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1.渡りに船?拾ったのは混沌シスター

「これで依頼は達成。じゃあ証拠の耳取って……気持ち悪いし、早くギルドに帰って渡そう」

「あらぁ…もう少し戦いたかったわ…」


森の中、少女のソプラノボイスと落ち着いた女性の声が響く。少女の冷静な提案に、まだ戦闘の高揚が冷めやらぬままの女は残念そうにため息をついた。……オークたちの返り血で、その顔を深紅に染めたまま。


「……服の汚れも落ちにくくなるし、耳取り終わったらすぐきれいにするよ」

「わかったわ。ええと……右耳でよかったわよね?」


自身の状況も気にせずのんびりとナイフを取り出した女は、ゆったりと作業を開始した。少女も指揮棒のような短い杖を振り、見えない風の刃で少し離れた位置からオークの右耳を切り落とす。少女の髪から覗く耳は長く、エルフであることがわかる。


「……討伐依頼って少しつまらないのよね」


いくらか作業が進んだ頃、女がぽつりとつぶやいた。少女は作業を止めないまま、意外そうに女を見た。


「その割に、ヴァルカ楽しそうにやってたよね」

「戦うのは好きよ?…でも、頭は潰すなって言うんですもの」


周囲のオークたちは、全て腹を貫かれて、あるいは潰されて死んでいた。同じ箇所だけを正確に抉られている死骸たちの首から上、右耳のみに初めて傷が刻まれる。


「好きなように戦いたいわ」


ヴァルカと呼ばれた女は、最後の1体の耳を切り終わると、退屈そうに袋に放り込んだ。


「ねえリティア。もし明日も討伐依頼を受けるなら、証拠の提出が要らないものがいいわ」

「あればだけどね…《ウォーターボール》ほら、顔洗って」


ヴァルカの要求をおざなりにあしらった少女、リティアは杖を一振り、彼女の頭よりやや大きい程度の水球を作り出しヴァルカの前に浮き上がらせた。

お礼を言ったヴァルカが顔を直接水球に押し込むと、リティアは呆れを堂々と顔に浮かべた。


「ちょっと、その顔の洗い方やめてって前から言ってるよね…もっと綺麗に洗えないの?」

「だってリティアが綺麗にしてくれるでしょう?」


水球から顔を出したヴァルカの顔からは固まりかけていた血がなくなり、その麗しさを露わにしていた。笑顔でリティアを見つめる彼女を今日も突き放せず、文句を言いながらも水球の水を細かに動かし汚れを取る手伝いをしてやったリティアは、甘えないでと一言だけ返した。


「次は服流すから、ちゃんと自分で擦ってよ」

「わかったわ」

「じゃあいくよ…《コール・レイン》」


本当にわかっているのかいないのか、まるでリティアに抱擁を強請るように両腕を開いた体勢のヴァルカ。意趣返しをしてやろうと、リティアは滝のように激しい勢いで水を降らせてやった。余りの激しさにヴァルカの姿は見えなくなってしまい、リティアの言った通りにできているかもわからない。痛がったり驚いたり、何か文句でも言ってこいとほくそ笑むリティアだった。が、


「ふふ、これで綺麗になったかしら?」


見て頂戴と綺麗な漆黒に戻った服を自慢気に見せてくるヴァルカに、リティアはため息をついた。


A級冒険者パーティ"アセットロック"は、ヴァルカとリティアの女2人のみで構成されている。

メイスを携え、長いワンピースのおっとりした雰囲気の女、ヴァルカ。

そしてフードを深く被っているため素性のわからない、しかし声と背丈から恐らく幼い少女だとされているリティア。

後衛のみのパーティだと思われている2人は、よく新たなメンバーの加入、あるいは他のパーティへの加入を打診されていた。


「ごめんなさい、私達2人で十分なの」


今日も見知らぬ男からパーティに加わってやってもいいと偉そうに告げられたヴァルカは、華やかな笑顔で断った。ヴァルカ目当てだったであろうその男は、あまりにもあっさり、そして間近でその端正な笑みを真っ直ぐに向けられたものだから、ろくな捨て台詞すら発することもできず逃げ去っていった。


「あら…?なんだったのかしら」

「知らない」


深くかぶったフードの下、べえと男に舌を出したリティアは、用も済んだから帰ろうとヴァルカの背を押した。依頼の報告は、ヴァルカが絡まれている内に終わらせてしまっていた。




