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2.(自称)神曰く、2人は奇妙

ベルテアがパーティに加入してから1週間が経った。その間、彼女は冒険者としての生活、そして仲間となった2人の女について見定めようとしていた。


「ちょっとよろしいですの?」

「何」

「どうしたの?」


パーティに加入して直後。宿を3人部屋で取り直し、新たに借りた部屋に荷物を置き終わってすぐだった。

ベルテアははっきりとした声で、2人を、いやリティアを呼び止めた。


「仮にも仲間になったのですわよね?わたくし、顔もわからない相手と共に過ごす趣味はありませんわよ」

「ああ、フードを取れって言いたいの?」


ビシリとリティアを指差し要求するベルテアに、面倒そうな声を隠しもしないリティア。渋ると思いきや思いのほかすんなりとローブを脱いだ。フードがなくなり、肩まで伸びる赤錆色の髪と幼い顔、つり目がちなそこには深い緑の瞳、そして長い耳が露出した。身体つきも細く華奢で、10代前半の少女のようであった。…気が強そうだが、なかなか可愛らしい顔立ちをしている。


「エルフでしたのね」

「……別にエルフでもいいでしょう?」

「?ええ、別に構いませんわよ。子供かと思っていましたけど、年は20ぐらいですの?」


ベルテアの予想に、リティアも、そして隣で会話を見守っていたヴァルカも驚いた風だった。


「……驚いた。エルフの成長速度を知ってるんだね」

「まあ…昔いた教会にエルフの子供がいましたのよ。ですからそれぐらいは知っていますわ」


エルフは長寿であり、具体的には人間の二倍近くの時間をかけて大人になる。やや気分を害していたように見えたリティアが年齢の予想に僅かに頬を緩めたのに、ベルテアはフードを被っていた理由を何となく察した。


「よかったわねぇ。リティアは大人の女性だものね」

「その言い方が一番子供扱いみたいで嫌なんだけど」


リティアに頭を撫でる手を払い落とされ、ひどいわなどと口だけで嘆くヴァルカ。

腰まで伸びる豊かな黒髪に垂れ目に夜空のような瞳、厚めの唇に目元と口元の黒子。そして色気のある肉感的な肢体。20代前半から半ば程だろうが、当人のゆったりとした話し方や動きがそれ以上の色気を放っている。ベルテアはジロジロとヴァルカを眺め、評価した。

ヴァルカも自分に匹敵するほどの美人だが、種類は違う。


「……ふふん、私と組むのにはまあ及第点、といったところかしら?」

「何急に……」

「あら……」


急に笑い出したベルテアに、2人は当惑した目線を送った。




ベルテアのパーティ加入の翌日。初めて"依頼"に同行した。


「依頼……?」

「ああ。ギルドや街、市民から出された依頼を受ける。そしてその難易度や緊急度に応じた報酬金が出る。冒険者の主な資金源はその報酬金だよ」


明日は依頼を受けに行くよと声をかけられたベルテアは、首を傾げた。聖職者から冒険者になったばかりーー本人は「今も聖職者ですわよ?」と言うがーーのベルテアには伝わらなかったらしく、リティアが噛み砕いて説明する。


「どういったことをしますの?」

「護衛に採集、調査、それから討伐が主かな」

「と、ととと討伐!?」


ベッドに腰掛けていたベルテアが弾かれたように立ち上がる。驚いたリティアだったが、昨日の彼女の言い分を思い出した。戦闘能力がないらしい彼女にとってモンスターは脅威。そのモンスターに立ち向かうことは彼女には想像もつかない恐怖だろう。


「別にベルテアは戦う必要ないよ。モンスターが出ても私の後ろに立っていたらいい」

「ほ、本当に大丈夫ですの……?」

「……そこまで不安なら、明日は討伐の依頼は避けるよ」


寝間着の袖をきゅうと握り不安がるベルテアにしょうがないなとリティアは折れ、ベルテアは胸を撫で下ろした。


その奥のベッドから先日討伐依頼に文句を言っていたヴァルカの喜ぶ声が届き、ベルテアは一生やりたくないですわと毒づいた。


「きゃぁあ!狼!」

「ふふ、3日ぶりの戦闘ねぇ」


翌日。依頼のために街を出た一行は、森を目指して歩いていた。先頭を揚々と歩くヴァルカの少し後を、リティアとそのローブを掴み怯えるベルテアが続く。リティアは歩きづらそうだ。

