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ショートショート集(1万字以下)

甘いハナシは甘くない~真の修羅場まであと3分⁉~

作者: 今田ナイ

 

 

 病院の面会開始時間に入ったばかりの午後三時過ぎ。

 大きな果物籠を抱えてエレベーターから降りてきた桃子は、『佐藤智明』という札が下がった個室の前で足を止めた。


「――ふぅ」


 何とか間に合った。制服の上に学校指定の紺のコートを羽織った桃子は、乱れたショートヘアを撫で付けながらほっと息をつく。


 佐藤智明はサッカー部の主将でひとつ上の高校二年、そして桃子の彼氏だった。


 一週間前、二月半ばに行われた練習試合で転倒した佐藤は、右膝半月板を痛めて入院していたのだ。現場で応援していた桃子は、ピッチで倒れたままの佐藤を見て血の気が引いた。すぐに走り寄ろうとしたが、長い髪をひっつめにしたマネージャーに部外者はお断りと辛らつな言葉を投げ付けられ、教師の車に乗って学校をあとにする佐藤の苦しげな横顔を、黙って見ているしかなかったのだ。


 さらに運の悪いことに、誕生日に佐藤から貰ったオルゴールをうっかり落として壊してしまった。桃子が謝ると、修理に出すと言われ佐藤に返したばかりである。


 佐藤のことが心配だが、まるで良いとこ無しの桃子としては顔を出し辛い。


 というわけで、桃子はひと月分の小遣いを叩いて高級果物籠を購入した。三日三晩掛けて大量のジャガイモを犠牲にして習得した皮むき技術で、手ずから甘い果物を剥いて佐藤にあーんと食べさせるのだ。もちろん、簡易まな板と果物ナイフまで持参した。桃子は絆創膏だらけの指を握り締め、ガッツポーズを取る。


「練りに練った果物甘々作戦で名誉挽回よ!」


 ドアノブを回し掛けた桃子の耳に、扉の向こうから紙屑が擦れ合うようなガサガサした音が飛び込んできた。桃子は思わず耳をそばだてる。


「……みんなで千羽鶴を折ったのよ」

「わざわざそんなことしなくていいのに」

「でも、とっても綺麗でしょう?」


 あの女――と桃子は心の中で呟いた。男子の声はもちろん佐藤だが、押し付けがましい(桃子主観)女子の声は忘れるはずがない。桃子と佐藤の間に立ちはだかったサッカー部マネージャー、二年の宮本市子である。


「そりゃそうだけど、明日で退院だぜ?」


 うちの親ときたら心配性で、こんな怪我普通なら通院だよと佐藤が続けた。


「大事にならなくて良かったわ。でもクラスの子にも手伝わせたんだから、もうちょっと喜んでよ!」

「へぇへぇ、ありがとうございますー」

「もー。なんか心が篭ってないなー」


 主将とマネージャー、病室内に気心の知れた二人の明るい笑い声が弾けた。


 その甘く爽やか雰囲気に、桃子は唇を噛み締める。

 憚りながら桃子は佐藤と一緒に誕生日やクリスマス、そしてこの間のバレンタインという三大イベントを乗り越えてきた、れっきとした恋人同士なのだ。

 けれど、病室に入るに入れず焦れる桃子の脳裏に、ふと過る記憶があった。


 半年前に桃子の告白が実って付き合い始めたのだが、佐藤と市子の間には以前から噂があったのだ。それに、才色兼備で部の雑事一切を担う人望厚き市子に比べ、見た目がちょっと可愛いだけの後輩に過ぎない自分に、ふと気付いてしまった。


 ドアの外で二人の親しげな会話を聞いている桃子の胸に、不安な想いが降り積もる。ジャガイモと格闘している間に、二人の距離が近付いてしまったのか――。


 気付いた時には、桃子は紙袋に入れていた果物ナイフの柄を掴んでいた。

 気を落ち着けるためにりんごを剥く? いや、そうじゃない。ドアを蹴破りナイフを翳して二人に詰め寄る、そんな物騒な妄想に取り憑かれた桃子の耳に、


「そうそう、忘れるところだったわ」


 何かを思い出したような市子が、紙袋を探る乾いた音をたてた……と思いきや、聞き覚えのある澄んだメロディが流れてきた。

 ――それは、桃子のオルゴールの音だった。けれど、壊れているので音は鳴らないはずだし、そもそもなぜ市子が持っているのだろうか。


「近所に玩具病院があって、良かったわ」

「おぅ、助かった。いくら掛かった?」


 二人の会話を聞いて、桃子は耳を疑う。

 佐藤から壊れたオルゴールを預かった市子が、修理に出してくれていたらしい。瞬時に正気に戻った桃子は手から果物ナイフを引き剥がし、慌てて紙袋に放り込む。早とちりとはいえ、自分はとんでもないことをするところだった。


 桃子は急展開で動揺する気持ちを宥めつつ、呼吸を整えて今度こそ個室のドアを開けた。ノックを忘れたのはいつものうっかり。世話になった市子にも果物を剥いてあげようかとさえ思いながら、桃子は精一杯の笑顔を二人に向ける。


「こんにちはー、佐藤先輩。具合はどうですかー? 宮本先輩も、こんにち……」


 桃子は果物籠を抱えたまま凍り付く。ベッドの上に乗り上げ、あり得ないほど佐藤に近付いていた市子の顔が弾かれるように離れるのを、確かに見た。


 桃子は笑顔を貼り付けたまま、気付いた。


 桃子という自分の名前。果物甘々作戦や、甘く爽やかな佐藤と市子の雰囲気よりも、どうやら()()()()()()()()()()()()()()()、ということに。

 

 

 

―― 了 ――


 

お読み頂きありがとうございます。多少なりとも面白い部分などありましたら、ブクマ評価感想等頂ければ、大変励みになります。(-人-)


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