよ。汝自身こそ、汝の宇宙なり。


木は葉陰に光を宿し、大地を照らす。分け与えなければ、光は自らをも飲み込む。故に、光は分かち合うことで輝きを増す。


愛なき世に、生は枯れ果てる。愛こそ、生を育む太陽なり。己が何故に動くのかと問うならば、愛こそその答えなり。


世人皆、苦楽を知る。然るに、汝はどちらを以て人生の礎と為すか。苦を礎とし、甘きを望むなれば、落差は小なり。


人皆、其の道に精勤するものあり、怠惰するものあり。然りといえども、己が心は他を以て度り、狭き視野に囚われがちなり。是より、我とは誰か、過去か、未来か、今か、と問う。汝自身を深く見つめよ。


自然界なくして、世はなし。雲、空、動物、宇宙。これらは何ぞや。自然とは、哲学なり。自然の崩壊は、即ち社会の崩壊なり。自然は、世の基礎にして、万物の源なり。


個は終焉を悟り動く。群れは偽りを纏い、滅びへと歩む。


情けを知らず、喜怒哀楽を知らずして、己を知らん。単なる影法師のごとき、生きた屍なり。


自由の絶頂は、理性と倫理の不在なり。


世人皆我を顧みずとも、我は亦た世人を顧みず。然れども、世との交わりを避くるべからず。故に、己を貫きつつ、世に融け合わんとする志を養うべし。若き日に己を確立すること、これ人生の礎なり。


性行為は、心と体の対話なり。ゆえに、痛みは、その対話が破綻している証。コミュニケーションなき性行為は、単なる行為に過ぎず。


行動が停滞する愛は、偽り。今、動けないなら、それは愛ではない。真の愛は、今、行動を促す。


無垢なる瞳、温かな面影、慈悲深き表情。これらこそ、人の心を最も深く傷つけ、破滅へと導く。愛は時に、最も恐るべき憎悪を生む。


真理は射手の標的のごとし。的中すれば歓喜あるも、同時に傷痕を残す。苦悩するのは己か他か、実体か概念か。真理を何に映し出すか、それが問われる。


愛は、我らを外なる力へと駆り立てる野獣。自らの欲求を満たさぬ人生は、真なる生にあらず。


与えるは、形なき心の内に宿り、形ある行為によって現れるものなり。故に、与えるは、形あるものの中にこそ、その真の姿を現わす。


我々は見えずとも概念の海を泳ぐ。概念は形あるものに宿り、力となる。だが、運命は形なきものとして流れ、移り変わる。


悪言は蚊のごとし。無視すれば痒みを増し、潰せば血を染める。故に、無の圧を与え、その存在すら忘れ去るが至高なり。


失うは得るに繋がり、得るは失うを知る。故に、万事急がず、静かに時を待つべし。夜明けは必ず来、晴天の後には雨も降る。自然の摂理を悟り、焦らずに生きよ。


孤独は概念の坩堝。人生、運命、魂、すべてがその炉内で溶解し、個という形を成す。故に孤独は、最も親密な伴侶であり、最も深淵な敵である。


己は深淵より天を仰ぎ、他は高みより深淵を覗く。安らぎの言葉も、心に響く音色も、人によりけり。特に文面は虚偽を孕み易し。故に、安らぎを与えざれば、その絆は脆きものなり。


技術は神のごとき速さで走り、人は足を引きずる。責任は、都合のいい時に羽ばたき、都合の悪い時に隠れ家を見つける。故に、社会は常に、技術の影を追いかける影法師のごとし。