そんな中隊列の前から狼が何匹か姿勢を低くして駆けてくる。

ベルテアが悲鳴を上げ、リティアの後ろに隠れる。ヴァルカの笑い声が聞こえたかと思うと、硬いもの同士がぶつかるような音が何度か響いた。

リティアに肩を叩かれたベルテアは、恐る恐るリティアの影から前を覗き見た。


「ひぃっっ!!!死んでますわ!!!!」

「このあたりのモンスターは戦い甲斐がないわねぇ」

「頭だけ潰したんだ。……牙と内臓は無事か……この状態なら売れるな……」


そこには、メイスから血をふるい落とすヴァルカと、その足元に転がる4つの狼の死骸があった。ヴァルカの顔には血が飛び散っており、メイスで容易く狼を殴り殺したことが見て取れる。ベルテアを非情にも置き去りにしたリティアは、死骸の隣にしゃがみ込んだ。小さな杖を振るい、細い水が死骸の傍を駆け回ると、彼女が広げた2つの袋にそれぞれ牙らしいものと、赤黒い物体が入れられた。


「お、お待ちなさい!ヴァルカ、貴方戦士でしたの!?」

「ええ、そうよ。戦うのがとても好きなの」


メイスから血肉を粗方落とし終えたヴァルカは、呑気な笑顔をベルテアに向けた。……確かに、ゆったりとした上着で分かりづらいが全身にしっかりと筋肉がついており、ワンピースのスリットも脚を美しく見せるだけでなく動きやすさに重点を置いたものだとわかる。顔や雰囲気、メイスにばかりに気を取られ気が付かなかったことに、ベルテアはどこか屈辱的な気持ちになっていた。

そして次はリティアに標的を移す。


「リティア、貴方は魔法使いでしたのね?弓は使いませんの?」

「エルフの集落で育ったわけじゃないから、エルフらしさを求めないでほしいんだけど」

「……それは、申し訳ないですわ」


資源を回収し終えたらしいリティアは、満足げに袋をローブの中にしまい込んだ。


「今回は採集の依頼。……とは言っても、森の奥の洞窟まで行かないといけないから頑張って歩いてよ」

「歩くだけなら大丈夫ですわ。……それにしても、洞窟に何がありますの?」

「あそこの洞窟には天然石の鉱床があるんだ。何故か、採っても少し経てば回復していて、定期的に採取する必要があるらしい」

「不思議ですわね……それで、依頼はいつの間に受けましたの?ギルドで紙を見たと思ったら受付の方と話しただけで…依頼人から話は聞きませんの?」


ギルドに入ってから出るまで周りを眺めることしかできなかったベルテアは、2人が何をしていたか把握していない。依頼の内容も今初めて知ったところだった。


「依頼は基本的にあのボードに書いてある。受けたいものを受付に出して、問題なければ受理される」

「問題って…なんですの?」

「例えばランク……ランクはS、A、B、C、Dの5つで、Sが一番上。そのランクで受けられる依頼が変わる」


指折り数え、リティアは冒険者について説明を続けた。


「つまり…BランクはAランクの依頼は受けられないということですの?」

「そう。今回の依頼はBランクだから、問題なく受けられた」

「そもそも、このパーティのランクはいくつですの?B以上なのはわかりますけれど…」

「A級だよ」


ということは、今回の依頼はランクからしたら格下らしい。実力より下の依頼だと安堵するより、不安が出た。


「つまり上から2番目ではなくって!?A級の討伐依頼なんてものもありますの!?」

「冒険者パーティの殆どがBからD級で、A級ですら数が少ないんだ。だからAランクの依頼なんて早々出ないよ」

「そ、そうですの……なら安心ですわね」


A級のパーティは少ない。つまりAランクの依頼が発生すればほぼ確実に呼ばれることになる。そこまで説明すれば絶望のあまり気絶するのではないかと、リティアは一度そこで説明を打ち切った。


