2枚目 のどかな田舎町でのお出迎え
汽笛が高らかになり響き、列車が駅を後にしていく。
帝都アーガイルから列車を乗り継ぐことおよそ六時間。
列車から降り立ったアグルを出迎えたのは、まるで絵画のような田舎町の風景であった。
町の名前は、カウレイン。
キャバルリーグ帝国本土の南東部に位置する小さな町だ。
駅前には宿場や食堂などの商店が並び、その奥を見れば小麦畑や牧場などのどかな風景が広がっている。アグルの黒髪を揺らすそよ風は都会の煙が混じった悪臭もなく、どこか心地よさを感じさせた。
「これはまた、絵に描いたような田舎町だな」
「そりゃあ、鉄道の中継地点って以外は普通の農村だからね」
呟くようなアグルの言葉に気さくそうな改札の駅員が答えた。
たった一人で大きな四角い旅行鞄を持ったアグルが珍しいのだろう。
アグルが駅員に切符を渡すと、彼は切符を処理しながらアグルの方へ興味深げな視線を向けていた。
「若いお兄さんが一人とは珍しい。こんな田舎町に旅行かい? 名所なんてトコはまったくないが、メシは旨いぞー。なんならおススメの宿でも紹介しようか?」
「いや、大丈夫だ。宿は必要ない」
「そいつは失礼。なら代わりに美味いメシ屋でも――おや」
おそらく、コートの隙間から垣間見えていたのだろう。
駅員が向けてくる視線にはすぐに気付いた。
アグルは灰色のコートを右半分だけ開いて彼に見せてやる。
露わになったのは、様々な色の小瓶を取り着けたベルト。
絵具を収めた小瓶をコツンと指で叩き、アグルは告げた。
「オレは絵描きをしている。この街には絵を描きに来た」
「……こりゃホントに珍しい。ケースに入れたりしないので?」
「商売道具は肌身離さず持っておきたい性分なんだ。荷物にはもちろん予備を入れてあるが、すぐに使える所に置いておきたいんだ」
言いながらコートを元に戻すアグル。
駅員も納得がいったのかそれ以上の追及をされることはなく、切符の処理を終わらせた。
「あ、そうそう。町を出て北にある森には近付かない方がいいよ」
「危険な場所なのか?」
「ああ。単純に迷いやすというのもあるんだが、それだけじゃあない。森の奥にはグラトニル城っていう古い城があるんだ」
「……そこに何がいるって言うんだ?」
「魔女さ」
アグルが息を飲む。
駅員の声には真実味のあった。
しかし、彼のそれが続くことはなく、駅員はすぐ茶化すようにパタパタと手を振ってきた。
「まあ、魔女に関してはただの噂だけどね。なんにしてもあの森は危ないから地元の連中もまず入らない。よっぽどの命知らずを除いてね」
「分かった、気を付けよう。ご忠告痛み入るよ」
駅員に礼を告げて、アグルは今度そこ駅舎を後にした。
ゆっくりとした足取りで町の通りを歩きながら、アグルは先ほどの言葉を反芻する。
――北の森。古城に住まう魔女、ねえ。
魔女。
まさかこんな所でその名前を聞くとは思わなかった。
人々の狂気によって起こった魔女狩りの時代を越え、科学という新たな文明が目覚ましい発展を続けている現代。都会では子供に聞かせる方便くらいにしか使われないが、ここのような田舎町では未だ色濃くその影響を残しているのだろう。
そう、多くの者において魔女という存在は過去の遺物となっている。
あの駅員もちょっとした脅かしで口にしただけ。実在するなど思ってもいないだろう。
「……ま、オレはその魔女に用があるんだがな」
なんて呟いて、アグルは迷わずその足を北の森へと向けた。