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第7話 未知の生き物

 メガネを見送ったあと、お腹が減ったからそろそろ昼食にしようとシオが言いました。


「ほんとは買い物が終わってから行こうと思ってたんだけど、もう昼近くになったしな。商店街の入口に良い店があるんだ。美味いし量が多い」

「分かりました」



 10分ほど歩いて到着したのは、明るく庶民的な雰囲気の食堂でした。中は案外広く、お昼時なので賑わっています。

 忙しそうな店員に「空いている席へどうぞ!」と言われ、窓際の小さなテーブルにシオと向かい合わせに座ります。

 村には飲食店というものがなかったので、こういう場所での食事は初めてです。少しばかりウキウキとします。


「なんだ、大衆食堂(タヴェルナ)に来るのは初めてなのか。せっかくだからたくさん頼んでもいいぞ。ここは珍しい料理も多いんだ」

「そうなのですか」


 しかし、メニュー表を見ても知らない料理名ばかりでよくわかりません。村ではだいたい毎日が薄焼きパン(ピタ)に豆のシチューでしたし。知識にある料理とも違うものが多いようです。

 仕方がないので、店員に向かってメニューをランダムに指差して注文することにします。

 この身は例え美味しくないと思ったものでもちゃんと全部食べられるので大丈夫です。食べ物は大切です。

 シオもいくつか注文し、料理が来るのを待ちます。


「……!シオ、これ、とても美味しいです。とても美味しいです」

「2回言うくらい美味かったのか。そりゃ良かった」

「この赤い飾りのついた細長い棒は何ですか?サクサクしてて、弾力があります」

「エビフライだよ。そっか、今まで山奥にいたんだっけ。こういう大きいエビは海で穫れるんだってさ。ちっちゃいのは川とかにもいたりするんだけど」

「エビ…、海にはこんな美味しい生き物がいるのですか」


 どうやら、エビという生き物の肉に衣をつけて揚げたもののようです。

 ぷりっとした歯ごたえもとても良いのですが、なんとも言えない甘みと旨みを感じます。かかっているゆで卵のソースも美味しいですし、パンにも合います。

 皇都から海は少し離れているはずですが、こんな美味しいものが届くなんて。素晴らしいです。


「俺もエビの料理を頼んだんだ。半分いるか?」

「はい」


 そう言っていると、ちょうど料理が届きました。店員がテーブルの上に皿を載せます。


「こちら、エビのニンニク炒めです」

「……!?」


 驚愕し、思わず立ち上がりそうになってしまいます。

 これは。この皿に盛り付けられているものは。


「…芋虫…芋虫ではありませんか…」

「えっ?」

「これは芋虫です。エビとは芋虫のことだったのですか!」

「いや、芋虫じゃないって。海にいるんだし。というか、リチカだってさっきは美味しい美味しいって嬉しそうに食べてたじゃないか」

「…芋虫だと知っていたら注文などしませんでした」


 まさか、こんなものを食べるなんて。皇都の人間はどうかしています。


「だから芋虫じゃないって。これは殻をむいて料理した後だし。生きてる時は、こう、触覚が生えてて…足がいっぱいあって…」

「やっぱり虫ではありませんか!」

「だから違…いや、あれ?違わないのかな?どうなんだろ…?」


 最低です。この身は人工精霊で、食べ物に好き嫌いなどありませんが、あの地面を這い回る不快な生き物まで食べ物と見なす事はできません。

 いえ、エビは海にいるらしいのですけれど、あれの仲間だと考えるとやはり許容できません。非常に不快です。

 食べ物を粗末にすることはできませんので、無理やり食べましたけど。本当に不快です。




「美味かったな。あんなに食べた割に安かったし」

「そうですね」

「…もしかして怒ってるのか?美味かったじゃないか」

「怒ってなどいません」


 あの料理を除けば、味も量も満足でした。お腹いっぱいになりました。とても良い店だったと言えるでしょう。あの料理を除けば。

 空気を切り替えるように、シオが明るい声を出します。


「よし、じゃあ、次だ。リチカの服を買いに行こう!」

「……はい」

「不満そうだな…」

「そんな事はありません」


 仕方ありません。人間は外見を気にするものだという事はちゃんと理解しています。シオのヴァルキュリーとして恥ずかしくないようにしなければいけません。

 きちんと洗濯をしていますから、このローブ別に汚くはないのですけど。着心地だって良いのですけど。


「うーん、動きやすい方がいいよな。傭兵用の服とかが良いのかな?」

「そうですね。戦闘行動が多いなら、丈夫なものが良いでしょう」


 少し通りを歩き、目についた店に入ります。騎士や傭兵向けの装備品を取り扱う店です。丈夫そうな衣類もたくさん置いてあります。

 ぐるりと店内を見回し、近くにあったシャツを手に取ったシオがつぶやきました。


「どれもサイズが大きすぎるな」


 確かに、この店に置いてある商品は成人男性向けのものばかりのようです。

 それに対し、この身は現在、小柄な女性くらいの大きさです。


「この身は成長しますが」

「それって、どのくらいの速さで?」

