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島流し令嬢の無人島開拓奮闘記!



「アーシア・フォレガンドロス、貴女をアイル王国との和平交渉特別措置のS級戦犯対象者として島流しの刑に処することが決定いたしました」



「わたくしは何もしていませんの!」



「すまんね、隣国との和平を結ぶには、我が国に戦争の英雄一家が残っていては困るのだよ」



「そ、そんな……!」



 ケルディス戦争。

我が国『ギリス王国』と隣国『アイル王国』の間にあるケルディス鉱山の領有権を巡って長きに渡り行われた戦争は、鉱山の土地を東西に分けて両国の領地とすることで遂に終結を迎えました。



 両国は和平の条件として『戦争で活躍した者を追放処分』とすることで国民から戦いの記憶を忘れさせていく、戦争の英雄たちは存在しない方が良いとの判断をしました。



「アーシア嬢、何も貴女を処刑すると言っているわけではない。島暮らしで少し生活が不便になるだけだ」



「少しどころではありませんわ! 無人島への流刑など、実質処刑と同じではありませんか!」



 わたくしはアーシア・フォレガンドロス。

島流しなど耐えられない齢14のか弱き乙女。

ケルディス戦争でギリス王国軍を指揮したフォレガンドロス公爵の一人娘ですわ。

しかし、戦争の終盤でお父様は殉職。それを知ったお母様は心を壊し、戦争の終結とともに自ら命を絶ってしまいました。



 でも悲しんではいられません。

もう、フォレガンドロス家を守れるのはわたくししかいないのです。それなのに、島流しだなんて……



「これからの時代に必要なのは戦に長けた者ではなく、アイル王国との関係を良好に保つための交渉役なのだ」



「それならわたくしが……!」



「わが軍を指揮した公爵家の娘を大使になど出せるわけがないだろう。申し訳ないが、大人しく島で優雅な隠居生活を楽しんでくれたまえ」



「そ、そんなぁ~! ですわ~!」



 こうしてわたくしはギリス王国を追放され、フォレガンドロス公爵家は没落することとなったのでした。



 …………。



 ………………。



「さあ着きましたよ。下船くださいアーシア様」



「はい……」



 ギリス王国から外の見えない軍艦に乗せられて数日が経過しました。

どうやらわたくしが暮らすことになる流刑の地に到着したようです。



「あの、ここはなんという島なのですか……?」



「ここは『魔物島』ですよ」



「ま、魔物島……!?」



 聞いたことがあるわ。

この世界にある三つの大陸のちょうど真ん中に浮かぶ無人島。

魔物が多く生息していて調査がほとんど進んでいないため、どこの国の領土にも属していない絶海の孤島……



「こ、こんなところで暮らせるわけがありませんわ……!」



「すんません、国の決定なんで我々にはどうにも」



「そ、そもそもここはギリス王国の管轄ではないじゃありませんか! 違法島流しですわ!」



「それではアーシア様、お元気で! あ、フォレガンドロス将軍の墓参り代行は我々にお任せを!」



「出航~!!」



「ま、待ってください……置いていかないで~!!」



 わたくしをここまで乗せてきたギリス王国の軍艦は島を振り返ることもせず再び大海原へ。

お父様の部下たちなのに、非情ですわ……



「はあ、これからどうしましょう……あら?」



 ゴボゴボゴボ……と軍艦の近くの海面が大きく波打つ。



「な、なんだ……!?」



「おい! 下に何かいるぞ!!」



 ゴボゴボゴボゴボ……ザッバアアアアアアアアン!!



