表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

さまざまな短編集

なんでも修理屋、ただしモノに限る

作者: 仲村千夏
掲載日:2025/07/10

 ルーデン通りの外れ、雑多な店が立ち並ぶ一角に、その修理屋はある。


「モノなら直します」

 そう書かれた木の看板がかかっているだけの、目立たない店。


 店主の名はガレト。

 年齢は三十半ば。寡黙で、器用で、ただ黙々と物を直すだけの男。


 魔法も剣も使えない。ただ手と工具だけが、彼のすべてだ。



「この…オルゴール、直せますか?」


 少女が抱えてきたのは、掌サイズの古びた箱だった。

 木の表面は擦れていて、金属の装飾は変色している。


 ガレトは無言で手を差し出し、受け取ると静かに机に置いた。


 蓋を開ける。歯車はかみ合っていない。ぜんまいは緩んでおり、音色を奏でる金属の櫛も数本が欠けていた。


「壊したわけじゃないんです」

 少女は、少しだけ目を伏せて言った。

「おばあちゃんの形見なんです。ずっと鳴らなかったけど、なんとかしたくて…」


 ガレトは黙って頷き、棚から部品箱を取り出す。

 金属細工の工具。削り道具。古い櫛板のストック。


「直るの?」少女が問う。


「直る」

 短く返す。すぐに手を動かし始めた。



 ガレトがこの仕事を始めて十年になる。

 剣の刃こぼれ、椅子の脚、窓枠、鐘、時計、秤……

 モノならなんでも、可能な限り修理した。


 街の人々は「変わり者」だと噂したが、依頼は途切れなかった。

 人はモノと共に生き、そして壊れたとき、どうしても“捨てられない”何かがある。



 オルゴールの分解は難航した。

 精密な作りのせいで、部品の加工に一晩かかった。


 櫛の歯は合金から削り出し、金属部の調律は火とヤスリで調整。

 ガレトは一度も表情を変えず、ただ“音”を信じて手を動かし続けた。


 そして翌朝、少女が再び来たとき。


「鳴らしてみろ」


 ガレトが手渡したオルゴールは、見た目こそ古いままだが、内部は見事に調整されていた。


 少女は、そっと蓋を開けた。


 カチ、カチ、カラララ……


 オルゴールは、ゆっくりと小さな音を奏で始めた。


 それは、少女が小さい頃に何度も聞いた子守唄の旋律だった。

 思わず、少女の目から涙がこぼれる。


「…ありがとう」


「また壊れたら、持ってこい」


 ガレトはそう言って、次の依頼品である「傘の骨」を手に取り始めた。


 少女は深く頭を下げて店を出た。


 通りには今日も、変わらない雑踏が広がっていた。



 ガレトは、今日もモノを直す。


 直すのはモノだけ。

 だけど、その向こうにある思い出や時間まで、ほんの少しだけ、直してしまうことがある。


 そうとは口に出さず、工具を手に、ただ黙々と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