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25枚目 『本当』の目的

『元教会騎士』であるアグルに、目的というものはない。


『騙し絵描き』としてのアグルに、目標というものはない。


 目的も目標も持たずに、ただあてのない旅を延々と続ける。


 それこそが――『復讐者』となったアグルが描き上げた『嘘』であった。


「……この、先か」


 深夜。

 従者もほとんどが床に就き、静まり返ったグラトニル城。


 まるで城そのものが眠りについたかのような静寂に包まれ、夜の暗闇に溶け込んでいた。


 しかし、そこに刻まれた防衛用の魔術は健在である。


 監視、幻惑、警戒、守護――ひとたび部屋を出れば様々な魔術がアグルを監視し、不審な行動をとればたちまち守衛やアンシアあたりの戦闘員が飛び出てくることだろう。


 ――アグルがそれら全ての術式を『騙して』いなければ、だが。


「日ごろから迷い続けた賜物、と言ったところだな……」


 窓から差し込む月明かりだけが高原となった廊下を進みながらアグルは呟く。


 その足取りに、今までのような迷いはない。

 

 当然だ。

 古城で迷子になっていたのは全て演技で、この程度の魔術なら《黒の虚偽(ダミーメイカー)》で簡単に誤魔化しがきくのだ。


 例え物理的に古城の構造が変わっていようとも、アグルが迷うことはあり得なかった。


 無論、この程度のことなど魔女衆側も知った上で泳がしていたはず。

 初日に遭遇したヘイグリッドの態度を見るに、よほど隠し場所に自身があるらしい。


 ……どれだけ探そうと見つけ出せるはずがない、なんて思ってたんだろう。


 ……実際、その通りだったから腹立たしいんだが。


 だが、それでも見つかった。


 見つけることが、できた。


 ならば、もう……アグルに引き返すという選択はない。


 教会騎士を辞め、旅の騙し絵描きとして旅に出てから七年。

 目的も宛てもない旅もようやくここで終わる。


 止まったままのアグルの時が、ようやく動き出す。


 ……ラトレイナの奴には、何か別の思惑があったようだが。


 激情に駆られたアグルを止め、旅に追いやったのは彼女だ。

 今回の「疑惑」のように魔女衆へ付け入る隙を探るための時間稼ぎが目的であったが、おそらく『気持ちの区切りをつけてほしい』という思惑もあったのだろう。


 しかし、その程度でアグルは止まらない。


 世界を旅した程度で区切りをつけられたのなら、最初から動かなかった。


 胸の奥底からふつふつとわき上がる感情を消してくれる者は、もうどこにもいない。


 この激情を前に、誰であろうとアグルは止まらない。止められない。


 だから、アグルの目に映るのは――


 仄暗い闇の先に見えるモノだけであった。


「……ここだな」


 一度も迷うことなくアグルが辿りついたのは、廊下の一角だった。


 周囲の照明はすでに消されており、近くには目立った扉もない。

 魔術的にも目立った細工などが見当たらず、何の変哲もない廊下の一角としか考えていなかった場所だ。


 アグルは壁に歩み寄り、明かりの消えた照明の近くに触れる。


 ガコン。


 アグルが触れた壁の石材が一つ押し込まれ、壁が動き出した。


 瞬く間に壁の石材たちが音を立てて左右に分かれ、その奥から姿を現したのは――扉。


「まさか、魔女の本拠地にこんな『カラクリ』があったとはな」


 見たところ扉そのものに目立った細工はない。

 機械仕掛けの隠し扉であった。


 魔女、魔術に通じる結社の本拠地に、まさか機械の仕掛けが施されているとはつゆも思わなかった。


 だからアグルが気付けなかったわけである。

 いくら魔術の気配には敏感なアグルといえど、流石に機械仕掛けは見抜けなかった。


 ヘイグリッドの自信の理由はコレであろう。「魔術結社の本拠地、それも歴史ある魔女衆が科学などに頼るはずもない」という固定概念を利用した隠ぺいである。


 ……まさか、騙し絵描きのオレが騙されるとはな。


 機械に精通したユーレインでなければ見抜けなかった。

 発見してくれたユーレインに感謝の念を送りつつ、アグルは姿を見せた扉を開けた。


「《黒の虚偽(ダミーメイカー)》」


 中は短い通路だった。

 白の幽鬼に明かりをつけさせるとすぐに新たな扉がアグルの前へ姿を現す。


 最初の扉と違い、今度は金属製の重厚な物だ。

 重厚な雰囲気を漂わせるそれには大きな錠前が取り付けられており、人間一人の腕力ではとても動きそうにない。


 アグルは深呼吸と共にペインティングブレードを引き抜く。

 一閃。

 横薙ぎに斬り放った金色の斬撃が金属の扉を真っ二つに両断した。


