第2話 皇都※
この話には挿絵が入ります。
「皇都観光ならうちにお任せ!白鳥型人工精霊が運ぶゴンドラで、優雅な空の旅を楽しめるよ!」
「レモネードはいらないかい?搾りたてで美味しいよ!」
「ジンジャー座の公演、11時から!蝶型人工精霊たちによる最新の演出魔術は必見だ!今ならチケット1割引き!」
皇都に着きました。このクィリンド皇国の首都です。
話には聞いていましたが、実際に見てみると人の多さに驚いてしまいます。馬や牛もいますし、人工精霊を連れた人間も時々います。
様々な大きさの建物がずらずらと並んでいて、ほんの数百メートル歩いただけで、村の1ヶ月分も人とすれ違った気がします。たくさんの音や声が聞こえます。
何だか凄くごちゃごちゃとしていて、色んな臭いがして、うるさいです。情報量が多すぎます。
ウテナ博士も若干気後れしている様子でしたが、その辺りにいたお爺さんに精霊屋の場所を聞くと、すぐに「こっちみたいだ」と歩き出しました。ブランがその後ろをくっついて飛びます。
こういう時に道の真ん中でキョロキョロとしているのは田舎者丸出しで、スリだとか詐欺師に狙われやすいので、さっさと歩き出すのは賢明な選択です。
「そっか、婆ちゃん、杖が折れちまったのか。じゃあ俺がおぶって行ってやるよ」
「いいのかい、お兄ちゃん。反対方向じゃないのかい?」
「大丈夫、大丈夫。サラド、その杖持ってくれ」
「わかったよ」
お婆さんに手を貸している少年たちとすれ違い、角を曲がります。
大きな看板。あれが精霊屋です。
店内にはたくさんの人工精霊が並んでいました。鳥型に、犬型。虎型。妖精型。
実体を持った有形精霊だけでなく、色んな形にぼんやりと光る無形精霊もいます。
「…人型の人工精霊ねえ…」
店主の男は、眉を寄せながらこの身をじろじろと眺めました。不快な視線です。
店主は「買取希望だ」と言った博士に最初は愛想良くしていたのですが、話を聞くうちに怪しみだしたようで、今はものすごく胡散臭そうな目でこちらを見ています。例えるなら「とんだ詐欺師が来た」とでも言いたそうな顔です。
「人型は恐ろしく貴重なんだぞ。アールヴァル族は色んな人工精霊を作るが、人型だけは作らない。皇王様ですら断られたんだぞ」
「もちろん知っているよ。でも例外がある。彼女は発掘品なんだ。入手場所は言えないが、私が見つけたものだ」
「古代遺物か…。わかった、とりあえずスペックを調べさせてもらおう。核石はどこだ?その仮面の下か?」
「!」
思わず、ヘッドギアを両手で押さえてしまいました。
この身は額から鼻の下までを覆うヘッドギアを常に身に着けています。この身が発掘された時からずっと着けている、大切なもの。
「これは制御装置になっています。外すことは推奨できません」
「なに?」
「外さなくても性能測定はできると思いますが」
「その声、女型か?ローブの下はどうなってる?どんな作りだ?」
「一般的な形状の胴体と、手足が2本ずつあります。特筆すべき点はありません」
「そうか。見せてみろ」
「必要性を感じません。見せなくても性能測定はできると思いますが」
「はあ!?仮面もローブも脱げないってのか!?」
足元まである大きな麻のローブ。その下には膝丈のチュニックを身に着けているのですが、人間からジロジロと見られるのは好みません。不快です。
そもそも、性能や動作に関係のない命令は今聞く必要がありません。
「おい、あんた、こいつは本当に人工精霊なのか!?ただの人間に精霊のふりをさせてるんじゃないのか!?」
「もちろんだよ。ほら、この美しい薄緑色の髪。染めて作れる色じゃない。こんな髪を持つ人間なんてアズラム人くらいだろう?彼らが人工精霊のふりなんかする訳がないし」
「じゃあなんでこんなに反抗的なんだよ!人間の命令には従順なのが人工精霊だろう!」
「その、彼女は少しばかり個性的なんだ。その代わり性能は高い。…とりあえずこのまま、魔力測定をしてみてくれないか?」