「「うわあああああああ!!??」」



「きゃああああああ!?」



 島を離れていった軍艦の前に、突然巨大な魔物が姿を現した。



「ク、クラーケンだあああああ!!」



「お、面舵いっぱああああああい!!」



 軍艦はゆっくりと進行方向を変えて巨大なクラーケンから逃げようとしている。しかし……



 バキバキバキ、ゴボゴボゴボゴボ……



「あ、ああ……船が……」



 軍艦はクラーケンの大きくて長い触手に掴まり、乗組員ごと海の中へ沈んでいった。



 …………。



「ふう……さてと、これからどうやって暮らしていきましょう」



 こうしてわたくしは、無人島での今後の生活を心配すると同時に、無事に島へ到着したことを神に感謝したのだった。



 ―― ――



「はあ……よし、ここでクヨクヨ落ち込んでいても誰も助けてはくれません。まずは水と食べ物を探しましょう」



 一応、下船するときにある程度の水と非常食を渡されたので、しばらくはこれで生活することはできるだろう。

とはいえ、それだけではいずれ餓死してしまう。



「とりあえず、海で魚を……いえ、あのクラーケンみたいなのが他にもいたら、わたくしが食料になってしまいますわね」



 動きやすいように髪をまとめ、スカートの裾も上げる。

何か踏んだら危ないから靴は履いていた方が良いだろう。



「なるべく浜が見えるくらいの位置で森の浅い所だけを探索してみましょう」



 お屋敷にあった植物庭園とは違って、ここは手入れも何もされていない自然の森だ。

道も無くて、少し進むのにも苦労する。



「食べられる果物とかが見つかると良いんだけど……あら?」



 早速地面に木の実のようなものが落ちているのを発見する。

この辺りに生えている木から落ちたのかしら。



「よし、ちょっと食べてみようかしら」



 大丈夫、ひとくち齧っただけで毒が回って死ぬような植物は早々生えていないと習いましたの。

ちょっとお腹壊すくらいで済むはずですわ。



「外の殻は多分食べられませんわね……くっ、か、硬いですわ」



 歯で殻を割って、中の白い部分を食べてみる。



「うん、ほんのり甘くて美味しい……ですの」



 ……はあ、美味しい紅茶と木苺のジャムがたっぷりのスコーンが食べたいですわ。



「いけないいけない、とりあえず食料ひとつ確保ですの」



 周りに落ちていた木の実を拾い集めてポケットに入れておく。



「この辺りの木に登ればもっとあるのかしら。でもスカートで木登りはちょっと登りにくくて危険ですわね……」



 たったったった……



「チュウチュウ、チュウ」



「うわっ! な、なんですの?」



 拾った木の実を持ったまま頭上を見上げて考え事をしていたら、いつの間にかリスのような魔物が身体を伝って手のひらにある木の実を食べようとしていた。

人間を見るのは初めてで捕食者として認識していないのだろうか、全然こちらを警戒していない。



「あら、あなたもしかして……」



「チュウ?」



「お肉ですわね!!」



「チュッ!?」



 ―― ――



「木の実、美味しいですの?」



「カリカリカリ……チュウ!」



 島で会った最初の住民(?)に木の実をあげると、前歯で器用に殻を齧って中身を取り出し、美味しそうに食べてくれた。



「あなたが美味しそうに食べてるってことは、この木の実は安全そうね」



 本当にどうしようもなくなったらこのリスの魔物を木の実でおびき寄せて捕まえて食べるしかないけど、今のわたくしにはそこまでの覚悟が出来なかった。



「はあ……いいわね、あなたはこの木の実何個か食べればお腹一杯だものね」



「チュチュチュウ?」



「あっ頬袋に貯めるのはズルいわよ。わたくしの分がなくなっちゃうじゃない」



「チュウチュウ」



 手のひらに木の実と小さい現地民を乗せて森を探索する。



「ねえあなた、この辺りになにか美味しい食べ物はないかしら」



「チュウ~?」



「そうよね、分かんないわよね」



 わたくしったら、魔物相手になに聞いてるんだろう。

でもこの子のおかげで寂しさが少し紛れて前向きになれたわ。



「あなた普段はなに食べてるの? キノコとかかしら……でもキノコの方が毒がある可能性は高いわよね……」



「チュウ!」



「あっ」



 リスの魔物がわたしの肩に登ってから近くの木の枝に飛び移る。

……毎回リスの魔物っていうのもなんか変ね。

よし、この子は『リス子』と呼ぶことにしましょう。女の子かどうか分からないけど。