万物は自らに根ざし、その性を育む。故に、人は生れながらにして、愛憎、生殺を司る力を持つ。故に、人は無限の可能性を秘め、自らの運命を拓く。


サンタとトナカイは、ただ贈り物を運ぶのではない。その存在自体が、世に平和の種を撒き、心の温もりを育む。彼らこそ、真の贈り物なのだ。


表裏一体、強弱相克。真なる者は、表裏共に強固なり。


愛し愛されるは、愛の真髄なり。真なる愛は頂点に達し、特別な温もりを育む。


絶対なるもの、かくも皮肉なり。真理の姿は、醜美、強弱、相克し、その姿、万華鏡のごとく移りゆく。


己を最も苦しめるは、己が心に巣食う影なり。影に群がる者ありて、己を揺さぶるも、影を認めない者には、虚言の響きのみ。


影と光が交錯し、時が止まる。二人だけの世界、静寂が支配する。我と汝、存在の深淵を覗く。


指は善と悪の筆。その動き一つで、生命を創り、生命を奪う。故に、手は常に己の心を映す鏡なり。


気は移ろい、形は変わる。人は普遍性を求めるほど、変化に気づかぬ。故に人は、知らず知らずのうちに生まれ変わり続けている。


愛は眼に見え、脳で形作られる。その形は、時に愛そのものではなく、己の都合に歪められた幻影に過ぎない。


星は昇りつつも沈み、放ちつつも吸収する。その姿に、我々は何を見るか。星は問う。汝は我をどう見るか、と。


万物、クリスマスの息吹に満ち、繋がりを知る。人間のみならず、森羅万象が祝祭の時を共有する。


世人皆、希望と愛と価値を忘れ、少数にのみそれが宿る。人は時代と共に朽ち果て、その質は低下せざるを得ない。


肉体は時とともに熟す。精神は自ら磨かねば光を放たぬ。故に、苦難は魂の鍛冶屋となり、最も深き成長をもたらす。


道は歩む中で開け、想いは過程に宿る。定めし結果を求むるは易し、然れど過程を愉しむ心なくば、道半ばに足掻くのみ。


己を照らさぬ者には、影すら報いを与えず。


考えうるは定め、考えられざるは未知。故に人は無限なり。然り、恐れと欲は無限を束縛す。


奏でるは己なり。指先一つ、表情一つ、そこに宿る魂の振動を聞き取れ。千人いれば千の響きあり。真の学びは、対面にてのみ得る。


星の嵐から見れば、人類は塵に等し。然るに、地を覆い尽くすその塵は、嵐のごとく地を動かす。


道は決して諦めぬ。故に、人もまた諦めざるべし。道に学び、道を敬え。


我ら生は、自由なる故に他を否定すべからず。善悪は一なる存在の織り成す模様なり。互いが織りなす人生の経糸緯糸、斯くして運命は紡がれる。


戦争は、自然と時代を傷つけ、人の罪を深める。


万象の機能、其れ相応の悦びあり。悦びの交わり、心に火を灯す。我が軸を定め、我に生きる道を開く。


心は胃袋のごとし。正さねば、善も悪も入り乱れ、濁りゆく。時として、その濁りは新たな創造の源となる。故に、心を清めつつ、その濁りを恐れるな。


安かろうが不安かろうが、想いは行動の影。己を鼓舞し、傷を癒せ。


愛は、悲しみの涙を受けとめる器なり。雨は大地に、涙は体に。悲しみを支える器なき者は、悲しみの怪物と化す。


万物は三の調和に成り立ち、中庸こそが至高なり。過去と未来に挟まれ、我らは今を生き、欲と道徳の間で揺れ動き、天と地と人の間に立つ。故に、中庸こそが万物の根源にして、至福に至る道なり。


血は血と知り、想像は深まる。回復とは、新たな歩みの刻印なり。認識と想像なき世界で、悲しみは如何なる姿を見せるか?


死の概念は己が造り、死は己が定める。何を求め、何を失うのか。その問いこそが、生と死の境に立つ者の真の姿なり。


平和は、人と自然、そして己との対話の結果に過ぎぬ。故に、平和は創られ、壊され、再生される。されど、再生こそが至難の業なり。


難業は、空を翔ける鳥のごとし。追えば追うほど遠ざかり、その羽根は道標となる。故に、難業こそ、最も価値ある時を紡ぐ。


笑いは形に現れ、幸せは概念。ゆえに、幸せは実体となり、形に宿る。負のものが幸せを宿すはずもない。


理解は深淵の如し。その底なき闇にこそ真実は宿る。情熱の火を灯し、深奥を探求せよ。理解は、汝が魂を奏でるヴァイオリンなり。


石ころの行く末を定め、他者の人生を操る愚行。己の人生を創り出す者は稀なり。


遠きより、近きを。外よりも、内を。故に、求むるは、血脈の導きなり。


孤独は人生の友なり。人生は孤高なる旅人。故に、孤独を知る者は、人生を深く知る。


安心感は虚偽の慰め、不安感は真実に近き。前者は終焉を告げ、後者は新たな始まりの兆し。


神は美しき幻、現実は美醜入り交じる真。人は幻に安じ、真に翻弄される。


位高ければ高まるは、己の影。その影は善を映すか、悪を映すか。人の心に潜む深淵は、権力の大きさに比例し、その深奥を測ることは至難なり。


事実は剣、故に人は盾を構える。真実が必ずしも幸福を約束しないゆえに。


胴の中に手を差し伸べよ。具象の宇宙は手を差し伸べぬ。然し抽象の宇宙は手を差し伸べん。


人は幼き日の如く、過去も未来も今に生きねばならぬ。逃げ惑う魂は、成長と共に失われた光を追い求めるのだ。


人が笑っていれば、音も笑い、生物も笑い、自然界も笑う。表の笑いでは満足感しか得られないが、底の笑いは世の笑いだ。


人生は土台、思考は家。故に我らは生き、思想は肉体を護る。一方が失われれば、人生の土台は汚染され、温かさを失う。思考と人生、二つの柱がなければ、人は倒れる。


暗き未来は、今を正す。故に、未来は必ず明るからん。


命の色は幸により深まり、時と共に薄れゆく。感謝は、その色をわずかに塗り重ねる。


日々は積み重ねられ、年月となる。人口は日に影響し、各々に日は用意される。世は、我々を日々へと招く。


世は美醜二相なり。自然は万物を容れ、汚染を知らず。人は選択の自由を与えられ、美しき道か醜き道か、自ら定むる。然るに人は争い、自然を汚し、その敬意を忘れる。嗚呼、人の愚かしか。