博士の言葉に、男はしぶしぶと測定装置を取り出してこの身へとかざしました。魔導具作りに優れたノーム族が作ったもので、魔力や属性などを大まかに測れる道具です。
「魔力量…2万6600!?こりゃすげえ…属性エラー、種族エラー、馬力エラー、製造年エラー、所有者なし、不確定値7800…」
おや、今の測定装置はずいぶん色々と分かるみたいですね。エラーが出ているようですが。
読み上げた店主は、すごく驚いたあとでまた険しい顔になりました。
「何だこりゃ!!エラーだらけじゃねえか!!」
「そりゃ、まあ、古代遺物だし…」
「だとしても、不確定値7800だと!?2000超えたらそれだけでヤバいってのに、なんて数字だ!!」
「不確定値とはなんですか?」
「何が起こるか分かんねえって事だよ!!」
要するに危険だと言いたいようです。そのような指標があるとは知りませんでしたし、身に覚えがありません。危険物扱いされるのは不快です。
博士が慌てたように店主へと言います。
「発掘してから2年ほど使用していたが、彼女はずっと私達に忠実に働いてくれていた。危険な行動をしたことはない。確かに不明な部分も多いんだが、保証する。彼女は安全な人工精霊だ」
「だったら尋ねるがね、そんなものをどうしてこんな下町の精霊屋に?どこぞの研究所にでも持ち込めばいいだろう。人型の古代遺物なんて聞いたら、間違いなく高く買い取ってくれる」
「それは嫌です。この身は、研究所以外に行く事を希望します」
我慢できずに横から口を挟んでしまいます。
研究材料にされるのは嫌です。暗くて狭いところに閉じ込められて、動けなくて、声も出せなくて…すごく嫌いです。
「…どうしてもうちで売りたいってんなら、買取額は安くなるぞ。せいぜい20万ゼルだ」
「なんだって!?汎用精霊並の値段じゃないか!」
「それは安すぎます。3000万ゼル。それが適正価格と考えます」
「3000万!?どんな危険があるかわからない代物に!?バカも休み休み言え、20万でも出し過ぎなくらいだ!!」
「い、いや、3000万は無理だと分かっているよ。冗談だ。だから、その、300万くらいで…いや、250…!」
「博士。安すぎます。最低でも2500万です」
「……」
店主は無言でにっこり笑いました。そして大きく息を吸い込みます。
「…出て行け!!お前らみたいなのを相手にしてる暇はないんだよ!!!」
…店主はどうやら、この身たちを詐欺師(それも、とても出来の悪い詐欺師)とでも思ったようです。まあ説得力のある説明をできなかったのは確かですが、少し気が短すぎではないでしょうか。
店を出て歩きながら、博士が苦笑して言います。
「安心してくれ。君の望み通り、研究所には引き渡さない。人工精霊を必要としている人のところに行けるようにするとも」
「よろしくお願いします」
「うん。…私には、そのくらいしかしてあげられないからね」
「大丈夫、きっといい買い手が見つかるわよ!」
ブランは明るく言ってくれたのですが、残念ながらそう上手くは行きませんでした。
その後6軒の精霊屋を回りましたが、どこも大体似たような反応でした。この身を高く買い取ってくれるという店は一つもありません。100万ゼルですら出してくれません。
やはり皇都の人間は見る目がないようです。この身ほどに優秀な人工精霊などいないと言うのに。
「もうお空が赤くなってきたわ。お店もおしまいの時間じゃない?」
「そうだね…まいったなあ。とりあえず宿を探すべきかな…お腹も空いたしねえ…」
夕暮れの雑踏の中、博士とブランが揃ってお腹を押さえます。
お金がないので、できるだけ安い宿を探さなければいけません。この身が高く売れていれば、良い宿を取ることができたのでしょうが…。
この身がいるのでどんな安宿だろうと安全だけは確保できますが、でもきっと、美味しい晩ごはんは食べられないでしょう。お昼ごはんだって食べていないというのに。
