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ep.13 幕間 (1)

「…………ぅ……」


 寝台に横たわったルイーゼの瞼が微かに震え、隙間から赤い瞳が覗く。


 ゆっくりと数度瞬きして、酷く痛む頭を抑えようと上げた腕には重みを感じ、同時にじゃらりと異物が擦れる音がした。


「鎖……ここは、クラウス様の……」


 次第に焦点の合った視界には、腕から寝台へと繋がる鎖と、見覚えのある部屋が映る。


 ここはクラウスの屋敷であり、そして喉の掠れ方からいって、少なくとも半日は意識を失っていたのだろうとルイーゼは思った。


 ずき、と再び頭が痛み、ルイーゼは顔を顰める。ここのところ、魔装具と死に戻りの力とを乱用し過ぎて、脳に損傷が蓄積している感覚はあった。


「私としたことが……油断、しましたね。まさかクラウス様の異変を、見抜けないとは……」


 緩慢に上体を起こしながら、ルイーゼの顔には苦笑いが浮かぶ。

 試行を重ねるリスクについては早いうちから把握していたはずであったのに、達成間近に何たる失態だと思った。


 状況はぼんやりとだが理解していた。


 恐らくはブラント侯爵令嬢への干渉より後、最初にテオの身を庇った戦の前後か、その直後の炎の夜か、その辺りでロズがクラウスへと密かに接触した。

 それによりクラウスは、ルイーゼの死に戻りによって抹消されるはずの記憶を、やり直した後も保持するようになったのだろう。


 だとすれば、その後半年以上に渡るミュラー侯爵の籠絡、不出来な下手人による苦痛を伴う死、宰相やホーエンベルク公爵を傀儡とするための試行。

 己の意に反する記憶の引戻りを幾度も繰り返しておいて、よくもまあ普段と変わらない振る舞いをしていたものだと思った。


 ルイーゼは小さなため息を吐き、改めて自分の身体の状態を確かめる。


 纏っていたはずの隊服は薄手のドレスへと着替えさせられており、まさかクラウス本人の手を煩わせたのでなければいいがと眉を寄せた。


 当然、身につけていた剣や短剣は取り上げられており、寝台に繋がる鎖の短さから言っても、自害はするなということだろう。


「それでもやりようはありますが……まずは『手帳』を読んだクラウス様の言い分を、聞かせて頂くことにしましょうか」


 向こうに記憶の保持がある以上、このまま何度やり直したところで同じことになる。

 そう結論づけて、ルイーゼは柔らかな寝台へと再び身を横たえた。



 ルイーゼが待ち始めてさほど経たずに部屋の扉が叩かれ、開かれた隙間からは城砦にいる時よりも少し軽装のクラウスが現れた。


「起きていたか。生きているところを見ると、私の意図を察することができる程度の判断力は残っているようだ」


「随分な仰りようですね、殿下。私の身を、よりにもよって鎖で繋ぐとは、大層怒っていらっしゃるようで」


 身を起こしながらルイーゼが淡々とそう答える。

 繋がれた手を持ち上げると、また鎖同士が擦れる音がした。


 寝台へと近付きながらクラウスが返答する。


「その点については詫びさせてもらう。手元には他に、お前の身を拘束できる物がなかった。お前が素直に愚行を取りやめるというのであれば今すぐに外してやるが」


「やめると思われますか?」


「そう言うだろうと思い、やむなく繋がせてもらった」


 そこでちょうどクラウスはルイーゼのそばまでやって来る。胸元から一冊の黒い手帳を取り出した。


「悪いが、中身を読ませてもらった。随分と好き放題に、歴史や因果を改変したようだ」


「好き放題に出来ていれば、とうの昔に試行を終えていますよ」


「ルイーゼ、何故だ。何故、そのような手段を取った。私がそれを望まぬと、お前ならば理解していたはずだ」


 クラウスの手が、寝台に置かれたルイーゼの手を掬い取る。

 少し強く握ると、そこでようやくルイーゼは真っ直ぐにクラウスの目を見た。


「ええ、クラウス殿下。貴方ならばそう仰ると思いましたよ。これは、他ならぬ私の意思です。故に、死の運命を乗り越えられた暁には、私のことは国を揺るがせた大罪人として断罪されるといいでしょう」


「そしてまた繰り返すと言うのか」


「貴方がそれをお望みであれば。記憶を引き戻されることに耐えられないと言うのであれば、殿下が天寿を全うされるまで処刑はお待ちください。もはや意味はありませんが、貴方の逝去された後の世を繰り返して過ごします」


 既に不老の呪いを受けているが故に、末代に託すといい、というルイーゼに、クラウスは眉を寄せて口を閉じた。

 


 少し長い沈黙の後で、クラウスはルイーゼの手を離し、室内の執務机の方へと歩く。


 前回の炎の夜で彼の身が倒れていた場所を通り過ぎ、クラウスは引き出しから紙束を取り出すと、再びルイーゼの元へと戻って来た。


「眠っている間に、勝手だがお前の身体を調べさせてもらった。異変には気付いているか」


「むしろ異変しかありませんが……仰っているのは脳機能のお話ですか」


「ああ。魔装具の酷使、さらには恐らく魔女の力とやらにより、お前の思考や判断能力は既に以前のものとは――」


「クラウス殿下」


 はっきりと、ルイーゼの声がクラウスの言葉を遮った。赤の双眸が、じっと、クラウスの黒い瞳を見上げる。


「何度でもやり直すと、決めたのは私です。侯爵令嬢の縁談を破棄させたのも、隊士たちにリスクのある魔装具を与えたのも、ミュラー侯爵を傀儡としたのも、宰相殿や公爵閣下に精神を壊す程の尋問を行ったのも私の判断です。私が、私の意思で、そのような手段を取りました」


 これでも貴方の『理想』に背かない為、手段を選んだつもりなのだ、とルイーゼは苦笑いを滲ませる。


 何も答えないクラウスの手に、ルイーゼの手がそっと触れた。


「何故そのようなことを、とは聞かれないのですね」


「私を、生かす為だろう」


 苦々しげな表情のクラウスに対し、ルイーゼはどこか誇らしげな笑みを浮かべた。


「ええ、理性的な騎士であれと、貴方の為に生きろと、貴方にそう命じられました。耳を落とし、魔女となり、記憶を欠損してもまだ届かない。望みを叶えるというのは、難しいものです」


「ルイーゼ、少し休め。止まれと言っても聞かぬことは理解する。だが、今のお前は完全に冷静を欠いている。グンターにも、お前の治療に協力させる」


 どうせ不老で時間は無限にあるのだろう? と少し困ったように微笑まれ、ルイーゼは目を丸くした。


「このまま戻ったところで、また貴方は私を捕えられるでしょう? 殿下の剣は重い。二度貰うのは……出来れば避けたいですからね」


 そう答えて、ルイーゼも少し苦しげに微笑んだ。

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