ep.2 理想 (3)
「まーた適当に拾い物して、殿下に怒られますよ」
城の敷地を歩きながら、背後からかけられた声にルイーゼは振り返ることなく答える。
「あの方はそのようなことで憤ったりはしませんよ。きっと同じ場にいらっしゃれば、同じことをされた筈です」
実に想像通りの回答に、隊士たちの間からため息が漏れる。
このようなことは一度や二度ではなく、クラウスの屋敷には同じような境遇の者が多く勤め、彼らのように近衛騎士へと登用される者さえいた。
獣人の蔑まれるこの国において、己の身辺警護をまさか獣の耳を持つ者に任せる要人などいない。王位継承権はないとはいえ、王族であるクラウスが彼らを騎士へと取り立てたことで、当時は大変な混乱があった。
現在は少し落ち着いているものの、それでも彼の近衛騎士である第十六小隊は、他の騎士や軍からも遥かに格下の扱いを受けている。城内でも忌まれる処刑人の役目を任されているのも、そのような理由だった。
少し無言で足を進めてから、また隊士たちの間より不満げな声が漏れる。
「……にしても、小隊長。いい加減にテオばかりに甘いのも、どうにかしたらどうです」
「殿下のためです。あの盗人は常習で、手配書が回っていました。捕縛の褒賞で、先日の傷害の件も相殺されるでしょう」
ルイーゼは前を向いたまま淡々とそう答えた。
つい先日、テオは別の隊の騎士を相手とした小さな乱闘事件を起こしていた。獣人ということで立場の弱い彼の登用は危うく剥がされかけるところだったが、クラウスが手を回すことでそのこと自体は免れていた。
「確かに腹立たしかったが、あいつが余りにも喧嘩っ早いのが悪い。あまり庇い過ぎると、殿下と小隊長も今に共倒れしますよ」
暗に、切り捨てろ、という部下の言葉に、ルイーゼはようやく足を止めて振り返る。
「人間と獣人の共存、真に平等な世界、それが殿下の理想です。私たちはただ、そのための刃でありさえすればいい。違いますか?」
これまでに何度も耳にした文言が、ルイーゼの口から流暢に語られる。彼女の表情はさほど変わった風はなかったが、白い前髪の隙間から覗く赤い瞳は、先程までよりも威圧感を増しているようだった。
数秒の沈黙の後で、隊士の一人が嘆息混じりに答える。
「そりゃ違いませんが……そのために死ぬことだけは避けてくださいよ。殿下と小隊長がいなくなれば、俺たちはまた路頭に迷っちまう」
「おや、迷わない程度の腕は日々磨かせているつもりでしたが、至極残念な回答です。いい加減に、私に膝ぐらいはつかせて頂きたいものですね。その恵まれた腕力は、お飾りか何かでしょうか?」
ルイーゼが態とらしく片眉を上げてそう答える。隊士たちの間では、ぶわりと闘志が沸き立った。
「さっすが小隊長、俺らの扱いが手慣れたもんで。……来い、今日こそ血反吐吐かせてやる」
そう言って我先に訓練場へと入って行く隊士たちに続いて、ルイーゼは悠然と歩を進めた。