第18話 ジェレミアの嘘(前)
今日は古書店でのアルバイトがお休みです。
シオの方はちゃんとアルバイトがあるので、「行ってらっしゃい」と見送ります。
さて、この身はどうしましょうか。
ここで使用人たちのお手伝いをするか、それとも皇都内の散策を進めるか。今日はあれが届く日なので、できればここにいたいのですが…。
屋敷の裏口にいくつかの荷車が止まる気配を感じたので、とりあえずそちらへ向かいます。
「凄いですね。来客でもあるのですか?」
「うわっ、人工精霊の嬢ちゃん!?アルバイトはどうしたよ!」
「今日はお休みです」
料理長のマリオは何故かのけぞって驚いています。腰を痛めないか心配です。
それにしても沢山の食材です。様々な野菜や大きな肉だけでなく、珍しい果物なども次々と厨房へと運ばれていきます。
厳重に閉じられた箱もあり、何が入っているのか気になります。
「この量の食材を捌くには多くの手が必要でしょう。お手伝いをします」
「ああん!?…いらんいらん!今日は嬢ちゃんの相手をしてる暇なんぞないんだよ!」
「しかし、マリオ」
「いらんと言ったらいらん!!いいか、今日は絶対に厨房に入って来るなよ!!」
ピシャリと言われてしまいました。
食材を運ぶ手伝いをしていた使用人のエルザにも「悪いねえ、今日は他の所を手伝っとくれ」と苦笑されます。
とても残念です。これらをマリオがどう調理するか見たかったのですが…。
他の所というと、やはり清掃でしょうか。廊下を歩いていると、ジェレミアが出てきました。
「やあ、シフィリチカちゃん。暇そうだね?」
「暇ではありません。仕事を探しているだけです」
「あははは」
ジェレミアは楽しそうに笑いました。
「それじゃあ、今日は一日僕に付き合ってよ。一つ頼みたい仕事があるんだ。アルバイト代は出すからさ」
「そういう事なら、分かりました。引き受けます」
連れて行かれた先は何だか不思議な部屋でした。
扉の奥に更にもう一つ部屋があって、中は少し薄暗く、月や星をモチーフにしたインテリアがたくさん並んでいます。天井にも星座と神話の絵が描かれています。
「これが僕の仕事部屋。それでこっちは控室。まあ、座ってよ。今お茶とお菓子を持ってこさせるから」
「はい」
出されたお菓子はチョコレートでした。
中に柔らかいクリームが入っていて、ゴードンの作る焼き菓子とはまた違った美味しさがあります。
「美味しいです。贅沢な味がします」
「そうかい?どこの店のかは分からないけど、気に入ったんならまた買って来させるよ」
ジェレミアはニコニコしています。
多分高級なお菓子だと思うのですが、さすがはお金持ちです。
「それで、この身に頼みたい仕事とは何でしょう?そもそも、ジェレミアは何の仕事をしているのですか?」
「僕の職業は占い師。…ってことになってるね、一応」
「では、未来予知を使って占いをしているのですか」
「ああ、知ってるんだ?」
ジェレミアには未来予知の天賜があると、シオは言っていました。
魔力を使わずとも超常の力を発揮できる不思議な能力。それが天賜です。有名な所で言えば千里眼や残滓透視、悪性切除などがあります。
天賜を持つ人間や人工精霊は非常に珍しく、能力によっては国から保護や監視をされるのだと聞きます。
屋敷の者は誰もジェレミアの力について触れようとしないので、恐らく公にはしていないのだと思いますが…。
「迷える子羊にちょっとだけ助言をしたり…しなかったり?まあ、そんな感じだね」
「随分と適当ですね」
「予知なんて言ってもね、外れることも多いんだよ。可能性は常に変動してるし、ちょっとした事で未来は変わる。だから僕はあくまで占い師を名乗ってるんだ。当たる事もあれば当たらない事もある、できるのはアドバイスだけ、ってね」
「そんなものなのですか」
名前からイメージするほどに万能な能力ではないのでしょう。
シオも「あいつもああ見えて大変なんだ」と言っていました。
ジェレミアはいつもヘラヘラとしているので、どの辺りが大変なのかは読み取れませんが。
