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さまざまな短編集

なんでも修理屋、ただしモノに限る

作者: 仲村千夏

 ルーデン通りの外れ、雑多な店が立ち並ぶ一角に、その修理屋はある。


「モノなら直します」

 そう書かれた木の看板がかかっているだけの、目立たない店。


 店主の名はガレト。

 年齢は三十半ば。寡黙で、器用で、ただ黙々と物を直すだけの男。


 魔法も剣も使えない。ただ手と工具だけが、彼のすべてだ。



「この…オルゴール、直せますか?」


 少女が抱えてきたのは、掌サイズの古びた箱だった。

 木の表面は擦れていて、金属の装飾は変色している。


 ガレトは無言で手を差し出し、受け取ると静かに机に置いた。


 蓋を開ける。歯車はかみ合っていない。ぜんまいは緩んでおり、音色を奏でる金属の櫛も数本が欠けていた。


「壊したわけじゃないんです」

 少女は、少しだけ目を伏せて言った。

「おばあちゃんの形見なんです。ずっと鳴らなかったけど、なんとかしたくて…」


 ガレトは黙って頷き、棚から部品箱を取り出す。

 金属細工の工具。削り道具。古い櫛板のストック。


「直るの?」少女が問う。


「直る」

 短く返す。すぐに手を動かし始めた。



 ガレトがこの仕事を始めて十年になる。

 剣の刃こぼれ、椅子の脚、窓枠、鐘、時計、秤……

 モノならなんでも、可能な限り修理した。


 街の人々は「変わり者」だと噂したが、依頼は途切れなかった。

 人はモノと共に生き、そして壊れたとき、どうしても“捨てられない”何かがある。



 オルゴールの分解は難航した。

 精密な作りのせいで、部品の加工に一晩かかった。


 櫛の歯は合金から削り出し、金属部の調律は火とヤスリで調整。

 ガレトは一度も表情を変えず、ただ“音”を信じて手を動かし続けた。


 そして翌朝、少女が再び来たとき。


「鳴らしてみろ」


 ガレトが手渡したオルゴールは、見た目こそ古いままだが、内部は見事に調整されていた。


 少女は、そっと蓋を開けた。


 カチ、カチ、カラララ……


 オルゴールは、ゆっくりと小さな音を奏で始めた。


 それは、少女が小さい頃に何度も聞いた子守唄の旋律だった。

 思わず、少女の目から涙がこぼれる。


「…ありがとう」


「また壊れたら、持ってこい」


 ガレトはそう言って、次の依頼品である「傘の骨」を手に取り始めた。


 少女は深く頭を下げて店を出た。


 通りには今日も、変わらない雑踏が広がっていた。



 ガレトは、今日もモノを直す。


 直すのはモノだけ。

 だけど、その向こうにある思い出や時間まで、ほんの少しだけ、直してしまうことがある。


 そうとは口に出さず、工具を手に、ただ黙々と。

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