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第6話 ダンス・ウィズ・シューズ

「んじゃ、この後は買い物だな。商店街に行くか」

「分かりました」


 そう言って角を曲がろうとしたところで、後ろから声をかけられました。


「おーい、テス君!」

「あれ、サラドじゃないか」


 振り返ると、何やら上機嫌な顔をしたメガネです。手を振りながらこちらに走り寄って来ました。


「もしかして、虹眸の魔女のところに行った帰り?契約は上手く行った?」

「ああ。それと名前も付けたんだ。シフィリチカって」

「メガネも、この身の事はリチカと呼んでくださって構いません」

「へえ、可愛い名前だね!…それは良いけど僕はサラドだって昨日教えたよね!?さっきもテス君が呼んでたよね!?」

「メガネの方が呼びやすいです」

「同じ三文字なんだけどなあ!」


 メガネは今日もうるさいです。しかし、それよりも気になる事があります。

 足元を指差しつつ尋ねます。


「ところで、メガネ。その靴はどうしたのですか?」

「あっ、分かる!?分かっちゃう!?さっすが古代遺物(アーティファクト)!実はこれ魔導具なんだよ!」

「何だ、またあの古道具屋の爺さんから怪しげな魔導具を買ってきたのか?」

「怪しげじゃないって、今回はちゃんと効果を確かめてから買ったし!」


 シオは呆れ顔をしていますが、メガネは得意げです。そんなに良いものには見えませんが。


「これ、脚力増強効果つきの靴なんだよ!試しに発動させてみたら、すっごい足が軽くなってさ、もう感動!」

「へえ」

「脚力増強?これがですか?」

「本当だって!まあちょっと見ててよ」


 メガネが屈み込み、靴の横についていた奇妙なスイッチをかちりと回します。


「こうすると足が…、ん、ん?わ、わ、わっ?」


 メガネが軽妙なステップをその場で踏み始めます。

 タタタ、タタタタン、タンタカタタッ、タタン!

 おお、これは素晴らしい。とてもリズミカルです。


「メガネはタップダンスが得意だったのですね」

「凄いな。いつの間にこんなの練習したんだ?」

「ち、ちが、僕じゃ、ないよっ!あ、足が、勝手に…!」

「え?」


 メガネの顔は必死です。それによく見ると、足元の軽やかさに対して上半身はフラフラ。

 操り人形のようにちぐはぐで奇妙な動きをしています。


「靴が、勝手に動いてるんだ!と、止められない…!」


 なるほど。状況は理解しました。


「メガネは呪いの魔導具を集めるのが趣味なのですね」

「違うよ!??」

「大体合ってるだろ…何で懲りないんだよ…」


 シオは大きくため息をつきました。

 魔導具技師を目指しているメガネは、一風変わった魔導具や珍しい魔導具を買い集めては調べるのが趣味なのだそうです。

 ただし後になって呪いの魔導具だと分かる事も多く、そのたびに魔術師に解呪を頼んだり封印したり、何度も騒ぎを起こしているのだとか。

 それを話している間もメガネはリズミカルにステップを踏んだりクルクル回っており、通りすがりの人間の注目を集めています。


「助けてぇ!止まらないよぉ!」

「仕方ありません、詳細を調べますので少々お待ちください。…『鑑定(アプライズ)』」


 手をかざして魔術を発動させると、メガネが「短縮詠唱だ!」とメガネを光らせました。

 まだだいぶ余裕があるようです。


「優秀な人工精霊(フィルギア)にはこのくらい簡単な事です。ふむ…やはり、脚力増強は副次効果ですね。本来は一定のパターンに沿って自動的に持ち主を動かす、つまりタップダンスを踊らせる魔導具のようです。最初に発動した時は相性を試されていたのでしょう。その時足が軽かったというメガネは、この靴の持ち主に選ばれたのです」