「なによ、食べるだけ食べたら行っちゃうのね」



「チュウチュ!」



「えっ? どうしたのかしら」



 リス子はどこか遠くへ行ってしまう……ということもなく、わたくしの少し先にある木の枝まで行くと、そこで止まってわたくしが追い付くのを待っているようだった。



「もしかして、どこかに案内してくれてるの?」



「チュウチュウ」



 魔物に言葉が通じているとは思わないけれど、なんとなくリス子の後を付いて行ってみる。



「ふふ、わたくしったら、まるで童話の女の子ね」



 来ている服はボロボロだし、草ボーボーの歩きにくいジャングルみたいな森の中だし、どれだけ進んでも王子様もいない無人島だけど……ちょっとだけワクワクするかも。

かぼちゃの馬車があったらしばらく食料に困らないのだけれど。



「チュウ!」



「あら? なにかしら」



 しばらく森を進むとリス子が足を止める。

そこには、周りに生えている木よりも一回りも二回りも大きな木が生えていて、その木の枝の周りには別の植物のツルがまるでカーテンのように垂れ下がっていた。

そして更にそのツルの先には、ブドウのような果物がたくさん実を付けていたのだ。



「た、食べられるの……?」



「チュウ!」



 リス子が毒味をするかのようにブドウのような果物をひとつ取って食べ始める。

どうやら毒はない……らしい。リス子が平気なだけかもしれないけど。



「チュウチュウ!」



「一粒くらい、食べても大丈夫よね……ぱく」



 リス子と同じように房から一粒だけとって口に運ぶ。



「もきゅ、もきゅ……あ、甘い……美味しい……!」



 思わず皮ごと食べてしまったけど、意外と皮も渋くない。

ギリス王国で暮らしていた時に食べたものよりも酸味が強いけど、これは完全に野ブドウだ。



「リス子、感謝いたしますわ……!」



「チュウ!」



 無人島生活1日目、わたくしに素敵なお友達が出来ましたわ。



 ―― ――



「うーん、そろそろ日が暮れますわね……」



 魔物島に着いて半日近くが経った。



「真っ暗になる前に、寝床をどうにかしませんと」



 今の季節は春。この島はわたくしが暮らしていたギリス王国の春よりも暖かいから、最悪浜辺で横になるだけでも寝れなくはないと思う。



「でも雨とか降ってきたら大変ですし、簡素でも良いから屋根のある所で寝たいですわ」



 ギリス王国からこの島までの長い船旅では板のような堅いベッドで寝ていたので、砂浜の上に葉っぱでも敷けば普通に寝られる自信はある。

家のふかふかベッドの感触は思い出さないようにしよう。悲しくて寝れなくなってしまう。

ちなみにリス子とは野ブドウがなっていた木の所で別れた。

天敵に見つからないよう、暗くなる前に巣に帰ったのだろう。



「あ、この長~い葉っぱは屋根に使えますわね……」



 森の中で大きな葉っぱを何枚か集めて、砂浜に戻る。



「うーん、とはいえ、木を組んで屋根を作る方法なんてわたくし知りませんわ……時間もかかりそうだし」



 なにか、大きな岩でもあれば良いんだけど……



「あっそうですわ! 岸壁!」



 わたくしが今いる砂浜の両サイドは高さのある岸壁になっている。

この岩壁のせいで海沿いを歩いて島を探索することが出来ないのだけれど、寝床の壁にはできるかも。



「よいしょ、よいしょ……」



 ある程度海岸から離れた所の岩壁に拾った枝を何本か立てかけて、その上に大きな葉っぱを括り付けていく。

その下にクッション代わりの小さなはっぱをたくさん置いて、更にその上に大きな葉っぱを敷けば……



「出来ましたわ! ここがわたくしの拠点ですの!」



 直角の岩壁に斜め置きした枝、そこに葉っぱの屋根をかけただけの寝床だけど、なんだか妙に達成感があった。



「はあ。今日はなんだか、疲れてしまいましたわ」



 船旅の疲れも溜まっているのだろう。今日はもう休んで、明日また食料を探しに出かけよう。



「おやすみなさい、お父様、お母様……」



 こうしてわたくしの無人島生活一日目の夜は、波の音と共にゆっくりと過ぎていったのだった。



 ―― ――



「……くー、くー……Zzz」



 ザザ~ン……ザブ~ン……



「お父様……それはわたくしのミートパイですわ……」



「チュウ」



「う、う~ん…ネズミのミートパイは要りませんわ……」



「チュウチュウ」



「ちゅう……はっ! 朝ですの!」



 ゴンッ! バサバサバサッ!



