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4枚目 魔女クライ

 魔術。


 時に呪術、魔女術、錬金術などと呼ばれる、一般的には「オカルト」「魔女狩りの原因となった虚偽」とされるものだ。


 もちろんそれは現代での話であり、科学が台頭する以前の時代では一部の有力者などを筆頭に研究、発展を続けたれっきとした「技術」である。


 例えばアンシアの言っていた森の結界だ。


 あれは森の木々や道に認識阻害などの魔術を仕込むことで古城を森の外から見えなくなるようにしている。細部こそ異なれど、魔術と言う技術は一概に何かを()()事で望む現象を引き出すのだ。


 その対象は、木や石や、人間や――果ては世界そのものまで。


 世界的な宗教であるアネイヤ教で語られる聖典によれば、世界を創造し、それを司るとされる《創世樹ユグドラシア》。

 そこから『正当でない』手段で現象を引き出すことから、魔の技術――魔術と呼ばれるようになったのだそうだ。


 逆に正しい手順で現象を引き起こすことを科学と呼ぶのだが、それはまた別の話。


 とにもかくにも、魔術を扱う者どもの根城というのは当然ただの住処で終わるはずがなく、だいたいがだいたいが各々の研究所――魔術巧房も兼ねている場所となる。


 そうなれば当然、研究資料の隠蔽や自衛などのために魔術を数多く備えているのが常になる。だからこそアンシアは、遠まわしにこう告げたのだ。


『下手に動くと死にますよ』


 アグルだって命は欲しい。

 どんな罠が張り巡らされているか分からない場所を探索するような趣味もないので、大人しくアンシアの後ろを歩くことにした。


 アンシアに先導されて、外とは打って変わって豪奢な城内を歩くことしばらく。


「こちらです」


 二人はある扉の前で立ち止まった。


 装飾の施された扉だ。

 物珍しく眺めるアグルの前でアンシアが扉を叩く。


「……お嬢様。先ほどの不審――男を連れてきました」

「おい」


 アグルの抗議は軽く流され、アンシアが扉を開けた。


 扉の向こうもまたきらびやかな部屋だった。

 シャンデリアで照らされた広い空間に天蓋付のベッドや応接用であろうソファ、他にはドレッサーや姿見などが点在している。


 まるで貴族の令嬢か一国の姫が使う部屋だ。

 魔女という印象からは限りなく遠い。


 しかし、相手は魔女である。

 驚きこそすれ、油断はしない。


 件の主は、窓際のティーテーブルに佇んでいた。


 アグルに続けて部屋に入ったアンシアが扉を閉める音に反応したのか、彼女がようやくこちらへと振り返る。


「――――……」


 ……なんて、美しい少女だろう。


 そして――なんて、儚い少女だろうか。


 月光を秘めたような白銀の髪に、宝石のような紅い瞳。

 美術品のように整った顔には感情の色がなく、漆黒のドレスに身を包んで佇むさまはまるで人形のよう。

 身長も一四〇を超えたくらいか、瞬きをしていなければ本当に人形だと見間違えていたほどだった。


 少女がちらりとアンシアを見て、その小さな口を開く。


「ありがとう、アンシア」

「……いえ。それでは紅茶の用意を――」

「必要ない」


 ふるふると白銀の髪を揺らして少女が首を振る。


「彼と二人きりで話がしたい。アンシアは外に出ていてほしい」

「なッ……!? で、出来かねます! こんな男と一緒ではお嬢様の身に――」


 じっと少女が自らの侍女を見据える。


 わずかな沈黙。

 折れたのは侍女の方だった。


「……かしこまりました。外に待機していますので、何かあれば叫んでください」

「分かった。わたしが呼んだ時だけ中に入って来て」


 嘆息と共に頷いたアンシアに淡々と少女は言う。

 それにアンシアがもう一度嘆息を漏らしてから一礼し、そっと近くのアグルに耳打ちした。


「……分かってますね? 手を出せばすりつぶしますので」

「何をだ。だいたい手を出すなんて――」

「ナニを、です。分かりましたね?」


 ……冗談を言う声色ではなかった。


 こくこくと頷くアグル。

 なおもアンシアは不安そうな顔を浮かべていたが、主の命令には逆らえないのか大人しく部屋から出ていった。


 バタン、とアグルの背後で扉が閉じる。


「…………」

「…………」


 ……二人きり、となった。


 無論、手を出すなんてつもりはさらさらない。

 この少女は確かに美しいが、見てくれからして一九のアグルから五つ以上は年下であろう。


 アグルの好みは年上だ。

 例え少女の方から言い寄られようとも、アグルは誘惑に耐えきれる自信がある。


 ――いや違う。

 そんなことはどうでもいい。


 まずは依頼内容――具体的に何を描けばいいのかを訊かなければ。


 だが、アグルがそれを問いかけるよりも先に少女の方が動いた。

 少女が立ち上がり、とことことアグルの方へ歩いてくる。


 慌ててアグルは佇まいを直した。


「……あー、お初にお目にかかります。自分は――」

「敬語はいらない。騙し絵描き(ダミーメイカー)、待ってた」

「――アグル・バレンダだ。依頼を出したのはお前か?」

「そう。クライ」

「くらい?」

「名前。クライ・レヴィアテイル」

「あ、ああ。そういうことか」


 いったい何を言い出すのかと思えば自己紹介であった。


 アグルの目の前に立ち止まって、こちらを見上げてくる少女――クライ。

 頭一つ以上は小さい位置から見上げてくる紅い瞳が引きつったアグルの顔を映した。


 ……綺麗な瞳だ。

 しかし、どこか空虚な危うい色が見える。


 まるで、全てを諦めているかのような――


 慌ててアグルは頭を振った。

 思わず見とれてしまったが、相手は魔女だ。その隙になんらかの魔術を仕掛けられてもおかしくはない。


 話を変えようとアグルは問いかける。


「それで、オレはいったい何を描けば……」

「しゃがんで」

「は?」

「そこにしゃがんでほしい」

「……こうか?」


 言われるままにアグルはその場にしゃがみ込む。

 立ったままのクライよりも視線が低くなり、今度はアグルが少女を見上げる形になった。


 アグルを見下ろしてこくりと満足げに頷いたクライは、続けてドレスの裾をつまみ上げ――



「描いて欲しいのは――ここ」



 おもむろに、自らのスカートをたくし上げた。

「な…………ッ!?」


 ドレスのスカートをたくし上げ、見せつけてくるように近付くクライ。


 彼女の突然の行動に唖然とするアグルだが、目の前に現れた少女の下半身を見てさらに驚いた。

 そこにあるべきはずのものがない。


 ……ありていに言おう。


 クライはパンツを履いていなかったのだ。


 驚きと混乱の窮地に立つアグルに対し、クライは恥じる様子もなく淡々と告げた。


「わたしに、パンツを描いてほしい」


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