第19話 ジェレミアの嘘(中)
14時。やって来た客は、50代くらいの夫婦でした。
裕福そうな格好をしていますが、男性の方は痩せていて顔色が良くありません。女性もどこか張り詰めた表情をしています。
「僕が占い師のジェレミアです。こちらは助手のシフィリチカ。…では、ご相談をどうぞ」
話をしたのは主に女性の方です。相談内容は、夫の病について。
長く治療を続けているがちっとも良くなる気配がないと、女性はかなり焦っているようです。
高価な薬を取り寄せたり、高名な魔術師や祈祷師を呼んだりと様々な方法を試してもみたが、そのどれも特に効果はなし。
友人からは「若く有能な医者を知っている。そちらに主治医を変えてみたらどうか」と勧められているとの事。
しかし男性の方は昔から世話になっている今の主治医を信頼しており、変えたくはないと考えているようです。
「ジェレミア様、どうか占いを!夫の病気を治すにはどうしたら良いのですか?やはり主治医を変えた方が良いのではありませんか?それとも、もっと別の薬が良いのでしょうか?」
「…分かりました。最も良い方法は何か、占いましょう」
必死に言い募る女性をなだめるように、ジェレミアは言いました。
「占うには深く精神を集中しなければなりません。ご主人と二人きりになる必要がありますので、終わるまで奥様は隣の部屋でお待ち下さい。シフィリチカ、奥様についていてくれ」
「はい。奥様、どうぞこちらへ」
控室にはティーポットとカップ、それから新しいお茶菓子が用意されていました。
この身はもちろんお茶を淹れるのだって上手です。ひどく落ち着かない様子の女性の前に、湯気の上がるティーカップとお茶菓子を置きます。
さっきとはまた違うチョコレート。とても美味しそうですが、食べていいとは言われていないので我慢します。
「ジェレミア様の占いはとても凄いって聞いたから来たのよ。本当によく当たるって…ねえ、そうなのよね?大丈夫よね?」
「ええ。ジェレミア様は、凄腕の占い師です」
すがるように見上げてくる女性に頷きます。
ジェレミアがどれほどの占い師なのか具体的には知らないのですが、少なくとも本人はそのように言っていました。
「心配なのは分かりますが、まずはこのお茶を飲んで落ち着いて下さい。それから、チョコレートも。甘いものは気分が安らぎます」
「そ、そうね…いただくわ」
女性は素直にティーカップに口をつけ、それからチョコレートを一粒食べました。
少しだけ緊張の糸がゆるんだのが分かります。
「…本当に、色々と試したのよ。幻獣の角を煎じた薬に、マンドラゴラを使った秘薬。それから霊媒師の祈祷に、秘伝の古代魔術だって試して…でも、全然効かなくて…」
「そうなのですか」
「息子はね、こんなの詐欺ばっかりだ、効くわけがないって毎回言うのよ。でもね、私は藁にも縋る気持ちで…」
女性は止めどなく喋り続けています。
話を聞かせたいというより、そうしないととても落ち着いていられないのでしょう。
ジェレミアがこの身を女性の側につけた理由が分かりました。それで少しでも気が紛れるのなら、できる限り聞き続けましょう。
…それ以上の事は、残念ながらこの身にはできません。
やがて、男性とジェレミアが部屋から出てきました。
「あなた!どうだったの!?占いの結果は!?」
「…ああ。しっかりと聞いたよ。もう大丈夫だ」
「そうなのね…!じゃあ、どうしたら良いのか分かったのね!?」
「いえ、今はまだ、どの道が正しいかは見通せません。ですが最終的にご主人が選ぶ道こそが最良で、最も長生きできる道。最善の未来になる。…そういう運命なのだと、占いには出ました」
「え…?そ、それってどういう…?」
意味がよく理解できなかったようで、女性は戸惑いました。
「じゃ、じゃあ、主治医は?薬は?」
「これからもう一度じっくり考えて、私が自分で決める」
男性は女性の肩に手を置き、静かに告げます。
「それが一番良い結果を生むと、ジェレミア様はおっしゃっているんだ。私はそれを信じる」
「大丈夫です、奥様。決断の時は近い。…貴女はただご主人の選択を信じ、精一杯ご主人を支えればよろしいのです」
「夫の…選択を…」
女性はまだ戸惑っていますが、男性の方は何かを決意した表情をしています。
その迷いが消えた様子を見て、女性もようやく納得が行ったようでした。
「ありがとうございました。ジェレミア様」
夫婦揃ってジェレミアに深く頭を下げ、そして帰って行きました。
「ふう…、疲れたねぇ。シフィリチカちゃん、僕にもお茶をくれる?」
「はい。お疲れ様でした、ジェレミア」
ジェレミアに背を向け、新しいお茶の用意を始めます。
「何か言いたそうだねぇ」
「…貴方は嘘つきです。違いますか?」
「あはは、なかなか鋭いねー」
ジェレミアは笑ってソファの背に身体を預けました。そのまま天井を見上げます。
「本当はね、新しい医者のところに行った方があのご主人が長生きする可能性は高い。…ただし、大きな苦痛と引き換えにね。ご主人が今の主治医から変えたがらなかったのは、できるだけ苦痛を減らす治療をしてくれているからだ」
「では、あの男性は…」
「ああ。自分の病はもう治らないのだろうと気付いている」
静かにお茶を注ぎ、テーブルにティーカップを置きます。
ジェレミアは小さく笑うと、カップを手に取り口をつけました。
「残りの人生をできるだけ安らかに過ごすか、苦痛をこらえながら少しでも長く生きるか。…選ぶのは本人であるべきだと思わないかい?」
命を長らえるために行う投薬治療。それは酷い苦痛を伴うものも多いのだと聞きます。
苦痛は人間の気力を削ぎ、時に歪めてしまうのだとも。…死を前にし、苦痛に苛まれながらでも己を保てる人間は、ごく一握りなのです。
「…しかし、それでは女性の望みはどうなるのですか?あの女性は、夫の病気は良くなると信じています」
ジェレミアは、男性にはその「占い」を正直に伝えたのでしょう。ですが女性の方は別室に行かせ、わざと聞かせないようにしました。
この身を臨時アルバイトとして雇った本当の理由は、女性が隣の部屋の会話に聞き耳を立てるのを防ぐためだったのです。
「望みが叶わない事なんて知らなくて良い。今いる場所こそ一番良い道、良い未来だったと、そう信じることが彼女のためだ。…それが、あのご主人の望みだよ」
「……」
軽い口調とは裏腹に、ジェレミアの表情はちっとも明るいものではありません。
どうして自分の力を役立たずと呼ぶのか、その顔を見て少し分かった気がしました。




