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ep.22 理想の果て (2)

 泣き声に合わせて小刻みに震える背中に、クラウスは静かに両腕を回す。


 幾度も謝罪を繰り返す彼女の身体を、しっかりと支えるように抱き締めて、片方の手が白い後頭部をそっと撫でた。


「ルイーゼ――」


「話は済んだか、王子様」


 クラウスの言葉を遮るように、空間に女の声が響いた。


 続いて、高笑いが降ってきたかと思うと、クラウスの腕の中からルイーゼの身体が煙のように消え失せる。


 クラウスは無言で視線を上へと向けた。


 ばさりと真紅の派手な衣をたなびかせて、クラウスの頭より随分と高い位置に、赤い魔女が浮かんでいた。



 姿が消える時に反射的に閉じた目を、ルイーゼはゆっくりと開く。目の前に、ロズの楽しそうな顔があった。透明な背景は目紛しく流れている。


 両手を絡めるように取られ、まるで宙を踊るかのように、二つの身体が回る。


「っ、ロズ……」


「よう魔女殿、お楽しみのところ悪いな。人の暦では随分と久しぶりか? お前が私の名すら忘れるものだから、折角の狂宴をかぶりつきで見損ねた。とっておきの力をやって、一緒に試行錯誤してきた仲だってのに、冷たいな」


「……ロズ、やはり貴女は」


「おっと、そんなことより涙まみれのその顔だ。ふふふ、傑作だな、魔女殿。まるで人間のように泣き喚いて、しかも最初の火事の夜よりずっといい。好き放題させた甲斐があったってもんだ」


 ルイーゼの言葉を遮るように、赤い髪先が唇をするりと撫でた。


 口を噤んでこちらを見据えるルイーゼの瞳が、未だに少し潤んでいることを見て、ロズはついにけらけらと声をあげて笑う。


「お前、王国に居た時も大概おかしかったが、特にここ数年は、あのとち狂った技師も真っ青な狂人ぶりだったぞ。まとめて回想シーンにでもしてやろうか」


 そう言ってロズはルイーゼを抱いたまま、宙を滑るように飛び、朱の塗られた指先が空間を撫でた。透明なそこはじわりと滲み、幾つもの光景が浮かび上がる。


 それらを満足げに眺め、ロズは指先でそのうち一つを指し示した。


「私が一番気に入ってるのは、この皇帝を殺して屍兵にしたところだ。妃と一緒にならせてくれって、泣いて頼み込んできたよな。半分腐って顔なんか分りゃしないが、ところでこの妃、何となくあの女に似てる気がしないか? ほら、なんていった? あの腹黒公爵の――」


「ロズ、悪趣味な真似はやめてください。こんなことをされずとも、私の罪は理解しています」


「罪? 罪って言ったか? そりゃおかしな話だな、魔女殿。お前、最初に言ったよな、『クラウス様のためなら、何でもする』って。あれは嘘だったって?」


「嘘偽りはありません。ですがそれでも、私は取るべき手段を誤りました。クラウス殿下の近衛騎士として――」


「お前は、魔女だろ?」


 ロズの冷たい声が、ルイーゼの言葉を遮った。


 ぐっと強く腰を引き寄せて、ロズはルイーゼに鼻がつきそうなほどに顔を近付ける。


「なあ魔女殿、ここまできて、心にも思ってもないこと言うのはやめろよ。私とお前の仲だろう? ああ、それなら聞き方を変えてやろうか。お前がここで諦めるってんなら、私が今この場で『クラウス様』の魂ごと消してやるがどうする?」


 問いが終わるよりも早く、透明な空間に赤い髪の断片が舞った。


 軽く身を引いてルイーゼの剣先を躱したロズは、腹を抱えて笑う。


「ほら見ろ。これがお前の虎の尾だ、魔女殿。断言してやる。お前はどれだけやり直そうが、どれだけ改心したふりしようが、その根底は変わらない。また『クラウス様』のために世界すら壊す。何故って? それが『魔女』だからだよ」


「……魔女は、唯一人の為に、全てを滅ぼす。貴女も、そうでしたか」


 ルイーゼが静かに問うた。


 ロズはぴくりと肩を震わせると、くぐもった笑い声を漏らし、やがてそれは高笑いとなった。


 ばさりと衣服をはためかせ、ロズがルイーゼに相対するように浮かぶ。白い髪と赤い髪、黒い服と赤い衣。唯一等しい赤い瞳が、真っ直ぐに互いの目を見つめた。


 少しの沈黙の後で、先に口を開いたのはロズだった。朱の引かれた薄い唇が、歪ませられるように口角を上げ、隙間から吐息と共に言葉が漏れ出る。


「なあ魔女殿、お前のことなら何でも分かるさ。お前の思考、狂気、その本質に至るまで、それこそクラウスより余程よく知って――」


「ロズ」


 男の低い声がして、ルイーゼの肩が引かれた。


 ロズの発言を遮ったクラウスは、ルイーゼを背後から片腕に抱きながら、視線を真っ直ぐに赤き魔女へと向ける。


「何だよ、今いいところなんだ。下がってろよ、王子様」


 楽しみを邪魔されたと、ロズが舌打ち混じりに顔を歪ませる。


 クラウスは険しい表情のまま、首を横に振った。


「断る。お前の言い分は理解するが、その役割は私が担う」


「お前に指図される謂れは――」


「ロズ」


 もう一度静かにクラウスが名を呼ぶと、ロズは居心地悪そうに一層顔を顰めて、素直にひらりと身を翻す。


 そのまま少し離れたところから、つまらなさそうに二人を眺めた。

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