 錠前もろとも扉が断たれ、ガラガラと崩れ落ちる。

 アグルは床に転がったその残骸を踏み越えてその中へと足を踏み入れた。


 元は祭儀場だったのだろう。内部は思いの外に広く、ぐるりと円形の空間だった。


 足元にはすでに効力を失った無数の術式が幾重にも描かれていて、奥にある祭壇――いや、あれは暖炉だろうか。パチパチと燃え盛る炎が光源となって室内を照らしている。


 そして、何よりもアグルが注目したのは――この空間の中央。


 入り口へ背を向けるように配置された一つの椅子があった。


 大きな背もたれがそこに座る者の姿を隠し、見えない背中が微動だにすることなく侵入者であるアグルを出迎える。


「……やっと、やっとだ。やっと見つけたぞ」


 いっこうに振り返らないその背中を見据え、アグルは呟くように告げた。


 室内を観察するために止めていた足が再び動き出す。


 一歩、また一歩と。


 中央へ近づくにつれてアグルの握る金の短剣に炎のゆらめきが映り、仄暗い輝きを放つ。


 アグルを塗り固めていた『偽り』の仮面たちはとうに焼け落ちた。


 あらゆる立場、感情が削ぎ落ち、最期に残ったモノを以って眼光を研ぎ澄ます。


 ――――その名は、怨讐。


「大魔女ティアルス・レヴィアテイル。八年前、事故で深刻な火傷を負い、魔女衆の運営を夫に任せて表舞台から姿を消した魔女衆頭目。お前を、ずっと探していた」


 背もたれに隠れた大魔女は答えない。


 それどころか、こちらへ振り返ろうともしない。


 侵入者であるアグルの心を逆撫でするような、露骨な挑発だ。

 魔術の一つも扱えないアグルを侮っているのだろう。


 その余裕が、アグルの逆鱗をさらに撫で立てた。


「なんとか言ったらどうだ!? オレの来訪はすでにヘイグリッドから聞いているんだろうッ? どうしてオレがここに来たのか、お前ならもう分かるはずだ!」


 部屋を仄暗く照らす暖炉の炎。

 八年たった今でも、忘れることはない。


 アグルがギロリと見定める紅蓮の炎。それは記憶の中にあるモノ。


「お前はあの時、アイツを――アルを、()()()()()()()()()()!」


 記憶の幻影に取り憑かれたかのようにしてアグルは椅子のすぐ後ろまで歩み寄り、際限なく湧き上がる憎悪を以ってして金短剣を振り上げた。


 炎のゆらめきで彩られた剣身を激情で塗り潰すかの如く、《黒の虚偽(ダミーメイカー)》がどす黒く闇色の刃を形成する。


 惜しみない憎悪が溢れかえり、怒りの炎がアグルを突き動かす。

 だというのに椅子は微動だにすることなく眼前に佇み、アグルの黒刃が振りおろされるのを待ち受けていた。


 ギリリ、とアグルは奥歯を噛み――両手に力を込めた。


「……こんなことをして、アルが喜ぶはずがない。だが、もう止まれないんだ。お前は己の身勝手でアイツを殺した。だから今度は――オレの身勝手が、お前を殺す!」


 どす黒い憎悪を刻みつけるかのような斬撃。

 それが、闇色の軌跡を描いた。


 闇を塗り付けるような黒の斬撃は容易く椅子を両断し、その向こうに佇むティアルス・レヴィアテイルの身体を切り裂く。


 炎よりも紅い鮮血が周囲にまき散らされ、金短剣とアグルを紅く汚していく――


「――なッ!?」


 などということはなかった。


 斬撃によっていくつもの破片が宙を舞う。


 椅子の背もたれであった残骸、ローブなどの衣類であったであろう布切れ――


 ――そして、()()()()()()()()()()()()


 宙を舞っていた全てが、瞬く間に床へと墜落する。

 がしゃがしゃと乾いた音がアグルの耳に届き、アグルによって断たれた白骨の一部が足元に転がった。


 鮮血が飛び散る音はない。

 肉が落ちる音もない。


 ――どういう、ことだ?


 真っ先に罠の類を警戒するが、いっこうに魔術が起動する気配はなかった。


 いったいこの白骨は何だ?

 いったい何のために?

 いや、それよりもここにいるはずのティアルスはどこへ行った?


 まさか、アグルが来るのを察知して――


「――――ッ!?」


 弾かれたように振り返るアグル。

 同時に、彼の耳に小さな足音が聞こえてきた。


 音の数は少ない、一人だ。


 しかしこの隠し部屋への侵入を気付かれた以上、例え誰であろうと見過ごすわけにはいかない。


 己が歩いた道を睨む。

 すでに白の幽鬼で灯した明かりは消している。


 足音の主が姿を見せるのをアグルはじっと待ち受けた。


「な――――」

「こんばんわ、アグル」


 暗闇の中から姿を見せたのは、クライだった。

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