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ep.22 理想の果て (4)

「……おい、勝手に決めるな。この場所は退屈だが、静かで気にいってるんだ。暑苦しいのに居座られると迷惑だ」


 話が結論に至りかけた時、すっかり呆れ果てたような声が響いた。

 ロズは表情に不満や嫌悪を少しも隠そうとしないまま、ルイーゼたちの方へと漂ってくる。


 近くへとやって来た彼女へ、ルイーゼは申し訳ないと小さく頭を下げた。


「ですが、私はこれ以上、過去をやり直しません。貴女には悪いのですが、そう決めました。文句があるならば、魔力で私を害してみますか?」


「すっかり開き直りやがって。出来ないと分かって言ってるな。さすが魔女殿は性格が悪い。『クラウス様』に見せたしおらしさの一部分でも出してみたらどうなんだ」


 ん? と挑発するように問いながら、ロズが鼻先をルイーゼの顔に近付ける。


 赤い衣に覆われた肩を、クラウスがそっと押すようにして、ルイーゼから引き剥がした。


「ロズ、記憶の保持やこの場所への引き込み、幾度も協力を要請しておきながら、お前には迷惑を掛ける」


 至極真面目な表情でそう言われ、ロズは心底嫌そうに顔を顰める。赤い舌を出して、クラウスの手から逃れるように宙を泳いで身を引いた。


「心にも無い謝罪はやめろよ戦神殿。本当に、お前の不気味さには虫唾が走る。あの時も、不老の呪いがあると言うのに、微塵も躊躇わずに記憶保持の契約をしたな。その螺子の外れ具合は、現魔女殿と良い勝負だ」


 ロズの言葉に、ルイーゼは少し目を丸くしてクラウスを見る。


 その段階から不老の呪いを受けていたのか、と聞くと、そういう契約だ、といった返答があった。


「それだと……仮に私が貴方を英雄にしたとて、火事の夜以降ずっと、貴方の時は止まったままではないですか。何故それを早く仰られないのです」


「お前がそれを聞くような状況に無かったからだろう。この空間に来れば落ち着いて話もできるかと思えば、お前はあれ以来一度もここに戻らず、結局捉えるのにここまでかかってしまった」


「私に非があるとは重々承知しておりますが、クラウス様が大事なことを仰ってくださらないのも悪いかと存じます。そもそも、貴方が私を愛してくださっていると、初めからそう言ってくだされば――」


「だからそれが迷惑だって言ってるんだ。頼むから他所でやれよ他所で」


 ルイーゼの言葉を遮り、ロズが顔を顰めて両耳を押さえながらそう言った。


 その反応にルイーゼは我に返ったように小さく咳払いをして、ほんの少しだけクラウスから身を離す。


 既にいつも通りの冷静な表情で、顰めっ面の赤き魔女を振り返ると、ルイーゼは未だ空間に滲んでいる幾つかの光景を指差した。


「しかし、私たちは、もはやあの場所へは戻れません。お気に入りの居場所を奪うようで悪いのですが……あるいは貴女が現実世界へと行かれては? あの美味しそうな豆粒になれば、可能なのでしょう?」


「嫌なこった。簡単に言うが、あれはあれで肩が凝るんだ」


 ロズは即答して肩を竦める。はああ、と少しわざとらしく疲れたようなため息を吐いた。


「やれやれ仕方ない、手の掛かる魔女殿だな。つまりこれ以上、過去に関わらなきゃ良いんだろ? なら未来だ。決まりな」


 軽く告げられた唐突な提示に対してルイーゼが何かを答えるより早く、ロズの顔が再び彼女の眼前に迫る。


 いつもの歪んだような笑みはなく、ルイーゼの視界にはロズの真っ赤な瞳と、そこに映る自分の顔だけが見えた。


 とん、と朱の塗られた赤い指先が、ルイーゼの胸を突く。


「不老の身だけが取り残された遥か最果て。百年後か千年後か、それより先か。お前たちの理想がどうなったか目にする権利はないが、せいぜい他の生物が残されていることを祈れ」


 ロズの声は、これまでのやり取りがまるで嘘だったかのように、低く冷たい。


 その意図を理解して、ルイーゼは大きく目を見開いた。


「ロズ、それは……っ」


 駄目だと、そう言おうとして、ルイーゼはロズから放たれた赤い光の眩しさに思わず目を覆う。



 常に透明であった揺蕩う空間は、今はまるで夕陽の中にあるような赤一色に染め上げられていた。


 眩んだ目を片手で覆うルイーゼを、クラウスの腕が抱き寄せる。


 少し丸められた細い身体を庇うように、クラウスは両腕でルイーゼの頭ごと包み込んで抱き締めた。


 彼女の側頭部を覆う手で、ルイーゼの耳を自らの胸に押し付けるようにして、クラウスはロズの顔があった場所を見る。


「初めの私がお前を救うことができず、すまなかった」


 目を細めることもなく、じっと真っ直ぐに光を見据えて、クラウスは告げた。


 輪郭すら閃光に溶かし、それはもはや人の形を留めてはいなかったが、彼女はひらひらと興味なさげに手を振ったように、クラウスにはそう見えた。


「こう見えて、静かなのは嫌いじゃないんだ。たまに覗き見てやるから、せいぜい足掻いて退屈凌ぎにはなってくれ」


 ルイーゼとクラウスの身が消え去る寸前。ほんの僅かに寂しさを滲ませたような、赤き魔女の言葉が響いた気がした。

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