「まあ評判は上々だよ、知る人ぞ知る凄腕占い師ってね。…で、シフィリチカちゃんには僕の助手を頼みたいんだ。別に難しい事はないよ、ただお客さんの話を聞いててくれるだけでいい。ああ、ただし、あの変身眼鏡をかけること」
「……。分かりました」
少々不快ですが仕方ありません。
人間でなければやれない仕事もあると、この身は既に学んでいます。
「その客はいつ来るのですか?」
「えーっと、午後2時の約束だったかな?」
「…今はまだ午前です」
「そうだねえ。だからまあ、お茶でも飲みながらのんびり待とうよ」
「……」
2つの部屋のインテリアの手入れをする事にしました。
清掃は普段から使用人がやっているはずですが、置物や壁飾りがこれだけたくさんあれば、手入れを行き届かせるのはきっと難しいでしょう。
ソファに座ったジェレミアがフフッと笑います。
「本当に働くのが好きなんだねえ。座っておしゃべりしてるだけでもアルバイト代は出すのに」
「それが人工精霊というものです」
「でもシフィリチカちゃんだって、僕に訊きたい事とかあるんじゃないのかい?」
弓矢を構える狩人の銅像を磨きながら、一瞬だけ考え込みます。
「…シオはどうしてこの家のお世話になっているのですか?」
「あれ、何も聞いてないのかい?」
「ジェレミアとシオの祖父が友人同士だったとは聞いていますが」
「そうだね。うちの家はテセルシオのお祖父さん…セネルダスさんに恩があるのさ」
セネルダス。名前は初めて聞きます。
凄い騎士だったと、シオは言っていました。
「ジェレミアも何か恩があるのですか?」
「ん?何で?」
「ジェレミアはシオにとても親切です。大金をすぐに貸してくれましたし、何かと助言もしてくれます。個人的な理由があるように見えます」
「あはは、大した理由はないよ。僕にとってはあのくらい大金でも何でもないし」
あれが大金ではないという感覚は理解しがたいものがあります。皇都はあらゆるものの値段が高く、村とはまるで金銭の価値が違うとは言え…。
もしも古書店のアルバイトだけで借金を返そうとすれば、きっと何年もかかるでしょう。
「占い師とはそんなにたくさん稼げるものなのですか?」
「んー、僕は基本貴族とかお金持ちだけを相手にしてるしねえ。…あとまあ、他にもあれこれやってるし?」
「あれこれとは?」
「ナイショ」
「……」
思わず閉口していると、ジェレミアはまた「あはは」と笑いました。
「お金を稼ぐ手段は色々あるのさ。それがこの力の唯一の取り柄だよ」
「唯一とは思えませんが」
外れる時もあるとは言え、未来が分かるというのはとても便利な力のように思います。
色々な事に使える気がするのですが。
「…こんなもの、肝心な時には役に立たない。見えても意味が分からなかったり、間に合わなかったり…。こんな力、当てにしちゃいけないんだよ」
ジェレミアは自嘲的に言いました。
きっと、そのような経験が過去にあったのでしょう。
「テセルシオはその事が分かってたんだろうね。あいつだけは昔から、僕に未来を尋ねない」
そう言えばシオが自分からジェレミアを頼ったのは、今のところお金の件だけです。
アルバイトを探す時などは素直にジェレミアの助言に従っていたので、予知の力を信じていない訳ではないと思いますが…。
「あいつは良い奴だよ。僕なんかとずっと友達でいてくれている。僕の力を当てにしないし、…僕を責めたりもしない」
「…もしかしてそれは、シオの家族に関係する話ですか?」
「それも、テセルシオから聞いた?」
「いいえ、何も。でもシオは、祖父以外の家族の話を全くしないのです」
シオは自分の事をあまり話しません。話す必要がないというのなら仕方ありませんが、少々不満です。
この身はシオのヴァルキュリーだというのに。
「そうか…。じゃあ、僕から話す訳にはいかないな」
「…分かりました」
「あはは、心配しなくても、君にはそのうち話してくれるさ。…でも、一つだけ教えておくよ」
「何ですか?」
ジェレミアはひどく悲しげな顔をしました。
「あいつの家族が死んだのは、僕にも責任があるんだ」




