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6枚目 古城での夜

 結局、アンシアがアグルを処断するようなことはなかった。


 彼女は何か言いたげな様子ではあったがそれを口にすることはせず、さらには夕方ということもあってか古城に泊まるよう提案をしてきた。


 確かに、夜の森というのは魔術結界の有無も関係なく危険なもの。

 特に何か急ぐ理由もなかったので、アグルはアンシアの提案に乗ることにした。


「……なんだかんだで、大変な一日だったな」


 夜の河畔が静寂に満ちる頃。

 クライと共にした夕食を終えたアグルは案内された客室のベッドに座って、一日を思い返すような長いため息をついた。


 客室と言っても小さなベッドと机だけの殺風景な小さな部屋だ。

 本来はアンシアのような使用人が使うための部屋なのだが、アグルの希望でこちらにしてもらったのである。


 ……そりゃ、クライの奴と同じくらいの部屋じゃ落ち着かない。


 昔から各地を転々と旅していたので、どこの町にもある安宿のようなこの部屋が落ち着くのだ。

 まあ、安宿のベッドはここまで柔らかくはなかったし、隙間風で眠れなくなるなんてこともあってこの部屋とは大違いだったが。


 それに、昔は一人用の狭いベッドを仲間と共に使ったりも――


 ……昔のことは、もう関係ないだろ。


 頭を振って思考を打ち切る。

 今はそんな過去など関係ない。


「それにしても、なんだったんだろうな」


 思考を切りかえるようにして思い返したのは、クライの侍女アンシアのことだ。


 クライがスカートをたくし上げていた姿を見られた時は死も覚悟したのだが、幸か不幸か殺されることはなかった。

 逆に感謝までされてしまった。


 最初は害虫でも見つめるかのような目つきもアリを見るくらいに柔らかく――いや、それは変わらなかったが。


 それはともかくとして、どうしてクライがパンツを履いた程度であそこまでの反応をしたのだろうか。


 アンシアの反応は間違いなく過剰であるし、何か事情があるというのは明白である。


 考えられる可能性は――


「……いいや、オレには関係ないな」


 彼女たちにどんな事情があろうとも、アグルには無関係のことだ。


 クライの依頼はこれで完遂した。

 後は夜が明けて報酬を受け取ってお別れである。


 彼女たちの事情を知るつもりも、踏み込んで厄介事を請け負うつもりもさらさらない。


 思考の時間は終わりだ。

 アグルはベッドから立ち上がって灰色のコートを羽織る。


「寝る前に、手入れをしておかないとな」


 わざとわしい呟きと共に、アグルは荷物を持って部屋を出た。



◇――――――◇



 アグルが部屋を出たのと同じころ。


 クライは自室で食後の紅茶を楽しんでいた。


 窓際に設置したティーテーブルに座り、開けた窓から外を眺める。

 ここからは月光に照らされた河畔が一望でき、夜風がクライの銀色の髪を揺らした。


「それにしても、安心しました」


 ティーカップをテーブルへ置くと、そばに控えていたアンシアが歩み寄ってきた。


「……安心?」

「はい。あの男がどんな手管を使ったのかは後で問いただす予定ですが、アレのおかげでお嬢様がパンツをお召しになりました。これで、衣服に組み込まれた術式も効果を十全に発揮することができます。きっと、昔のように外へだって――」

「でも、どうせ治らない」

「それは……」


 アンシアが何かを言いかけて、やめる。


 彼女との付き合いは長く、今年で七年ほどになる。

 それゆえに、ここで何を告げても気休めにすらならないのはアンシアだって分かっているのだ。


 何度となく繰り返してきた静寂が二人を包んだ。


 目を落とせば紅茶の残ったカップがあり、ひゅうと窓から吹き込んできた夜風がその水面を揺らす。

 そこでようやくアンシアが再び口を開いた。


「……今日は冷えますね。そろそろお風呂にしましょうか」


 話を打ち切ろうとする高い声での提案。


 別に意図しての言葉ではないだろう。

 紅茶の後は入浴、それから就寝するのがクライの日課である。


「…………ッ」

「……お嬢様?」


 しかし、今日は事情が違った。


 自分のスカートを抑えるクライ。

 思い返したのはアグルの言葉だ。


『オレが描いたのはあくまでも本物に限りなく近いだけの絵だ。よく見れば気付く奴もいるだろうし、多少は大丈夫だが風呂に入ったり洗ったりなんかしたら当然溶ける』


 浴場にはクライの身体を洗うためにアンシアも一緒に入る。

 当然、お互い服を脱いで入ることになるのだが、残念ながらクライのパンツはアグルの描いた偽物だ。


 絵を脱ぐことはできないし、洗ってしまえばクライのパンツは綺麗さっぱり消えてしまう。


 瞳を泳がせながら、クライは必至に言葉を手繰る。


「きょ、今日は入らなくて――」

「いけません。乙女は清潔に、毎日のお風呂が普通なのです」


 しかし、当のアンシアは主の動揺に気付いた様子もなく、クライを逃がさないとばかりに彼女の肩へ手を乗せる。


「さあ、一緒に気持ち良くなりましょう!」


 こうなってしまえば無駄な抵抗は無意味だ。


 クライは抵抗を諦め、大人しくアンシアと共に浴場へと向かった。


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