「あの量の食事を三食摂取できるのでしたら…1年に1センチくらいでしょうか」

「別の店に行こう」



 別の店を探す途中、道に迷って困っている男性を見かけました。シオはすぐに声をかけ、案内をしています。シオにとってはよくある事のようです。

 この身は皇都の地理に詳しくないので、残念ながら道案内の役には立てません。これは早急に改善する必要があるでしょう。


 その後、女性用衣料の店に入りました。「いらっしゃいませー!」と明るい声がかけられます。

 かなり品揃えが幅広い店のようで、普通のワンピースやチュニック、スカートなどの他、傭兵向けらしき服や下着もあります。


「あの奥に置いてあるのが戦闘向きの服みたいですね」

「ああ…」


 シオは何だか居心地が悪そうに左右を見ています。落ち着きがありません。

 これは頼りにならないと判断し、自分で適当な上着を手に取ります。やはり少し大きいようです。小さめのサイズを探します。


「お客様、戦闘用の服をお探しですかー?」


 愛想の良い店員が近付いて来ました。この身が人工精霊とは気付いていないようですが、説明するのは面倒ですしその必要はないでしょう。

 とりあえず「はい。動きやすく丈夫なものが良いです」と答えると、店員は周りの服の中からてきぱきといくつかをピックアップしました。


「お客様、すごく綺麗な髪色をしていらっしゃるのでー、こちらのホワイトとか、こちらのロイヤルブルー、あとこのピーコックグリーンの服などお似合いかと思いますねー。どれも大牛蜘蛛の糸を織り込んであってー、破れにくくてしなやかでー、すごく良い品なんですよぉー」


 ふむ…騎士服っぽいデザインです。村では見たことがないものです。


「白はだめです。汚れが目立つので洗濯するのが大変です」

「ずいぶん所帯じみた事言うんだな…」

「残りは青と緑ですね。シオはどっちが良いですか」

「え、俺が選ぶのか?」

「代金を支払うのはシオですので」

「そ、そっか。じゃあ…青かな?」

「では、こちら試着してみましょうかー。腰はこのベルトで締めて、下には厚手のタイツを合わせる感じでいいですかねー?」

「はい」



 試着をしてみました。

 着慣れないため何だか違和感はあるものの、動きやすくて丈夫という要望はちゃんと満たしているようです。


「どうですか、シオ」

「うん、良いと思うぞ」

「…あのー、お客様ー。もしかして、胸には下着を着けていない感じですかねー?」

「胸に下着?不要だと思いますが」


 下着はシャツとショーツだけで十分です。

 そう思ったのですが、店員は何故か目を見開いて「いいえー!!」と叫びました。


「必要ですー!!胸を支え、形を整えるー!!きちんと正しくブラジャーを着ける事で身体の動きだって良くなりますー!!」

「動きが阻害されるほどの大きさはありませんが」

「いいえ、それでも必要ですー!サイズの合ったブラジャーを装着する事は胸の生育にも良いのですー!!絶対に着けるべきですー!!」


 店員はポケットからメジャーを取り出しつつ力説しました。

 そんな事で動きが良くなるのでしょうか?そもそも胸を生育する事に意味があるのでしょうか?特に必要な部位ではありませんし。

 しかもあのメジャーで体を計測されるのかと思うと不快ですが…いえ、あれは…職人の目?

 店員は己の仕事にプライドを持つ人間の目をしています。村にいた家具職人のサルパ爺さんを思い出します。


「…分かりました。あなたほどの人がそう言うのなら、そのブラジャーというものを着けてみます」


 職人が言うのです、きっと必要なものなのでしょう。

 店員は嬉しそうに「承知いたしましたー!」と答え、それからシオの方を振り返ります。


「ちなみにお客様はー、何色がお好みで…」

「お、俺はそういうの分からないから!!訊かれても選べないからな!!」


 シオは店員が言い終わるより早く答えました。顔が赤いです。


「丈夫で洗いやすいものなら何色でも構いません」

「分かりましたぁー。では、こちらのライトブルーの下着なんかいかがですかねー?ショーツとセットになっていてー…」

「み、見せなくていいから!!」


 おやおや。シオはずいぶんうぶな少年なようです。着用するのは女性ではなく人工精霊だというのに。



 結局服だけでなく下着も二揃い買いました。それからマントも。

 マントは買わずともこのローブを羽織るからいいと断ったのですが、「いいから買おう」と言われてしまいました。残念です。

 それから店員が紹介してくれた靴屋にも行き、ブーツも新調しました。重たいけれど丈夫そうな靴底がついた革のブーツです。


 これらの代金にさっきの食事代、魔女への礼金も合わせると、おおよそ70万。博士への支払いの足しにしたのが250万。

 つまり、ジェレミアから借りたお金320万をほぼ使い切った事になります。ジェレミアはここまで計算していたのでしょうか。


「何とか足りて良かった。やっぱり俺は豪運のテセルシオだな」


 シオは満足そうにしています。きっと、貯金ができないタイプの人間です。

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