第20話 ジェレミアの嘘(後)
シオが帰宅したのは、夕方になってからです。
息を切らしながら屋敷の中に入って来ました。
「ただいま、リチカ!あれ届いてるか!?」
「それが、まだのようなのです。いい加減届いても良いはずなのですが」
「…そっか…」
シオは気抜けした表情になりました。そこにジェレミアがやって来ます。
「やあ、おかえりテセルシオ。シフィリチカちゃんと一緒に、ちょっとこっちに来てくれる?」
「?分かった」
「はい」
ジェレミアの後ろをシオと共に歩きます。
この先は食堂ですが、もう夕食の支度ができたのでしょうか?とても良い匂いがします。
扉を開けると、中には屋敷の使用人のほとんどが集まっていました。マリオにエルザ、マルタンも。横一列に並んでいます。端っこには何故か、メガネまでいます。
「何だこれ?皆どうしたんだ?サラドまで…」
困惑するシオに、ジェレミアが一通の封筒を差し出しました。皇立学院の校章が描かれた封筒です。
「…!!これ、合否通知!!」
「うん。さっき届いたんだ。開けてみなよ」
シオは封筒を受け取ると、一つ深呼吸をしました。それから思い切って封を破ります。
「…合格!!合格だ!!やったぞ、リチカ!!」
「…!おめでとうございます、シオ!」
「よっしゃー!!!」
大きくガッツポーズを取るシオ。それと同時に、たくさんの拍手が沸き上がります。
「合格おめでとう、テセルシオ」
「おめでとう、テス君!!」
「やったな、テス坊!!」
「テス兄ちゃん、おめでとー!!」
ジェレミア。メガネ。マリオ。皆が笑顔で拍手してくれています。
「…もしかして、このために皆集まってたのか?」
「テセルシオとシフィリチカちゃんを驚かせようと思って、こっそりお祝いの準備をしてたんだ。皆喜んで協力してくれたよ。2人が毎日頑張ってたの、この屋敷の人間は全員知ってたからねえ」
ジェレミアの目配せで使用人の皆がささっと壁際に寄り、それで初めてテーブルの様子が見えました。
物凄くたくさんの食べ物が乗っています。色んな種類のお肉、お魚のスープ、こんがりと焼かれたパイ。色とりどりのサラダ、精巧な飾り切りをされた果物など…見た事もないご馳走です。
これが全て、シオの合格祝い?
びっくりして目を丸くしていたシオは、顔を真っ赤にしてくしゃくしゃと笑いました。
「ジェレミア…みんな、ありがとう…!!」
ぱちぱちぱちぱち。見ているこっちまで嬉しくなります。
一緒になって拍手をしていると、シオが「リチカ!」と言ってこちらに両手のひらを向けました。
「?」
「ハイタッチだよ、ハイタッチ!」
ハイタッチ。勝利や成功の喜びを分かち合う時に行うジェスチャーの事です。
戸惑いつつも両手を上げると、そこにシオが手のひらを打ち合わせました。
パァン!と良い音が鳴ります。
「本当にありがとう!!合格できたのはリチカのおかげだ!!」
シオが笑っています。満面の笑顔で、とても嬉しそうです。
…なるほど。こういうのを愉快な気分と言うのでしょう。悪くありません。
「当然です。この身は、とても優秀な人工精霊なので」
そう答えると、シオは楽しげに笑い声を上げました。
そこでメガネがずいっと前に出てきます。
「ちなみに!僕もちゃんと合格してたよ!!」
「そっか…!良かったな、サラド!」
シオはメガネともハイタッチしました。
メガネは色々と物知りのようですし、一緒に学校に行けるのは心強い事です。
「…それじゃ、パーティーを始めよう!ほら、座って座って。料理が冷めちゃうからさ」
ジェレミアが笑いながら席を示し、使用人たちも次々と席につきます。
使用人たちはいつも別の場所で食事をしているので、皆一緒に夕食を取るのは初めてです。今夜はいわゆる無礼講というものなのでしょう。
「この通り、テス坊の好きな羊肉をたっぷり焼いたぞ!」
胸を張って言ったのはマリオです。
大皿の上には、美味しそうな焼き色がついた串焼きが山盛りになっています。
「はは、覚えててくれたんだ、俺の好物」
「当たり前だろ。こいつはセドの奴も好きだったからな」
セドとはシオの祖父、セネルダスのことでしょうか。クローブハイト家とは昔から親交があったようなので、きっとマリオとも昔馴染みだったのでしょう。
