ep.19 魔女の箱庭 (3)
静かな宮殿の玉座に腰掛け、ルイーゼは顔を顰めて額を抑えた。
生者の殆どを除外し、屍兵ばかりとなった城内は、外よりもずっと冷たい。
ふと、シュヴァルツ王国との国境に差し向けた兵が、皆動きを止めたことを感じ取り、ルイーゼは小さく嘆息する。前回よりも殲滅がずっと早いことから鑑みるに、脳を完全に破壊してやればいいと気が付いたか、もしくは魔装具の開発が進んだかどちらかだろうと思った。
ルイーゼは、開いた手の平の上に、小さな機械を転がす。
王国を出る前に強奪してきたこれは、大昔の何度目かの試行の時に辿り着いたものに近く、酷く頭に負荷を掛ける。
魔装具の併用と、常に発動し続ける魔力。そして時たま『理想の国』にとって不都合な出来事をやり直す為に死に戻りを繰り返していることで、日に日に記憶が抜け落ちている感覚があった。
「あの豆粒が現れ出ないのも、きっと私が何か、釘を刺したのでしょうね。まさか、殺されてはいないでしょうが」
不愉快な笑い声を思い出し、ルイーゼは閉じた瞼の下で顔を顰める。
名前などとうに忘れたが、先代魔女であった彼女の伝承のことは覚えていた。
「何と言ったか……あの侯爵令嬢が嬉しげに話していた伽話、強ち嘘でもないのではと、今はそう思うのですよ。確か、魔力が思いの強さに由来するといったものです。魔装具は、その根源は魔力の増強装置に過ぎない。それを持って力を発現できたというのであれば、獣人にも魔力はあるのです。ただ、観測できないだけ」
目を閉じたまま、ルイーゼはまるで何かに話しかけるかのように一人で言葉を紡ぎ続ける。
そのような考え方は馬鹿げていると、苦言を呈する老人の顔が思い浮かんだ。
「例えば、そうですね。伝承の貴女は、力無き者に願われたのです。ちょうど、今のこの国のように。自分たちを救ってくれ、力を与えてくれと。そうして、彼らは人の耳と引き換えに、身体を強化する能力を発現した。ふふ、その得た力によって、迫害の憂き目に遭うとは、何とも皮肉。しかし世界は、いつもそのようなものだ。願う程に、遠ざかる。力があろうと無かろうと、その摂理は等しく変わらない。そもそも……っ、ごほっ……!」
次第に饒舌に語っていたルイーゼは、冷たく乾いた空気に咽こみ、数度咳をした。
ふう、と少し落ち着いてから、開かれた目を細めて苦笑う。たまには言語中枢を使わなければ言葉すら忘れてしまいそうなのだ、と虚空に向けて肩を竦めた。
ルイーゼの赤い瞳が、謁見室の高い天井を見る。そこには、真紅の衣と赤い髪の女が光を背負って描かれていた。
この国にも魔女の伝承はあったが、シュヴァルツ王国で語られているものとは少し違い、ただ死を司る者として伝わっているようだった。
天井画の魔女の表情は窺い知れない。それをじっと見つめながら、ルイーゼは呟いた。
「もう、自分の名前すらも、思い出せない。初めの願いが果たして何だったか……しかしきっと、この理想の先に、あの高潔なお方の未来がある」
ルイーゼは冷たい石の玉座の上で、片足を引き寄せるようにして抱き込む。
片膝を立てたような体勢で目を閉じると、あの黒い髪と黒い瞳を思い浮かべ、ひとときの緩やかな眠りへと落ちていった。