2人は同じ街に滞在する間、宿を変えることは殆どない。そして、いつも素泊まりかつ泊まっている間部屋の清掃も頼まない。これは2人が知る中で最も安く滞在できるからというだけの理由で、それ以上のこだわりはない。


ここ1週間ほどの滞在で、愛着が沸き始めた宿へ足を進める。


「シ、シスター…?」

「まぁ……」


勝手知ったる宿への帰り道。近道を選択したリティアは、路地裏に足を踏み入れ目に止まった人影に、思わず足を止めた。その人物はシスターが身に着けるベールーーウィンプルを被り、何故かレオタードのように身体をひどく露出するシスター服のような衣服を身に着けていた。そして身体やその衣服は薄汚く汚れている。そんな人物が、路地裏で行き倒れていたのだった。


「息はある…体温が低いし、唇が酷く乾燥してる…水も飲めていないかもしれない」

「連れて帰って、様子を見ましょう」

「そうだね」


互いに頷くと、ヴァルカは体のラインを隠す上着を脱いでその女にかけ、そっと背負った。リティアは看病のために必要なものを買って戻ると声をかけ、足早にその場を去った。



「シスターは?」

「一応大きな外傷はなかったけれど、《ヒール》をかけて体を拭いて、着替えさせたわ」

「そう。これを飲ませてあげて」

「ええ」


紙袋を抱えて宿に戻ったリティアはベッドに寝かせられた女を確認し、状況をヴァルカに問うた。そして魔法で出した水に砂糖と塩を混ぜ、コップに入れる。コップとスプーンをヴァルカに手渡すと、ヴァルカは容易く女の状態を抱き起こし、その唇にスプーンを当て、少量ずつ口内に流し入れた。女は珍妙なシスター服とウィンプルは脱がされ、サイズは合わないが無いよりマシだろうとヴァルカの寝間着を着せられている。部屋の奥でリティアはアイテムボックスから食材を取り出し、食事の用意を進めていた。


「ヴァルカ、シスターの荷物は?」

「服には何も付いていなかったわ」

「わかった。水の次はそっちの…緑のポーションと、青のポーションを飲ませて」

「わかったわぁ」


荷物は盗まれた可能性もあるか、とリティアは考えながら食材を魔法で切り、鍋に入れる。ヴァルカが冒険用のカバンから指定のポーションを何とか探し出し女に飲ませるのを確認する。


「これで体力と魔力が回復すれば…あとは栄養を取らせればいいと思うけど」

「そう…こういうときって、何を作るの?」

「薄めたスープとかかな………ヴァルカ、私が倒れてもいいように、ちゃんと覚えてよ」


今度教えるから、と続けながら、リティアはこれまでの冒険で大した病気をしなかったことに本気で安堵した。ヴァルカなら、焼いた肉をそのまま口に放り込みかねない気がした。


「一応自警団に伝えたけど、この辺りの教会からシスターが失踪したって話はないみたい」

「そう…じゃあ、とても遠くから来たのかしら?」


意識が戻らない女に食事をとらせた後2人も食事をし、寝る用意を整えた。ヴァルカの髪を風魔法で乾かしブラシで丁寧に梳かしてやりながら、リティアは今日の報告をした。心配そうにするヴァルカに、リティアも思案する。

2人のように信仰心の篤くない者もいるが、それでも教会は孤児を育てたり家を亡くした者が救いを、職を求める場所である。よほど悪に染まった者や目先の生活に困った者でなければ、教会に仇なすことはしないのが一般的で、むしろ教会やそこで働く者への犯罪行為は厳しく罰せられる。行方不明のシスターが捜索されていないというなら、よほど遠くから逃げてきたか、もしくは大規模な事態が……。そこまで考えたところで、リティアはヴァルカに呼ばれていることに気が付いた。


「もし彼女が目を覚まして、困っているようなら…よかったら、私たちのパーティに誘ってみるのはどうかしら?」

「……それもあり、かもね」

「2人だと少ないって、みんな心配するものね」


おっとりとしたヴァルカの発言に、それはただヴァルカに近付きたい男共のもっともらしい言い訳だとリティアは呆れる。しかし、このシスターを誘うことにリティアも反対はしなかった。

リティアは世の攻撃魔法の殆どを会得した魔法使いであるが、回復魔法は一切使えない。ヴァルカも、一番簡単な回復魔法と身体能力強化が使える程度であり、魔力も決して多いとは言えない。つまり、どちらかが大きな怪我をした場合やモンスターに襲われた一般人を見つけた場合、ろくに処置ができないのだ。万が一にもヴァルカが酷い傷を負い、自分はそれを見ていることしかできないという事態は避けたかった。シスターなら、それなりに高位の回復魔法を習得している可能性も高い。

