ep.17 終末の魔女 (2)
王国領土の北東に広がる深い森の中を進みながら、ルイーゼはふと空腹であることに気がついた。城下を出てからというもの、ここ数日川の水以外のものを口にしていない。
ルイーゼは静かに周囲を伺い、適当に目に付いた小さな獣を慣れた動きで捕えた。
尖った爪先がまだ温かな肉を裂き、そのまま破片を口へと運ぶ。何とも生ぬるいような生臭いような味と食感が、少し食べにくいと思った。
然程かからず、すべて残さず食べ切ると、赤くなったルイーゼの唇から、食事に対する感謝の言葉が漏れた。
無意識で発したその単語に、ルイーゼは少し目を丸くして、次いでくすくすと笑う。かつてここに住んでいた頃には知りもしなかった、人間の作法だった。
「初めに教わった時に食べたのは、何だったか……もう、忘れてしまいましたね」
ルイーゼは立ち上がり、袋に掬っておいた水を少し飲んでから、歩みを再開する。深い森を抜けるには、あと半分というところだった。
ぶつぶつとこの先の試行について呟きながら、もう三度目に懐へと手をやり掛けて、手帳は没収されたまま置いてきたのだったとまた思い出す。既にあの中身に用はなく、向かう先の隣国にも同様のものはあるだろうが、しかし気に入っていたのだがと小さなため息を吐いた。
森は、昼夜を問わず静かだった。
木々の擦れる音や水のせせらぎ、たまに獣の発する鳴き声の類だけが聞こえるこの静かな空間が、ルイーゼは嫌いではなかった。
「貴女も、嫌いではなかったのでしょうね。伝承通り、この森に住んでいたのであれば、ですが」
宙へと放った言葉に返答はない。姿を見せるなと揺蕩う空間で告げて以来、あの赤い豆粒が現れることは一度もなかった。
それをさして気にした様子もなく、ルイーゼは歩みを止めぬまま続けた。
「さぞ滑稽なことだと、貴女は笑っていることでしょう、ロズ。私としたことが、最初から、順番を間違えたのです。クラウス様を救って、理想を叶えるのではない。理想さえ叶えば、あの方が死ぬ道理は無くなるのです」
そう確かめるように言って、ルイーゼは満足げに頷く。
城下を出てから初めて、城の方へと振り返った。
「私が、貴方の理想を叶えて差し上げます、クラウス様」
一礼してから、ルイーゼの足は再び隣国との国境の方へと向かう。
微かに震え始めた肩は、やがて堪え切れない笑い声と共に大きく揺れた。
高笑いが、深い森の奥へと消えた。