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ep.16 萌芽

 ルイーゼが城の地下牢に繋がれてから、三年と少しの月日が経過していた。



 十八を過ぎたクラウスは先日、王国歴代最年少の軍司令に任命されていた。


 王族としての執務の合間に、兵の訓練や、時折国境を越える隣国の兵との小さな戦に出向く。


 そして、時折秘密裏に地下牢を訪れては、ルイーゼの様子に変化はないか観察し、毎回もう諦めるように彼女を諭した。



 独房にはここのところ、クラウス以外の人間は一切近付かなかった。


 彼一人では監視に限界があるということで、初めのうちは信頼のおける部下を見張りに行かせたが、一度ルイーゼの干渉の魔力によって様子がおかしくなり、あわや城内で剣を抜いて暴れ出すところだった。


 代わりに、それ以降は獣人が監視として宛てがわれた。


 ルイーゼから押収した手帳の内容から、また長年魔力を研究しているグンターの見解によると、ルイーゼの能力は獣人には効き辛いのではないかということだった。


 実際、現在に至るまで大きな問題は起こらず、クラウスは彼らを近衛騎士として側近に付け、数名を交代でルイーゼの監視に向かわせていた。



 階段を降りてくる微かな足音に、牢の石床に横たわったルイーゼの口角が上がる。


 地上へと続く重い扉を軽々と開けたのは、ルイーゼが想像した通りの獣人だった。


 テオ、と名乗ったその年若い獣人は、先日城下町で起こった暴動に巻き込まれる形で唯一の肉親である母親を亡くし、途方に暮れていたところをクラウスに拾われたのだという。



 時を遡る前には、彼の入隊はもっと遅かったような気がするが、そういえばこの頃に街の暴動を鎮圧したことがあったな、とルイーゼは彼の話を聞いた時にそう思った。


 恐らくは自分が近衛とならなかったことによって、この少年は早くに母を亡くすことになったのだろう。


 ルイーゼの薄ぼんやりとした記憶にあるよりも、彼は一層輪をかけて、力に、特に魔力に執着しているようだった。



 やがてテオの足が独房の正面に辿り着く。


 尖った爪を有した手が格子を強く握り、苦しそうな表情から小さな声が絞り出された。


「その……ルイーゼ、さんの、言う通りでした。街外れの家で、魔装具の研究が、再開されています。なんで……どうしてクラウス殿下は、あれの開発を禁じたんですか⁈ 俺、中で研究してた人間に話を聞いたんです! あれは確かに、獣人に魔力を持たせてくれるものだって……!」


「テオ殿、お静かに。人間の耳は、私たちほどはよくありません。ですが、階上を巡回する兵に聞かれればことになりますよ」


 ルイーゼの細い人差し指が、彼女自身の唇に触れるように立てられる。


 テオは一度口を閉じ、再度小声で同じ問いを重ねた。


「なんで、殿下は魔装具を作りたがらないんですか。ルイーゼさんが研究に携わったせいでここに幽閉されてるって話、本当なんですか?」


「おや、そのようなことまで殿下はお話しになられましたか?」


「いいえ、でも、先輩たちがそう噂してて……本当、なんですね」


 テオの問いに、ルイーゼは無言のまま小さく肩を竦める。


 その反応に、テオはまた数秒黙ってから、ぽつぽつとグンターの研究所の様子をルイーゼに報告し始めた。



 彼曰く、クラウスの目を盗んで秘密裏に魔装具の研究を再開したグンターは、ルイーゼの残した手帳、正確にはその写しを参考に、昼夜を問わず開発を続けているのだという。


 その開発は、ルイーゼが最初に作った試作品まであと少しというところで、実験の為に自分も協力すべきだろうか、とテオは続けた。


 ルイーゼはくすりと小さな笑い声を漏らす。


「博士の実験は、痛いですよ」


「っ、でも、それで魔力が得られるなら、俺にも人間に負けない力があれば、そうすれば……!」


「テオ殿、大丈夫ですよ。予言します、もうじき博士は、魔装具を完成させます。そうして貴方方は、クラウス殿下をお守りする為の、より強靭な牙となる」


「なんで、分かるんですか……ルイーゼ、さん、あなたは結局、何者なんですか」


 テオの問いにルイーゼは、たまに予知夢をみるだけの、ただの罪人だ、と言って笑った。



 地下からテオの気配がすっかり無くなって、ルイーゼは再び石牢に横たわり、満足げに頷く。


 ここに囚われていた時間で、テオだけでなく、他に何人かの獣人の見張りに甘言を囁き、そして外の情報を伝え聞いていた。


 彼らの話によるとクラウスは、あの齢で軍司令に抜擢されるほど剣術や軍略に優れ、一方で獣人への融和姿勢を取っており、そして恐ろしい程に冷徹なのだという。


 城内では融和策に反対する数多の貴族と渡り合い、戦場では誰よりも多くの敵を屠り、まるで一切の隙も見せることはない彼のことを、深く尊敬しているが同時に畏怖しているのだと彼らは口を揃えた。


 先日も、自らの身に襲い掛かった賊を顔色一つ変えずに取り押さえ、数日前までその辺りの独房に捕えられてた獣人の下手人は、昨日他ならぬ彼の手により処刑されたそうだ。


「懸命な判断です、殿下。貴方が死ねば、私はすぐにでもまたやり直す。降り掛かる火の粉を、もはや払わずにはいられないでしょう」


 ルイーゼは少し楽しそうに、石の天井に向かってそう囁いた。


 身体が牢にあっても、情報を集めることはできる。魔力だけが尋問や他者を従わせる術だと思うなと、そう付け加えてルイーゼは口元を微かに歪ませた。


 ごろりと身体を転がすと、重い鎖が擦れる音がする。ようやくここを出る日も近そうだと、ルイーゼは指先で鎖の一部を弄んだ。


 じゃらじゃらと音をさせながら、先程テオから聞いた話を思い出す。

 博士であれば、一度でも触れ掛けた技術を手放す訳がないと、そうルイーゼは確信していた。


 余った鎖を数度腕に巻き付けて、ルイーゼは重くなった左手を天井の方に向かって真っ直ぐに伸ばす。


「ね、クラウス殿下。貴方よりもずっと、師のことは、よく存じ上げているのです。幾ら冷徹を演じようとも、貴方は余りにも、高潔過ぎる。皆が皆、貴方のようには、生きられない」


 そう一句一句確かめるように呟いて、ルイーゼはやがて瞼を下ろした。





 部下からの報告を聞き、クラウスが地下牢へと行った時、その独房は既にもぬけの殻だった。


 外から鍵が開けられた様子から、何者かが罪人をここから逃したことはすぐに理解したが、それについての命令を下すことなく、クラウスの足はかつてグンターの研究所があった場所へと向かう。


 現在は人が住まないはずのそこには、かつてと同じように研究が重ねられた痕跡があり、そして床には気を失ったグンターが伏している。


 彼が倒れているそばの机の上には、確かに魔装具が形になったという記録と、しかし室内のどこにもその装置は見当たらなかった。

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