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ep.13 幕間 (2)

 クラウスの屋敷で彼と共に過ごす日々は、まるでこれまでのことが嘘だったかのように穏やかだった。



 ルイーゼの身に繋がれた鎖は、クラウスの執務室内を自由に動ける程度には長くなり、彼が屋敷を出ている間と眠っている間だけ付けられることとなった。


 連日連夜を城に詰めていた筈のクラウスは、毎日欠かさずルイーゼの待つ屋敷へと帰り、本を読む彼女のそばで執務をしたり、たまに庭園の散歩をした。


 屋敷には頻繁にグンターが治癒術師と共に訪れた。


 彼は魔装具技師となる前は、魔力や脳に関する研究に携わっており、クラウスに指示されてルイーゼの脳を調べては、何とか以前の状態に戻せないか苦心してくれているようだった。


 城内での動きについては、不自然な程に一切触れられなかった。


 しかし、クラウスの言動の端々から察するに、彼なりに改革を推し進め、死の運命を回避しようと策を巡らせていることは分かった。





「ロズ、というのはお前が名付けたと」


 美しい庭を散歩しながらクラウスが問う。

 ルイーゼが頷いた。


「ええ、そうです。魔女の力を引き継ぐには、先代に新たな名前を与えることが必要なのだと。我ながら、良い感性だと思われませんか?」


「ああ。この花だろう? 覚えているか?」


 クラウスの足が垣根の一つの前で止まり、そこに咲いた真っ赤な花を指し示した。

 ルイーゼがまた頷く。


「ええ、覚えています。貴方に最初に教わった花の名です。それまでは、花に一つ一つ名前があるとも知りませんでした」


 クラウスがそっとルイーゼの頭を撫で、二人の足は再び庭園を歩み始めた。



 この生活において、クラウスはしばしばルイーゼの記憶を確かめるような話題を振った。


 記憶は一部分に靄がかかったような状態だったが、すっかり忘れ去っているということは意外と少なかった。

 グンターが言うには記憶とはそのようなものであり、保管庫のデータが破損したというよりも、思い出すための機能が衰えている、といった方が正しいのだという。



 クラウスと並んで歩きながら、ルイーゼは先日の夕食の時に彼が見せた表情を思い出す。


 サラダに付属していた赤い豆は、ロズが現実世界に姿を現す時の見た目と酷似しており、ルイーゼはそれを指摘した。

 次いでクラウスの表情が少し嫌そうに歪められていることを見て、恐らくは彼が好まない食材なのだろうと察する。


 そのような顔は初めて見た、とそう言うと、クラウスは一瞬だけ目を見開いて、そうか、と少し悲しそうに笑った。





「ルイーゼ」


 すっかり明かりの落とされた部屋の寝台の上で、クラウスが囁くように彼女の名を呼んだ。

 ルイーゼは微睡かけていた意識を引き戻して、少し緩慢な動きで男の顔を見上げる。


 この生活が始まった最初のうちは、クラウスはルイーゼに彼の寝台を使わせて、彼自身は同室に置かれたソファに身を横たえていた。


 夜間も監視をしたいという意図は理解するが、ただでさえ忙しい中連日屋敷に帰る生活で、それでは疲労が溜まる一方だろう。そうルイーゼが指摘し、以来結局二人で同じ寝台に眠ることとなった。


 薄闇の中で、ルイーゼの瞳が眠そうに細められながら、それでもクラウスの顔へと向けられた。

 この酷い眠さは、慣れない生活が半年も続いたせいか、それとも魔女の力の影響だろうかとぼんやり考える。


 クラウスの腕がルイーゼの身体へと回され、華奢な身体が強く抱き寄せられた。


「クラウス、殿下……?」


「ルイーゼ、もう、私の為に傷つくことはやめろ」


 胸に押し付けられて奪われた視界の中で、クラウスの静かな声が頭上から降ってくる。

 ルイーゼは重い首をなんとか横に振った。


「傷ついてなど……おりません。私の、牙は……貴方のため、だけに……」


「ルイーゼ。ならば……今一度、お前に命じる。これ以上は、繰り返すな。それは国の歴史に、生命に対する冒涜だ。それで理想を叶えたとて私は喜ばず、何より……お前自身が失われていくことに、耐えられない」


 その命令は聞けないと、そう答えようとして、ルイーゼは既にほとんど口が動かせないことに気が付いた。

 この異様な眠気は、彼が盛った薬によるものだと、ようやく理解する。


「でん、か……私、に……くすり、を……?」


「ルイーゼ、――――――」


 最後にクラウスが、低い声で何かを告げたが、それを聞き取ることなく、ルイーゼの意識は闇に溶けた。

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