「嬉しくなーい!!」

「何にせよ、ただ踊るだけです。すぐに人体に害が及ぶようなものではありません」

「だそうだ。良かったなサラド」

「良くないってぇ!お願い助けて!」


 踊るメガネの悲鳴に、シオはやれやれと肩をすくめました。


「リチカ、どうしたら止められるか分かるか?」

「あの靴を脱がせるのが一番手っ取り早いかと思いますが」

「やっぱりそうか。サラド、ちょっとこっちに…」


 伸ばしたシオの腕を、メガネがタタンッとステップを踏んで逃れます。


「逃げるなって。こら、待て!」

「好きで逃げてるんじゃないよー!」

「このっ!くそ、速い…!」

「遊んでないで早く助けて!」

「遊んでるのはそっちだろ!?」


 タンタンタタンと軽やかに避けるメガネの身のこなしは、明らかに最初よりも洗練されています。この僅かな時間で、靴がメガネの身体を操作することに慣れてきたのでしょう。

 副次効果だった脚力増強も、だんだん効果が高まっているようです。瞬発力もスピードも上がっており、シオは何度も腕を伸ばしていますが、ちっとも捕まえられません。

 まあ端から見ると、仲良く二人で遊んでいるようにしか見えないのですが。

 実際、靴の方は遊んでいるのかも知れません。無駄にクルクルと回ってシオを挑発しています。


「こいつっ…」

「二人とも楽しそうですね」

「「楽しくない!!」」


 二人の声が見事に重なりました。


「息ぴったりです。さすがはダンスパートナーですね」

「違ぁう!!」

「冗談言ってないで、リチカも捕まえるのを手伝ってくれ!」

「そうするのは簡単ですが、今のシオならば自分の手でメガネを捕まえられるはずです」

「何?」


 これはシオにとって良い練習になりそうです。

 パスを通じ、シオへ軽く魔力を送り込みます。それを感じ取ったのでしょう、シオがハッとしてこちらを振り向きました。


「…そうか、これで…」

「そうです。全身に魔力を巡らせるイメージをしてください。精霊契約を終えた今なら、それだけで発動するでしょう」


 身体強化。精霊騎士(エインヘル)の基本技能です。本来はこちらからわざわざ送らずとも、シオの意思で魔力を引き出し、使えるはず。

 今週末の入学試験では実技もあるそうなので、最低限これくらいは使いこなせるようになっておきたい所です。

 シオもこの身の考えを理解したのでしょう、力強く頷きました。


「分かった、やってみる!」




 踊り続けているメガネは、いつの間にかこちらから距離を取り始めているようです。

 その姿を正面に見据え、シオはゆっくり全身に魔力を巡らせました。


「…ふっ!」


 地面を蹴ったシオが、一瞬で5メートルほども距離を詰めます。その勢いに怯えたメガネが「ひえぇぇっ!」と悲鳴を上げました。

 しかしメガネとは違い靴の方は冷静なようです。素早く伸ばされたシオの腕を、ひらりと軽く回避しました。


「凄いな…これが契約の効果か!」


 避けられてしまったものの、シオは少し興奮しています。今までとはまるで違う力を発揮できているからでしょう。

 全身強化による身の軽さを実感しているようです。


「これなら…!」


 更に地面を蹴ります。その手はまたもや避けられてしまいました。メガネもまた、靴によって脚力を強化されているのです。

 タタッと軽くステップを踏んだメガネが、くるりとターンしつつシオの背後へと回り込もうとします。


「…まだだ!」


 メガネの姿を追って、シオは伸ばした腕をそのまま振り回しました。

 ぶんっと音を立てて風を切った腕をメガネは間一髪でかわし、鼻先を指がかすめます。


「ぅあぶなっ…!」

「あっ…わ、悪い!加減が分かんなくて…!」


 メガネは青くなり、シオは冷や汗をかいています。

 危ないところでした。身体強化され魔力を纏った人間の肉体は一種の凶器なのです。

 それに対し、メガネが強化されているのはあくまで脚力だけ。今のシオの腕が当たっていたら、鼻血どころでは済まなかったでしょう。