善悪、互いに磨き合う月と太陽。一方の輝きのみを追い求め、人は闇に迷う。愚か者の証。


無限なる世に、数に囚われ安寧を求むるは愚なり。視野を広げ、己の道を歩むべし。我は我なり。


人は涙の一滴、故に悲しきもの。神を信じ、自然を畏れよ。信は人を救い、真実は人を苦しめる。人は真実に背き、偽りを求めるが故に世は衰退す。


万物は根源に支えられ、その本質が外見を定める。華やかな花も、根が腐れば枯れる。我らは大地に根ざす大樹のごとし。


我は天なり。天より我を俯瞰し、感応して障壁、道、高台を創る。我が心を深く知り、操らぬ限り、天の我に操り傀儡となる。


万物、大小を問わず、その存在を観察せよ。それらが生命の源か、それとも単なる存在か。世が生きているならば、いずれにせよ生命である。


巨門の彼方は自由か?否、監獄こそ小なる牢獄なり。色を失いたる心は巨門を恐る。自由はもはや枷となり果てたのだ。


幸せは、内なる小宇宙を育む種子。その芽生えは、争いと平和の両種子を孕み、物質と精神の狭間で揺らぐ。故に、幸せは最も残酷にして最も美しい矛盾である。


一に始り、一に終わりは、停滞なり。一に始り、二に終わるは、成長なり。解決とは、階梯を昇ることなり。


天の織りなす芸術、オリオン。自然は巨匠、我らは観照者。時として、我らもまた筆を執り、自然を舞台に演出しよう。世は壮大な芸術作品なり。


底は基なり。基は貴し。基より頂きに至る道は、人の心にあり。高き心は天を呼び、低き心は地を呼ぶ。


己を制すは、宇宙を制すなり。己を制すは、強きを体し、真を貫き、新しきを創るなり。


天の彩りは、生命に神秘を宿し、万物を照らす。その光は、生物のみならず、この世の全てを呼び覚ます。


人は表ばかり見て、裏を見ようとしない。大まかな絵しか描けないからこそ、細かな違いを見失う。相対的な関係性の中にこそ、真の多様性がある。


価値は人を作り、人は価値を求める。故に、人は価値の奴隷なり。


魂は始まりの地、終わりの地。途中の道は肉体のもの。魂は始まりの地から終わりの地へ、ただ一点を結ぶ。


生、精、性、その糸は深く絡み合い、人は深淵を覗く。親密なる間にも秘められた領域はあり、されど時として、それは覆される。深層の機能が動き出すとき。


年の瀬は、福を生み福を育む。人々はその恵みを分かち合い、世は福に満ちる。故に、年越しの儀は、天と人の絆を深める聖なる時なり。


教えるは、与えられた思考の開花。故に、師ありてこそ、学び深まる。


感謝は幼き芽、成長と共に根を深め、実を結ぶ。故に感謝は、人の如く、生きたものである。


知るは学びの根源、考えるは心の糧。未解の宇宙、深淵なる自我。探究こそが人間なり。


世の華は笑いに咲き、幸は笑いに満ちる。故に、笑いは万物の根源なり。


愛こそ、生を司る力なり。愛なき者は、過去と未来の影に囚われ、今を生きる喜びを知らず。


虚偽は一滴の露、真実は広大な海。露は偽りの真珠、故にその姿は一つ。海は善と悪の両面を持ち、時として裏切り、時として期待に応える。故に深淵。


教えは天より降り注ぐ光のごとし。己を照らし、世を照らす。その輝きこそ、贈りたる証。


思想は足なり、故に人は歩き続ける。判断は意思なり、故に人は時として立ち止まる。歩むこと、立ち止まること、その両義をもって、人は道を究める。


影なき光は存在せず。一人が深淵に沈む時、他は星のごとく輝きを増す。自然の皮肉なる摂理なり。


高貴なる軸は真と芯なり。強さは信と新に宿る。故に、高貴なくして強さは虚し。精と生の如し。


歳は重ねるごとに、時空の階層を昇りつめる如く、我々の感性と認識を深化させる。ゆえに、新年の風は、単なる空気の流れではなく、時代の成長を告げる調べとなる。


壁に突き当たるまで、破壊も再生もなし。与えと受けの環が繋がる時、初めて変革は始まる。


笑いは天の雷、怒りをも包み込む。万物を繋ぐ、不思議な魔法なり。


新年は、人の心を高揚させ、善悪一体の混沌を生む。故に、新たな始まりは、同時に新たな試練の始まりでもある。


万物、盛衰を繰り返し、その度に新たな章が開かれる。争いという試練すら、新たな生の幕開けを告げる。故に、今この瞬間は、幸多き時と心得よ。


万物は循環し、始りと終わりは同時に存在する。時節の区切りは人為的なものであり、宇宙の営みは常に新たに生まれ変わっている。


天高きを仰ぎ、地低きを踏みしめる人間は、常に高き声で語り、己を鼓舞せよ。声のトーンは心の鏡。高き声は安らぎ、低き声は憂いの証。言葉は存在なり。故に、汝の言葉に責任を持て。


時の流れに身を委ねず、己の価値観の天秤で計り、決断せよ。抵抗か従順か、その選択は、時の流れではなく、己の意志で定まるのだ。


形あるものは絶対なり。然れども、形なきものこそ真に絶対なるもの。形なきものは、形あるものに宿り、時に形あるものは形なきものとなる。


創造は万物の源、その道は宇宙に広がる。人は論理を、自然は直感を以て万物を生み出す。


己が道を歩むは、時の流れと共に難儀なり。故に、誰を頼り、何に依りて生きるか。世は監視者となり、世は裁き手となる。


世は己を信じ、己は他を求め、寒きは己を呼ぶ。危機は信を問う。暖を求めれば他へ、己を求めれば深淵へ。信とは何ぞ。


死は、恐れるか操るか。恐れる者は、死の奴隷。操る者は、死の主人。死を知らずんば、死を操る能なし。


愛の色は紅と世は唱う。然るに、吾は闇と見做す。愛は冥府に根ざし、その底より生命の星を輝かせたり。


意、無意識、意識、潜在意識、虚、実。相克相生、互いに他を定義し、我なり。故に、宇宙は我が鏡なり。


与えと受けは、天の理の如し。寛容な心なくして、そのバランスは保たれず。人は感情の奴隷となりやすく、与えと受けの均衡を乱す。常に己を省み、心の天秤を正しくせよ。


世は秤のごとし。量り易きものと、量り難きもの。人は表ばかりを捉え、裏を見ようとせぬ。それが世の常なり。時に少数の人々が裏を覗き見る。そこには、世の真の姿が隠されている。