空腹を我慢しつつ、博士の手を引きます。
「博士。危ないです」
「…だからよう、アドニスの奴をボコボコにぶん殴って、言ってやったんだ!次に逆らったら、もっとひどい目に合わせてやるってな!」
赤ら顔の太った男がすぐ横を通り過ぎていきます。
既に酔っ払っているのでしょう、両手を無意味に振り回しながら、連れの男に大声で話をしています。腕を引かなければ、博士にぶつかってしまうところでした。
ブランが博士の周りをくるくる飛び回ります。
「危なかったわ、博士!あの人ったら、日が沈む前から出来上がっちゃってるのね!」
「そうだね。さすがは皇都だよ」
「皇都の風紀は乱れているのですね」
あの様子では、いずれ他の人間にぶつかってしまうに違いありません。そう思って男の後ろ姿を目で追っていると、案の定誰かにぶつかっていました。
ふらふらした後で何か怒鳴りつけましたが、ぶつかった相手は無視をしてとっくに歩き出しています。酔っ払いに絡まれたくなかったのでしょう。
連れの人間になだめられた男は、悪態をつきながら歩き出し…おや。何かが懐から落ちました。
どうやらあの男の財布のようです。
ふむ。あの赤ら顔の男は正直関わり合いたくないタイプの人間なのですが、ここは拾ってあげるべきでしょう。仕方ありません。
そう考えたのですが、この身が動くよりも早く、男のすぐ近くを歩いていた小さな子供がその財布を拾い上げました。
かなりボロボロで、しばらく洗濯をしていないだろう服を着た子供です。とても痩せていて、栄養状態が悪い事がひと目で分かります。
…もしやあの子供は、財布を自分のポケットの中に入れてしまうつもりなのでは?
拾得物の横領はいけません。しかし、あの小さな子供はきっとお腹が空いています。朝から何も食べていないこの身よりも、ずっと。きっと何日も、ろくなものを食べていないに違いありません。
あの財布の中身は、早い時間から酔っ払っているガラの悪い男などより、この痩せた子供にこそ必要なものなのでは?
いえ、でも、眼の前に落とし主がいるというのに…。
一瞬のそんな思考の間に、子供はもう動き出していました。
赤ら顔の太った男の方に向かって。
「あ、あの、おじさん。これ、落としたよ」
そっと差し出された財布。
…ああ。この身はあの子供に謝らなくてはいけません。
あの子はこの身が想像したよりもずっと善良で、ずっと誠実で、ずっと正しい。
見くびって申し訳ありませんでした。
「…そいつを返せっ!!」
ところが。赤ら顔の男は、子供が差し出した財布を乱暴にひったくったのです。
それどころか、拳を振り上げました。
「だめです」
振り下ろされる前に、男の腕を掴んで止めました。
この身は優秀な人工精霊なので、男の動きを見てから近付いて止めるくらいは簡単なことです。
「な、何だてめえ!どっから出てきた!」
「どこからでも良いでしょう。それよりも、何故この子供を殴ろうとするのですか?」
「ああん!?見りゃ分かるだろ、こいつはスリだ!俺の財布を盗んだんだよ!!」
「この子供は貴方の財布を拾ってくれたのです。スリならわざわざ落とし主に声をかけたりはしません」
「じゃあきっと、金を抜き取った後だ!盗んだ財布を持っていて足がつくのが嫌だったんだろ。こんな小汚いガキが金を持っていたら、誰だって怪しむ。こっそりいくらかくすねてから返して、ついでに礼金でもせしめようって腹だ!」
「……」
視界の端には怯えた子供がいます。恐怖し、傷付いた目。
この子供はただの善意で、拾った財布を差し出したというのに。
とてもお腹が空いていて、それでも正しい事をしたというのに。
どうしてこの男にはそれが分からないのでしょう。
思わず、男の腕を掴んだ手に力が入りそうになります。
――その瞬間、後ろから少年の声が聞こえました。
「…ちょっと待てよ、おっさん」
振り向くと、少年が腕を組んで立っていました。
黒髪にところどころ白髪が混じっていますが、まだ15~16歳のように見えます。この少年は、確か…。