ちょうど、洞窟が見えて来た。



「この依頼は採集だけでしたわよね?それなら、ここまで来ればもう戦闘はありませんわね!」


洞窟に入った途端、ふふんと自慢げに歩き始めるベルテア。2人が止める間もなく、ヴァルカの前まで歩み出た。そこで、


「い、嫌ぁぁあ!!!スライムですわ!!!!」


飛び跳ね、恐るべき速さで最後尾のリティアの背中に貼り付いた。リティアが邪魔だとベルテアを引き剥がしている間に、地面に水たまりを残しモンスターは姿を消していた。

ベルテアから解放されたリティアは、洞窟の天井に向けて杖を振るい、小さな光の玉を作り出した。これを照明代わりに暗い洞窟を進むつもりらしい。


「洞窟の中にもモンスターは出るよ」

「言うのが遅いですわ!」

「そんなにすぐ油断するベルテアが悪い」


キャンキャンと喚くベルテアを一蹴し、リティアはヴァルカに続いて歩き出す。ベルテアはまだ文句を言い足りなかったが、置いていかれてはたまらないと慌てて続いた。


「……そうよ!結界魔法がありますわ!」


少し歩いたところで、ベルテアは妙案に声を張り上げた。2人が振り向いたのに、自慢げに提案する。


「わたくしの結界魔法ならモンスターは近寄って来れませんわ!結界を貼れば、安全に…」

「えぇ、嫌よぉ」


効率と安全を約束するが、ヴァルカにおっとりとした声で却下され、瞠目する。


「何故ですの!?魔力消費は大したことありませんし、別に、」

「だって、そうしたら戦えないじゃない」

「んなっ……」


純然たる戦闘への欲求。ベルテアと正反対のそれに、目眩すらしてきた。


「あと、倒したモンスターの体の一部が売れることもある。これも資金源の一つだから」


リティアの補足も耳に入らない。困ったようにヴァルカは首を傾げた。


「……そうだ、ベルテアと私の周りにだけ小さな結界を貼ることはできる?」

「え、えぇ…当然できますわ」


リティアの問いに、ベルテアは正気に戻った。しかし提案を拒絶されたショックで声が普段より弱々しい。


「ヴァルカ、じゃあ採集中好きに戦ってきていいよ」

「でも、2人が危険よぉ……」

「ベルテアの結界で私たちだけを守る。その間ヴァルカは好きに戦う。これなら、依頼の効率もいいしヴァルカも私たちを守らず戦える」


リティアの、互いの利点を簡潔にまとめた提案に、ヴァルカは嬉しそうに頷いた。ベルテアも納得はしきれないまでも了承した。


「では結界を貼りますわよ」

「ああ…私たち1人分を覆う大きさでお願い」


ベルテアは手を握る。シスターらしいその仕草に、落ち着いた表情に、ヴァルカもリティアも静かに見入っていた。


「……これで、完璧ですわ」

「あ、あぁ……何も変わったように見えないけど、貼れているの?」

「街にだって結界は貼られているけれど見えないでしょう?それと一緒ですわ」


なんてことないと答えるベルテアに、リティアは少し周りを見渡した。ヴァルカは不思議そうにリティアの頭を触ったり手を引っ込めたりしている。人間には効果がありませんわよ、とベルテアは呆れて教えてやった。



「ここが鉱床。……ほら、この青いの」

「じゃあ、私は奥まで行ってくるわぁ!」


ふと2人が足を止め、リティアは壁を指さした。確かに青い石がそこから生えているように見える。目的地に到着した途端、声を弾ませたヴァルカはメイスを片手に洞窟の更に奥へ駆けていった。好きにさせるとああなるらしい。


「これ、どうやって採りますの?」

「大体の冒険者はノミとハンマーとかで採るけど……私は魔法」


杖を取り出すと、鉱床に向けて振った。その先から、まるでレーザービームのように何かが鉱床に、壁に向かう。その何かは壁を削り、目的の石のみを残す。暫くし、ベルテアの手のひらほどの大きさの石が壁から地面に転がると、そのビームのようなものは止まった。