人は外か内か、を求め彷徨う。故に人か物か、と問う。愛するものこそ壊す、人の業なり。


真の敵こそ、己を磨く砥石なり。共に高め合い、新たな境地を切り開く。不名誉な友は、己の成長を阻む藻屑に過ぎず。


強め、弱め、その道は己が定める。人は常に工夫を重ね、道を切り拓くべし。心の舵取りを誤れば、ただ朽ち果てるのみ。


愛は天秤なり。己が愛を量り、相手を量り、愛をも量る。されど、真の天秤は愛なり。愛を尊重せざる者、愛に選ばれざる。


宇宙は未知なるもの。故に人は争いをやめ、共に探求すべき。されど人は争い、宇宙は人の愚かさを映す鏡となる。


墜落は再生、一撃は新生。最も強い存在を生み出すのは、他者には叶わぬ断絶の力なり。汝らは何を断ち切り、何に焦点を当てるか。


嫌悪の言葉は、愛憎入り混じった告白の仮面を被る。善悪の区別こそあれ、真摯な対峙を忘れてはならない。


時逝くは万物の定め、然れども智は永劫に在り。死は来たるも、知は滅びず。故に人は死を畏れず、知を尊ぶなり。


生、愛、青春、これらは普遍なるか非なるか。されど、人は常にその味を噛みしめ得る。何故なら、人は人なり。


運命は両刃の剣、人は善を疑い、悪を信じがち。信頼は、不確かな未来と人間の心の狭間で揺れ動く。


悪事百般、定めあり。善事万端、定めなし。故に、悪は己が心一つで転ずる。悪は法なり、善は法にあらず。


努力とは水の流れのごとし。意図せずとも自然に成り立つものである。それを堰き止めようとするから、苦しみが生まれる。


力こそが万物の根源なり。然るに、我らはその力を恐れずして、かえってそれに酔いしる。


高き嶺に登りし者は、さらなる高みを目指し、その果てにしか得られぬ宝を手にす。


我は汝、汝は我なり。万物は相克相生、互いに他なるは鏡の如し。


宇宙を解き明かさんと人は争う。己を宇宙に重ね見る者は稀か。戦火は、その証なり。


生ける屍のごとく、人はすでに死んでいる。ただ、その事を自覚せぬのみ。


底と底が合わねば、真実は生ぜず。ゆえに、真実は特別な感情より生ずるなり。


人々は何を「真」と定めるか?その過程で「神」の対象を決め「信」を行い、「芯」が生まれて「新」となる。


自然は、雨露一つ、雷鳴一つにすら、五感を通じ美しき響きを見出す。万物の一致を奏でる。対して人は、その調和を乱し、争いの音を立てる。愚かにも。


世は外を求め、人は世に従う。故に、雷鳴は絶えず、人の心は震え続ける。


天地開闢より、万物は循環往復を繰り返す。故に、世は人の愚行を映す鏡なり。


自然はありのまま。故に美しき虹を生む。人はありのままになれず、故に美しきものに心を惹かれる。


精神は静水にあらず、針の刺突に反応する急流なり。故に、如何なる刺激と思想が、その深淵を揺り動かすか、是こそが問われよう。


深きも浅きも、情は人の業なり。煩悶の種は、時に人を惑わす。然れども、情なしでは人は生きたるものにあらず。


人生の道は心の道なり。歩むは定まらず、善悪転じて不思議なり。世の行末、皮肉に満ちたり。


勝つを助け、勝つを阻むは、我なり。友となり、敵となり、無となり。都合よきものと謂うか。然れども、世の常なり。


情報は救い、また呪い。然れど、人の意志と行動が一つになれば、不可能はなし。


天がその姿を現すとき、地にいる我らは如何なる姿で応えるか。その姿に、我らは誇りを持てるであろうか。


近道を求めず、夢中になる道こそが、最短にして最長の道なり。


我々は何を知り、何を知らないのか。人は意思と体と手で憎しみを遂げ、選択と決定を握る。その構造を解き明かす時、人は己を深く知る。


外は我なり、非我なり。故に我は外を我と為さんとする。然れども外は我ならず。是れ、惑乱の根源なり。


酔いは仮面を剥ぎ、真我を映す鏡。酒は心の深淵へと誘う。怒りは、その深淵を恐れる浅薄な証。


世は急流、人は小舟。速さには抗えず、遅さに抗う。人は何に焦るのか。ただ、無常の川を漕ぎゆくのみ。


「罪」という概念そのものが、最も残酷な罪である。その存在が、両者を傷つけ、苦しめる。


大海は万物の標的となり、故に万物を救う。群れを率いるものは、大いなる試練を受けん。


ヨハンの如く、孤独は人を怪物にする。愛は人を人として保つ。故に、愛なき者は、もはや人にあらず。


動かなければ、機は来ず。機は動かなければ来ぬ。動と機、相関せし関係なり。


賢愚は色なり。その彩りを幾許まで重ねるか。己を賢と定め、愚と定め、その果てなき塗料に酔い痴れる愚者こそ、最も鮮やかなる色を持つ。


蝶は美しき姿故に称賛され、醜き姿は貶められる。然り、人は善き行いをすれば称賛され、悪しき行いをすれば貶められる。然るに、蝶も人も、その姿、行い、全ては相対のものである。


人は一点から生まれ、無限の点へと散る。一点に凝縮された強さは偉大なるが、無限の点に拡散する欲は深淵なる。故に人は一点に強く、多様に弱し。


幼き日のゼロは、若き日の章を生み、中年の章は新たな道へと続く。


美は善なり、醜は悪なり。然れども美は真ならずとも、醜は虚であれど構わず。


「今」は一点にして一線なり。過去は点にあらず、今という点に連なる線なり。


権力は器なり。善き手は美酒を、悪しき手は毒を注ぐ。故に、権力を持つ者はその心を鑑みよ。幼き日の行いは、後の器を彩る。


孤独は、万物の尺度たり得ぬ。孤独と呼ぶとき、我々は既に比較の天秤を傾けている。愛、死、友……それらは相対的な概念ゆえ、孤独もまた相対的なものである。


万民が賛否を分かつ名は、その力故に人々の心に深く根ざす。故に、名声は力なり。


今こそ永遠の礎なり。永遠は時の流れに過ぎず。礎こそが全てを支えんと。


万物は相対なり。言葉は相対を映す鏡。故に、言葉を選ばざれば、世は混沌と化す。


万事成るは常なり。然らば成らぬとは何ぞや。是れこそ至難の業なり。


所有せざるは流転し、所有せしは恒久なり。故に人は、流転する物よりも、恒久なる物に心を奪われる。


大局一致、細部相違。同類相求むるは本質なり、異類相克むるは発見なり。


世は陽光に満ち溢れ、陰影は微細なり。人は無意識のうちに光を求め、影を避ける。故に、世は歓喜に満ち、悲嘆は相対的に少ないものなり。


我ら動くとき、世は動き、我らは城となる。下なる者が見上げ、我を神と仰ぐ。されど、この魔法は、我ら自身の内に宿る。


我は主体なり、客体にあらず。主体たるゆえに知り、感じ、自ら動く。故に我らは人間なり。


「牢獄」の名は、自由を奪われた魂に重くのしかかる。家や店がそうであるように、人は居場所を求める。その居場所が「牢獄」と名付けられるとき、人は抵抗せずにはいられないのだ。