そして何より、リティアにとって大事なこと。それはパーティに絶対男を入れないことだ。男女のいざこざでパーティが解散したり、最悪の場合冒険の途中に争い自滅する、などの事例はよく聞く話である。そして、男をパーティに加入させるのには、誰に対しても無防備なヴァルカが心配だった。

また、ギルドの職員や、ヴァルカが言うように他の冒険者にも言われるのが、パーティメンバーが2人で大丈夫なのかという信頼の問題であった。大口の依頼を直接、つまりギルドの仲介金なしで受けられそうだったのに、人数が少なく不安だからと自分たちより下位のB級パーティに掻っ攫われたことは未だに忘れられない屈辱であった。……ヴァルカは気にしていなかったが。


「うん、終わり。そろそろ寝よう」


ヴァルカの豊かな髪からブラシを離す。烏の濡れ羽色のそれはとても触り心地がよく、リティアの日々の努力の結晶であり自慢であった。ブラシをアイテムボックスにしまうと、ヴァルカは嬉しそうに自身の髪を触り、ベッドに座った。


「ありがとう。ふふ、一緒に寝るのは久しぶりね」


そう。元々2人用の部屋に泊まっていた2人の部屋に、1人増えたのだ。ベッドは2つ、女は3人。迷わずヴァルカはリティアと共に眠る選択をした。というより、それ以外の選択肢があると思っていない表情だ。


「……私はソファでいい。」

「もう、リティアだって今日は疲れているでしょう?ちゃんとベッドで眠らないとだめよ」


代わりに自分がソファで寝るとも言い出さないように、ヴァルカは頑固なところがある。完全に一緒に眠ると決めてしまったらしい。リティアが次の文句を言う前にその小さな肢体を抱き上げ、嬉しそうにベッドに沈んだ。愛用するテディベアを抱く少女のような仕草に、文句を言う間もなく。リティアは襲い来る眠気に、目を開けていられなくなった。


翌朝。いつもよりやや遅い時間に目が覚めたリティアは、自身を心地よい体温に縛り付ける拘束から抜け出し、昨日の女の様子を確認した。昨日から全く動いておらず意識も戻っていないらしいことを確認し、再度少量の水を与えた。その後簡単に身支度を整え、まだ眠りの中にいるヴァルカを揺すった。


「ヴァルカ、そろそろ起きて」

「……ぅん、」

「うんじゃない。ヴァルカ」

「ん………ぅう…」


寝起きのあまり良くないヴァルカは、毎朝なかなか目を覚まさない。先に朝食の準備でも始めるかと振り返ったリティアは、目が合ったことに凍り付いた。そう、昨晩拾った女と、目が合ったのだ。


「ここは……?」

「ヴァっ、ヴァルカ!シスターが起きた!あんたも起きて!!」

「ぅえ、おきたの……」


慌てて、先程より大きい声でヴァルカを叩き起こすと、一応呼んでいたのは聞こえていたのか、ゆっくり身体を起こし、シスターの方を向いた。リティアは慌ててローブを羽織り、フードを深く被った。女は、昨日外で見つけた時より顔色はよくなり、唇も瑞々しくなっていた。汚れや珍妙なシスター服、一目で危険とわかる状況で気が付かなかったが、輝く金髪と金色の瞳が特徴的な美しい女だ。…犯罪に巻き込まれて逃げてきた可能性も、リティアは考慮することにした。


「あなた、がたは……」

「私たちは冒険者ギルドに所属する冒険者。あんたが昨日街で倒れていたから、介抱した。」

「そう……ですの…?ありがとうございます、ですわ…」


まだ意識がはっきりしていないのかぼんやりとした話し方の女が上体を起こそうとしたので、リティアはその背に腕を回し何とか介助する。


「ここは…?」

「わたしたちが泊まっている宿よぉ」


ベッドから降りたヴァルカは寝間着のまま、寝癖こそないが寝乱れた髪を揺らし女のベッドの脇に歩いてきた。眠たげな話し方だが、リティアに代わり女の背に手を添えて支えるその姿は力強い。