そう考えを巡らせていると、マリオがこちらを振り返りました。
「嬢ちゃんの好物もちゃんと作ってあるぞ!」
「この身にですか?」
「ああ。嬢ちゃんはここに来てまだ日は浅いが、テス坊のためによく頑張ってたからな」
マリオは優しい目をしています。厨房ではいつも怒られてばかりだったので、そんな風に言われるとは思いませんでした。
しかし、好物とは何でしょう?この身はどんな食べ物もちゃんと最後まで食べますし、特に好みなどありません。
「ほら、これだ。まずは食べてみろ」
マリオの差し出した皿に乗っているのは、フライでしょうか。何か平べったいものに衣をつけて揚げてあるようです。
よく分かりませんが、とりあえず一つ口に入れます。
サクッとした衣の中に、ぷりぷりとした歯ごたえと独特の甘み。これはもしや…。
「…エビ?」
「そうだ。荒く刻んでからこねて、平べったくまとめて揚げてある。嬢ちゃんにエビの形が分からないようなエビ料理を作ってやれないかって、前にテス坊から相談されててな」
「シオが?」
思わず見上げると、シオは少し照れくさそうに言いました。
「ほら、リチカはエビフライをあんなに美味いって喜んで食べてたのに、その後でエビの形を知って嫌がってただろ?だから、何とかできないかなと思ってさ」
「祝いの席に間に合って良かった。名付けるなら、そうだな、エビカツだ!」
マリオが今日この身を厨房に入れようとしなかったのは、これを作っている所を見られたくなかったからなのでしょう。
どんな形をしていようと、あの芋虫が使われている料理だと思うとやっぱり不快なのですが…でも。
「とても…とても美味しいです。シオ、マリオ、ありがとうございます」
揚げたてのさっくりした衣の香ばしさ。刻んだエビの歯ごたえ。噛み締めるほどに美味しい、素晴らしい料理です。不快さを忘れるほどに。
そう伝えると、マリオは皺だらけの顔を更に皺だらけにしてニカッと笑いました。シオも「良かったな」と笑います。
「…これは、シオの合格祝いだと言うのに。この身までお祝いされてしまっています」
「当たり前だろ、俺達は2人で合格したんだから」
「うんうん。合格できて良かったねえ、2人とも」
向かいのジェレミアがニコニコと笑い、それから「あっ、忘れるところだった」と言って片手を上げました。
一つ頷いたエルザが奥から何か大きな箱を持って来ます。
「テセルシオ。これは僕からの合格祝いだよ」
「えっ、そんなのいらないって!お前にはいつも世話になってばっかりだしさ」
「水臭い事言うなよ、お祝いくらいさせてくれても良いだろう?それに、この中にはテセルシオに必要な物が入ってるんだ。まあ、開けてみなよ」
「必要な物…?」
シオが少し怪訝な顔で箱を開きます。
中に入っていたのは…上下の衣服です。これは、どこかで見たような…。
「……!これ、皇立学院の制服じゃないか!」
「うん。これから必要になるだろう?」
「お前…、でもこれ高いんじゃ…」
「テセルシオにはお金がないだろう。素直に受け取っておきなよ。それともまさか、また僕に借金する気かい?」
呆れたようなジェレミアの言葉に、使用人たちがどっと笑います。
シオはちょっぴり赤くなると、「分かったよ。ありがたく貰っておく」と苦笑しました。
わいわいと、皆が賑やかに話しながら食事をしています。
こんなにたくさんの人間と一緒の食事は初めてです。何故だかふわふわとした気持ちになります。
向かいのジェレミアもいつになく楽しげな表情で食事を口に運んでいて、ふと思い付いて話しかけます。
「ジェレミアは、シオが合格する事が最初から分かっていたのですね?」
「そうだけど、別に予知した訳じゃないよ」
ジェレミアはフフッと笑いました。
「だってそんなの、テセルシオを毎日見ていたら誰だって分かる事だろう?」
「……」
ふむ。シオが昔からジェレミアと友達でいるのは、きっとこういう所が理由なのでしょう。
「ジェレミア。貴方は嘘つきですが、でも、優しい嘘つきです」
隣で羊肉の串焼きにかぶりついていたシオが、もう一度楽しそうに笑い声を上げます。
「リチカは、ジェレミアの事よく分かってるな!」