善悪は相対、故に嫌悪は当然。親切を憎む愚か者は、己の影を恐れるが如し。相対性を悟れば、万物は相対し、恐れは消えゆく。


沈黙は、静寂なる海に轟く雷鳴のごとし。その響きは深淵に達し、万物を震わせる力を持てり。


歩行は苦行なり。然れども、苦行に抗い、己と歩行の関係性を定めるは、まさに我なり。


依存は自由の鎖なり。ギャップと執着は、幸福の足枷となる。人は、自由故に苦しみ、自由故に幸福を求めるもの。


消滅とは、相対なる世界の移ろいなり。形あるもの、形なきもの、その境界は曖昧。汝は今、何を失い、何を生み出しているか?


「白」とは何か。それは人の知覚が捉えた一面に過ぎぬ。世界の全てが人の認識の枠内に収まるわけではないのだ。


謎は雷のごとく、突如として我々の前に現れ、我々はそれを魔法と呼ぶ。然るに、それは普遍なる法則に過ぎざるを得ん。故に、汝は何を信じ、何処を見つめるのか?


万物は無限の織物なり。糸の一本、色の一片が異なれば、剣と盾の舞いが始まる。人の手による、人のための悲劇。


人は多面なる故に、善悪の二極に揺り動かされる。機能の多様性が、その心の深淵を複雑にする。故に、真の善なる者は稀なり。


幸不幸、人皆有。故に真の幸を求むるは、己に問うべし。幸は己のみのものなり。他人にあらず。


己を知り、己の道を知る。逃れ得ぬは己なり。


万象は幸運なり。表裏一体、深淵なる縁。故に、一時の姿に惑わされず、深き心を以て観るべし。


心満たさざる者、外に求め、満たされし者、内に安んず。汝の心の深淵、満たされしか?