「リティア、朝ごはんをお願いしてもいいかしら?」

「わかった。」


女のベッドの脇に動かしてある机の上。スプーンを回収し、コップに水を補充しリティアは朝食の準備をせんとアイテムボックスから食材を取り出した。


「えぇと…シスター。食べられないものはない?」

「え、えぇ……特には…」


まだ戸惑ったような、言葉を理解しきれていないような様子だが、受け答えができるだけの元気は取り戻せたらしい。いくらかの野菜と肉を手に、台所に移動した。

野菜と少量の鶏肉を細かく刻んだ、薄味で胃に優しいスープを皿に盛ったリティアは、女の元に運ぶ。ヴァルカがその皿を受け取ろうとしたのを、リティアは制止した。


「……ヴァルカ、これは温かいスープだから、ちゃんと冷まして飲ませてよ」

「さ、流石にそれくらいは大丈夫よぉ…」


疑われるほどの自分の生活力が恥ずかしいのか疑われたことを嘆いているのか、不服そうにしたヴァルカはようやっと皿を受け取り、スプーンでスープを掬った。優しい加減でスプーンの中身に息を吹きかけ、冷ましてやる。


「飲めるかしら?」

「申し訳、ないですわ……」


女が力なく腕を持ち上げ、ヴァルカからスプーンを受け取ろうとするが、ヴァルカの笑顔での「口を開けて?はい、あーん」の声に大人しく唇を開き、その看病を受け入れた。


スープ皿の中身が空になったところで、女の目は眠たげに伏せられた。体力を戻してやるのが先決だと、再度体をベッドに横たえてやれば、少しして女は眠ったらしい。穏やかな寝息が聞こえ始めた。


「……とりあえず、病気とかではなさそうだし、よかったわねぇ」

「そうなると、何で行き倒れてたのかがわからない。病気なら追い出された可能性もあったけど…」


教会が病気のシスターを捨てることがあるとは思えなかったが、考えられるのはそのぐらいだったのだ。そして、シスターは特に人に怯える様子でもなく、人間に襲われて逃げてきたという様子でもなかった。こうなっては本人に聞くしかわからないと、リティアは思考を打ち切った。



女は数時間したら目を覚まし、水と食事を与えると再度眠った。これを何度か繰り返し、翌日には食事内容も普段リティア達がするものと遜色ないものになった。自力で起きられるようになった女は、ついに意識も覚醒したらしい。よく通る高笑いに、2人は目を見開いた。


「ありがとうございましたわ!お陰様でわたくし復活ですの!」


ハキハキとした高い声は、2人がこれまで聞いていた細く大人しい声とは同一人物のものとは思えなかった。シスター然とした病人の姿はそこにはなく、自信過剰そうな女の姿があった。


「わたくし、ベルテアと申しますわ!美の神の化身たるわたくしを救うなんて…お2人にはきっと神の加護がありますわよ!」


礼を言っているのか、威張っているのか判別のつかない、つけさせる気もない声に、2人は顔を見合わせた。


「えぇと、元気になってよかったわぁ。私はヴァルカ、こちらはリティアよ。」


おっとりとした声で切り出すヴァルカに、ベッドからついに降りたベルテアと名乗る女は、ずずいと顔を近付ける。


「貴方……中々に美しい顔をしていますわね。」

「あら、ありがとう…?」

「まあ、わたくしには劣りますけど!やはりわたくしが一番美しいですわ!」


じっとヴァルカの顔を見つめていたかと思いきや、口を手で覆い高笑いを始めたベルテアに、リティアは青筋を立てた。


「……それで、あんたはなんで倒れてたわけ?」

「それより、わたくしの服はどこですの?」


この服もいいけれどわたくしの魅力を引き出すには、などぐだぐだと宣うベルテアに、リティアの怒りのボルテージは上がる。念のため洗って置いておいたあの改造シスター服とウィンプルを渡してやると、ベルテアは顔を輝かせいそいそと着替えた。……美しい顔に服の珍妙さが勝り、"美しい女"から"喧しい変な女"にジョブチェンジしたベルテアは、ふふんと自慢気に笑ったあと話し始めた。



わたくし、隣の街でシスターをしていましたの。ええ、元は"神"を信仰する、敬虔なシスターだったと思いますわ。

え…?元って何、ですって?

ふふん、わたくし、ある時天啓を受けたのですわ。

わたくし、こんなに美しいんですもの。わたくしが、わたくしこそが美の神に違いありませんわ!

だから、わたくしはこれまでの偽りの"神"を捨てて、わたくしを信仰するようにしましたの!

