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ep.19 魔女の箱庭 (2)

 屍兵による国家中枢の制圧は余りに容易だった。


 心を病み、傀儡と化した皇帝は、昼夜を問わず自室に引き籠っている。そこへと食事を運び入れた給仕の女が、死んだ筈の妃が室内を跋扈し、そして皇帝に寄り添っているのを見たと怯え切った様子で訴えた。


 その噂を耳にしたこの国の貴族諸侯は、既に魔女への対し方で分裂状態にあったが、一部の者がルイーゼを殺傷せしめんと立ち上がり、そして皇帝と同じく彼女の手駒と化した。


 死の病や、度重なる争いにより疲弊し切った国は、突如現れた人ならざる力を持つものに、最後まで抵抗し切る力など既に残されてはいなかった。



 中枢を押さえた後で、ルイーゼは次に市井の支配に移った。


 増え続ける屍兵団に国中を隈なく、昼夜を問わず巡回させ、暴動や犯罪があれば全てを取り押さえる。罪人の類はその全てが屍兵に加わるか、もしくは魔女の傀儡となった。


 屍兵は法に背く行為だけでなく、獣人、女子供や病人といった弱者への、理不尽な仕打ちの一切を許さなかった。獣人に盗みの濡れ衣を被せようとした店主は投獄され、我が子を奴隷商人に売り飛ばそうとした親は、商人諸共ルイーゼによって自我を奪われた。


 国を取り仕切る貴族諸侯よりも、市井における反発は寧ろ強かった。


 不正な流通ルートで病への薬を占有していた商人、身寄りのない孤児を使い捨ての労働力として使う炭鉱主、他にも平民の身分でありながら私兵団を有する者たちは、こぞって魔女の暗殺を企てた。


 しかし、その全てが徒労に終わった。中には、何故殺害の計画が漏れたのか、終ぞ理解できないものも多かった。


 まるで未来の全てを見通すかのような魔女は、ただ粛々と反乱分子を潰し続け、そして半年も経たぬうちに彼らの牙は完全に失われた。





 ルイーゼはどこか気怠げな表情を浮かべ、宮殿の窓から城下町を眺める。


 この頃既に、国全体にルイーゼの干渉の魔力の影響は及んでいた。

 国民たちは皆薄っすらと思考を操作され、もはや魔女に抵抗するなどという思いも抱かぬまま、争いもなく静かに生活を続けていた。


 街は、昼夜を問わず静かで穏やかだった。たまに病死する者があれば、ルイーゼはやはりそれを屍兵に加え、不死の軍団を時たまに隣国であるシュヴァルツ王国との国境へと向かわせた。


 ぼんやりと城下を眺めていたルイーゼの視線の先で、城下町と平原とを隔てる門が細く開く。そこから中へと入ってきた数人の人影は、皆その場に崩れ落ちるように跪き、音こそ聞こえないものの声を上げて泣いているようだった。


 ここのところ、彼らのように、近隣諸国からこの国へと人が集まるようになっていた。

 理由などは尋問するまでもなく、ルイーゼは一つ嘆息して窓を閉めると、城の入り口の方へと足を向ける。



 真っ赤な外套のフードを深く被り、ルイーゼは静かな城下町へと降り立つ。

 その目立つ姿を、大通りに出ていた少ない民たちがすぐに見つけ、皆その場に両膝をついて頭を下げた。


 頭を垂れる人間や獣人たちの間を悠然と歩み、ルイーゼの足がこの国へとやって来たばかりの者たちの前で止まった。


 彼らは皆酷く薄汚れ、傷を負い、粗末な服を纏っている。涙に濡れた頬の上に、僅かに希望の光を残した瞳がルイーゼを見た。


「魔女、様……救世の魔女様……! どうか、どうか私たちを、迎え入れては貰えませんか……! ぐっ……ごほっ……」


 ルイーゼに縋りつこうとした年配の女は、言葉の途中から深く咳き込み始めた。

 それが生まれつきの病気なのか、それともここに至るまでの迫害により発症したものなのか。ルイーゼはその事情を聞くこともなく、彼女の肩にそっと手を置いた。


「ようこそ、理想の国へ。ここでは二度と、誰一人として、貴方方を不当に傷付けることはない」


 少し久しぶりに発した声は、普段よりも幾分低く枯れていたが、言葉を掛けた相手たちはそのようなことを気にする様子はなかった。ただ皆一様に再び涙を流し、互いに肩を抱き合っている。


 彼らの身体にひと通り触れてから、ルイーゼは黙って踵を返す。城へと戻ろうとする赤い外套の背に、若い女が駆け寄った。


「魔女様! ありがとう、ございます……!」


 ルイーゼが首だけで振り返る。


 この国の民の一人であろう女は、ほんの僅かに虚な目で、こちらの顔をじっと見上げていた。

 怪我でもしているのか、片足を引き摺るような動きで更に距離を詰めると、骨ばった手がルイーゼの手を強く握る。ありがとうございます、と再度女は礼を言った。


「魔女様、私は、感謝しています……! 苦しい過去を考えなくていい。もう辛い目に遭わなくていい。もはや虐げられないことが約束された明日が……私たちにとって、どれだけ理想的なことか……!」


 涙ながらに女はそのようなことを訴える。衣服の隙間から見える身体に残った刻印や鎖の跡から、どのような生を送ってきたのかなど、推測することは容易だった。


 そうか、とルイーゼは静かに答え、女の手を離させる。


 再び踵を返そうとすると、次は目の前に獣人の男が転がり出た。

 頭に白髪を交え、激しく咳き込む男を落ち着かせてから、ルイーゼは視線で話を促す。男は礼を言ってから、深く頭を下げた。


「救済の魔女様、見ての通り、自分は既に病に侵された身で……それゆえにお願いがあるのです。自分が死んだら、魔女様の兵に、どうか加えて頂きたい……! この腕力が、死んでも家族を守れるのならば……俺の魂は、救われる……!」


 また咳き込み始めた獣人を、家族であろう者たちへと託し、ルイーゼは今度こそ城への歩みを再開する。


 背後からは、病が命を蝕む音と、啜り泣くような音、そして魔女を讃える声が聞こえた。

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