生は定められた死への道程。愛憎悲しみの色は、その道に彩りを添える。人は死によって形作られ、散りゆく花のごとく、その役目を終える。


快楽は万物の始まりの如く、終焉へと帰す。至高の後ろ姿とはかくの如し。それにも拘わらず人は恐怖に怯え、暴れる。人の心とは深淵なり。


咳は、万物の呼吸に同調し、我らをその輪に引き込む。病の使者は、かくして人間をその生贄とする。


愛の表を知りて人は多し。然れどもその裏を知る者は稀なり。故に愛は魂なり。無限なる人間の如し。


人間は正しきを内に持たず、ただ感情と欲求の悦びを求む。故に天は時として雷を降らし、その行いを戒める。


信、新、芯。いずれも幸せの源泉なり。故に、幸せの形は千差万別、無限なり。定まった形などない。流転こそ世の常、故に、幸せもまた流転するべし。


我心躍れば、世も躍る。時の流れは我が掌中にあるかのごとし。


牢獄の種を蒔き、その壁を築くは汝らなり。故に、その始まりの責は我にあり、その終わりの責は汝らにあり。


影のハンマーに打たれし者は、実体へと手を伸ばす。因果の鎖は、かくして響き渡る。


他を鑑みて安寧を求め、己を省みて成長を求めよ。他は己を知らず、己は己を知らざるを得ぬ故なり。


自然は癒やし、社会は荒廃をもたらす。我が友は自然なり。


病に伏す我らに、邪悪なるものは宴を開く。然れども、我らは天に向かってその心を高め、光を放たん。


人は見かけによらず、深く見ぬままに判断する。その浅薄さが、世の多くの誤解を生む。


知識は、我を支える芯であり、真実そのもの。その基盤が揺らげば、我もまた揺らぐ。


万物は時を経て滅び、自由を得ん。故に過去は映し出され、汝の姿は輝きを増す。然れども、時こそ汝より強きものなり。


人生は流転する川。その流れに実体が合致する時、世界は現実となる。


服従は、空なる存在のみが成し得る至高の行いなり。我執に囚われたる人間には、その道は遠し。


自由は思考の根幹を揺るがし、万物の礎を解体する。故に、自由は最も危険にして、最も崇高なる力なり。


暴君も奴隷も、我なしには成り立たぬ。ゆえに、その境地に至りしとき、汝は虚無なり。


巨影は小枝に咆哮し、その心の広がりを問う。


暗き夜にこそ星は輝き、心の闇にこそ慈愛は灯る。たとえ己が心曇りていとも、女性は周囲を照らす月のごとし。


今こそ全てなり。過去も未来も、今に根ざりて生ず。今なきところに、感情も欲求も存在せず。故に、今こそ世を形作る。


真実の流れは美を生み、偽りの澱は醜を生む。川のごとく、真実のみが永遠に清らかであり続ける。


局部は弱寒に耐え、全体は烈寒を招く。厚着は暖を遠ざけ、寒を深める。


富は人を堕落させ、理性をも曇らせる。故に、愚行は富から生まれ、質の低い選択を生む。


人は実に浅薄なる生き物なり。常に表皮のみを視て、深淵を覗くこと稀なり。故に、世は不義に満ち溢れている。


我滅びれば汝亦滅びぬ。然れども他者ならば遠のくほどに。故に常に我を重んずべし。他者は危うき時に我を裏切らん。


知らしむるは、今を安んずるのみ。後には、知らしむるは酷と成る。


苦しみは生を刻み、喜びは今を彩る。苦しみの深き淵こそ、歓喜の光を輝かせ、平和の礎となる。


女性は、この世に美を生み出す源泉なり。


人は真実を追い求めつつ、偽りに甘んじる。何故か? 真実は、心の平穏を乱し、理性に問いを投げかけるからである。


蟻の幸不幸は、その営みの中にあり。我が幸不幸は、我が思考の中にあり。止まる時、答えは見出だされる。


我を軸とせずして、海を知ることはできぬ。外なる存在に心を奪われし者は、己の成長を阻むのみ。


同胞の肉を食らうかとの問いに、本能は否と答える。人は、己と同種の存在を食らうことを本来的に忌み嫌うものである。


死の本能は未来を、死する者は過去を希求する。


汝が求むるは、汝なり。外を求め、世を恨むは、偽りの汝なり。真の汝は、終焉の時、初めて姿を現す。


SNSは、互いの鋭敏さを試す闘技場。傷つけ合い、疲れを癒やす場。人間の本質が露わになる、虚飾な平和の仮面の下。


知識は理性にて脳を、芸術は感情にて心を耕す。二つの道は異なるも、美しき対比を成す。


虫は生まれながらにしてその衣を纏い、人は時を経るにつれて衣を纏う。故に人は衣の本質を深く問い、その変転に極めて敏感なり。


輝きは小を育み、くすみは大を育む。善悪は量らず、正義のみ問われよう。


無為の契機に、有生の基を築く。されど、是より始まると知るべし。


愛は清く澄み渡る一線。望みがその流れを束縛すれば、愛は反発し、遠ざかる。


万象を認知し、認識する限り、人は決して一なる存在にあらず。


想像力には、その光を届かせる独自の領域が存在する。


学問は、追えば追うほど遠ざかる恋人のようなもの。その果てなき探求こそが、学びの喜びであり、悲しみである。


人は己よりも他を測り易し。然れども己を測るに苦しむは、己が疲弊し、余裕を失いつつある証なり。


我の装いは我の魂の鏡なり。我の美学は、汝の想像を絶する深淵にあり。


英雄を仰ぎ見るが、己もまたその一端なり。故に、重荷を背負うな。人は皆、星屑より生まれ、星屑へと還る一粒の塵に過ぎぬ。