 まあその時は、優秀な人工精霊であるこの身が止めに入っていたのですが…とにかく、今のアクシデントでシオの頭は一気に冷えたはずです。


「シオ、勢い任せに動けばいいというものではありません。落ち着いてメガネの動きをよく見てください」

「ああ…!」


 シオはいったん目を閉じると、深く息を吸い込みました。

 それから目を開き、メガネを見据えたまま軽く腰を落とします。


「…はっ!」


 タタン!また避けられました。


「とう!」


 タッタタン!今度も避けられます。


 タタタン、タッタカタン。リズミカルなステップ。地面につま先やかかとを打ち付ける軽快な音は心地の良いものです。

 このような状況でなければ、もっと楽しめたでしょうに。


「大丈夫です、シオ。ちゃんとタイミングが合ってきています」


 今のシオの速さは、既にあの靴より上です。

 なのに捕まえられていないのは、シオがまだ自分自身の力に慣れていないから。力加減が分からず無駄な動きが多いせいです。

 だから、強化した身体の動かし方さえ分かってくれば…。


「…今だ!!」


 飛びかかったシオの手が、ついにメガネの腕を掴みました。

 そのまま地面に引き倒し、勢いでゴロゴロと転がります。




「…お見事です、シオ。お疲れ様でした」


 目を回しているメガネの足から素早く靴を抜き取ります。

 靴はブルブルと震えましたが、スイッチを切るとすぐに大人しくなりました。これでもう大丈夫でしょう。


「…あれ?痛くないな」


 むくりと起き上がったシオが不思議そうに自分の身体を見下ろしています。メガネを庇って地面に強く身体を打ち付けていたからでしょう。


「これもヴァルキュリーの加護ってやつか。…おい、サラド、大丈夫か?」

「いたた…、だ、大丈夫…」


 メガネも何とか身体を起こします。

 怪我は無さそうですが、汗だくですしヨレヨレに疲れ切っています。ずっと踊っていたからでしょう。


「速やかに帰宅し、シャワーを浴びて休む事を推奨します。魔導具によって酷使した肉体への反動があるはずです」

「えっ!?」

「心配はいりません。数日安静にしていれば治るでしょう」

「そ、そんなぁ…」


 うなだれたメガネの肩を、シオがぽんと叩きます。


「その程度で済んで良かったじゃないか。これに懲りたら、次からはもう怪しい魔導具を買ったりするなよ」

「うう…ごめんね、また迷惑かけちゃって…」

「気にすんなって!お前にはいつも世話になってるし、俺もいい勉強になったしさ」


 シオはにっこりと笑い、メガネも情けない笑顔を浮かべました。

 二人は良い友達のようです。きっとこのようなやり取りを、今まで何度もやってきたのでしょう。


「…ところで、この靴はどうしますか?」

「呪われてるんだから、魔術師の所に持って行った方が良いんじゃないか?」

「いえ、これには呪いの(たぐい)はかかっていません。恐らく安全装置が壊れて暴走しているだけで、本来はただ持ち主を踊らせるだけの無害な魔導具です。専門の技師ならば修理できるかもしれません」

「ええっ!?本当!?」


 メガネがパッと顔を輝かせます。


「そうとなったら早速家に帰って解析と修理を始めなきゃ…!テス君、リチカちゃん、本当にありがとう!!じゃあまたね!!」

「はい、また」

「あっ、おい、サラド!」


 シオはまだ何か言いたそうでしたが、メガネは靴を抱えて立ち上がると、あっという間に行ってしまいました。

 あれだけ元気ならば心配はいらないでしょう。


「あいつ絶対に懲りてないな…」

「そのようですね」


 この身にできるのは、解析に夢中になる前にメガネがシャワーを浴びるよう祈る事だけです。

 明日の朝にはきっと、筋肉痛で動けなくなっているでしょうから。

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