ep.18 戦神の加護 (3)
「公爵夫人のご容体は」
廊下を進みながら、クラウスは隣を歩く男に低い声で問う。
ホーエンベルク公爵は小さな笑い声を漏らした。
「大事ないですな。悪化の前に、治癒術師に診せられたのが良かった。殿下には、厚く礼を申し上げねばなりませんな」
「礼は不要だが、その分引き続き、他の四大公爵を抑えるよう貴公には頼み申し上げたい」
「承知致しました、殿下。お任せください、彼らは皆、脛に大きな傷を抱えた者たちです。この局面で、大きな動きはできますまい」
自分も含めて、と付け加えると、ホーエンベルク公爵は先程とは少し違って、乾いた笑いを浮かべた。
その表情を横目で一瞥すると、クラウスの視線は再び前へと戻る。
端正な横顔は、以前にも増して威圧的で、そしてどこか狂気的だと公爵は思った。
「……殿下は、あの魔女が現れ、隣国をはじめとした周辺諸国を席巻しだしてから、随分と変わられましたな。いや、レンツ侯爵のように変わらぬ方が可笑しい。あれはもはや、全ての生きる者にとっての脅威だ。思考を奪い、死後の魂まで絡めとるとは……何故に今この時代に、あのような存在が再び生まれ出たのか」
「何故かと、そのようなことを考えたところで意味はない。私は、何をおいてもこの王国と、そこに住まう民を護らねばならない」
頭上から降ってきた声に、少し視線を伏せていたホーエンベルク公爵は顔を上げる。
隣を歩く男の目は、先ほどより一層、冷たい鋭さを増しているようであった。
公爵は足を止め、その場で深く頭を下げる。
「この国の為、私に出来ることであれば、何なりとお申し付けください、殿下。私はこの先、陰ながら殿下にお力添えさせて頂きたい所存です」
クラウスも同じく足を止めて、深く項垂れた後頭部を一瞥すると、その視線は再度前方へと向けられた。
「期待している」
それだけを端的に答えて、クラウスの姿は近衛の集まる詰所の方角へと消えた。