ep.13 幕間 (3)
「………………っ、ここ、は……⁈」
「……儂の研究所だ、馬鹿弟子」
硬い寝台から飛び起きたルイーゼは、鈍い身体の痛みに顔を顰める。硬直具合からいって、数日間は意識を失っていたことが分かった。
ルイーゼの問いに答えた男は、こちらを振り返ることなく机に向かって何かを書き付けている。
そちらへ向かってルイーゼは足早に歩み寄ると、グンターの胸倉を掴み上げて立たせた。
「師、クラウス殿下は」
絞り出すような低い声でルイーゼが問う。
グンターは首元を掴まれたまま煩わしげに視線を逸らし、軽く頭を掻いてから、死んだ、と短く答えた。
「…………そう、ですか」
そう言って、失礼した、とルイーゼの手がグンターの身体を解放する。そのままぶらりと下ろされた手の指先が、机に当たって微かな固い音を立てた。
グンターは乱れた首元を直すことなく、机上を視線で指し示す。そこには開かれたままの手帳と、その下に広げられた紙には無数の数式が書き連ねられていた。
「これは?」
「見ての通り、魔装具だ。完成した。以前のお前が使っていた物と違い、脳への影響は最小限だ」
「しかしその分、出力が相当下げられていますね」
「ああ。だが、獣人の腕力があるならば、この程度の補助で十分だという判断だ」
「彼らに発現した力は、軒並み筋力強化の類でしたからね。想定通りでしたが」
以前の試行で隊士たちが手にした力を思い出し、ルイーゼがそう答えた。
続けて、赤い双眸がじっとグンターの目を見据える。
「『判断』というのは、誰の」
「無論、殿下だ。これで開発を終え、その知見は更に他のことに役立てろと仰った」
「他のこととは」
「さてな。大層な『理想』の為に有益な何かだろうよ」
「理想……」
呟くルイーゼに対し、グンターは小さく舌打ちする。馬鹿馬鹿しい、魔装具よりも革新的なものなど存在するものか、と悪態を吐く老人を一瞥し、ルイーゼは細く長く息を吐いた。
完成したという魔装具は、確かに獣人の立場を強めることには寄与するだろう。
後ろ盾となるはずだったホーエンベルク公爵は、獣人差別主義者であることが判明した。
クラウスのことなので、彼を破滅させることはしなかっただろうが、その代わりに何か手を打っているはずだ。
しかしやはり死を迎えたということは、宰相か、他の貴族諸侯か、はたまた隣国の手のものか、何かしらが彼の『理想』を邪魔なものだと判断したのだろう。
理想、とルイーゼは、もう一度そう呟いた。
深く俯いていた顔がゆっくりと上がり、天井を仰いだ視界が手の平で覆われる。
指の隙間から、少し埃っぽい梁が見えた。そこに走る無数のケーブルは、魔装具の開発装置に繋がれている。
最初の開発は、四度の試行だったなと、そんなことを思い出した。
「ふっ、ふふふ……うふふふふふ……」
ルイーゼの口から漏れ始めた小さな笑い声は、次第に大きくなり、やがて高笑いが研究所に反響した。
あーあ、とルイーゼが目尻を拭いながらため息を吐く。やるべきことは分かっていた。
振り返ったルイーゼは、怪訝そうな顔でこちらを見る老人を躊躇いなく突き飛ばす。
伸ばされた手が、そのまま彼の背後にあった机の引き出しへと向かった。無言で引いて、そこに放り込まれているナイフを手に取る。
「そっちがその気ならば、こちらにだって考えがあります、クラウス殿下」
空に向けてそう高らかに宣言すると同時に、グンターが止める間もなく、小さなナイフはルイーゼの首筋を掻き切った。