高みから世界を俯瞰する時、地上の我々もまた、雲やビルを見上げるように、汝を見上げているのだ。


我停まりて、世は行かざるも、平和停まりて、我に安息あり。故に創り出すものは止まるも、創り出されざるものは止まらず。


真実は一点の鋭き矢のごとし。安らぎと恐怖を同時に射抜く。


汚しき接吻は、一方的な授受。真の美しき接吻は、互いが捧げ合う献身なり。


苦悩深き時、感情は暴れ、他者を顧みる心の余裕を失う。混乱の渦中、人は容易く物と化すかのように思える。


偉大なるものは、自然のごとく単純なり。故に、人はその単純さを複雑に飾り立て、以て自ら破滅の道を歩む。


幸福は、苦しみの彼方に咲き乱れる花のごとし。人生の果てにこそ、その真価を知る。


愛は迷宮の羅針盤、勇気はその航海を導く。然るに、外なる影が内なる光を覆うとき、羅針盤は狂い、航海は座礁する。


自然は恵みと暴力を同時に与え、人は人との関係においてのみ葛藤を知る。


人、他人の深淵を測ることはできぬ。故に、自らの想像によって深淵を造り、その上に立つ。ゆえに、理不尽は生じる。


痛みを汝は如何に捉えるか。汝が痛みを生み出しし存在なりせば、その答えは明らかなるべし。


石を蹴る行為は、思いがけない場所に新たな物語を生み出す。それは、小さな存在にとっては大きな発見となりうる。故に、無意識の行動もまた、世界を動かす一因となるのだ。


充足と欠乏の波間に揺られ、得るものあれば失うものあり。人は永遠に均衡を求め、そしてそれを超えようとする。


「我慢」の名を冠すことすら、我々はすでに我慢している証か。転がり続ける車輪は、いつまでも戦いを生む。


悪は悪を呼び、善は悪を生む。故に、世は永遠に悪と共にある。


人間と自然、相克の螺旋。破壊こそが新たな生を育むと人は信じ、故に両者は共倒れの淵を彷徨う。


天は愛と希望と勇気の星、地は憎と絶望と臆病の泥。人生の宇宙を航海する我らは、その間を巧みに操り、新たな星を紡ぎ出す者なり。


記憶なき故、人は常に新しき自我を創り出す。自由なる魂に、多様性と称する呪いがかかり、真の姿は揺らぐ。


人の心は、外なる嵐と内なる波に揺り動かされる。多様な欲求を抱く我々にとって、忍耐は脆くも儚いもの。


ただ進み続ける者は、直線の矢に倒れる。時に立ち去る勇気を持ちてこそ、生き残る。


世は刻々移り、人々もそれに追随す。肉体と精神は疲弊すれど、世の要求は絶えず。自然は急かすことなし。


檻は光を遮り、影を育む。囚われし者は闇に沈み、光を求める。解放の手は、誰の手か。自問せよ。


世は我に背き、故に人は疲弊す。人は無意識のうちに、世の逸脱を感知し、我道を行く者を好まず。


意識は肉体の器に宿る光のごとし。放たれた矢は弓を離れ、意識は肉体を離れて真の姿を現す。意識は所有されるものではなく、宿るものである。


己を以て他を知り、他を以て己を知る。然り、己をも他をも知らず。


名声の天秤は、善と悪の光を浴びて傾く。そのとき、過去は地より天へと逆流し、歴史の書は書き換えられよう。


我は我なり。故に我は我を愛し、我に尽くす。我こそが我の軸なり。


感情は、永遠に人間の内なる世界を支配し、独自の秩序を築き上げる。それは成長し、形を変えながら、我々を導き続ける。


世界は欠け月のごとし。満ちることもあれば欠けることもある。完璧を求めるは、月を掴まんと欲するがごとし。不完全こそが、世界の常なり。


存在は流転するもの。故に、前提を悪と定めれば、我はより自由に動ける。悪こそが、善き生を生む礎なり。


楽観は記憶を育み、悲観は虚無を生む。故に、人は喜びと欲求に駆り立てられ、生きるのだ。


我に生あれば道あり。道なきを歩くは、生けることにあらず、死に向かうなり。故に、我は道を選び、道を創る。道こそが我の生なり。


無駄は、歪みたる虚無の如し。然れども、真実に根ざすゆえに、時に我らに安らぎをもたらす。


万物は光を帯び、然らば推しは煌く星のごとし。星は海を照らし、海は星を映す。故に推しは心の水面なり。


無名なる者は薬となり、名高き者は毒となる。故に、無名なる者の時短く、名高き者の時長し。汝ら放たれる矢は、天より射る如し。


自然は智勇に富み、社会は愚蒙なり。故に民も愚蒙の道を辿る。社会は幸福を産まず、禍を招く。時は進むにつれ、その禍は深まるのみ。


民主主義は、均衡を保つための天秤なり。されど、その振り子は常に動き、民衆は時とともにその重みを悟るであろう。


他なる者に駆り立てられし行為に、真の歓びはなし。自らの意志、自らの喜びこそが、我々を動かす源泉なり。


万物は線で繋がる。その線が交錯し、人は選択に迷う。迷いの果てに下される決断は、軽やかに響く。その刹那、人は運命の織りなす糸を自ら切り取るのだ。


我は他なる我を内に持ち、他なる我は我を内に持つ。故に我は独りならず、亦、二なり。


外なるものに心を委ねれば、我は消えゆくなり。己に問うべし。我は真の我なりやと。


反逆者は動かざる星のごとし。如何なる力をもってしても、その軌道を乱すこと叶わず。


道の果ては幻影のごとく移りゆく。汝が信ずる果ては、光か、闇か?


