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3.理に勝って甘えに落ちる

「今日は大した依頼がないわねぇ……」

「それでしたら、1日オフにすることを提案致しますわ!」

「オフ……まあ、いいか」


ギルドの依頼掲示板を眺めるヴァルカとリティア。ヴァルカが満足するほどの討伐対象も、リティアが納得するほどの報奨金額もないそれに、興味なさげに爪を眺めていたベルテアが天啓を受けた信徒のように嬉々として提案した。


ベルテアがこのパーティに加わってから、定期的な休みを取るようになったなとリティアは感じていた。休養より戦闘を優先するヴァルカと、休養より金を優先するリディアの2人では、休みより依頼を選択しがちだったのだ。

戦闘を好まず、金にも必要以上に執着しないベルテアは、定期的な休養を欲した。結果として彼女の提案によって以前より休養を取るようになったが、彼女の案をリティアもベルテアも否定しないのは、十分な休養によって依頼がより効率よくこなせるようになったと両者ともに感じているからだった。



ギルドの前で別れた3人は、それぞれ思い思いの方へ歩いていった。


リティアは、商店街で小さなメモを持ち歩いていた。

リティアは貯金が好きで、もちろん節約も好きだ。物の値段というものは、街や店、そして時期によって異なる。その値段を確認しては、より安く買うことができたと達成感を覚えていた。今日はその値比べと市場調査、そして安いものがあれば買おうという魂胆だ。


「この薬草、今日は特に安いな……店員さん、これ、まとめて買うからもっと安くならない?」


腕が鳴るぞとリティアはフードの下で頬を緩めた。

リティアは満足していた。その細い腕には、安く買った日用品が入った紙袋が抱えられている。次の店を見に行こう、と歩いていると、


「リティア!探していたのよ」

「、ヴァルカ…どうしたの」


豊かな黒髪を揺らし、ヴァルカが前方から歩いてきた。普段よりやや速い足取りに、探していたのは事実だろうと、リティアはヴァルカの顔を見上げた。……首が痛くなりそうだ。


「ね、顔を見せて?……ふふ、あのね、リティア」


遠慮もなくその大きな手でフードをめくりあげたヴァルカと目が合う。耳が外界に触れないようにはされているが、そう覗き込まれると気恥ずかしい。髪を弄ぶように撫でられ、手を反射的に叩き落とした。


「何?」

「あのね……欲しいものがあるの」


彼女たちのパーティ、アセットロックの収入の行き先について語ろう。まずパーティの必要経費ーー宿代や共用のアイテム代ーーとして分ける。その残った3分の1はベルテアの取り分。そしてその残り全ては、この小さな守銭奴の懐にしまわれている。物欲のないヴァルカは、物欲もなければ金銭感覚というものもない。更に言えば財布を持つのが煩わしいとすら感じており、リティアの財布は半ば2人の共同財布と言っても過言ではない。よって、ヴァルカは自分の自由な金というものを持ち合わせておらず、ヴァルカがリティアに強請るのは当然だった。


にこにこと笑顔のヴァルカに、リティアは今日の支出と買ったものを反芻する。


「あのお店なんだけど……」


リティアがあまり乗り気ではないと気付いたらしいヴァルカは、やや控えめに目当ての店を指さした。


「雑貨屋?特に今必要な物はないでしょう。安売りをしている時にして」


雑貨屋は物流などの影響で突然物が安くなることはない。それならば安売りの時期にしろと、リティアは素気なく一蹴し、次の店へ足を向けた。


「うぅ……リティア……」


そのローブが、緩く引かれるのを感じた。ローブの裾、腰のあたりを控えめに摘む手は、ヴァルカの大きいそれだった。


「ちょっと、何……」

「お願いよ……」


手の続く先、ヴァルカの顔を見て、リティアはうっと息を詰まらせた。

普段ゆるゆると笑みを浮かべるその顔は、眉を僅かに下げ、困ったような表情で。


「……ヴァルカ、そんな顔で見ないで……」

「リティア……」


子供が母親の気を引こうとするように、柔い力で引かれるローブ。懇願とともにじっとこちらを見つめる丸い瞳。


「うぅ……、わかったから……、」

「いいの?ありがとう、リティア」


守銭奴の固い財布の紐を解かせたヴァルカは、ただ感謝をし、リティアの手を握った。

その強請り方が最適であることにも、リティアのヴァルカへの甘さにも無自覚なその女に、リティアはどこか心地よい敗北感を感じていた。

着いてきて、とリティアの手を引くヴァルカに。仕方ないなと続いたリティアは、フードの下で笑みを浮かべた。



「ただいま戻りましたわ!」


宿の一室、先に戻り帳簿をつけているリティアとメイスの手入れをするヴァルカの元に、買い物を楽しんだらしいベルテアが帰ってきた。


「ベルテア、おかえりなさい」

「ヴァルカもリティアももう帰っていましたのね…あら?」


紙袋を机に置いたベルテアは、リティアを見て声を上げた。

正確には、その赤い髪に結ばれた白いリボンを。


「ふふ、似合ってるでしょう?」

「あら、ヴァルカが選びましたの?悪くないセンスですわねぇ」

「…………うるさいな、」


髪の赤に、純白はよく映えた。その髪に触れるベルテアの手を、リティアの手が力なく払う。髪で隠れきらない長い耳は僅かに朱に染まっていた。


「……ヴァルカ、この分はまたちゃんと稼いでもらうからね」

「えぇ、もちろんよ!任せて」


恨みがましい目線を向けられたヴァルカは、楽しそうに笑った。


「明日はわたくしがそのリボンを美しく結んで差し上げてもよろしくってよ?任せなさいな!」

「もう、放っておいて……!」


リティアが声を荒げるも、明らかな照れ隠しは、耳から顔へ移り始めたその色が暴いてしまっていた。

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