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ep.14 過去 (3)

 揺蕩う空間に残されたロズは、今し方ルイーゼが消えた空間を指先でそっとなぞる。


 震えるように揺らいだそこに、じわりと滲むようにして、先程とは別の光景が浮かび上がった。



 どこかの庭のような場所で、黒い髪の少年が剣を振るっていた。





 クラウスは、物心ついた頃から、王国の社会構造に強い疑問を持っていた。


 先日、剣の師に才能があると言われたが、いくら剣が上手く扱えたところで、差別や貧困といった問題が解決できるわけではない。


 少年クラウスは、城の中庭で、苛立ち混じりに剣を振り下ろす。迷いの込められた剣先は、落ちてきた葉を両断することは出来ず、ただ薄緑が剣にぺたりと張り付いた。


 背後から笑い声がしてクラウスは振り返る。

 そこに立っていたのは、最近王に嫁いだという女だった。


「キャスリン王妃、お見苦しいものを」


「いいえ、相変わらず美しい剣ですが、少し迷いがあるようですね」


 獣人の血を一部引くという彼女は、上位貴族の間ではとかく毛嫌いされているようだった。今も廊下の方から向けられる嫌な視線に、クラウスは冷たい視線を返す。


 クラウス殿下、と鈴のような声がした。


「そのような怖いお顔をしていると、臣下に嫌われてしまいますよ」


「好かれたいとも思っていません。王妃様は聡明なお方です。算術や文学に精通するだけでなく、政や軍略についてすら知識があられる。それが何故、獣人の血を引くというだけで蔑まれねばならないのか」


「ふふ、皆がクラウス殿下のようなお考えならば、悲しい争いがきっと無くなりますね」


「それは、『予知』ですか」


「いいえ、そうだったらいいな、という希望的観測です」


 稀有な血筋の彼女には、稀有な力があった。


 しかしそれすらも酷く厭われ、遂には先日『魔女の力だ』と言われているところに遭遇したクラウスは、その上位貴族と揉め事すら起こしていた。


 キャスリンがそのことについてクラウスに詫び、クラウスは貴女が詫びることではない、自分が未熟だったのだ、と答えた。


 クラウスは、どうすれば不当な歪みが無くなるのかとキャスリンに相談しかけて、それを飲み込む。

 それは、人間の、しかも王族の一端である自分が果たさなければならないものだと思った。



 暫くの間たわいない話をしていたキャスリンが、ふと、何かに気が付いたような表情を浮かべる。


「クラウス殿下、今一つだけ予知が見えました。貴方は近く『運命』と出会う。失いたくなければ、手を離してはいけません」


「それはまた抽象的で難しい予知ですね」


「そうでしょう。だから稀有だと言っても全然役に立たないの。明日のお天気でも当てられた方が幾分マシだわ」


 そう言って、キャスリンは楽しそうに笑った。


 

 王妃が暗殺されたのは、その二週間後のことだった。どうやら食事に毒が含まれていたという。


 明らかな毒殺を事故だと処理する上位貴族に、クラウスはまた激昂し、近衛騎士や兵と激しく揉めた後で、単身城を飛び出した。


 ようやく頭が冷え、一度戻ろうとしたところで、背後から気配が近付いてきた。そこに込められた殺意に、クラウスは舌打ちする。


 これまでに、政敵や賊から命を狙われたことは一度や二度ではなく、護衛もつけずに城下へと降りた軽率を後悔する。


 おまけに剣は身につけておらず、護身用の短剣でどうにかなるかと、ひとまず他に犠牲を出さないために、路地裏の方へと駆け出した。



 薄暗い路地裏の奥へと、クラウスが足を踏み入れる。


 振り返って賊を迎え討ってやろうと思った時、ぐらりと足元が揺れるような感覚があった。


「っ、なん、だ……?」


 クラウスが顔を顰めて額を抑える。


 例えるならば、身体の内側から何者かに脳を撫でられているかのような感覚。実に不可解で、気色が悪く、吐きそうになるのを堪えた。


 路地裏を見ていた筈の視界がじわりと歪む。耳奥で女の甲高い笑い声のような音がした。聞き覚えはないが何とも不愉快な声だと、そう思った瞬間に、知らない情景が脳裏を幾つも駆け巡る。


 いつの間にか感じていた浮遊感が不意に無くなり、両足が確かに地面の感触を捉えたと同時に、クラウスはようやく状況を把握した。


 かつて、ここより遠い未来に、赤き魔女と契約した。


 死に戻りに関する記憶の引き戻しだと、そう理解した瞬間には、小柄な人影が獣のように走り寄ってきていた。


「お、まえ……っ、ルイーゼ……!」


 少年の口がそう名前を呼んだ瞬間に、彼の鳩尾には血みどろの小さな拳が埋まっていた。


 口から呻き声が漏れ、霞んでいく視界の先には、複数の人間が血を流して倒れ伏している。


 また賊を殺めたのかと、そのような苦言は、既に声にならなかった。


 意識を失ったクラウスの身体が前方へと倒れ込む。それを、汚れ切った細い腕が抱き支えた。


「さすがの貴方も、出会う前であれば警戒は出来ない。そうでしょう? クラウス殿下」


 そう満足げに囁いて、頭に獣の耳を付けたルイーゼが薄く笑った。

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