「い、今のは何の魔法ですの?」

「水魔法。勢いよく出すと、さっきの狼の骨ぐらいなら簡単に切れるようになるんだ」

「…………貴方、中々えげつないことしてませんこと?」


リティアに言われ、ヴァルカは石を拾う。天井からの光で、深海のような青の中に黄金色の粒が輝いているのが見えた。


「綺麗……」

「藍瑠璃石っていって、魔道具や薬に使われてるんだ。……まだそっちにもあるな」


手のひらの中の石に魅入るベルテアを放置し、リティアは何歩か隣に移動した。

先ほどの魔法で鉱石を取り出し袋にしまうのを何度か繰り返すうちに、洞窟の奥からヴァルカが戻ってきた。メイスを持つのとは反対の手を掲げ、嬉しそうだ。


「見て、ケーブコブラよぉ!潰さず捕まえたわぁ」

「ひぃっっっ!!!」

「それ、もう死んでるんだよね?」

「ちゃんと絞めたから大丈夫よぉ」


おっとりと笑顔でリティアに差し出したのは、彼女の前腕ほどの太さの蛇、それも3匹もであった。原型を残したそれが生きているのか死んでいるのか判別のつかないベルテアは、再度リティアの後ろに隠れた。リティアは冷静に、新たな袋を取り出してヴァルカに渡した。


「こ、この蛇は何で持って帰るんですの……?」

「牙の毒を使ったり、あと酒に漬けたりするらしいよ」

「何でも売るんですわね………」

「そう、売れるものはたくさんある。獣の毛皮に牙、内臓、肉、骨、鉱石に……」


リティアはその言葉に、嬉しそうに売れるものを諳んじ始めた。目利きができるのか、もしかしたらモンスターごとの売れる部位を覚えてすらいそうである。やけに金稼ぎに執心しているらしいリティアに、ベルテアはよかったですわねと適当な返事をした。



洞窟を出て、またモンスターを薙ぎ倒しながら森を抜ける。その頃には、ベルテアはリティアの隣を歩いていた。


「ベルテア、モンスター見ても平気なの?」

「ええ!」


高らかな笑い声をあげ、ベルテアは宣った。


「下賤なモンスターたちはわたくしに辿り着く前にヴァルカが全て倒す……もうわかりましたわ。わたくしは何も恐れなくていいと!」


胸を張り、ふふんと笑うベルテアに、リティアは内心毒付いた。


もう暫く怯えていたらよかったものを……。




危なげもなく街に戻った一行は、ギルドに向かい受付で依頼達成の報告をした。といっても、全てリティアが行い、ヴァルカとベルテアはそれを後ろから見ているだけだ。

天然石を渡して何言か交わすと、次に受付から離れた机に向かう。そこにリティアとヴァルカは外から持ち込んだ"資源"を並べる。少しして現れた、また別のギルド職員がその資源たちを鑑定すると、金属製の札を渡された。リティアは札に開けられた小さな穴に何か紐を通すと、大事そうにローブの中にしまった。


「これは何ですの?」

「依頼人へ依頼の達成状況を確認してもらうのと、鑑定が終わるのに時間がかかるから……後から報酬金をもらうための引換券みたいなもの」

「すぐに貰えたら楽なのだけれど、しょうがないわよねぇ」

「ではこれで、ここでやることは全て終わりですの?」

「……いや。今日はあともう一つ用件がある。少し待ってて」


再度受付に向かったリティアは、手のひらほどのサイズの珠を片手に戻ってきた。真紅の珠に紐が通されたものを、ベルテアに差し出す。


「何ですの?これ」

「アイテムボックス。冒険者はパーティに1つ大型のものを、そしてメンバー1人1人が小型のものを持つものなんだよ」

「アイテムボックス、ですの?」

「決まった大きさ、量までだけれど、色々仕舞えて便利なのよ?」


……そういえば、ヴァルカは洞窟から出てから蛇の袋をどこにしまったのかわからなかった。そしてローブに色々としまっていたリティアも、動きづらそうだったり仕舞ったものでごちゃついている様子がなかった。全てはこれのおかげかと、ベルテアはリティアの手からその珠を受け取った。