「その子供はスリなんかじゃない。ただ財布を拾っただけだ。金を抜き取ってもいない。俺はちゃんと見てたぞ」
「何だと、このガキ!」
「本当だ。何ならもう一人証人がいるぞ。なあ?」
「う、うん。僕も見てた。財布はおじさんが自分で落として、その子は拾ったのをそのまま差し出してたよ」
黒髪の少年の少し後ろにいたメガネの少年が、こくこくとうなずいて言いました。
「お、お前ら、よってたかって俺を嘘つきみたいに…!」
赤ら顔の男はさらに声を張り上げようとしましたが、連れの男が割り込んでなだめました。
「おい、やめろって、子供相手に!財布は無事だったんだ、もういいだろ?ほら、行こうぜ。マリーダの店、席が埋まっちまうぞ」
「うるせえ!あのな、俺は間違ってなんかいねえ、財布の金を数えればわかる!」
「つってもお前どうせ、前の店でいくら支払ったかなんて覚えてないだろ。ほら、飲み直そうぜ。…あんたたち、すまなかったな」
連れの男がこちらに目配せをします。今のうちに行けという事のようです。
ここは大人しく離れておくべきでしょう。何だか周囲の人間たちから注目されているようですし。
男たちから離れたところで、慌てて博士とブランが駆け寄ってきました。
「大丈夫だったかい!?」
「はい。勝手にそばを離れて申し訳ありません」
「揉め事にならなくて良かったよ」
博士がホッと胸を撫で下ろしている向こうでは、先程の黒髪の少年が子供の頭を撫でていました。
「よくやったな。ちょっと誤解されちまったけど、お前がやった事は間違ってないぞ。良い事をしたんだ。胸を張って良い」
「う、うん」
「だからな、これはご褒美だ!」
なんと少年は自分の財布から紙幣を数枚取り出し、子供に与えました。
子供の目がパッと輝きます。
「いいの!?」
「ああ。人に親切にしたご褒美だ」
「ありがとう、お兄ちゃん!!」
「おう。気を付けてな」
走り去る子供へと手を振る少年に、隣のメガネがため息をつきました。
「…ほんとテス君は、いっつもこうだよねえ」
「仕方ないだろ、あんなの黙って見てられる訳ないじゃないか」
「そうだけど!お婆さんだの、妊婦さんだの、子供だの…他人にかまけて、自分の大切な用事が済んでないじゃないか。今日中に見つけないとまずいんだよ?」
「悪いな、付き合わせちゃって」
「それは良いんだけど!大体さ、ちょっと選り好みしすぎじゃない?精霊屋、次で7軒目だよ!こんなに決められない人初めて見たよ!」
「それも仕方ないだろ。人工精霊は相性が大事なんだって祖父さんが言ってたし、ジェレミアだって…」
少年たちの会話を聞き、この身はとっさに声をかけました。
「すみません、そこの方」
「うん?」
少年がこちらを振り返りました。
白髪混じりの黒髪。深いグリーンの瞳。今の会話といい、やはりそうです。最初の精霊屋に行く前にもすれ違った、お婆さんを助けていた少年です。
髪以外に特徴はないごく普通の少年ですが、身体つきは結構しっかりとしています。きっと鍛えているのでしょう。
「ああ、あんた、さっきの動きすごかったな。一瞬であのおっさんの腕を…」
「この身には簡単なことです。それよりも、貴方は人工精霊を買いたいのですね?次が7軒目の精霊屋」
「えっ?うん、そうだけど」
「何のために人工精霊が必要なのですか?」
「精霊騎士になるためだよ。自分用のヴァルキュリーが必要なんだ」
精霊騎士。魔力量がとても少ないこのクィリンド皇国の人間たちが、魔物や外敵と戦うために生み出した存在。
契約した戦闘精霊と共に自らも剣や槍を振るって戦う、勇敢な戦士だと記憶しています。なるほど。
「あそこの精霊屋には行くだけ時間の無駄です。大した人工精霊はいません」
「なんだって?」
訝しげにする少年に向かい、この身は堂々と言いました。
「それよりも、この身を買ってください。この身は、どれよりも優秀な人工精霊です」