「ったぁ~……! 天井が低すぎますわ」



 勢いよく起き上がった瞬間、昨晩即席で作った木の枝と葉っぱの天井が崩壊する。

低い天井に慣れるか、もっとちゃんと作らないとダメね。



「チュウチュウ!」



「あらリス子じゃない。昨日は無事に家に帰れたのね」



 起きたら足元に昨日見つけたリスの魔物、リス子がいた。

どうやら本当にわたくしに懐いてくれているみたい。



 ぐ~……



「チュウ?」



「ど、どうやら朝食の時間のようですわね」



 昨日採った木の実と野ブドウ、それから非常食用の干し肉を少しだけ。



「着いたときに貰った食料は保存が効くイモとタマネギ、それから塩が3欠片。お水が……ガロン瓶2本ほど」



 どうにかして今日明日、明後日くらいまでに飲める水を確保しなければ。



「海水なら目の前にいくらでもあるのだけれど……」



 わたくしは海水を飲める水にする方法を知らない。

多分、塩や不純物を取り除けば良いのだと思うけど、火もつけられないし、濾す方法も分からない。



「はあ……わたくしって、1人だとなんにも出来ないのね……」



 家には紅茶を入れたり服を着替えさせてくれるメイドがいたし、美味しい料理を作ってくれるシェフもいた。

植物に詳しい庭師や、馬の世話をしてくれる御者も……フォレガンドロス家が没落してしまった今、使用人たちはどうなっているのだろう。



「できれば、わたくしよりも過酷な暮らしを送る羽目になっていないと良いのだけれど……」



 とはいえ、今のわたくしに他人を心配する余裕など全くない。

まずは自分が生き延びることを考えましょう。



「それでは本日も元気に無人島生活、やっていきますわよ!」



「チュウ~!!」



 ―― ――



「はあ、はあ……ダメですわ、何も見つかりませんの」



 昨日探索した森の辺りをもう少ししっかりと見て回っているのだけれど、やはり昨日拾った木の実と野ブドウくらいしか安全に食べられそうなものが見つからない。

後は毒々しい色のキノコや、渋くて食べられそうになかった植物の実くらい。



「こ、こうなったらやはりキノコを食べるしか……」


 

 ちょうど近くの木の根元に黄色と赤のシマシマ模様の何とも言えない派手な色のキノコが生えている。

意外とこういうのは見た目が派手なだけで毒はない……気もする。



「……よし、採っていきましょう」



「チュ、チュウ……」



 手で触ってみてもかぶれたり痺れがきたりする様子はない。

このキノコは結構この辺りの木の根元にたくさん生えているので、普通に食べられればとても優秀な食料になる。



「ふう、とりあえず新たな食料確保ですわ!」



 朝から結構歩いたし、一旦拠点に戻って休憩しよう。



 ―― ――



「う、うう……やってしまいましたわ」



 食料を調達して拠点に戻り、そこで採ってきたキノコを食べた所までは覚えている。

気付いたら夜になり、わたくしは拠点近くの浜で気を失って倒れていたらしい。



「やっぱり、食べちゃいけないキノコでしたのね……」



 森で採ってきた黄色と赤のシマシマ模様が派手な謎のキノコ。

本当にどうしようもなくなったら食べようと思って一応採ってきたものだったのだけれど、森を歩き回ってお腹が空いていたわたくしは、少し齧るくらいなら大丈夫だろうと思ってひとくち食べてしまったのだ。