「どこかに身に着けて、無くさないように」

「わかりましたわ……紐は変えてもいいですわよね?私の服装に合いませんわ」


ベルテアのわがままに、リティアは呆れながら好きにしなよと返事をした。



ギルドから直接宿に着いた一行。ベルテアが一息ついた瞬間を狙い、リティアはベルテアを机に呼んだ。


「大事な話がある」

「な、なんですのよ……」


リティアは机に何やら紙を2枚広げた。片方には細かく数字が並べられ、もう片方は白紙だ。


「分け前の話だ。……とても、とても肝心な話だ」


いつになく鋭い眼光で睨みつけるリティアに、ベルテアは人生最大の居心地の悪さを感じた。


「まず今回の依頼の報酬金と資源の売値はこれぐらいの見積もり」


リティアは羽ペンでサラサラと紙に数字を書き付ける。……一般的な市民が1週間ほど食べるに困らないほどの金額だ。


「これまで私たち2人の時は、ここから必要経費……パーティの運用費だと思ってくれたらいい。それを大体これぐらい引く」


最初の数字から大体3分の1ほどが引かれた数字が、その下に書き加えられる。


「その残りを分け前にしていたんだけど、ベルテアも今後そのやり方でいい?それだとベルテアの取り分はこれぐらいになるけど」


更にその数字から3等分された値をペンで指し、リティアはじとりとした目線をベルテアに向けた。


「……構いませんけれど、質問よろしくて?」

「ああ」


やけに堅苦しい雰囲気に、ベルテアもつられて堅くなってしまう。


「この運用費は何に使っていますの?」

「宿代にアイテム代。余った分はちゃんとパーティの貯金として銀行に預けてる」


これが出納簿だ、とリティアは白紙の紙とともに机に置いていた紙をベルテアに差し出す。

教会で金銭管理をしたこともあるベルテアであったが、余りに細かい記載にすぐ見るのをやめた。ここまで細かければ、ちょろまかす心配はないだろう。

それにしても。


「毎回これだけ余っているなら、宿はもう少しいい場所が取れるのではなくって?ここ、清掃もなしの素泊まりでしょう?食事ぐらい、」

「高い」

「……えっ」


ベルテアの声を遮る鋭い声に、思わずリティアの顔を見た。


「この条件、この宿がこの街で1番安く泊まれるんだ……いや、確かにもっと安い宿はある。でもそういう宿はベッドが硬かったり虫が出たり汚いんだ……この宿が最適で、1番安い……!!」


鬼気迫る表情で、宿の選定について話し始めるリティア。


「食事は私が作るし清掃もきれいに使えばいらない、しかも清掃なんてそのまま荷物を盗まれることもあるんだ、いらないでしょ」

「も、もういいですわわかりましたわよ!」

「……そう?じゃあ、今後ベルテアの取り分は、必要経費を抜いて3分の1で」


早口で呪詛のように語るリティアは、制止されるとケロリと取り分の合議に戻った。


「でも、いいんですの?わたくしの美しさは確かにそこにあるだけで貢献しているでしょうけれど、ヴァルカが1番働いていますわよね?」

「ああ……ヴァルカの取り分は私が受け取ってる」


先程の丁寧すぎるまでの出納簿と真逆に、突然ちょろまかし宣言をしたリティアに、ベルテアは恐れ慄いた。


「何でですの!?ヴァルカはいいんですの!?」


ソファに座ってのんびりとメイスの手入れを始めていたヴァルカは、合議に全く関心がなかったらしい。ベルテアの張り上げた声に、ようやっとこちらを向いた。


「私は別にいいわよぉ。欲しい物もないし……何かあればリティアに買ってもらうわ」

「でも……」

「それに、リティアが貯金を見て喜んでいる方が、私は嬉しいのよ」


貯金を見て喜ぶ。その言葉に、ベルテアは察した。


このエルフの女は、恐るべき守銭奴であると。


守銭奴は、そんなベルテアの思いに気付くことなく、今回の売値が普段より高いであろうことにホクホク顔で紙をしまい込んだ。




そして、今。何度か依頼も共にこなしーー厳密には自分とリティアの結界を貼る以外は後ろを歩いていただけだーー、生活に慣れ始めたベルテアは、冒険者としての生き方をまあ悪くはないと評価していた。

毎日同じことを繰り返す教会での生活より刺激があり、大した人数しか訪れない教会と比べギルドでは多くの目に触れることができる。そして仲間もまあ自分の隣に立つに相応しい見た目……リティアのフードはできれば外してほしいが。


