ep.11 試行の伍 -ミュラー侯爵と近衛騎士- (4)
魔女の森での一件から結局半月も経たぬうちに、屋敷は再び炎に包まれていた。
屋敷内の争った形跡や、既に事切れた者たちの状態を確認してから、ルイーゼの足はクラウスの執務室へと踏み入る。
執務机のそばに倒れた身体を抱き起こして、ルイーゼは強く眉を寄せた。
強靭な身体に残された傷は、明らかにこれまでのものとは異なっている。
剣術の基礎も何もなく、ただ闇雲に突き刺したのであろう傷と、男の顔に僅かに残された苦悶のようなものに、ルイーゼは舌打ちして彼の瞼を手の平で覆うようにして下ろした。
「下手人は、隊士ではない。やはり剣を抜かれていないところを見ると、適当な獣人を宛てがわれましたか。しかし、これで一つ、はっきりしました」
そっと遺体を床へと寝かせて、ルイーゼはクラウスの頬に触れる。無駄に苦しめたことに詫びてから、苛立たしげなため息を吐いた。
この状況を生み出した原因は、森での告白に間違いはなかった。
つまり事前に予測したように、これまでに下手人となった隊士に吹き込まれたのはルイーゼの出自に関することであり、そしてその事実を知る者はこの国でも僅かだった。
「国王様を含む王族と、四大公爵、そして……宰相殿ですね」
燃える室内を一通り調べて、また必要な情報を手帳に書き付けてから、ルイーゼは再びクラウスの頭元へと跪く。その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
ルイーゼの指先が、まるで白い何かが這うように、クラウスの頬から首筋をゆっくりとなぞり下りる。
やがて肩を経て、大きな手へと辿り着くと、ルイーゼはそれを持ち上げて、硬い手の平に頬を擦り寄せた。
小さく恍惚したような吐息を漏らして、吸い込むと、室内に充満し始めた煙が肺を侵して深く咳き込む。
呼吸が若干落ち着いてから、息を詰まらせたことで目尻に滲んだ涙を拭って、ルイーゼはクラウスの剣を抜くと白銀の剣身を首筋に当てる。
「もう暫くの辛抱です、クラウス様。敵の尻尾は掴みました。あとは……御本人に聞いてみることにします」
少し嬉しそうに言って、激しい血飛沫と共にルイーゼの身体はクラウスの胸の上へと落ちた。