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ep.21 願いの交差 (2)

 クラウスの足が、宮殿で最も豪奢な扉の前に立つ。抜き身の剣を一度振り、そこについた血や脂の類を落としてから、クラウスは扉に手を掛けた。


 重たい音を立てて、石造りの扉が開いていく。隙間から漂う空気には、濃い死臭の中に、城下町と同じく甘ったるい匂いが混じっていた。



 元はこの国の謁見室であったのであろう部屋は、その壁を茨の蔦で覆われていた。所々に揺れる赤が、クラウスの鼻へと香りを放つ。匂いの強いこの花は、腐臭を覆い隠してくれる為、シュヴァルツ王国では死者の眠る広場にも植えられていた。


 部屋の一番奥の、他より数段高い位置に、大きな石の玉座が設けられている。そこに赤い衣を纏った女が座っていた。


 女は酷く気怠げに頬杖をつき、顔のそばに咲いた花を尖った指先で弄っている。自らへと歩み寄ってくる男の硬い足音にふと顔を上げ、胡乱な瞳で見下ろした。


「お前一人か? 連れてきた部下はどうした」


 さほど興味なさそうに女が問うた。少し首を傾げたことで、真っ赤な髪が白い肩へと流れ落ちる。


 クラウスは剣を手に、歩みを止めないまま、その問いに答えた。


「下で屍兵を抑える役目を任せている」


 端的な返答の声には、何の温度も感じさせなかった。女は、そうか、とやはり興味なさげに返答する。


 やがてクラウスの足が、玉座へと続く階段の下へと辿り着いた。

 女はようやく少し身を起こし、ため息を吐きながら玉座に座ったまま僅かに身を前に乗り出す。


「すまないな、最近は屍兵に指示するばかりで、すっかり人間殿の言葉は忘れてしまったようだ。無礼があっても、許せよ」


「終末の魔女、お前を討伐にきた」


 間髪入れずに返された返答に、魔女は少し目を丸くして、次いでくすくすと大して面白くなさそうに笑った。


「随分なご挨拶だ、戦神殿。折角ゆっくりと見せてやったのに、私の国はお気に召さなかったか?」


「思考を奪われ、屍人が跋扈する。これを国とは呼ばない」


「つくづくご挨拶だ、戦神。ならば、お前の国はどうだというんだ。変わらず獣人ばかりを矢面に立たせ、人間様は高みの見物か」


「そのようなことはない。ここへと乗り込んだ者だけでなく、皆が脅威を排除せんと、各々が適した場所で行うべきことをやっている」


「ああ、国の防衛だな? 国境に向かわせた屍兵が、入れてくれぬと哭いている。ふふ、半分は元々お前の国の民なのにな」


 緩慢な動きで、魔女が玉座から立ち上がる。白い素足が赤い花弁を踏んだ。背後に立たせた屍兵から剣を受け取ると、抜き身の剣身を指先でなぞりながら、クラウスの目をじっと見下ろす。


「種族を問わず、皆が手を取り合い、愛する国家の為に一丸と。大層お美しい話だが、その割にはあまり嬉しそうな顔じゃないな。高潔な戦神は、戦がお嫌いか?」


「戦に依らずとも、皆が共存する。いずれそのような国となる。だがその前に、まずは国の脅威を取り除く」


 そう言って、クラウスの足が床を蹴った。数段の階段を瞬く間に駆け上がると、鈍い音を立てて剣先が玉座を突く。


 魔女の身体がふわりと飛び、音も無く階段の下へと舞い降りる。尚も己の身に迫る斬撃を、身を翻してかわしながら、赤い唇が吊り上がった。


 玉座の裏や、部屋の側面に複数設けられた小さな扉から、複数の青白い軀が飛び出す。

 室内に漂う死臭がより色濃くなった。


 一部を欠損したり、所々が腐りかけた手には、いずれも剣が握られている。

 少し錆びついた切れ味の悪そうなそれらが、まるで何かに吊られるような歪な動きで、宮殿に押し入った異物へと向けられた。

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