明日は、パーティに入って初めてのオフの日だ。昨日の任務のあと。ヴァルカのメイスが何だか変だという訴えでメイスがメンテナンスに出され、ベルテアもある程度金も貯まったことだからとオフになった。

私服の1着も持たず教会を追い出されたベルテアは、それならば服を見たいと懇願し、土地勘のない彼女は2人に同行してもらうことになった。

美しさに自負のある彼女は、当然というべきか服や化粧品を見るのも好きだ。明日に備え、入浴後すぐに寝る準備を整えた。

そして、隣のベッドの2人を見やる。


「……ヴァルカ、髪ぐらい自分で梳かしたらどうですの?教会にいた5歳の子供のほうがしっかりしていましたわよ。リティアも甘やかしすぎですわ」


ヴァルカのベッドの上。リティアは風魔法でせっせとヴァルカの髪を乾かし、ブラシで丁寧に梳かしてやっていた。その間ヴァルカは気持ちよさそうに笑っているだけである。


そう、パーティの2人に文句があるとするなら。

ヴァルカはだらしがないし、そしてこの2人の距離感は変だ。幼い子供が親にしてもらうように、リティアの世話を享受しているその姿に、教会育ちのベルテアは違和感を覚えていた。


「放っておいたらヴァルカは髪も濡れたまま寝るし、私がやったほうが速い……だから、いいの」

「いつもありがとうね、リティア」


顔をベルテアの方に向けもせず答えるリティアに、ベルテアからの冷たい評価にも動じず礼を言うヴァルカ。そして、続けて彼女の口から爆弾が投下される。


「ベルテアも気にしてくれてありがとうね。でも、大丈夫よ。リティアも、私のお世話するの、好きだものね?」


自惚れたような発言に、しかしリティアは火がついたように大きい声をあげた。


「はぁ!?ち、違うから!好きじゃない!昔からヴァルカがやらないから、だからやってあげてるだけなんだから!!!」


彼女の髪よりも赤く染まった長い耳に、ベルテアは呆れ返った。

どう考えたって図星で、どっちもどっちらしい。



翌日。

リティアは休みだというのに、昨日分の報酬金を受け取ってくると朝からギルドに向かい、まだ土地勘がないベルテアは宿に残っていた。未だに眠っているヴァルカと共に。

そろそろ日も高くなり始め、子供が外を走り遊ぶ声も聞こえてきた。それでも惰眠を貪るヴァルカに、いい加減にベルテアは不満を抱え始めていた。


「ヴァルカ、そろそろ起きなさいな」

「ぅぅ……」

「唸ってないで起きなさい。そろそろリティアが帰ってくるのではなくって?出かけますわよ?」


ヴァルカの身体を揺すると、眠たげな唸り声だけが返ってくる。麗しい顔から想像もつかない筋肉の硬さにベルテアは僅かに驚きながらも、揺すり声をかけ続ける。


中々目を開かないヴァルカを根気強く起こし続け、なんとか彼女をベッドから降ろすことに成功した頃には、ベルテアはどっと疲れてしまっていた。


「寝起きが悪すぎますわよ……ほら、早く着替えて準備なさい」

「わかったわぁ……おはよう、ベルテア」


寝乱れた寝間着に髪のまま、ふにゃりと笑うヴァルカに心を乱されたベルテアは、ほらこれを着なさい!と勝手にヴァルカの服を取り出して渡した。ヴァルカは素直に受け取ると着替え始める。衣擦れの音に、ベルテアは一応そっぽを向いた。


「全く……なんてだらしないの……」


そう小声で毒づくと、ベルテアは手持ち無沙汰に部屋の片付けを始めた。

出かける前から何故こんなに疲れなければならないのかとため息をつく。

すぐ使わないものをアイテムボックスに整理して入れたところで、ベルテアは再度ヴァルカを見た。すでに着替え終わってはいるが、


「ちょっと!髪ぐらいちゃんと梳かしなさいな!!」

「手でも綺麗になるわよぉ……」

「いいから……ああもう、ブラシを貸して!!」


手で髪を整えてよしとしようとしたヴァルカを止める。不満げなヴァルカを机に座らせると、ベルテアはブラシで髪を梳かし始めた。……髪は長さと量に対して、十分すぎるほどケアがなされている。引っかかりもない滑らかな髪に内心舌を巻き、ベルテアは簡単にヘアアレンジを施してやった。出来上がりをいろんな角度から確認し、満足して頷いた。

……自分を美しくするだけでなく、美しいものを作るのも中々悪くない、むしろいい。そうベルテアは感じていた。

いや、むしろ。美しい自分が美しいヴァルカをより美しくするのは美の神の化身にとっての責務なのでは……?


