ep.22 理想の果て (3)
「ルイーゼ」
先程までよりも低く冷たいクラウスの声に、ルイーゼが肩を震わせる。
ほんの少し緩められた腕から身を滑り出させると、彼女は振り向いてクラウスの顔を見た。
「分かって、います。私の所業が、けして赦されはしないと。断罪されるべきと思いますが、しかし……もはや何に裁かれるべきかも、分からない。唯一の魔女となった私の上に立つものなど、もう何も――」
ルイーゼはそこで一度口を閉じる。
死罪と言われれば甘んじて受け入れるつもりだが、永劫の死に戻りを課された不死の身にとって、それは罰にもならなかった。
牢に繋いでもらおうにも、現実へ戻った自分がまた何をするか分からない。苦々しい声でそう続けたルイーゼの頬に、クラウスの手が添えられる。
強い眼光を持つ黒い瞳が、ルイーゼの目をじっと見つめた。
「ならば、私が裁く。お前は私の、近衛騎士だろう」
ルイーゼは僅かに目を見開き、すぐに困ったようにそれを細めた。
「それは……、……ええ、そう、ですね」
「それとも出会いからやり直し、再び近衛となる道を繰り返すか?」
「……いいえ。それは、出来ません。私は、私の都合で貴方との出会いを無かったことにして、その先の歴史を全て書き換えました。それを再びやり直すというのは……贖罪ではなく、冒涜です」
そうはっきりと言い切って、ルイーゼは申し訳なさそうに眉根を下げた。
クラウスは片腕でルイーゼの背を支えたまま、頬に添えた手の指先で、軽く彼女の目元を撫でる。
「ああ。お前がやったことは、現実世界の誰一人として知覚できず、故に裁かれることすら出来ぬ。罪を注ぐことはもはやできないが、しかしこれ以上重ねないことならばできる」
それは、と呟くルイーゼに、クラウスは頷く。
じっとルイーゼの目を見据えたまま、彼はこれまでよりずっとはっきりと、宣言するように告げた。
「もう時を戻ることはやめ、永劫をこの何もない場所で過ごせ。私も、お前と共にある」
「ですが、クラウス様は……」
「私にも、繰り返しの記憶がある。お前に弁舌を振っておきながら、その記憶をもって都合の良いように王国内の改革を進めてきた。魔装具の開発、貴族諸侯の間柄の把握、四大公爵に至っては弱みを握って自在に動かすことすら躊躇わなかった。そもそも、お前の凶行は全てが私の為であり、そして近衛騎士の不始末は、主が引き受けるは当然だ」
「しかし、クラウス様は王国にとって……いえ、そうですね。人ならざる力に依って進めた改革は、本来人間の選ぶべき道ではない。それでも貴方を失ったシュヴァルツ王国が、そこへ身を寄せるであろう近隣諸国も、より良き方向へ進めばと……きっと、貴方のルイーゼ・ヴァイスであれば、そう願います」
かつての近衛騎士の声でそう言って、ルイーゼは少し寂しそうに微笑んだ。