救いの風は、時に荒れ狂う。英雄は破滅を招き、新たな英雄を生む。悪は、その繰り返しの中に潜み、永遠の静寂を嘲笑う。


忍耐なき者は苦海に溺れ、忍耐ある者は楽園を築き、忍耐を悟る者は常を生きる。


表裏一体、苦楽相転じて、時とともに変わる。今という時が来れば、底が表となり、表が底となる。


権力の座は、生を蝕む毒杯。その蜜を求める者は、永遠の夜に囚われん。


暴力は最も易しい道。然れども、真の解決に至らぬことを誰しも知る。故に、人々は暴力に導かれ、遂には滅びる。


富の有無が人の幸せを測る物差しとは言い難し。社会を見るに、その証を見るべし。


輝きは悪口を拒み、悪口は輝きを恐れる。故に、真の光を放つ者は、影すら寄せ付けぬ。


愛は定、憎しみは流。定に流が加わりて線となり、故に愛は憎しみを育み、憎しみは愛を深む。


存在は歩み、歩みは存在を育む。一方が失われれば、歩みは途絶え、両者は共に滅びる。


天より降る雨は万民に平等に降り注ぐ。然るに、その恵みを救いとするか、破滅とするかは、受けとめる者の心に委ねられる。雨はただ降り注ぐのみ。英雄たり得ず。


苦悩は、魂を深く穿つ鑿なり。己が苦悩も、他者の苦悩も、その深き穴を深めるのみ。


壁は文明の墓場、自然は心の故郷。求めるものが大きくなれば、心は狭くなる。社会は知恵にあふれず、人は愚かさを重ねる。


想像力、それは消えゆく湯気のごとく、絶えず湧き上がり、散りゆく。その命運は、人の手、社会の風雨に委ねられしものなり。


万物は流転し、散りゆくは定め。人はその散りゆく時を遅らせようとするが、時に愛しき者を苦しめる。その行いは、時の流れに逆らうが如し。


心に太陽と月を得たる者は、たとえ闇夜に彷徨うとも、その道を照らし、導く光を常に持ちてある。


勇気は、恐怖という痛みを伴う行為である。体は打たれれば痛み、心は恐れれば勇気を必要とする。これは、万物の自然の摂理なり。


岸辺に立ち、深淵を覗くが如く、知識は自らの意志なき者に深遠なる真理を示すことはない。


夢は不滅、人は夢を滅ぼす。故に夢は幼き時より人の心に宿り、永遠の命を宿す。


自然は、善悪の天秤であり、試金石なり。その怒りは、人の心を揺さぶり、真の姿を現出せしめるとき、善悪の概念すらも相対化す。


星も人も、その数を知りつつ、その深き内実は知る能わず。ゆえに人は、容易に刃を向けるなり。


人は完全なる孤独を欲せず、何かに寄りかかりて孤独を享受せんと欲す。故に、依存、執着、平和は、その寄りかかりが生み出す幻影なり。


限界に達せば、内なる外を求めよ。無意識に意識を奪われるものは世に満ちる。創作も食もその一つなり。


我を忘るる者は墜ち、我に生きる者は地に立たず。


己を打てば凹み、撫でれば平らに。世は流転する粘土のごとし。故に、最高も最悪も、己の手で形作られる。


欲情は点、人は線。点と線が交わる時、線は点に従う。故に、年齢は線に影響せず、欲情が主導権を握る。


慈悲なき成長は苦を招き、慈悲ある成長は苦を寄せ付けぬ。道は一つ、故に然り。


人の頑張りは常に一定なれど、心の揺らぎがその均衡を崩す。社会はその不安定を助長し、自らの滅びを招く。


好むは遠ざかり、憂うは迫る。安穏は心の荒野となり、災害は連鎖して尽きぬ。


存在の本質は不変なり。人はその定めを変えんとするも、強きは強き、弱きは弱き、ただそれのみ。


人は海のごとく、無数の波を持ちてそれぞれに異なる。故に、感情、欲求、価値観は裸の岩のごとく外界の影響を受けやすいものなり。


愛は外部より脆く、内部より明らか。故に破壊されやすく、守れぬ者は滅びるのみ。


世は人の心を枯らし、人は世に抗い、また枯れる。それでも世は変わらぬまま。人は希望を追い求め、絶望の中に消えていく。故に、人は世を嘆き、世は人を試す。


自然は美しき法則の織りなす舞台。人はその中に生かされ、時にその調和を乱す。


別離は、再会を望む心の月夜。その闇は深き故に、次の夜明けを確信させる。


見ざる故に疑う。疑う故に求める。求める故に執着する。執着は空しい。我は見し故に知る。知る故に安らぐ。


時は真理を砕き、無数の破片が世界を覆う。その混沌こそ、自滅への道。


男性の想いは、万物の礎なり。その想いが揺らげば、世は混沌に陥る。故に、男性は己の想いに責任を負い、その舵を執らねばならぬ。


楽しみは内なる光、外に向ければ影となる。社会は、その影が集積した姿なり。


世に賢しと言えど、その知恵は時とともに色褪せ、真の価値を失う。真の賢者は、今、この瞬間にこそその力を証明する。


我々は点のごとき存在。社会はそれを線で結び、面へと広げようとする。しかし、点の孤独は、時に最も美しい絵を描く。


天も地も腐り果て、人も自然も消えゆくとき、残るのは戦争のみ。それは悪しき天秤なり。その天秤を操る者こそ、最も悪しき存在なり。


創造は、我を地から天へと昇華させ、その根を深く地中に張る。


生は過酷な試練。社会は真理を歪め、不要な対立を生む。ゆえに、我々は生と死を超越した存在へと昇華せよ。


生物は、存在を滅ぼす衝動を宿す。それは自然の摂理。故に、人間は、その衝動をいかに制御し、文明を築くか、その知恵を問われているのだ。


悪行は足取りを早め、遂には跳躍する。故に、小さな悪を許容すれば、大きな悪の飛翔を招く。


男性の想いは巨岩を転がし、大海を揺るがす。故にその指向は善悪の分水嶺となる。されど、その力は世界の鍵を握るものなり。


万物は自走の始り、然れど終焉は己が定め。終焉を如何に見、如何に名づくるか。是より始まりの礎を築く。


宗教は、人間の歪んだ手で捻じ曲げられると、科学と共存できない。ゆえに、宗教の真の価値は、それを実践する人々の心の中にある。


道は我なり、我は道なり。歩む道もまた我なり。故に、この世に他はなく、ただ我のみ。


万人を愛せば、万の悲しみを知る。故に一人の愛に、万の悲しみを凝縮せしむるは、人の常なり。


敗北は、魂の冬。時という春が来れば、必ず生命は芽吹く。


世の理は時と共に移ろう。されど名声の影は永く、時をも超えその者を捉え続ける。故に、真の解決は己のみが為し得るのだ。


幼き日の口は直線に走り、熟達の口は曲線を描き、時と共に迂回を嗜む。


批判の矛先は、自らを射るに等し。汝が他を責める時、汝自身もまた審判の場に立つことを忘れてはならない。


万物は言を有す。されど深きものは言を潜め、浅きものは言を飾りて顕わる。


万物は観察者によって形作られる。無からの有を生み出すものは、常に別のものを凝視する眼差しである。


見せかけの挑戦と失敗こそ我が掌中にある。真に恐るべきは、隠された挑戦と失敗なり。この認識を誤れば、人は奈落の底に突き落とされん。


文明の光は芸術の星を翳す。社会の網は創造の翼を縛る。


今、未来、過去、いずれの時も不安に囚われ、己が生存すら疑うとき、人はもはや人間ではなくなり、果てしなき深淵をさまよう影となる。


神は裏切り、人は裏切られる。愚か者のみが神を信じ、賢者は己を信ずる。


些細なる行い、すなわち挑戦なり。恥は挑戦を隠し、故に人は自ら挑戦せりとは知らず。


口の形は移ろうとも、心に刻まれた言葉の響きは永遠に消えぬ。


人は群れを求め、群れは人を恐れる。個と全体の相克は、生ある者の宿命なり。


表は表の裏であり、裏は表の中。両者は常に巡り、その間には真なるものが潜む。


善悪の尺度を小とするは、大海を小杯にて量らんとするが如し。故に、人間関係は深淵なる溝となり、人は島となりて互いを隔てる。


闇夜に光ありて美し。故に、輝きの中にこそ、救いの闇は潜む。


社会は、始まりを忘れ終末を恐れる心を生む牢獄なり。故に、政治は自由の敵となる。


自救は可能なり。然れども、外なる力による破滅と、己の意志による救済は、人生を忍耐へと変貌せしめる。


人は影を求め、光を恐れる。虚構の楽園に安住し、真実の荒野を避ける。ゆえに、欺く者は王となり、誠実なる者は追放される。


木は天の摂理により生長する。然るに、人の手は天の摂理を遮る。故に、人の道は人の手で閉ざされる。


「一」との闘いは、人生の必然なり。強制されし戦いを避けるなかれ。勝利を掴むまで、人は人を傷つけ、犠牲にする。故に、己を鍛え、「一」を制せよ。


愛は今、生れ、今、告ぐ。人は善を無限に、悪を過去と未来に置く。


充足は水のごとし。満ち足り、清く、そして果てしなく流れゆく。故に、生は流転し、死は新たな流れの始まりなり。


社会は賢き者の集合ではなく、愚者の集まる檻なり。故に、民は檻の外に出るまで真の智恵を得られず。


生と死は川の流れのごとし。我らはその一滴なり。止まることなき流れの中に、始まりも終わりも定められず。


悪を貴びれば、世は悪を見る。価値の底は、時の深淵にあり。故に、今こそ答えを知る時。


時は無限、肉体は有限。故に、生ける者は、生を繋ぐを以て、その存在意義を問う。


自然は知恵の母、社会は悪の巣。知恵ある者は自然に帰ろうとすれど、悪の影は長く、逃れ難し。


怒りは心の境界線。その上に立つ者は、些細なことで時間を浪費する愚者か、境界線を操る最強の王か。

私は、全女性の全性的問題を知的超越解決した。この26万字は、その結論と、それを導くまでの思考の軌跡を記した、第一部の記録に過ぎない。


この解決は、まだ始まりにすぎない。私は、次の世界へと思考を向ける――。


故に我は知になった...第二部の記録。

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