「頭が、ぐわんぐわんしますわ……」



 目を開けると視界が揺れてフラフラする。

とりあえず拠点の中までなんとか移動し、横になって体調が回復するのをじっと待つ。



「はあ……お腹が空いていて、目の前に食べられそうなものがあると理性が働きませんのね……」



 結局この日は、毒キノコを食べて気を失っただけで1日を無駄にしてしまった。



「明日こそ、水が手に入る場所を……見つけなければ……」



 焦点の定まらない視界の中、ぼやけた星空を見上げながらわたくしは眠りについた。



 ―― ――



「う、うう……」



 太陽の光を感じて起き上がろうとするも、身体がうまく動かせない。

視界も相変わらずのぐるぐるだ。



「おい、大丈夫か」



「み、みず……」



「水か? ちょっと待て……このビンの水は飲めるやつか?」



「の、飲めますの……」



「わかった、少し貰うぞ。ほら……ゆっくり口をつけろ」



 誰かがわたくしの背中を支えて上半身を起こしてくれる。

なんだかもふもふの感触で気持ちがいい。

口元に葉っぱのような感触……言われた通り口をつけると、少しずつ口の中に水が流れ込んでくる。



「こく、こく……ふう。ありがとうですの」



「意識は割とはっきりしているな。視界はどうだ? ちゃんと見えているか?」



「いえ、目がグルグル回って、ぼやけてしまいますわ……あの、あなたは……?」



「オレはミロス。アイル王国で傭兵をやっていた」



「アイル王国の、傭兵……」



「まあ、ケルディス戦争が終わるまでの話だ」



 ミロスの声はわたくしの後ろから聞こえてくる。背中にはもふもふの感触。

まるで大きなぬいぐるみにもたれかかっているような気分だ。



「ミロスは、人間ですの……?」



「ん? ああ、悪いな、毛むくじゃらでチクチクしたか?」



「いえ、もふもふに包まれて、なんだか安心しますの……」



「はっはっは! そうかそうか。オレは人狼族だからな」



 じんろう、ぞく……?



 ―― ――



 毒キノコで苦しむわたくしを介抱してくれたのは、わたくしの暮らしていたギリス王国と長年戦争をしていたアイル王国の元傭兵、ミロスだった。



「人狼族……ミロスは、亜人なんですの?」



「そういうことだな」



 亜人。

この世界に存在する生き物は、わたくしたち人間と、リス子やクラーケンのような魔物、そしてミロスのような亜人がいる。

大昔には『魔人』という種族もいたらしいけど、人間との争いによって滅びたとわたくしは習った。



「人狼族、初めてお会いしましたわ……あっ、わたくし名乗っておりませんでしたよね、失礼いたしました。わたくしはアーシア。アーシア・フォレガンドロス……」



「自己紹介どうも。だが積もる話はお前さんが元気になってから改めてしようじゃないか」



「あっ……」



 ミロスがわたくしを葉っぱのベッドに寝かせる。背中からもふもふの感触が無くなって、ちょっと残念。



「その症状、何か変な物を食べたか? 魚かキノコ、後は毒草の球根あたりか」



「おそらく、毒キノコを……」



「キノコか。どんなやつだったか覚えているか?」



「木箱の中に、まだいくつか残りがありますの……」



「これか……そこの森で採ってきたのか?」



「そうですの……細長い木の根元にたくさん生えてましたわ」



「そうか。それじゃあ、ちょっくら行ってくるか」



「ど、どこに行くんですの……?」



「お前さんの治療薬を採りに行ってくるのさ」



 ―― ――



「さあ出来た。ここに口をつけて、ゆっくり飲むんだ」



「こくこく、こく……っ!? に、苦いですわ~……!」



「良薬は口に苦し、だ。吐き戻すんじゃないぞ」



「うう……」



 森から戻ってきたミロスにとても苦い謎の液体を飲まされる。



「こ、これはなんですの?」



「お前さんが食ったキノコは細長い木の根元に生えていたと言っていただろ。これはその木の葉を絞ったものだ。しぼり汁は苦みが強いが、水で薄めてあるから多少はマシになっているだろう」