「……この調子だと、お化粧も自分ではできないのではなくって?もう、しょうがない人。わたくしが全てやってさしあげますわよ〜!」

「いいの?ありがとうね、ベルテア」


勝手に完結して化粧品を取り出し高笑いするベルテアに、ヴァルカは無邪気に礼を言った。



「ただいま……あれ、ヴァルカ起きたの?」


そうリティアが帰ってきたのは、ヴァルカの化粧が終盤という頃だった。

椅子に腰掛けているヴァルカに意外そうにしたリティアは、その姿に目を白黒とさせた。


「な、なに、ちゃんと着替えて……ベルテア、手間をかけさせたね」

「?えぇ、構いませんわ。それより見なさい!できましたわよ!」


最後に頬紅を丁寧に伸ばしたベルテアは、まるで職人が丹念に作った細工を見せるように、ヴァルカの顔をリティアに向けさせた。

ヴァルカの服と合わせた色合い、色気を強調するような化粧は、彼女によく似合う。リティアは僅かの間、息も忘れて魅入っていた。


「……、ヴァルカの世話どころか、化粧までしてくれたんだ」

「ええ!存外楽しいものですわね……今後はわたくしがやって差し上げてもよろしくってよ!」


礼を言おうとしていたリティアの唇が止まる。聞き捨てならない言葉に、ムッと眉を寄せた。


「昨日だらしない甘やかすなって言ってたでしょう?これからも私がやるから、ベルテアは引っ込んでて」

「あら、貴方もヴァルカの世話は好きじゃないと言っていましたわよね?」

「ぅ゛っ、いや、それは……いいから!私がやる!」


売り言葉に買い言葉。ベルテアはリティアの昨日の照れ隠しで煽り、リティアはヘアアレンジを崩さない程度にヴァルカの髪を撫でた。


「この髪だって、私が毎日ケアしてこんなにきれいになってるんだから!」

「でもあのブラシは安物でしょう?ヴァルカの髪質なら、猪毛のもののほうがいいですわ」

「な、っ………買い換えるか……」


2人の言い争いは外に出るまで続き、買い物を終え宿に戻ると2回戦が始まった。間に挟まれるヴァルカはずっと笑顔だ。恐らく、2人が仲良しで嬉しい、程度のことしか考えていないだろう。


「服のセンスはいいですけれど、化粧品は私が今日選んだもののほうが合いますわ!」

「ちょっと、その派手な口紅は下品じゃない!?」

「私のセンスに文句がありますの!?」


ヴァルカを挟んで髪を梳かしてやりながらも応酬を続け、その日はヴァルカが2人に睡眠を促すまで止まなかった。



翌日。3人はギルドで依頼の紙を見ていた。……正確には、紙を見上げているのはリティアのみで、2人はその後方にいたが。


「よお、美人の姉ちゃん!俺らと討伐任務行かねえか?」

「怖がんなよ、ちゃんと守ってやっからよ!」


そこに、男の荒々しい声が投げかけられる。ヴァルカの隣と前を陣取る男たちには周りが見えていないらしい。

その声はあまりに大きく、リティアは不快感にローブの下で顔を歪め、男をどうにかしてやろうと振り向いた。


しかし。


「あ〜ら!!わたくしが美しく整えたヴァルカに声を掛けるなんて、見どころがありますわねぇ!」


男たちを制止したのは、甲高い笑い声だった。自慢げに胸を張るベルテアがヴァルカの隣で男に話しかける。


「ヴァルカの隣に立つには不相応ですけれど、その目は認めますわ!」


意気揚々と隣で喧しく話す奇妙なシスター服の女に気圧されたらしい。男たちは何やら悲鳴を漏らしながら逃げ去っていった。



…………まあ、悪くないか。


リティアは息を吐き、依頼の紙に向き直った。

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