街の方にも神父さまにもこの教えを説きましたし、やっぱり、皆さまわたくしの美しい身体をもっと見たいと思うでしょう?ですから、わたくしあの服を作り替えましたの!……ええ、この服ですわ。美しいわたくしの身体がよく見えて、素晴らしいでしょう?

………ですがあの神父。わたくしの行動を、"神"を愚弄する行いだと言いましたのよ。

勿論、わたくしはちゃんと正しいことを教えて差し上げましたわ。わたくしこそが"美の神"、"神の化身"ですわって。

……ちゃんと教えて差し上げましたのに。あの神父ったら、わたくしを教会から、街から追放すると言い出したのですわ!!!酷いと思いませんこと!?

貴方たちも、冒険者ならよくご存知でしょう?街の外にはモンスターがたくさんいますの…わたくしの身体に、万に一つもモンスターが触れたら、傷がついたらどうしますの!?世界の損失ですわよ!?ですから、何とかモンスターから逃げて…このわたくしが隠れることは、まるで陽が射さない日のようだったでしょうけれど、しょうがなかったですわ。そうして、何とかこの街に辿り着きましたの。

ですけれど……教会から出されてから一度も、水も食べ物もなく……気が付いたら、貴方がたに助けられていたのですわ。



長々と、まるで宗教演説のように経緯を語りきったベルテア。彼女の顔は、賛美の声、あるいは慰めの言葉を持つように自慢げな笑顔であった。

しかし、ぽかんとするヴァルカの隣。賢明にも途中から口を挟むのを止めたリティアは、内心一言だけ呟いた。


自業自得だろう……………。


この奇妙な女を助けた、もとい関わったことに、リティアは心底後悔していた。近道なんてするもんじゃない。あの道はもう一生通ってやるものか。そう決意した。

シスターもどきの演説開始からずっと静かにしていたヴァルカは、いくらかの時間を置き我に返ったらしい。何度か小さな声で唸ったあと。彼女なりの結論が出たらしい。困ったような顔で、口を開いた。


「えぇと…ベルテアは行くところがないのかしら?」

「そうですわねぇ…ああ、この街の教会でわたくしの美しさを知らしめるのもいいですわね」

「また行き倒れたいの?」


リティアの当然の疑問の声は届かなかったらしい。ヴァルカに教会の場所を聞くベルテアに、ヴァルカは返答に困り眉を下げた。


「え、えぇと…そう、そうねぇ…教会では貴方の目的を果たすのは難しいかもしれないわねぇ…」


ふにゃふにゃと曖昧な言葉を返したヴァルカ。その言葉をベルテアは即座に否定するかと思いきや、意外にも彼女はその意見を受け止めた。


「まぁ…そうかも、しれません……わね……ええ、確かにそうですわ、"神"を崇める方々が、すぐにわたくしという美の化身に気付かない可能性は十二分にありますわ!」


ヴァルカの考えとはずれていたが、これで教会に向かったベルテアが再度行き倒れる未来は阻止できた。2人は胸を撫で下ろした。ベルテアの言葉を聞くまでは。


「わたくし……冒険者になりますわ!」

「え」


2人の声が重なる。思考も身体も驚きのあまり固まった2人は、大人しくベルテアの決意を聞く羽目になった。


「貴方がた、冒険者でしたわよね?喜びなさいな、わたくしがパーティに加わって差し上げますわ!」


絶対に嫌だ。そう反射的に返しそうになったリティアを、ヴァルカはそっと制止した。屈み、リティアの耳元に囁きかける。


「断ったら…、またどこかで行き倒れちゃうんじゃないかしら……」

「でもこんな女、パーティに入れたら何が起きるかわからないよ?」

「うぅん……じゃあ、回復魔法がどれだけ使えるかで決めるのはどうかしら…?」


ヴァルカの提案を渋々承諾したリティアは祈った。珍しく。目の前の女が否定する神とやらに。

どうか、魔法を使えない女であれ!!!と。

しかし、現実は無情である。

ヴァルカの問いかけに、ベルテアは平然と答えた。


「回復魔法なら、勿論最上位まで使えますわよ。魔法なら、結界魔法と身体能力強化、それから身体能力弱体化も」


そして今朝から薄々気付いてはいたが、ベルテアの身体を巡る魔力量はかなりのものだ。自分に勝るとも劣らないその魔力に、リティアはヴァルカを説得する術を失った。


その日、ギルドの受付にある書類が提出された。

A級パーティ、アセットロックのメンバー更新の書類であった。

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