「なってないですわ……!」



 ミロスの話によると、わたくしが飲まされた葉っぱのしぼり汁には毒を中和する成分が含まれているらしい。



「これで半日ほどゆっくり休んでいれば、日暮れ前にはある程度回復するだろうよ」



「でも、もうお水があまり……」



 おそらく、明日明後日くらいで飲み水が尽きるだろう。

できれば今日中に何とかしておきたかったのだけれど……



「水はまあ、心配するな。俺がどうにかする」



「本当ですの……?」



「任せておけ、俺は元傭兵だからな」



「ふふ、よく分からない理由、ですの……」



 わたくしは何故かミロスの適当な返答に安心感を覚え、再び眠りについた。



 ―― ――



「……んん」



 目が覚めると、パチパチ、パチと近くでなにかが弾ける音がする。

それと、何かが焼ける煙の匂い……



「……はっ! 火事ですの!?」



「おう、ようやくお目覚めか。おはようさん、お嬢様」



「……ごきげんようですの」



 わたくしが寝ていた葉っぱのベッドの近くで、たき火の世話をしながら何かを焼いているオオカミの様なもふもふの男がいる。



「人狼族ですの!」



「ああそうだ。改めて名乗らせてもらおう、オレは人狼族のミロス。お嬢様のお名前は?」



「わたくしは、アーシア……アーシア・フォレガンドロスですの」



「よし、意識はハッキリしてるようだな。アーシア、体調はもう大丈夫か?」



「え、ええ。頭もクラクラしないし、視界もくっきりハッキリですわ」



「ちゃんと薬が効いたみたいで良かったぜ」



 わたくしの隣まで来て体調を確認してくれるミロス。

人狼族のミロスは全身がもふもふの毛で覆われていて、顔の形は人間のそれよりもオオカミや犬に近い。



「ミロスは大きいですわね」



「人狼族じゃあ平均的な方だがな。アーシアは少し、人間の中じゃあ小さい方か」



 ミロスの大きくてぷにっとした肉球がわたくしの頭をぽんぽんと撫でる。

わたくしの顔の目の前にはミロスのもふもふのお腹が。



「わ、わたくしはまだまだこれから成長するのですわ!」



 そのままなんとなくミロスのお腹に突撃すると、お屋敷のふかふかベッドに飛び込んだような気持ちの良い感触に包まれる。

うーん……ちょっと獣臭いかも。でも嫌な匂いじゃない。



「おいこら、離れろアーシア」



「あ~もふもふで気持ち良いですわ……もふもふで……ふかふか……」



「まったく。人狼族だからって、すぐ男に抱き着くのはだな」



「…………」



「おいアーシア、離れ……」



「……うぅ……ぐすっ」



「……アーシア?」



「うぅ……うわあああああん! 寂しかった……寂しかったですわ……っ! 島に、1人で、わたくし、なにも、できなくて……っ」



 病み上がりで弱っていたのが良くなかった。

今まで考えないようにしてきたこと、我慢していた感情が一気にあふれ出てしまう。



「あー……ほら、大丈夫だ、ちゃんと食料も確保してたじゃないか。アーシアはよくやってた。それにこれからは二人だ、寂しくない」



「ああああああああ……っ!」



「ほら、そろそろメシも出来上がるから。一緒に食べよう、アーシア」



「ミ〝ロ〝ス〝ううううう……っ!!」



「あーもう可愛い顔がぐしゃぐしゃ……っておい! オレの腹に涙と鼻水を擦りつけるな!!」



 …………。



 ………………。



「お魚美味しいですわ!」



「今泣いたカラスがもう笑う、だな」



「これはお魚ですわよ」



「お前さんのことだよ」



 ミロスが焚き火の横で焼いていたのは枝に刺したお魚だった。

ひっくり返した貝も置いてある。こっちはアツアツなのでもう少し冷めたら食べよう。



「そういえば、ミロスはどうして一人でこの島に?」



「オレか? まあおそらくそちらさんとほぼ同じ理由だと思うが……」



「もしかして、戦犯対象者でアイル王国から島流しになったんですの……?」



「おおむねそんな感じだ。他にも何人かいたんだが、この島に着く前に船が魔物に襲われてな……」



「あー……」



 どうやらわたくしよりも厳しい道のりだったみたい。

もしかしてあのクラーケンかしら……それとも他にも巨大な魔物が……?



「そういやお前さんのフルネームはアーシア・フォレガンドロスだったな。もしかすると、ギリス王国軍のフォレガンドロス将軍と関係が?」



「……わたくしは将軍の一人娘ですの」



「……そうか。そりゃあ、大変だったな」



「命があるだけ儲けものですわ」



 島流しを言い渡されたときはもう本当に絶望しかなかったのだけれど、なんだかんだでこうして今も生きている。

それだけでわたくしは十分幸運だ。

お屋敷のふかふかベッドはないけれど、お腹もふもふの人狼族が隣にいてくれる。



「ミロス。改めまして、島流され者同士これからよろしくですわ」



「おう。力を合わせて生き延びようぜ、アーシア」



 わたくしたちは固い握手を交わし、明日からの無人島生活に向かって新たな一歩を踏み出したのだった。



「ところでミロス、ちょっとお願いがあるのですが、よろしいですの?」



「ん、なんだ? 魚の獲り方でも知りたいのか?」



「今夜、ミロスのお腹を枕にして寝ても良いですの?」



「ダメだ」




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