5枚目 依頼達成?
……そうして、現在にいたるというわけだ。
儚い少女だとは思ったが、まさか穿かない少女でもあったとは思いもしなかった。
なんたる表裏一体……とんでもなく間抜けな字面ではあるが、侮ることはできない。
ここは魔女衆の根城、数多の魔術がはびこる魔窟である。
一見なんでもないものの裏に凶悪な魔術が隠されているかもしれない以上、油断はできない。
『少女の身体にパンツの絵を描く』
それにどんな意図があるのかは分からないが、アグルは警戒しつつ作業を進めた。
開始から数十分、なんとか前部分は終わった。
続けてアグルは少女の足を肩幅ほどに開かせ、足の付け根からお尻にかけての部分へと筆を伸ばしていく。筆先が柔肌を撫でる度にクライの身体がこそばゆそうに揺れるが、そこは何とか我慢してもらう。
静寂に包まれた広い室内。
アグルは黙々と作業を続けていく。
依頼内容には最初こそ驚いたが、やることは裸婦画のようなものだ。
経験がないわけではないし、作業に集中すれば目の前にある少女の秘部など何の感慨もなくなる。
……なんたって、この依頼は報酬がいいからな。
金払いがいいからやる。
そんな結論を付けて、アグルは作業を続けた。
「おい、足を閉じるな。汗で絵具がにじむ」
「……生理現象。むずむずする。描くのが長い」
「我慢しろ。第一、本物みたいなパンツを描けと言ったのはお前だ。勝手に動かれると失敗する。もう少しだからじっとしていてくれ」
内股になる少女の足を開かせ、アグルはその間に潜り込む。
最後の仕上げ。
足と足のちょうど間――アグルがそこへ筆をなぞらせた瞬間、ビクンとクライの身体が震えた。
「ぁ……んッ、そこ……」
「だから動かないでくれ。この筆がお前の初体験になるぞ」
「……アグルは、パンツがない方が好み」
なぜ確信を持ったような口調で言うのか。
「大人をからかうな。オレの好みは年上だ」
「わたしも、もうすぐ、大人」
「ああ。もう少し成長したらな」
などと話しているうちに、アグルは最後の一筆を描き終えた。
「よし、完成だ」
パレットと筆を置いて立ち上がる。
「……アグル、手慣れてる?」
「世の中にはパンツを穿かない奴もいる。……描けと言われたのはお前が初めてだが」
赤くなった顔のままきょとんとするクライから一歩下がって、アグルは凝り固まった身体を伸ばしつつ、近くにある姿見を顎で指した。
「乾くまではもう少し時間がかかるが……注文通りの出来になっているはずだ」
ドレッサーの横に置かれた姿見。その正面に立ったクライの全身が鏡に映り、彼女がたくし上げたスカートの下には――見事なレース調の黒いパンツがあった。
「すごい……パンツがあるのに、スースーする」
「そりゃあ絵だからな」
「このパンツがアグルの趣味?」
「違う。記憶にあった柄を再現しただけだ」
「……こーふん、する?」
「しない」
淡泊に答えるアグル。
女のプライドでも傷ついたのかクライの頬が膨らむが、アグルは意図的に無視してから道具の片づけを始めた。
「……とにかく。忠告しておくが、オレが描いたのはあくまでも本物に限りなく近いだけの絵だ。よく見れば気付く奴もいるだろうし、多少は大丈夫だが風呂に入ったり洗ったりなんかしたら当然溶ける。くれぐれも外や――」
「大丈夫。どうせ外には出られない」
……出られない?
どういうことだろうか。
アグルが首を傾げようとした矢先、クライは平然とした様子で彼から視線を外し――
「きて、アンシア」
「なッ……おい!?」
あろうことか、外に待機しているアンシアを呼んだのだ。
今のクライはスカートをたくし上げたまま、アグルの描いたパンツをさらけ出している状態だ。
こんな所をあの侍女に見られようものなら……どうなるかは想像するまでもない。
慌ててクライへ怒鳴った。
「すぐにスカートを下ろせッ!」
「……? このままでいろと言ったのはアグル」
「そうだけど! このままじゃ――」
しかし、それはすでに手遅れであった。
アグルの背後で「失礼します」という言葉と共に扉が開き、
「いかがなされましたか、お嬢さ……ま」
中へ入ってきたアンシアが、目を見開いて固まった。
……ああ、これは終わったか。
部屋の温度が急激に下がって行くのをアグルは肌で感じた。
筆やパレットは鞄に仕舞い終えていたが、肝心のクライはスカートをたくし上げて下半身を晒したまま。
……誰がどう見ても、アグルが少女にパンツを見せるよう強要した変態にしか見えなかった。
サーっと血の気が引いていくアグルの脳裏で、アンシアの言葉が反芻される。
『手を出せば磨り潰しますので』
『ナニを、です。分かりましたね?』
いけない。
色々な意味で、それだけはいけない。
とっさに自身の股間を守るように身構えたアグル。
なんとか――せめてこれがクライから要求したことであると――誤解を解くために声を上げる。
「ま、待ってくれ! これには事情が――」
「お嬢様ッ!」
アンシアの声がアグルの弁解を遮った。
彼女は顔を青くしたアグルになど目もくれず一目散にクライへ駆け寄り、スカートの裾をつまんだままのクライへと――
「ようやく……ようやくッ、パンツをお召しになられたのですね!?」
「…………は?」
理解不能の一言を、口にしたのだった。